5話 ステータス
「お、まえ、平ぁ!!」
クズ国王らがいなくなってすぐ、状況についていけなくて固まってた日本人サイドが我に返り怒声を上げた。
よーく見てみると、前の方で我らが二年二組の担任が立ち上がり、ブチ切れていた。顔も真っ赤で眉もつり上がってやがる。
あっはっは。いつもの三倍増しでブサイクだぞー、おっさん。
「自分が何をしたのか、分かってるのか!!
俺たちの保護を約束してくれた王様に、なんて失礼な口と態度を働いてくれたんだ!! これで俺たちの扱いが悪くなったらどうしてくれる!?
そうなったら、全部お前のせいだからな!!」
え? 今のやり取りをそう解釈するわけ? 脳天気だなぁ、この中年。
そもそも俺らの立場がふわっふわしてて、最悪奴隷みたいな扱いを受けていたかもしれない、なんて考えはねぇみてぇだな。
あのまま唯々諾々と言われたことにはいはい頷いていれば、どんだけ不平等な契約を結ばされていたかわかんねぇ、ってのに。
俺らの二倍以上は生きてんのに、高校生並の考えにすら至らないとか……どんだけ幸せな頭してんだか。
とはいえ、俺もさっきのやりとりで気張りすぎたな。反論する気力も体力も残ってねぇし、立ってんのもやっとだ。
結果、チラ見しただけで無視する形になっちまった。ま、わざわざご丁寧に説明してやる義理もねぇけど。
「そんな、ふざけんなよ!」
「余計なことしやがって!」
「普段は一言もしゃべらない癖に、こういう時だけ出しゃばらないでよ!」
「異世界にきたからって、調子に乗ってるんじゃないの!?」
おーおー、不平不満がわんさか出てきやがるな。
主に俺を積極的にいじめてた奴らっぽいから、二年生のほぼ半数か? 真ん中辺りの列で立ち上がってはこちらを指さし、キーキー罵声を浴びせてくる。
ただ流されるだけで何もしなかった間抜けどもに言われたくねぇっての。
それに調子に乗ってる奴ってのは、こういう騒ぎの中でもニヤニヤしたまま妄想に浸ってる奴のことを言うんじゃねぇか?
「聞いてんのか、てめぇ!」
「ぐっ……!?」
すると、いつの間に近づいたのか、一人の男子が俺の胸ぐらを掴み上げて正面から睨みつけてきた。さっきの国王と比べりゃ威圧は弱いが、まさに怒り心頭って感じだな。
――っつうか、こいつ、俺を右腕一本で持ち上げやがったぞ?
俺はデブでもなければガリでもねぇ、いわゆる標準体型だ。それは目の前のこいつも同じで、俺よか多少筋肉質な程度。
どんだけキレてても、腕一本で弛緩した人間の体重を持ち上げるなんて無理だろ。
不可抗力とはいえ、これで日本人に何かしらのパワーアップが施されてんのが確定した、か。
これに関しては、ひとまずは朗報、って思ってよさそうだな。
でも、ちょ、まて……、ちから、つよ…………っ!?
「が……はっ……!」
や、べ、首、きまって、やがる、っ! いき、が、でき……ね……。
「何とか言えよ、クズがぁ!」
ば、っ! いま、なぐ、っ、なよっ!
「やめなさい!」
「っ!?」
「ぐあっ! がはっ! げほっ! げほっ!」
その瞬間、俺は意識が遠のくレベルの息苦しさから解放され、盛大に噎せた。
ついでに、両足が宙ぶらりんの状態から床に落とされたため、思いっきりケツを打つ。
上も下も大惨事だよ、畜生。
「今は私たちの間で争っている場合ではないでしょう! それに、彼の発言は言い方こそ乱暴でしたが、私たちの利としようとする意志が見られたではないですか!」
「そう、かもしれないですけど、だってこいつっ!」
「たとえそれで事態が悪化したとしても! それはあの時、彼と国王陛下のやりとりを止められなかった、私たち全員の責任でもあります!
この件に関して、彼だけを責めるのは、間違っているでしょう!?」
「……ちっ!」
床に崩れ落ちた俺が何とか上体を持ち上げ、ゲホゴホやってる間になんかシリアスなやりとりがあったようだが、とりあえず今はどうでもいいや。
あー、酸素うめぇ。生きてるって素晴らしー。
これで酸素濃度が召喚前の地上と同レベルだったら言うことねぇんだけどな……。
誰か酸素ボンベプリーズ!
このままじゃ日常生活で酸欠になるわ!
「大丈夫ですか?」
「はぁ、はぁ、……あ?」
俯いて息を整えていると、頭上から女の声が降ってきた。
誰だよ、まだ文句あんのか? って思いながら顔を上げると、そこには見たことあるようで見たことのない、とびっきりの美人がいた。
「先ほどからずっと呼吸が荒いようですが、もしかして、体調が優れないのではないでしょうか?」
とびっきりの美人こと、水川会長は心配そうに俺の顔をのぞき込み、手ずから背中をさすってくれる。
まるで絵に描いたような大和撫子、って印象を受ける会長は、間近で見るともう核兵器かってくらいのインパクトがあるほど綺麗だった。
純日本人らしい黒髪黒目はカラスの濡れ羽色、って感じでツヤツヤだし、まつげはめちゃ長ぇし、外人かってくらい鼻筋は通ってるし、唇はリップなしでもプルプルでピンク色。
俺を心配してか、下がった目尻が色っぽさを数段引き上げ、一個しか年が変わらねぇのにすっげぇ大人と向き合ってる気分にさせられる。
視線が少し下がると映る、普段同級生相手に見慣れた制服ですら魅力的に見えちまうから不思議だ。
特に、クラスメイトにはなかった豊満な胸の膨らみとか、折れそうなくらい細い腰とか、どこのモデルかアイドルかってレベルだぞ。
気軽に接するには、男子高校生の目に毒すぎんだろ、この人。
迂闊に俺みたいな底辺野郎に近づくと、襲われちゃいますよー?
「はぁ、……いえ、もう平気っす」
……なんて、感情を伴わない棒読みを心の中で呟きつつ、俺は会長から身を離した。
ちょっと前の俺だったら百パー犯罪覚悟で抱きつくくらいはしただろうけど、今はそんな気に全くなれねぇ。
特殊な環境下にあるから――っつうのとはちょっと違うな。
なんつーか、俺の目に映るものが全部、まるで写真越しに見るような……そう、現実感がねぇんだよな。
この人と言い、この状況と言い。
俺らの様子をすっげぇ形相で睨む学校側の人間と言い。
さらにその外側で、俺らを観察するように視線を向けてくる騎士たちと言い。
俺を取り巻く何もかもが、いつも通りに冷めた目線で見ることができる。
日常なんて、世界なんて、人生なんてクソくだらねぇ――って、独り心ん中で吐き捨ててた、それまでの俺と同じように。
「……そうですか。何かあったら、遠慮なく言って下さいね?」
「うっす」
だから、美人の会長に心配されても浮かれないし、会話をしてもドキドキすらしねぇ。
生徒連中の視線に殺気や敵意が混じりだしても。
騎士の中から会長をなめ回すような視線を送る輩を何人も見つけても。
俺の感情は波紋さえ起こらない。
俺たち……いや、『俺』がやるべきことは、第一に生き残ること。
第二に、この世界でも生き残っていける生活基盤を築く準備を整えることだ。
第一は、とりあえず一年は保証させたからクリア、ってことにしとくか。その間に、第二の目的を進めなきゃいけねぇ。
この世界の常識を含めた知識、俺自身の能力、『魔王』とか『魔族』とか魔物とかいった敵になりうる存在の情報、他国の情勢や他種族の特徴と、イガルト王国人との軋轢の有無。
やるべきことは山ほどある。
その後は、どれだけ穏便にこの国から逃げ出す地盤を作るかが重要だな。
まあ、そんために打った最初のジャブは、向こうが多少の人心掌握を心得ている奴じゃなきゃ成立しねぇ、一種の賭けではあったが。
ま、王族だったら帝王学くらい学んでるだろうし、失敗する確率は低いだろう。
そんで俺が死んじまえば、そん時は俺の見通しが甘かった、ってことで。
「お待たせしました」
俺とのいざこざがあってからしばらく、ザワザワと近くの奴らと雑談してた学校連中だが、ローブを来た怪しい集団が室内に入ってきてから静かになる。
古めかしい杖と、それらしい暗い色のローブを身に纏った、まー見た目が怪しい奴らだ。
一応魔法ってのがあるんだから、いわゆる『魔法使い』系の専門家なんだろうけど、日本じゃ警察に即電話するレベルの不審者だな、うん。
先頭で口を開いた年輩のおっさんの後ろから、ぞろぞろと入ってくるローブ集団は……全部で数十人くらい。
ローブと杖の他に、一人につき一個の水晶玉っぽい透明のボールみたいなのを持っている。
なんだ? 今から占いでもやるってのか?
「今から勇者様方の『ステータス』を確認したいと思います。私どもが持っている水晶玉に、一人ずつ手を触れて『ステータス』と念じて下さい。そうすれば、頭の中に皆様の能力が開示されることでしょう」
は? ステータス?
そんなゲームみたいなシステムあんのか、この世界?
「……ちっ」
一人学校連中の輪から外れていた俺は、人知れず舌打ちをこぼす。
これはまた、ややこしいことになってきたぞ。
俺らに起こっている出来事は確かに現実だが、空想創作が娯楽として普及した世界にいたんだぞ?
少しでもゲーム的な要素が介入することで、妙な勘違いするバカが量産されちまう危険がある。
それこそ、『この世界はゲームなんだから、自分が何をしても許される!』なんて、アホな勘違いを平気でしかねない。
特にそのステータスとやらが初期から高い奴は、それはもう有頂天になるはずだ。
何せ、この場にいる九割は、俺を含めて社会の現実を知らねぇガキばっか。
少しでも他人との優位性がわかりやすい指標を見せつけられれば、未熟な高校生じゃ確実に調子に乗る。
自分が小説の中の主人公みたいな展開があったってだけで、その後もすべてうまくいく、なんつー低脳極まりない幻想を抱きかねない程な。
んで、浮かれたガキが暴走すると、大抵ろくでもないことになる。
異世界召喚や転生物の小説じゃ割と定番だが、他者との優劣が明確に数値化されるステータスの概念って、結構な劇物だと思ってたんだよな、俺。
覚悟はしてたが、いざ確認すっぞってなると、どうしても身構えちまう。
これで俺ら日本人が、ステータスの低い日本人やこの世界の人間に対してどんだけ認識のズレを生じさせ、タガが外れて狂っていくのか。
他人事だったら見物だなー、で済むんだが、当事者にとっちゃマジで命がかかった死活問題になる。
暴君になった日本人の相手とか、俺はぜってぇゴメンだぞ。
っつっても、俺に対するこいつらの好感度じゃ、低能力者とのもめ事は不可避だよなぁ……。
「おおおっ!!」
人数が人数だから、俺はしばらくしてからステータスとやらを確認することにして、ぞろぞろと並ぶ日本人たちを傍観していた。
すると、出るわ出るわローブ集団の驚きの声。
魔王との潰し合いをさせようとしているこの国の人間が歓声を上げる、イコール、戦力として期待できる数値そのものが出たか、将来性のある能力が記載されていたか。
声の大きさがまちまちだから、将来性に期待、って奴が多いようだな。
一際強い歓声が上がったのは、やっぱりというか、会長の時だった。
話し声とかは聞こえなかったが、やっぱあの人が勇者と呼ばれるに相応しい能力を持っていたようだ。才色兼備、異世界でも極まれり、ってか?
他にも、副会長以下生徒会メンバーの男とか、校内一のヤンキー、教師の中でもちらほら、勇者に次ぐ即戦力級の能力の持ち主が出たっぽい。
遠目から見た限りで確認できたのは、そのくらいか。
その後も調査は続き、結構な時間をかけて残り人数も少なくなってくる。
そろそろ俺も、覚悟を決めるか。
重い腰を上げ、短くなってきた列に並び、その時を待つ。
「次の方。……ああ、貴方ですか」
そうしてローブの一人の前に立つと、明らかに嫌そうな顔と声音が歓迎してくれた。
ついでに、ステータスを確認する前から落胆の色も隠さない。
俺には何も期待してない、ってことか? えぇ?
「何だよ?」
「いえ、別に。残り少ないんですから、さっさと済ませましょう。ほら、この水晶に手を乗せて。右でも左でもどっちでもどうぞ」
おいおい、俺の時だけ扱いがやけに雑だな。俺の前にステータスを確認してた奴には、もっと丁寧に説明してただろうが。
国王に喧嘩を売ったのは確かだが、こうまで対応が迅速だったのは意外だった。
案外、国内の人間には人望があるのか? それとも、国王からトップダウンで下された指示の周知徹底を日ごろからしっかりさせていたのか?
いずれにせよ、俺にプラスに働くことはほとんどねぇな。
こういうところで地味に優秀さを出されても、何も嬉しくねぇっつうの。
「あいよ」
とりあえず利き手である右手を水晶に乗せ、ステータス、と頭の中で思い浮かべる。
すると、目を閉じた瞼の裏に、まさにゲームって感じの表が浮かんできた。
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名前:平渚
LV:1【固定】
種族:日本人▼
適正職業:なし
状態:【普通】
生命力:1/1【固定】
魔力:0/0【固定】
筋力:1【固定】
耐久力:1【固定】
知力:1【固定】
俊敏:1【固定】
運:1【固定】
保有スキル
【普通】
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…………はぁ!!??