58話 登録終了
「……うぅ」
しばらく寝たふりをしてどこかへ移動させられたのを確認し、目が覚めてもおかしくねぇだろうな~って時間を作ってから、俺はゆっくりと瞼を持ち上げた。
その間はずっと意識があったから、《神術思考》と《世理完解》のレベルを上げをしていたが、どこまで経験値になったのかはわかんねぇ。
「…………気がつかれましたか?」
で、まず目に付いたのは知らない天井。
二度目だから口には出さねぇ。テンプレ回収は一回やれば満足だからな。
次に首を動かすと、俺の受付担当だった社長が椅子に腰掛け、半眼で俺を見下ろしている。
「ここは?」
「協会内にある、簡単な仮眠室です。冒険者の方や、たまに職員も使う場所ですから、体調が回復したのならベッドを空けてくださいね?」
目を覚ましたばっかの怪我人相手にいう台詞じゃねぇな、うん。
要約すっと、「邪魔だから出てけ」ってことだろ?
俺もちょっと言い過ぎたけど、冷たすぎねぇ?
ずいぶん厳しいじゃねぇか、社長さんよぉ?
「なるほど、ね。アイツは?」
「アイツ? ハクスさんのことですか? 彼ならここにはいませんよ。あの後、すぐにご自分の宿泊施設へ帰られましたから」
ここにいるのが社長だけだったから、ついでに聞いてみただけなんだが、社長の声音がどんどん温度を失っていく。
もしかして、ハゲ斧を怖がってると思われてんのか?
それは心外だな。
あんな劣化版筋肉ゴリラに恐怖していると思われてるなんて、末代までの恥。
断固抗議する!
「あ、そう……」
と言いたいところだが、さっきあっさりやられといて全くハゲ斧を怖がらねぇのも矛盾があるし、少しだけ話をあわせとくか。
内心じゃどうでもいいと思いながら、ハゲ斧がいないと聞いてさも安心したかのように息を吐き出す。
そんな俺の様子に社長は侮蔑の感情をさらに増幅させ、冷たい眼差しで俺を見下ろしてくる。
すっかり騙されてくれちゃって。俺の大根演技もなかなか捨てたもんじゃねぇな。
「今、何時くらいだ?」
「夕方の五時前くらいですね。ちょうど、私の勤務時間が終わる時間帯です」
冒険者協会は夜の十時くらいまで開いてて、この世界じゃ珍しく夜間営業もやってる。
朝が冒険者の依頼受注ラッシュがあり、昼間は冒険者が出払ってっからそこそこ暇で、夕方くらいに日帰り依頼の達成報告でまたラッシュがある。
冒険者協会における受付業務のおおよそのタイムスケジュールがそれで、受付担当は主に朝に就くか夜に就くか、勤務時間を選択できる。いわゆるシフト制だな。
冒険者協会に入ったときの印象から、受付担当にゃそこそこの器量と、文字の読み書きに計算が出来る程度の頭の良さが求められてんだろう。業務内容は基本的に、事務仕事が割り振られている。
要領さえ掴めば誰でも出来る仕事だろうし、レイトノルフくらい発展した都市なら質のいい人材はごろごろ転がってそうだ。
協会運営スタッフの雇用数も確保できているからこそ、社長も途中で仕事を上がれるんだろうな。
「そう、か。だったら、早いところ登録を済ませてくんねぇか? 確か途中だったよな?」
「…………」
俺の担当がそろそろ帰るんだったら、さっさと用事を済ましてやんねぇと。
そう思って社長に声をかけたんだが、返事は無言の一瞥のみ。
ん? なんだこの空気?
「どうした? 何で黙ってんだよ?」
「……………………はぁ」
一向に返事さえしない社長へ怪訝な表情を送っていると、なっがい間をおいてため息を吐きやがった。
だから何なんだよ?
「ヘイト様、いえ、ヘイトさん。貴方はご自分で仰っていたことを覚えておられますか?」
「は?」
すると、社長はものすごく嫌そうに視線を合わせ、俺に意味不明な確認をとってきた。
「当然だろ? 一言一句、全部記憶してるぞ? それがどうした?」
俺にゃ《神術思考》があるんだ。忘れたかったら、自分で自分の脳をいじって消すしかねぇ。
「……わかってて、よくそんなことがいえましたね、貴方」
そう思いながら社長に返答すると、今度は突然頭を抱えだした。
嫌なことでもあったらしい。
俺でよければ、相談に乗ってやろうか?
「では、まずお伝えしますが、ヘイトさんの冒険者登録は出来ません。そして、今後も冒険者として登録することは出来ません。それはどこの支部に行っても同じですので、よ~く覚えておいてください」
「はぁ!?」
登録できない!?
しかも、レイトノルフだけじゃなくて、他の支部に行っても拒否されるだと!?
何がどうなってそうなったんだよ、コラァ!?
「ふざけんな!! いったいどういうつもりだ!?」
「どういうつもりも何も、貴方のステータスと登録前の言動すべてを冒険者協会の幹部に報告し、正式に通達された業務命令です。私が報告しておいてなんですが、これほどまでに対応が早い案件も珍しいんですよ?」
「なっ……!?」
さらに言い募ろうとした俺だったが、社長の言葉に言葉を詰まらせちまった。
そして、仮にも俺は《神術思考》なんて規格外のインテリスキルを有する人間だ。
『俺のステータス』と『言動』を俺自身でも検討し直すと、反論が一つも思いつかなくなっちまった。
「では、貴方が納得できるよう、順を追って説明します。
まず、貴方のステータスは冒険者の一般どころか、人間種族の一般すらも下回っており、とてもではありませんが冒険者としてやっていけるとは思えません。貴方も私の言動の節々に感じられていたでしょうが、実は説明の時にはもう、貴方の登録はほぼ不可能と判断していました。
確かに、冒険者登録は誰でも自由に登録できるとしてはいますが、いくら何でも限度があります。冒険者にくる依頼は日々大量に寄せられますし、人手が足りないのも事実ですが、仕事を達成できる能力がないとわかる人間を登録するほど、冒険者協会は向こう見ずではありません」
それは、そうだろう。
いくら『誰でも登録できること』を売りに人材を募っているっつっても、明らかに仕事を任せられない能力しかねぇ人間なんて、入れても無駄だ。
それに、冒険者としての活動が『自己責任』っつっても、事前に『対処』できたことを放置したまま登録させ、依頼先で役に立たなかったり、最悪何も出来ずに死んじまったりしたら、少なからずその支部に悪評がつく。
冒険者になりたい! っつう本人の意思がどうあれ、まるっきり冒険者に向いていない人間を引き入れ、何の対応もせずに見殺しにした、なんて噂が広まれば、レイトノルフ支部だけじゃなく冒険者協会の看板そのものに傷をつける可能性が出てくる。
特に、全国規模で展開している企業の悪評は、どんな些細なものでも経営に差し支える。
依頼主からすれば、そんな雑な人材派遣をするところに依頼しても、確実に依頼が達成されるのか? っつう不安が生じ、冒険者協会への依頼数が減るかもしれねぇ。
他方で、冒険者を金稼ぎの道具としてしか見てねぇんじゃねぇか? っつう雇われの身となる冒険者側にも、労働環境の強い不安が世間に広まって、登録者数が減ってもおかしくねぇ。
一応、ライバル関係にある同業他社がおらず、今のところ市場の独占状態である冒険者協会だったら、最悪の状況になっても廃業に追い込まれることこそねぇだろう。
が、全国規模で知名度があり、ある程度の信頼が置かれている冒険者協会のスキャンダルは、あっという間に民衆に広がっていくはずだ。
俺がたとえ話で出したような、業務全般に支障が出ることも、決して考えすぎなんてことはいえなくなる。
そうしたリスクを避けようと思うならば、俺みたいな奴は最初から登録させないことが、冒険者協会の名前を守るための最善手といえる。
冒険者っつう職業の特性からすれば、依頼の未達成や依頼中の事故死っつうリスクは、誰しもにつきまとうもんだ。
そういう意味じゃ、冒険者協会の名前に傷を付ける可能性は、登録した冒険者全員にいえる。
だからといって、冒険者として活動すれば、近い将来高確率で死ぬとわかっている人間を登録させるのは、完全に冒険者協会の怠慢と謗られるだろう。
事前に風評の芽を摘もうとするのは、企業としては当然のことだ。
「加えて、貴方の発言が大変問題になりました。
あの場にいた冒険者たちへの暴言に関しては、確かに貴方の発言にも一理あります。かなり攻撃的な言い方であったとはいえ、明るい時間から仕事もせずにお酒を飲み、新規登録者を侮辱するような言動をして、誤解を与えたのは事実ですから。
しかし、彼らの中には大きな仕事を終わらせた後の気晴らしとして、他にも今日を休日と決めていたから、お酒を楽しんでいた方もいらっしゃったでしょう。そうした方々に配慮もなく、一方的に落伍者の烙印を押しつけるのは、きちんと仕事をされている冒険者に大変失礼です」
確かに、それは俺もわざと煽ったのは認めよう。
だが、きちんと仕事をしてるんだったら、俺の言葉に反発してキレる必要はなかったんじゃね? って思うんだが。
……もしかして、酒を飲んでてカッとなりやすかっただけ、とか?
あー、そうかもしんねぇ。思い出してみりゃ、全員結構な赤ら顔だった。あの時点で相当飲んでたんだとしたら、感情の制御なんて出来やしねぇだろう。
それに、俺自身の問題として、最近はずっと感情に左右されることのねぇ生活を送ってきた。
《明鏡止水》しかり、《魂蝕欺瞞》しかり、《精神支配》しかり、俺には感情を制御、抑制するスキルがかなり多い。
結果、知らず知らずの内に、人間の感情についての感覚を忘れてきてる、のかもしれねぇ。
俺の感情における許容量が大幅に広がった上で、『俺だったら我慢できる』、って感覚で無意識に煽った結果が、これだとしたら。
どんだけの挑発で相手の沸点を超えるか、っつう他者の感情に対してかなり鈍感になってたのが、俺の失態だったわけだ。
おそらく、主に《精神支配》の悪影響かも知れねぇな。気づいたところで、後の祭りだが。
ともかく、この件に関しても、完全に俺に非がある。ぐうの音もでねぇ。
「そしてそれ以上に、冒険者協会への侮辱的な台詞は許容できるものではありません。冒険者の気質が荒い傾向にあるのは事実ですが、決して全員が粗暴で他人に迷惑をかけるような方ばかりではありません。
あまつさえ、冒険者を貶めるだけでなく、冒険者協会の存在意義そのものを引き合いに出し、看過できない発言を何度か発しておられましたよね? 冒険者の登録に制限はなくとも、あそこまで非難を受けた側としましては、はいそうですかと流せるものではありません。
それに、貴方は『勤労意欲あふれる若者』であり、『冒険者であることが恥ずかしい』とも仰られましたよね? であれば、冒険者でなくとも他にいくらでも仕事が見つかるのではないでしょうか?
わざわざ貴方の『敬遠する』冒険者という道に引きずり込むのは、私たちの本意ではありません。それに、こちらも当協会に悪感情を抱いている方を、無理に登録しようなどとは思いません。私たちの仕事は、『慈善活動』ではありませんから」
ここにきて初めてにっこりと笑いやがった社長だが、目は完全に笑ってねぇ。
社長も俺の発言は覚えてたのか、しっかり皮肉を入れてきやがった。
まあ、そらそうか。
日本での就活として考えると、俺の言動は内定がほぼ決まった最終面接で『ここの人材は芯から腐ってます! 御社はクソですね!!』って言い切るようなもんだ。
いくら能力が高い奴だったとしても、協調性ゼロで問題しか起こさねぇだろう人間を引き取る企業なんていやしねぇ。俺の場合、能力もクソでいいとこなしだったんだが。
よって、冒険者協会からすれば、そんな爆弾にしかならねぇだろう俺を雇うなんてとんでもない!! って結論に至った、ってわけか。
あん時の台詞全部が本意だとはいわねぇが、売り言葉に買い言葉で口にしちまったのは事実。
全面的に、言い訳のしようが全くねぇ。
「そうした経緯から、私の独断でしたが、貴方が眠っている間に貴方の情報や言動を冒険者協会本部に報告させていただきました。すぐさま会議が開かれ、検討の結果、満場一致で、貴方を冒険者協会からの永久追放が決定されました。
というわけで、冒険者になるのは諦めてください。この結果に関しては、はっきりいって、自業自得です。少々お節介かもしれませんが、『沈黙は金、雄弁は銀』、という言葉を贈らせていただきますね?」
う~わ~……。
社長の皮肉が止まらねぇ~……。
やっちまった感がすげぇなぁ、おい?
やけに清々しい笑顔を浮かべる社長に、俺は右手で両目を覆って途方に暮れる。
いや、もう、言われなくても自業自得なのはわかってっから。わざわざことわざまで出して『口が過ぎるんだよ、バーカ!』とか言わなくてもいいから。
「ちなみにハクスさんのことですが、『一応』、一般人であった貴方に暴力を振るったので、罰則が適応されました。彼は『黄鬼』級でしたが、次の昇格試験へのノルマを倍にさせていただきました。『一応』被害者である貴方には、規則により処分内容の通知義務がありましたので、お伝えしました」
あのハゲ斧、『黄鬼』級だったのかよ!
下から二番目じゃねぇか!!
誰だ、陰の実力者だとか勘違いしたバカは!?
俺だよ!!
それに、ハゲ斧の処分とか、すっげぇどうでもいいわ。
それより、俺を示す単語に、『一応』っつう言葉がひっついてる方がよっぽど気になる。
何でそこ強調した? どっからどうみても、善良な一般人だろうがよ?
と、俺の主張も口からは出ず。社長も義務感丸出しな報告も終わったのか、椅子から立ち上がった。
「では、見る限り怪我が残っているわけではなさそうですので、そのままお帰りください。そして、『二度と』冒険者協会の敷居をまたがないでくださいね? 迷惑ですから」
最後に言い残して俺に見せたのは、すばらしく眩しい本気の笑顔だった。
営業スマイルの何倍も魅力的だろうが、俺にとっちゃ死刑宣告だよ、それ。
かくして、俺は。
自ら冒険者という道を永遠に閉ざしてしまったとさ。
めでたしめでたし。
…………ちっくしょぉ!!
登録『完了』とは言っていませんので、タイトル詐欺ではありません。
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名前:ヘイト(平渚)
LV:1
種族:イセア人(日本人▼)
適正職業:なし
状態:健常
生命力:1/1
魔力:1/1(0/0)
筋力:1
耐久力:1
知力:1
俊敏:1
運:1
保有スキル
(【普通(OFF)】)
(《限界超越LV10》《機構干渉LV2》《奇跡LV10》《明鏡止水LV1》《神術思考LV2》《世理完解LV1》《魂蝕欺瞞LV2》《神経支配LV2》《精神支配LV2》《永久機関LV2》《生体感知LV1》《同調LV2》)
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