46話 一触即発
「ふざけるな! 論点をずらそうとしても、そうはいかないぞ!!」
「ワケわかんねぇこと言って、ごまかそうってのか、あぁ!?」
「お、長姫先生に強くなんて、言えるわけないだろっ!?」
「勝手なことをっ! 紫穂ちゃんと話を出来ないようにしたのは、お前じゃないかっ!!」
親切にも俺の率直な意見を伝えてやったってのに、コイツらピーチクパーチク喚きやがって。
中二野郎。論点はズレてねぇよ。徹頭徹尾、ず~っとお前らの妄言の相手してやってただろうが。
筋肉ゴリラ。お前は単純に俺の言葉が理解できなかっただけだろ。日本語勉強してから出直してこい。
ホスト崩れ。開口一番に情けねぇこと言ってんじゃねぇぞ。嘘でも婚約者なんだったら、手綱くらいテメェで握れよ日本男児。
妄想野郎。だから貞子から逃げる口実に俺を使うんじゃねぇっつってんだろうが。俺と一緒に貞子も侮辱してんじゃねぇか。
「……はぁ、メンドクセー。だったら俺にどうしろってんだよ?」
「今後一切会長に近づくな!!」
「二度とセラに近づくんじゃねぇ!!」
「金輪際、長姫先生に近づかないでもらおう!!」
「一生、紫穂ちゃんに近寄るな!!」
おおう、ほぼ同じ内容でハモりやがった。
とはいえ、全員的外れな要求ばっかだな、おい?
「じゃあ聞くが、一週間前みてぇに向こうから寄ってきたらどうしろってんだよ?」
『それでも近づくな!!』
え~、そんなの無茶苦茶じゃないっすかぁ。
ってか、そろそろコイツらの相手すんのも疲れてきたなぁ。
「あ~、はいはい、わかったよ。近づかなきゃいいんだな? じゃあそうするよ」
もう会話するのもメンドくなったから、耳の穴ほじりながら頷いておいた。
これで満足なんだろ? じゃあさっさと目の前から消えてくれ。
「貴様ぁ! どこまでも俺たちをバカにしてぇ!!」
「殺す! 今すぐ殺してやる!!」
「どうやら、痛い目を見ないとわからないらしいな!!」
「守るんだ、僕が、紫穂ちゃんを、守るんだっ!!」
おいおい、なんで逆にヒートアップしてんだよ?
ちゃんと要求には従うっつったじゃん。
全員得物取り出してやがるし、【普通】のレーダーも一気に警戒が跳ね上がったんだけど?
ったく、どうしてこうなった?
「…………貴様、煽ってどうする?」
「は? 煽ってたのか? どこが? 意味わかんねぇ」
「ヨウタ殿たちもそうだが、貴様も大概ややこしい奴だな」
殺る気マックスの異世界人たちを前にして、ワンコが呆れたように俺に話しかけてきた。ややこしいって何だよ?
それに、俺とアイツらを同じ括りに入れるなよ。失礼だろ、俺に。
にしても、コイツら武器出してやる気満々なのはいいけどよ?
衝動に任せて俺を殺っちまっていいのか?
「盛り上がってるとこ悪ぃんだけど、本当に俺を始末しちまっていいのか? 俺がクソ担任にぶった斬られた時、あの四人がどういう行動に出てたのか、もう忘れちまったのか?」
相当な威圧を放っちゃいるが、会長のそれと比べればマシ。
俺は呆れ調子を見せつけたまま、両手をズボンのポケットに突っ込み、コイツらに言った。
「理由までは本人に聞いてみなけりゃわからんが、俺を庇ってたのは事実だろうが?
それとわかって俺に手ぇ出せば、あの四人がどういう行動に出るのか、わかったもんじゃねぇぞ?
それを覚悟で、俺に武器を向けてんだろうな?」
『ぐっ…………!?』
すると、さっきまでの勢いが嘘のように、体を硬直させたバカ四人。
なるほど、ホスト崩れだけじゃなく、すでにコイツら全員会長たちに相当酷い目にあわされたらしい。
めっちゃ苦虫を噛み潰したような顔で、俺を強く睨みつけてきやがる。どいつもこいつも、惚れた女に本気でビビるとは、情けねぇなぁ。
俺を庇った理由はそれぞれあんだろうが、もし俺を殺せば、会長もチビも残念先生も貞子も、一週間前の様子からして黙っちゃいねぇだろう。
そうなりゃ、高確率であの四人は下手人のコイツらに牙を剥くはずだ。
つまり、現段階で俺を害するっつうことは、近い将来会長たちとも敵対する覚悟を持たなきゃならねぇ。
しかも、俺が死んじまってたら、場合によっちゃテメェの命を賭ける必要性も出てくる。実力差もあるなら、ビビりもするだろうよ。
ま、俺がとった行動も、情けなさでいったらコイツらとそう変わらねぇ。何せ、会長たちの強さをアテにした、虎の威を借る狐だ。
手段としては、決して褒められたもんじゃねぇ。他人の力を無断で持ち出し、自分の力のようにひけらかし、保身に走ってんだから。
が、卑怯だろうがなんだろうが、俺は俺が死なねぇためなら何でも利用する。
そうでもしねぇと生き残れないのは、この八ヶ月で死ぬほど理解してんだよ、俺はな。
『…………っ!!』
ともかく。
会長たちを敵に回すだけの覚悟をもって、俺を殺せるのか?
暗にそう告げた俺の挑発に対する俺の答えは、武器を下ろすという行為で返された。
それでいい。
俺もお前らの立場ならそうする。
怖ぇもん、会長ら。
「もう用はねぇな? じゃ、俺も魔物討伐訓練に行くから、お前らも頑張れよ~?」
一応戦意を収めたコイツらに笑みを浮かべつつ、視線だけでワンコに先を促す。
一瞬目を細めたワンコだったが、そのまま前を向いてバカ四人の横を通り過ぎた。
「……このままで済むと、思うなよ」
「……テメェの顔は、覚えたからな」
「……今に見ていろ、クソガキが」
「……お前だけは、絶対に、許さない」
で、ワンコの後を追った俺がすれ違う瞬間、中二野郎、筋肉ゴリラ、ホスト崩れ、妄想野郎が小声で恨み言を残していった。
はっはー、負け犬の遠吠えか? 見苦しい見苦しい。
表情には出さずにバカにしながら、俺はさっさと通り過ぎた。
しばらくは背中に強い視線を感じていたが、すぐになくなる。
アイツらも魔物討伐訓練とやらに出かけたんだろう。
向かう先が真逆、っつうことは俺の目的地とアイツらの目的地は別、ってことだ。
今日はこれ以上の衝突はねぇと考えていいだろう。
「…………っ」
気配が完全に遠ざかったのを確認して、俺はワンコにもわからないよう、小さく息を吐き出す。
同時に、ポケットに突っ込んでいた手の汗を、ズボンの生地で拭って落とす。
危なかった。
アイツら、確かに会長たちと比べたら、弱いのかもしれねぇ。
だが、俺が感じた威圧感の差は、そこまで離れているわけじゃなかった。
つまり、『異世界人』の中でもトップクラスの実力者たちだった、ってこと。
たとえ俺が『異世界人』だったとしても、ガチで戦りあえば『異世界人の平均』ステータスしか持たない俺なんか、一発で殺されてただろう。
会長たちの影をちらつかせて引いてくれたからよかったものの、自棄になって襲いかかられたら、確実に死んでいた。
全部本音でまくし立ててやったが、《精神支配》で自分の恐怖を誤魔化してなきゃ、声が震えてたな。無謀なくらいの強気じゃなきゃ、あんな芸当出来ねぇよ。
ったく、クソ王め。
頼んでもねぇのに死亡フラグのデリバリーなんてしやがって。
死んだら怨んで化けて出てやるからな、クソが。
「ふん」
クソ王への恨み言を内心で吐きまくっていると、先導していたワンコが鼻を鳴らした。
ワンコは先導の足も止めて、おもむろに振り返る。
「『以前、俺にあれだけ啖呵を切っておきながら、情けない男だな。相手より強者、それも女の影をちらつかせて脅すとは。
戦士である前に男として、下劣で醜悪で最低な振る舞いだとわかっているのか?
あの時、我らが崇敬するノイルの名まで出し、武人の誇りを俺に問うた貴様がその体たらくでは、貴様の言葉になど説得力の欠片もない。
獣人としての生き様を語る前に、貴様自身の生き様を考え直したらどうだ?』」
俺も立ち止まって顔を上げると、そこには俺をどこまでも蔑む冷たい瞳があった。
俺より高い位置から見下ろし、喉語で俺を貶すワンコからは、俺を人として扱う感情は窺えない。
たとえるなら、道ばたでのたれ死のうとしている乞食を見るともなしに見ている貴族の目、って感じか?
嫌悪、侮蔑、拒絶。あらゆる否定が、そこにはあった。
「『……はっ、テメェこそ何言ってやがる?』」
だが、俺は怯まない。
真っ直ぐ、命が消えかけた乞食の目で、恥じることなく、見返してやった。
喉語で、はっきりと、告げてやる。
「『獣人の誇りは、あくまで獣人であるテメェのもんだろうが。俺には俺の、信じる誇りがある。巨大な力を前にしても、真っ向から喧嘩を売れるほどの、誇りが』」
「『あれのどこに誇れるものがあったのだ? ヨウタ殿たちから逃げるためにとった、ただの卑しい愚行ではないか。馬鹿馬鹿しい』」
ワンコの言う通り。
情けなくて。
惨めで。
自分でも最低だと思ってる。
だが、俺は。
自分の行動を恥じるつもりはない。
「『俺の誇りは、『今、ここに、生きていること』だ』」
言ったはずだぜ、フロウェルゥ?
「『過程や手段なんて関係ねぇ』」
俺の誇りは。
「『俺はまだ、死んでねぇ。きちんと、生きている』」
吹けば飛ぶ命である俺が、『まだ生きている』という事実そのもの。
「『たとえ誰が何をほざこうが、知ったこっちゃねぇ』」
だから、俺は何度でも叫んでやる。
「『恥も外聞もプライドも捨てて、それでも生きる道を選ぶ』」
生きることを、諦めない。
「『それが、生涯曲げることのない、俺の『誇り』だ』」
それが、生涯揺らぐことのない、俺の『信念』だ。
「『愚かな。『今』を生きたところで、『未来』はどうする? あの四人は、貴様を殺す気で睨んでいたぞ?
『今』を凌いだだけでは、いつか彼らが牙を剥いた時、そこで貴様は死ぬ。無駄な足掻きで見苦しいだけ……』」
「『『未来』のことは、『未来』の俺が何とかする。『過去』も、『未来』も、世界の誰かが『今』を繰り返して出来ていくんだ。
まだ何も決まっていない『未来』に後込みして、『今』に妥協すれば、それこそそいつに『未来』はない』」
見返す。
取るに足らない存在を見る目を。
俺は。
射抜く。
「『俺は、俺の『誇り』を示して見せたぞ、フロウェルゥ。
お前はどうだ?
獣人に、ノイルに、何より『自分』に。
『今』、この瞬間に至るまで。
一片も恥じることのない『誇り』を示せているのか?』」
視線に込めた力は、緩めない。
俺は、前に言ったはずだ。
『プライドも捨てられず犬死にするより、卑怯でも邪道でも軽蔑されても生き足掻く』、ってな。
そして、実際に、目の前で、俺の『誇り』を貫いてやったぞ。
お前はどうなんだ?
獣人族の武人、フロウェルゥ?
「…………っ」
だが、結局。
フロウェルゥは俺の目から逃げるように視線を切り、口を閉ざしてしまった。
そして、俺との問答などなかったかのように、俺に背を向けて足を動かした。
それきり、俺とフロウェルゥに、会話はなかった。
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名前:平渚
LV:1【固定】
種族:日本人▼
適正職業:なし
状態:【普通】
生命力:1/1【固定】
魔力:0/0【固定】
筋力:1【固定】
耐久力:1【固定】
知力:1【固定】
俊敏:1【固定】
運:1【固定】
保有スキル【固定】
【普通】
《限界超越LV10》《機構干渉LV1》《奇跡LV10》《明鏡止水LV1》《神術思考LV1》《世理完解LV1》《魂蝕欺瞞LV1》《神経支配LV1》《精神支配LV1》《永久機関LV1》《生体感知LV1》《同調LV1》
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