44話 魔物討伐訓練
俺がばっさり切られた合同訓練の日から、一週間。
会長、チビ、残念先生、貞子の仁義無き戦いに巻き込まれてから、四日が経過している。
俺はというと、また自分の牢屋に戻ってきていた。
どういう経緯があったかというと、そう複雑な事情はない。
「怪我は?」
「ないけど?」
「じゃあ、帰れ(とてもいい笑顔)」
簡単に言えば、このスリーステップで牢屋へ逆戻りになったわけだ。会話はメイド、俺、メイドの順番な。
病み上がりの俺に介助さえせず、きりきり歩けと言わんばかりにメイドに先導されて、俺は自力で歩いて牢屋に戻った。
その際、途中でメイドのイガルト人から獣人の兵士に先導がバトンタッチされた。どうやらまだ、俺への警戒態勢は続いているらしい。
ちなみに、先導の兵士はワンコじゃなかった。
毛並みの質や色、精悍さや耳の形に加え、何より犬耳の動き方が若干ワンコよりトロかったから、ワンコよりも階級が下の兵士だと思われる。
が、動物だったら何でもいい。帰り際は本当に癒しの時間だった。
ああ、アニマルセラピー。我が心の拠り所よ。
この国を脱出したら、獣人のいる場所に居を構えようか、本気で検討している。
獣人は人間のこと、蛇蝎の如く嫌いみたいだけどな。ま、候補の一つ、ってことで。
道中は会話もなく、俺が一方的に獣人の兵士(♂)を視姦していたら、あっという間に牢屋に着いちまった。楽しい時間ってのは、何でも早く感じるもんだな。
俺の視線を不気味がってたのか、それとも牢屋から漂う悪臭に堪えかねたのか、獣人の兵士はそそくさと立ち去っていった。
そう、俺の部屋からは、まだ臭いが強く残ってたんだ。
イガルト人の奴ら、掃除サボったな? ホテルマンとしちゃ、落第点以下だぞ?
全く、客を迎える『O・MO・TE・NA・SHI』スピリッツが足りねぇんだよ。
ゲストを迎えるホストの癖に『RO・KU・DE・NA・SHI』根性ダダ漏れなんだよ。
悔しかったらラブホを改造して外国人を受け入れるだけの柔軟さを見せてみやがれ。俺の文句が、部屋を荒らすだけ荒らしてオーナーに食ってかかる民泊ゲストみたいだ、っつうことは棚に上げるけど。
それはさておき。
三日ぶりの牢屋には、ちょっと変化があった。
「う、うえええええっ!!」
「あー、あー、あー…………」
「出せぇ!! ここから出せっつってんだろうがぁ!!」
知らねぇ内に、生きがいいのが増えてたんだな。
空き部屋だったところから、いくつか声が聞こえた。
牢屋内に漂う臭いに吐きまくってる奴だとか、譫言っぽいうめき声を上げてる奴だとか、個別の牢屋の扉をガンガン蹴ってる奴だとか。
何で入れられたのかは知らねぇけど、時期が悪かったな。
俺が臭いで荒らし回った後にぶち込まれるとは、災難なことこの上ない。
ま、俺は《神経支配》で嗅覚遮断してるから、ご愁傷様、って感じで他人事だけど。
元々の住人を見習えよ。大人しいもんだろ? 多分、この三ヶ月弱で鼻が麻痺しただけだろうがな。
「よ、っと」
で、俺は真っ直ぐ自分の部屋に戻り、ゴミ屋敷さながらのクソ穴からあふれるクソ色の紙山を眺めつつ、懐かしの石ベッドに腰掛けた。
自分の体を見下ろすと、俺の学生服は切断された跡もなく、綺麗なままだ。残念先生がまた【再生】で戻してくれたんだろう。
んで、俺は《同調》を使った上で【普通】を着衣全体にかけている。
何でんなことをしたかというと、ちょっとした実験だな。
きっかけは、残念先生と貞子に世話焼かれてた三日間、暇だったから色々思考を飛ばしてて、ふと思いついたことから。
それは、【普通】が俺のステータスを固定しているように、物質の『状態』も【固定】できないか? って考えたんだよ。
で、今から靴で【固定】されているかの効果を試そうとしている、っつうわけ。
……あ、今まで言ってなかったけど、俺の靴ってずっと上履きな。
他の奴らはとっくに現地の靴に履き替えてたけど、当然俺にはそんな素敵な支給品はねぇから、ずっとそれで生活するしかなかったんだよなぁ。
ともあれ、【再生】で新品同然になった上履きで、俺は血とクソがこびりついた紙を思いっきり踏んでみた。
「……おぉ」
そんで、上履きの靴裏を確認すると、汚れは一切つかなかった。大成功だな。
これで服に【普通】をかけときゃ汚れる心配はなくなり、いちいち服を買い換える必要もなくなった。
いやー、【普通】があってマジよかった。洗濯って意外と面倒だったから、これは地味に助かる。
これも一応、【普通】の利点、ってことでいいんだろうな。
ま、使える上級スキルを覚えてから、【普通】への重要度は下がりつつある。メリットも微妙な効果が多いし、直接戦闘に役立ちそうにねぇのは変わらねぇし。
今じゃもう、ユニークスキル持ちって肩書きのためだけのスキル、って感じしかしねぇ。
使えるとしたら、『異世界人』のステータスを平均値に引き上げてくれることくらい。
検証し尽くした、とはいわねぇが、そろそろ【普通】の真新しい効果もねぇと思ってる。もうあんまり期待してねぇんだよな。
結局、俺のユニークスキルである【普通】は、微妙な効果を持つだけのハズレスキルってことでいいだろう。
俺はもう、効果がまだ未知数な【普通】に頼らなきゃならねぇほど切迫してねぇ。どんなに酷い過去があっても、いずれ笑い飛ばせる日が来るさ。
ってことを考えつつ、地面に転がってた使用済みごわごわ紙を蹴り飛ばして石のベッドに寝転がった。
この時、無性に、帰ってきた! って感じがした時点で俺は負け組だと思う。
もう俺は、布団やベッドが当たり前だったあの日には戻れないんだなぁ、とつくづく思った。
理性と感情がせめぎ合う居心地の良さを微妙に思いつつ、俺は少ししてから体を起こして、羽ペンと紙を用意した。
あまり白紙の紙は量がなく、残せる情報も少ない。
だけど、ここまできたんだ。乗りかかった船で、最後まで書ききるのもいいだろう。
もしかしたら、まだ俺への対応がマシだった会長たちに渡せば、無駄にはならねぇかもしれねぇしな。渡せる機会があるかどうかは、チャンスを探るしかねぇが。
ってわけで、俺は《神術思考》で記憶を思い出しつつ、伝えるべき情報を書き残していく。
俺が体験して気づいた、イガルト王国の印象と危険性。
『契約魔法(仮)』の存在と推定効果、ならびに注意点。
イガルト王国に併呑された『異世界人』がたどるだろう末路。
他にも、主にイガルト王国への注意喚起に繋がる情報を、重要度の高いものからつらつらと書き連ねていく。
やや俺の主観に偏った意見にはなっちまったが、一つの参考にはなんだろ。後は各々で判断してくれ。
どうやって渡すかな~? ってのも考えながら書き続け、結局日記の復元を再開して三日で紙切れになっちまった。
ま、あらかた伝える内容は書けたし、後は誰かが『解読』すれば大丈夫だな。
うんうん頷き、俺は自分が書いた文字をざっと読み返す。
俺がごわごわ紙に書き残していたのは、『究理』先生の存在でやってた『暇つぶし』の成果、自己流の暗号だ。
だいたい召喚されて三ヶ月目くらい、地球の知識とかこの世界の言語知識を『究理』先生で調べたりしていた時期に、ふと思ったんだよ。
今までイガルト人にゃわからねぇだろうと思って日本語で記録してたが、イガルト王国に従う『異世界人』がいたら、簡単に解読されんじゃね? ってな。
慌てて日記を読み返せば、出るわ出るわ問題だらけの内容が。
三ヶ月目まででもイガルト王国をボロクソにこき下ろした文句とか、『契約魔法(仮)』の考察とか、俺の【普通】や取得スキルの情報とか。
俺が把握していると知られれば、かなりヤベェ情報が満載だった。
そっから、俺は約三ヶ月の情報を用足しの紙に使って一切を捨て、『究理』先生監修の自己流暗号に文字を変更したんだ。
まあ、その暗号で編集した紙は、結局俺の胃に消化されて消え、残ったのは約一週間かけて書き上げたこのレポートのみ。
重要度が高い順に暗号は複雑になっていき、一番簡単なのがイガルト王国の危険性について。日本人としての知識さえありゃ解ける、本当にちゃちな初級編だな。
最終的に、『契約魔法(仮)』の記述とかは『地球』と『異世界』の知識ごった煮のえげつない難易度になってるが、存在は知らせられっからいいだろ。
後は解読者の腕次第、ってところだな。
「……やりすぎた、か?」
ただ、書き上げて半日経ってから思ったが、ちょっと難しすぎたかと後悔している。
何せ、俺は最初から暗号を組み立てて書いてたから余裕でスラスラ読めるが、読み直せばこれ完全に別言語だろ、ってレベルになってんだもんよ。
確認してみれば、ざっと百以上の言語をちゃんぽんしてた。
しかも、文法の規則性もあるにはあるが、そっちもごちゃ混ぜにした上ほぼランダムに配置されてるように見せており、より解読を困難にさせている。
時すでに遅し、書き直したくとも紙はもうねぇ。
しゃーない、これを読んだ誰かが『究理』先生か、それの上位互換のスキルを取得していることを祈るしかねぇ。
最悪、『究理』先生があれば解読はできるんだ。頑張れ。
と、天才的なアホレポートをベッドの下に隠し、暇になった俺は《世理完解》と《神術思考》の経験値稼ぎをしたり、『王城』経由で《同調》対象を拡大させたりと、実に有意義でぼーっとした時間を過ごした。
だが、そんなゴロ寝も半日しか続かなかった。
「出ろ」
目を閉じて《世理完解》に意識を向けてたら、いきなり扉の外から声をかけられた。
起きあがって格子状の窓を見ると、そこには鼻に詰め物をしたワンコがいた。
対策をちゃんとしてからくるとは、感心感心。
そして、それでも利き過ぎる鼻のせいで涙目なのもポイントが高い。
モフリストの一人としては、餌付け、よしよし、添い寝のコンボに繋げられるレベルだな。さすがワンコ、俺のツボをよく理解してやがる。
「へいへい」
『冷徹』を超える撫で回したい衝動を必死に抑えつつ、俺は素っ気ない返事を意識して牢屋から出る。
そういや、ちょっと前から生きのいい新人の声がなくなったな?
拘留期限が切れたのか? とりあえず、おめでとう。
「ついてこい」
結局顔合わせもしなかった新人たちへ、感情ゼロの祝言を送りつつ、俺はワンコについて行く。
長ったらしい城の廊下を歩くが、異世界人の合同訓練の時とはルートが違う。
「で? 今度は何するために呼ばれたんだ?」
前に会話したから、一方的に気安く思ってた俺は、ワンコに尋ねてみる。
耳をピクッと動かして萌え~と思ってると、ワンコは振り返らずに告げた。
「魔物討伐訓練だ。貴様は一人で、だがな」
「ほ~?」
魔物討伐訓練、ねぇ?
これも、俺が知らねぇ間に何回か行われてた節があるな?
ま、そろそろ『契約魔法(仮)』の期限も迫ってんだ。
技術面における訓練だけじゃなく、実戦を重ねてレベル上げもしなきゃなんねぇ、って判断したんだな。
後は、命を奪うことへの抵抗をなくす、度胸をつける目的もあるんだろう。この時点で魔物も殺せない潔癖野郎は、【魔王】退治じゃ足手纏いだしな。
とはいえ、異世界人は千人弱の大所帯。性格や能力で、戦闘に向き不向きはあるはずだ。
なのに、ニュアンスからこれも『異世界人』は全員参加で、俺は一人って言及されたことから、『異世界人』は数人以上の集団で行ってるらしい。
まあ、ステータスのレベルは基本的に誕生日を迎えりゃ1上がる。
これは日々の生活で体内に取り込んだ魔力が蓄積し、一定量を超えると勝手に肉体を変質させて、レベルが上がる仕組みだ。
戦いとは全く無縁で、魔力を一切消費しない平民のレベル上げが、これに当たる。レベルだけ高くともステータスが低い奴は、この方法で上がっただけだ。
他の手段での上げ方が、魔物なんかを倒すこと。
仕組みは単純で、魔物などの命を殺す、死体がため込んでいた魔力を放出、殺した奴らが呼吸から魔力を吸い込む、経験値として蓄積、生物としての格上昇、って流れだ。
当然、戦いの経験が積めるこちらのレベル上げの方が、ステータスの伸びはいい。だから、強くなるためには魔物と戦う必要がある。
この仕組みがあるからこそ、本人が直接倒さなくても魔力さえ取り込めばいいんだから、理論上は寄生プレイでもいける。
割とテンプレな設定だが、理屈としてはわかりやすい。俺は魔力がねぇから、同じ方法でレベルが上がるかは未知数だがな。
もし無理なら、レベル上げをするときゃ『異世界人』に『種族』を変更しねぇといけねぇだろう。
つまり、俺はイガルト王国の監視下じゃ、レベル上げは出来ねぇってことだ。
ま、それはそれで構わねぇ。
殺してもいい魔物との戦闘は、貴重な経験を積むことができる。
レベルだけが戦闘の目的じゃねぇし、俺はそっちの方に注力するだけだ。
「…………む?」
なんて考えつつ、また無言になっちまったワンコの耳の動きを目で追っていたら、いきなり立ち止まった。
ん? と俺もワンコと同じような疑問声を上げそうになったが、すぐにワンコが立ち止まった理由に気づいた。
《生体感知》に反応があった。
前方から、誰かくる。
「あ、フロウェルゥさん! お疲れさまですっ!」
「フロウェルゥ? ああ、獣人のおっさんかよ」
「何だ、『男』か」
「……こんにちは」
お互いの距離が近づいたところで、ワンコに話しかける四人の男。そいつらの前にはワンコと同様獣人の案内役がいて、そっちは軽く会釈していた。
あ、コイツら『異世界人』だわ。
ワンコの後ろから見たそいつらの容姿から、俺はすぐに気づいた。
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名前:平渚
LV:1【固定】
種族:日本人▼
適正職業:なし
状態:【普通】
生命力:1/1【固定】
魔力:0/0【固定】
筋力:1【固定】
耐久力:1【固定】
知力:1【固定】
俊敏:1【固定】
運:1【固定】
保有スキル【固定】
【普通】
《限界超越LV10》《機構干渉LV1》《奇跡LV10》《明鏡止水LV1》《神術思考LV1》《世理完解LV1》《魂蝕欺瞞LV1》《神経支配LV1》《精神支配LV1》《永久機関LV1》《生体感知LV1》《同調LV1》
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