53話 別れ
「ま、こんなもんか」
謁見の間を後にして、俺はその場でもらった袋を揺らしながら、王城の廊下を歩いている。
予想通り、『異世界人』へのポーズのために見栄を張ったクソ王は、『魔族の情報』を聞き終わるとすぐに金を俺に渡してきた。
渡された袋はずっしり重く、かなりの量の金が入っていることが手に伝わってくる。
中身を見てみると、金貨が数枚、銀貨が何十枚、銅貨がさらに細かくじゃらじゃらしている。
金貨が100万、銀貨が1万、銅貨が100円相当だと考えると、まあまあな金額が手元に入ったことになる。
クソ王の対応にも、『異世界人』は満足したようだ。
『情報料』から『八ヶ月分の生活費』を差し引いた金額が数百万相当であり、俺の話が終わってすぐに金を用意した対応の早さも評価しているようだった。
これでクソ王も『異世界人』に対する態度をある程度修正でき、厄介者の俺を排除することには成功したから、少しは顔が立ったと見ていることだろう。
が、言っちまえば俺に対する保障は『それだけ』だ。
この金も、確かにそれなりの金額には見えるが、一生食っていけるかと言えばそうじゃねぇ。使いどころを間違えりゃ、すぐに底をつく程度の金額でしかねぇのは明らかだ。
さらに問題なのは、今の俺には『確固とした身分』がねぇこと。
異世界から召喚された『異世界人』には戸籍がなく、帰属する国家がねぇ代わりに誰も身分の保証をしてくれねぇ。
故に、『異世界人』は種族が『異世界人』ってだけで、『貴族』でも『平民』でもない、宙ぶらりんな立場なのは変わらねぇんだ。
それによりぱっと思いつく弊害は、税金関係だな。特に俺にゃ、町に出入りする時の『通行税』が結構痛ぇ。
戸籍のねぇ俺は、いわば無法者と同じ扱いだ。入国審査的なもんは自然と厳しくなるだろうし、徴収される税金も高くなる。
現イガルト王国内じゃ、無戸籍の場合入る時はもちろん、町を出る時なんか滞在日数に応じて『通行税』の価格が跳ね上がるんだぜ? ぼったくりもいいところだろ?
一応、『通行税』対策として異世界ファンタジーにはテンプレな冒険者に登録し、身分を得るって方法もある。
いわゆる傭兵業主体の何でも屋で、何かと町の出入りが激しい冒険者は『通行税』を免除されている。
代わりに、毎回の依頼料からいくらか天引きされるようだから、税金が全くのゼロになるわけじゃねぇんだがな。
しかも、冒険者は身分を得るだけじゃなく、金を稼ぐ仕事を得ることも出来る。
何の伝手もアテもない俺にとっちゃ、ヤクザ稼業でも仕事があるだけマシだと思わなきゃならねぇ。登録はほぼ必須だと言っていい。
が、すぐに登録することは無理だ。
イガルト王国支配圏の中で冒険者として登録しちまったら、俺の動きが今後もクソ王に筒抜けになる可能性がある。
冒険者協会そのものは、どこかの国に肩入れすることのない独立した組織をうたっちゃいるが、各国の町に間借りして支部を作り、営利活動をしていることを考えると、国からの要請を完全に突っぱねることなんて出来ねぇはずだ。
クソ王の要求自体も、協会に直接俺の特徴に合致する人物の動向を報告しろって命令か、もしくはそれらしい人物を捜索する依頼を出す、とかになるだろう。
冒険者協会にとって、その程度の要求だったらハードルは低いし、イガルト王国の覚えもよくなるんなら引き受けねぇ手はねぇ。
しかも、ここは魔法文明が発達したファンタジー世界。
城から出ればクソ王の干渉もなくなるし~、なんて甘く考えて国内で冒険者登録しちまうと、冒険者協会の魔法技術によるネットワークで、国外に出た後も監視される可能性がある。
貞子の【結界】ほど優秀じゃねぇだろうが、支部同士が電話みてぇに情報共有できる技術が確立されているってのは、すでに《世理完解》で確認済みだ。
『通行税』をケチってクソ王の足下で身分なんざ作っちまえば、自分で足跡を残すことになりかねねぇ。
俺には他人の認識を誤魔化す《魂蝕欺瞞》などのスキルがあるが、【幻覚】ほど便利で無差別にかけられるわけじゃねぇ。
俺の知らないところで姿を見られ、冒険者協会に報告が行き、クソ王に伝達される、なんて展開は十分あり得る話だ。
よって、俺の冒険者登録は可能ならば国外に出てから。国内で登録する必要が出ても、最悪クソ王の目がすぐには行き届かねぇ辺境にまで移動する必要がある。
それまでは、俺は戸籍のない浮浪者で行動し続けるしかねぇ。
一応、他にも身分を得るだけなら、金で買うっつう手段もあるにはある。国か町に必要な金を積み、戸籍と身分を作ってもらうんだな。
こっちは後見人を立てなきゃなんなかったり、諸々の手続きが面倒な上、当然ながらどっかの国に所属することになっちまう。
『異世界人』っつう存在が面倒を引き起こしそうな臭いがする以上、イガルト王国以外の国に取り込まれる危険性が高ぇから、この手段はほぼ使えねぇ。
苦肉の策で、たとえ身分を作ることに決めたとしても、クソ王のいるイガルト王国以外の国じゃなきゃ俺は安心できねぇし。
いずれにせよ最優先が国外逃亡だ。多少の不便には目を瞑らなきゃ、前には進めねぇ。
幸い、俺には《永久機関》があるから、食事や睡眠のために金を出す必要はねぇ。
その上、【普通】で状態を【固定】できるから、服を新調する金も要らねぇのは救いか。
この世界にはねぇ学生服を着てたら目立つだろうが、最悪《魂蝕欺瞞》で一声かけりゃ、外見の物珍しさを認識させなくすることも可能だ。
何なら《同調》からの《神経支配》で、別の服に見えるように他人の視覚をいじってもいいしな。
後の問題は、宿代ケチって大金持ったまま、ホームレスよろしく路上生活するのは相当危険、ってことだが、俺のスキルを使えば何とかなるだろ。
俺みてぇに『魔力0』なんて生物が相手じゃねぇ限り、【普通】で圧倒できる。そうでなくとも、チンピラ程度のステータスだったら、『異世界人』でも十分対処可能だろう。
たとえ金をスられたとしても、事前に金と袋に《同調》かけとけば、犯人の追跡もできっしな。
っつうわけで、大抵の問題はスキルを使えば問題なし。
それ以外の懸念を整理すると、身分を得る国とタイミングをどうするか?
手元の金で乗り合い馬車を乗り継いだとして、一体どこまで行けるか?
途中で金が底をつきた場合、国外に出る時の関税などの金をどう工面するか?
大まかにはそんなところだな。
とはいえ、【普通】と《永久機関》のおかげで、簡単に死にはしねぇんだ。
時間さえかければイガルト王国の領土から出ることは出来る。大陸地図なんかも《世理完解》で調べられるし、迷子の心配もしなくていいしな。
そう悲観的にならなくてもいいだろう。
無人のだだっ広い廊下を上履きでペタペタ歩きつつ、俺は金の入った袋を肩に担いで自分の牢屋を目指す。
今日はさすがに時間も遅く、差し引いた生活費の日数換算としてもキリがいいってことで、俺がこの城を出るのは明日。
与えられたのはクソみてぇな牢屋だったが、八ヶ月もいりゃ少しは愛着も湧く。最後の王城暮らしを、そこで満喫しようって思ったんだよ。
あ、ちなみに、解散になった時にバカ四人衆とは別れた。全員から睨まれたり舌打ちされたりしたけど、それ以上は何もしてこなかったし、俺は無視して牢屋に戻った。
クソ王との交渉じゃ、あっちはイガルト王国の態度を見極める判断材料として、俺は少しでもいい条件を引き出すための手駒として。
互いが互いを利用した上、元々なれ合う関係でもねぇんだ。相互不干渉くらいがちょうどいいだろ。
『あっ!?』
「…………ん?」
明日以降のことを考えながら足を進めていると、前方から声が上がった。
やや地面に伏せていた視線を上げると、そこには会長、チビ、残念先生、貞子が俺を見て驚いていた。
目をぱっちり開き、口もポカーンと開いたままの姿はシンクロしていて、息がぴったりだった。
……なんだかんだで仲いいよな、お前ら。
「あ、あのっ!! 大丈夫だったんですか!? あれから姿が見えなくて、とても心配していたんですけど!?」
最初に我を取り戻したのは、会長だった。
ああ、そういや、会長たちからすれば俺って重傷患者だったもんな。いきなりベッドからいなくなりゃ、少しは心配もするか。
俺は会長の台詞をさらっと流しながら、無言のまま歩を進める。
「ちょっと!! 聞いてんのアンタ!? カレンも長姫もシホも、ついでにアタシも心配してやったっつってんのに、何無視してんのよ!?」
え? チビが俺の心配? ぜってぇ嘘だろ。
それともアレか? 俺の体じゃなくて、俺との勝負の心配って意味か? あぁ、それなら納得だわ。
俺はチビのうるせぇクレームを聞き流し、それでも口を閉ざして足を動かす。
「……あの? どうしたの? 何で、何も言ってくれないの? 私たち、何か、悪いこと、した?」
あまりにも反応がない俺に、残念先生が不安そうな声で問いかけてくる。
おいおい、いつもの敬語はどうしたよ? 残念先生はいつも生徒の前で格好つけようとして失敗するのが常なんだから、最初はちゃんと取り繕わないとキャラじゃねぇだろ?
俺は心の中で残念先生をからかい、視線は前だけを向いて歩くのを止めない。
「……ぁ、……ぁ、ぁ、…………あ! ……ぁの…………っ!!」
呼びかけの一切を無視する俺に構わず、貞子も必死に声を絞り出す。
そうか、こんな時でさえお前は、【結界】での会話はしてくれねぇのか……。俺、お前に何か悪いことしたっけ? あ、あの固い紙で顔拭いたの、やっぱ嫌だったとか?
俺はまともに会話してくれない貞子に一抹の寂しさを覚えつつ、それでもコイツらを無視し続けた。
「あ…………」
「…………っ!」
「ぅ…………」
「…………ぅぇ、っ!」
そして、視線も合わせず、言葉も交わさず、意識すら向けず。
俺はコイツらの横を、通り過ぎようとした。
視界に映った、四人の表情は。
何故か全員、泣きそうになっていた。
(…………はぁ。ったく、しゃーねぇなぁ)
一応クソ王との交渉で役に立った義理立てもあって、バカ四人衆に言われたことを遵守し、コイツらを無視してた俺だったが、内心でため息を吐く。
もう会うこともねぇだろうと思ってたし、本当はこのまま何も言わずに立ち去るつもりだったんだが、さすがにあんな顔されたままじゃ寝覚めが悪ぃ。
かといって、俺の『敵』として立ちはだからねぇ限りは、もうコイツらと積極的に関わろうとも思わねぇし、城を出るチャンスを潰すなんて論外だ。
だから俺は、俺が残せる精一杯のモノをくれてやることで、償いの代わりにすることにした。
「王城地下の第一牢、右手側入って四番目の扉」
「……えっ!?」
すれ違いざま、俺は耳元でしか聞こえないほどの声量で、会長に俺の牢屋の位置を教えた。
そこに俺のレポートがある。
お前らにしてやれる、最後の助言だ。
それやるから、俺が無視したことは帳消しな?
意気消沈していた会長だったが、俺の突然の言葉に驚いたのか、気配だけでこちらを振り返るのがわかった。
けど、俺の方は一度も会長たちを振り返らず、スタスタと歩き去る。
どうせ、片手で数えるほどしか会ったことのねぇ間柄なんだ。
それほど思い入れのねぇ奴がいなくなったところで、会長たちもすぐに忘れるだろうよ。
泣きそうな表情を見せたのも、単に無視されて悲しい、って程度だろうしな。気が強そうなチビもそんな顔をしたのは、意外っちゃ意外だったが。
ま、そういうことで。
俺との別れなんて、これくらいシンプルであっさりしてた方がいいだろう。
ぜいぜい今後の異世界生活、頑張ってくれや。
俺は無表情を維持し、誰にも伝えないエールを送って、会長たちを一顧だにせず立ち去った。
結局、会長たちの視界からいなくなるまで、俺の背中に突き刺さる四対の視線は消えなかった。
……ん?
よくよく考えりゃ、いや考えるまでもなく、声かけられたのにガン無視すんのって、超失礼だよな?
しかも、俺の予想じゃ、アイツら俺にそこまで好意的な感情とかなかったはず……。
それに、俺に弁償の気持ちがあっても、アイツらが俺のレポートを見つけるまでは、そんなことを察せられるはずねぇよな?
あんだけ無愛想に無視したんだ。
俺だったら、一人で陰口叩きまくるくらいには腹立つだろう。
それらを総合すると。
もしかして俺、アイツらに余計に目ぇつけられたんじゃね?
だから、ずっと俺の背中を、視線で追って……?
…………やっべ、マズったかも。
牢屋に戻ってから、ようやく俺は会長たちの反感を一層買っていた可能性に気づき、独りで戦慄していた。
また調子に乗っちまった結果がこれとか、笑えねぇー。
俺、最後まで余計なことしかしねぇのな。
イガルト王国王城での最後の夜は、自業自得の後悔と、会長たちからの襲撃という恐怖に苛まれつつ、ビクビクしながら過ごすこととなった。
幸い、夜が明けるまでに、誰も訪問者は来なかった。こんなに落ちつかねぇ夜は初めてだったよ……。
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名前:平渚
LV:1【固定】
種族:日本人▼
適正職業:なし
状態:【普通】
生命力:1/1【固定】
魔力:0/0【固定】
筋力:1【固定】
耐久力:1【固定】
知力:1【固定】
俊敏:1【固定】
運:1【固定】
保有スキル【固定】
【普通】
《限界超越LV10》《機構干渉LV1》《奇跡LV10》《明鏡止水LV1》《神術思考LV1》《世理完解LV1》《魂蝕欺瞞LV1》《神経支配LV1》《精神支配LV1》《永久機関LV1》《生体感知LV1》《同調LV1》
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