表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/165

43.2話 疑念


 会長視点です。


 テンポが悪いかもしれませんが、少し他者視点が続きます。ここまでまともな戦闘シーンが全然なかったので、ここで少し入れてみました。


 なお、会長の恋愛ステータスは……

・淡さ ★★★★★

純真(ピュア) ★★★★☆

・嫉妬 ★★★☆☆

 ……でお送りしております。


『彼』との出会いから、セラさん、長姫(おさひめ)先生、菊澤(きくさわ)さんと行動をともにするようになり、異世界召喚から約八ヶ月が過ぎました。


 私は自分の大切なもののために、ひたすら力を磨き続けました。


 上級スキルの数は十を超えましたが、それでも満足はしていません。


 ユニークスキル持ちのセラさんたちと時に競い合い、時に助言しあいながら、私たちはより高みを目指しています。


 召喚二ヶ月以後に知り合ったセラさんには、特殊な魔法への対処法を。


 召喚三ヶ月以後に知り合った長姫先生には、より多様な近接戦闘術を。


 召喚四ヶ月以後に知り合った菊澤さんには、赤ちゃんのようなお肌の感触、ビクビクプルプルとした小動物感、何もかもをかなぐり捨ててでも守ってあげたくなるような庇護欲、四六時中()でても飽きない可愛らしさ…………、もとい、魔法の洗練された技術を。


 お互いに教え、学び、己の血肉として昇華していきました。


 長姫先生の【再生】により、異世界人の問題も表面上は沈静化しました。異世界人全員が集まる合同訓練を重ねるに連れて行った『更生』により、暴走気味だった生徒たちの人格が落ち着いたためです。


 六ヶ月目には初めて魔物との戦闘も経験し、わずかですがレベルも上がりました。


 本格的な魔物との対峙で、他の皆さんも戦いへの意識が変わったのか、より一層訓練に励むようになってきています。


 異世界人の傾向は、どんどんよくなっているように思われました。


 ただ、一つだけ。


 未だに、『彼』の姿が見えないことだけが、気がかりでした。


 異世界人全員が集められたという合同訓練は、すでに何度も経験しています。


 その度に、私は人知れず『彼』の姿を探しました。


 何度も。


 ……何度も。


 しかし、『彼』の姿だけは、どうしても見つけられませんでした。


 会いたいのに。


 会って、強くなるきっかけをくれた『彼』に、きちんとお礼を言いたかったのに。


『彼』だけは、いつもいませんでした。


 そうした不安に駆られると同時に、私にはとある感情が日に日に膨らんでいました。


 それは、イガルト王国への不審です。


 最初のきっかけは、イガルト王国が敵だという、『彼』からの忠告。


 それからは、私自身が彼らを警戒するようになり、イガルト王国を客観的に観察していきました。


 まず一つに、異世界人への対応の温度差が気にかかりました。


 私を含めた王城にて訓練している異世界人たちと、合同訓練のために王城に集まった人たちを比べると、イガルト人の反応がまるで違いました。


 私たちには必要以上に褒め称え、他の皆さんには慇懃(いんぎん)無礼な態度が目立っていたのです。


 他にも、支給された装備、訓練場の配置、訓練後のケア、イガルト人からの接触頻度など。


 よくよく観察すると、異世界人の有する戦闘能力により、そうした態度に差が生じていたのです。


 二つ目は、異世界人の多くにイガルト人の恋人ができたことです。


 新しい環境に身を起き、新しい人間関係が生まれて、親密な関係になること事態は、そう不思議ではありません。


 が、そうした人の人数が、不自然なほど多いのです。それも、異世界人の皆さんには申し訳ありませんが、外見の釣り合いがとれていない組み合わせが目立ちました。


 そして、恋人を自称するイガルト人たちは、恋人がいるにもかかわらず容姿の整った別の異性に熱い視線を送っていることもありました。特に男性の目です。主な被害者は私、セラさん、長姫先生、菊澤さんでしたが。


 この件の一番の問題は、すでにそうした異世界人たちが、イガルト王国への帰属を表明していることです。イガルト人の恋人が無関係などとは、決して言えないでしょう。


 それに重なったのが、『彼』の不在です。


 同じ異世界人とはいえ、全員の異世界人の顔と名前を把握してはいないでしょうから、『彼』一人がいなくなってもほとんどわからないでしょう。


 しかし、『彼』とわずかですが交流を持った私には、異世界人が集まる場にいないことは、大きな違和感に思えてなりません。


 異世界人の対応の差などとは比べものにならないほどの、明確な作意を感じずにはいられないのです。


 思えば『彼』は、召喚直後からイガルト王国には反抗的な態度だったように思えます。


 私たちの生活を保証するよう国王陛下と交渉した時も、私に出会って忠告をした時も。


『彼』はこの国をはっきり『敵』とみなしていました。


 もしも、それが国王陛下の反感を買っていたとしたら?


 そして、『彼』の思想が他の異世界人に広まるのを、国王陛下が恐れたのだとしたら?


『彼』がどこかに隔離され、軟禁に近い生活を送らされていたとしても、不思議ではありません。


 今はまだ、証拠は何もありません。ともすれば、言いがかりとも捉えられかねず、私の妄想だと切り捨てられることでしょう。


 しかし、もし私の疑念が全て事実だとしたら。


 イガルト王国は、私たちを自陣営に丸ごと取り込み、ただの兵器として扱おうとしているのではないか?


 そして、イガルト王国にとって邪魔な存在は、異世界人を含めて、この世界から排除されようとしているのではないか?


 そう思えて、ならないのです。


 ですから、私は来る日も来る日も『彼』を探していました。


 私よりもずっと、世界が見えていた『彼』に。


 私の危険な思考の、正否を教えて欲しくて。


 何より、『彼』にもう一度会いたくて。


 勉強の時間も、訓練の時間も、合同訓練の時間も。


 異世界人が集まる場であれば、『彼』の姿を探し続けていました。


「…………」


 それなのに、『彼』を見つけられない日々が続き、召喚八ヶ月目になろうとしていました。


 今日は魔物討伐訓練の直前に定められた、合同訓練の日です。


 私は挨拶をしてくる友人や知り合いを相手にしながら、いつものように『彼』を異世界人の中に見いだそうとします。


 弓を扱うときに役立つ《千里眼》まで使いますが、やはり、見つけることはできません。


「…………?」


 その代わり、訓練場の端の方で、誰かが言い争う声が聞こえてきました。


 最近は異世界人同士の(いさか)いはめっきり減り、安心していたのですが。


 そう思い、私は近くにいた友人に一言断りを入れ、注意をするために騒いでいる人たちのところへ向かいました。


「ふざけんじゃないわよ!? アタシがどれだけアンタを倒すために鍛えて探してきたか……」


 すると、近づくにつれて見えてくるのは、戦友と呼んでもいいセラさんの怒鳴り声でした。


 彼女は自身の性格から敵が多く、短気ではありますが自分から喧嘩を売ることはあまりありません。


 珍しいこともあるものだ、と思いながら私はセラさんに近づいていきました。


「一体何事ですか? 騒々しいですよ?」


「邪魔しないでよ、カレン! アタシはコイツと決着つけるんだから!」


 仲裁(ちゅうさい)するようにセラさんに声をかけると、声を荒らげて引く気配を全く見せません。


 ここまでヒートアップするセラさんなど見たことがなく、興味も覚えて彼女が指さす口論の相手を見ました。


「コイツ? ……ああ、貴方でしたか。その節は、どうも」


「…………どうもっす」


 そこにいたのが『彼』だと気づいた瞬間、私は驚愕を内に隠すのに必死でした。


 次に、『彼』の元気そうな姿に、とても安心感を覚えます。


 もしかしたら、最悪の場合、もうイガルト王国の手にかかってしまったのかもしれない、と考えていましたから。


 ですが、それは杞憂(きゆう)に終わったようです。


 多少、いえかなり、『彼』のよそよそしい態度が気になりましたが、ようやく出会えた探し人との対面に、胸が熱くなる感覚を覚えていました。


「…………何? カレンもコイツと知り合いなの?」


「『も』? それはどういう……、あぁなるほど。そういうことですか」


 が、次のセラさんの言葉と、近くにいた長姫先生の姿を視界に収めたことで、胸に覚えた熱が一気に冷え込んでいきます。


「久方ぶりの再会だというのに、すでに両手に華とは、いいご身分ですね?」


「は、ははは。いったい、なんのことやら?」


 私は無意識に浮かべた笑顔に、これまた無意識に《鬼気》を乗せていました。そして、威圧系上級スキルを受けて挙動不審になる『彼』だけを、じっと見つめました。


 …………ええ、そうです。


 私は、とても、怒っていました。


 私が心から心配していたという『彼』は。


 私の気も知らないで。


 セラさんや長姫先生と。


 親しげに。


 楽しげに。


 仲睦(なかむつ)まじく。


 話をされていたのですよ?


 私じゃない、女の子と。


 背景事情がどうあれ、その事実だけが、私の怒りに火をつけるには十分でした。


 許せない。


 私の思考は、一瞬でその言葉だけで埋め尽くされていました。


「そ、それにしても、会長も元気そうでよかったっすね。前会ったときはえらく落ち込んでましたし?」


「なっ!? そ、そんなことはありませんっ!!」


 冷静さを欠いていたことも、原因だったのでしょう。


 次に飛び出してきた『彼』の言葉に、私は大きく動揺してしまいました。


 あの時、すべてを救おうとしていた、愚かな自分。


『彼』の発言で、その時のことを鮮明に思い出してしまい、私は記憶を頭から追い出すように頭を横に振りました。


 同時に、恥ずかしさから《鬼気》も霧散していきます。


 それからは、強い好奇心を示したセラさんと長姫先生を抑え、『彼』に余計なことを話されないようにするので必死でした。


 羞恥心から赤くなる顔を抑えられないまま、『彼』へ強い視線を送り続けました。


 それが(こう)(そう)したのか、結局『彼』は口を(つぐ)んでくださいました。


 あれは、私にとって黒歴史と呼ぶにふさわしい一幕です。


 誰にも、そう、誰にも知られるわけにはいきません!


 ……そ、それに。


 あの時の、ことは。


 内容は、どうあれ。


『彼』と過ごした、二人っきりの、大切な時間、なんです。


 たとえ、セラさんや、長姫先生が、相手でも。


 他の人に、知られたく、ないです、から……。


「ん?」


 お二人との攻防の夢中になっていたのですが、不意に『彼』が後ろを振り返りました。


 つられて、私たちもそちらへ視線を向けると、私の天使(いやし)が『彼』へ抱きついていたのです。


「っ、っ……!」


 本来なら私が近づけばすぐに逃げてしまう菊澤さんが、こんなに近くにいる。


 しかも、子どもみたいに抱きついて頭をグリグリさせているなんて。


 とても、とってもラブリーですっ!!


 と、いつもの私なら思ったでしょう。


「…………まさか?」


 しかし、抱きついている相手が問題です。


 菊澤さんがすがり、(なつ)いてるのは、『彼』でした。


 知らず、私の目は『彼』へと移り、どんどん細まっていくのが、自分でもわかりました。


 どうやら『彼』は、想像以上に女たらしだったようです。




 それから、菊澤さんを中心にして話が進み、ちょっと『彼』に怒られたりもしました。


 まだまだ話し足りない思いでしたが、時間が過ぎるのは早いもの。


 いつの間にか訓練の時間になっていたようで、私たちは兵士さんに呼ばれ、試合スペースへと移動しました。


 間もなく訓練が始まり、いくつかの試合を経て、私の順番になりました。


「今日こそは一本取って見せるからな、会長!」


「そうですか。ですが、簡単には負けてあげられませんよ?」


 相手は、同じ生徒会メンバーの副会長であり、私と同級生でもある、金木(かねき)葉太(ようた)さん。


 容姿はかなり優れており、何故か美形が集まった生徒会役員の中でも、男性では一番眉目秀麗(びもくしゅうれい)だともっぱらの噂でした。


 実際、廊下を歩けば女子生徒が黄色い悲鳴を上げ、単独であればすぐに女子に囲まれるほどでした。まあ、私は特に思うところはありませんでしたが。


 それに、学校ではたとえ一緒に歩いていても、私に男子が、金木さんに女子が集まってしまい、会話どころではありませんでしたしね。


 彼の適正職業は魔法剣士であり、ユニークスキルの【業火】を持つ、炎を自在に操る万能型の戦士です。


 私たちと同じく、王城にて訓練をする異世界人の一人で、これまでに何度も試合をした相手ですから、お互いに手の内はほとんど知っています。


 それに、同じ生徒会に属していましたので、召喚前からの交流もありました。


 基本的に熱血漢で、国王陛下の話を聞いて一番盛り上がっていたのも金木さんです。【魔王】は俺が討伐する! との弁は何度も耳にしていました。


 今の彼の目標は、私に一度でも勝利することのようで、何度も勝負を仕掛けられてもいます。今のところ、全部追い返していますけどね。


「では、構え」


 審判役の兵士さんの言葉に、私たちは意識を戦闘用に切り替えます。


 私の装備は、思い通りの物質を生み出すことができる《生成魔法》で生み出された、戦国武将のような装備です。この方が《異界流刀術》の補正を受けやすかったので。


 頭部を守る(かぶと)を除いた、動きやすさ重視の甲冑(かっちゅう)を、高校の制服に似せた服の上に身につけています。


 防具の下が制服だったのは、単にこの集団の中ではしっくりきて、他の服を想像するのが面倒だっただけです。膝上丈のスカートは戦闘中に少し気になりますが、中はスパッツですし動きやすくはあるので、問題ないでしょう。


 そして、頼りになる相棒(ぶき)は、《異界流刀術》を実現させてくれる二振りの刀。現在は訓練ですので刃をつけていませんが、すぐにでも真剣へと変化させることはできます。


 不足は、ない。


 目を細め、金木さんの動きをつぶさに観察し、《未来把握》で彼の初手を何通りも予測していきました。


「始め!」


「先手必勝!」


 試合開始の号令と同時、金木さんは刃引きされた直剣を振りかぶり、一直線にこちらへ向かってきました。


 単純な突進でしたが、踏み込み速度はかなりのもの。一瞬で間合いを詰められ、頭上から容赦なく剣が迫ってきます。


「いつもワンパターンですね」


 が、ただ速いだけでは私には当てられません。


 私はあらかじめ《生成魔法》で作り出し、腰に下げていた脇差(わきざし)守懐(しゅかい)』を抜き、金木さんの剣を受け流しました。


 彼は熱血漢な性格のためか、動きが素直で直線的すぎます。


 こちらとしては読みやすく、(さば)きやすい攻撃ばかりで助かりますが、訓練相手としてはセラさんのようなやりにくさがあってもいいと思ったりもします。


「さすが会長だぜ! それならっ!!」


 数合打ち合い、私に攻撃が届かないと悟った金木さんは一度後退し、【業火】を発動させました。


 全身から吹き出す魔力が黒い火炎へと変貌し、金木さんの直剣へと付与されていきます。


【業火】は火属性の上位属性、炎属性魔法のユニークスキルですから、そのまま遠距離攻撃もできたはずです。


 どうやら、あくまで剣術による勝負に(こだわ)るようですね。


「いくぞっ!」


 腰だめに直剣を構えると、金木さんは足下を【業火】で爆発させ、さらに上がった速度で私に迫りました。


 爆風による加速を得た金木さんの剣筋はもはや視認不可能。爆発音さえ置き去りに、私へと袈裟(けさ)切りを仕掛けました。


 さすが、異世界人の中でも十指に入る実力の持ち主です。魔法制御も身体能力も、素直に称賛に値するでしょう。


「でりゃあ!!」


 が、その動きすべてを私に気取られている時点で、まだまだ甘いといわざるを得ません。


「っ!?」


 何の抵抗もなく一撃を受けた私に、金木さんは動きを硬直させます。


 直後、私は右手に携えた大太刀『泡沫(うたかた)』を、金木さんの首筋に背後から当てました。


「後ろ、取りましたよ?」


 金木さんが切ったのは、高速移動により私の姿をその場に残す『陽炎』の残像です。


 現在は、偽りの攻撃を生み出す『夢幻』と統合された、《虚実》という上級スキルになっていますが、効果は金木さんも知っているはず。


 この程度で終わるとは、私も思っていません。


「想定済みだよ!!」


 すると、突如金木さんの体そのものが黒炎へと変化し、私へ襲いかかってきました。


 私は一瞬で移動できる《縮地》を用いて後退し、【業火】の範囲から逃れます。


【業火】がユニークスキルたる所以(ゆえん)は、自身の肉体や他の物質をも火炎へと変化可能な、魔法と一体化させる能力から。それに炎の色が黒と特徴的ですし、他にも特殊な効果があっても不思議ではありません。


 こうなると、金木さんの魔力が尽きて実体を引きずり出すか、彼の【業火】を超える威力の魔法攻撃を叩き込むか、はたまた特殊なスキルによる攻撃しか、有効打になりません。


「あれからさらに魔力が上がったんだ! 前の試合みたいに、魔法のごり押しなんてさせないからな!!」


 黒炎の化身となった金木さんは体を大きく広げ、【業火】で生み出した十数個の火球を私に射出しました。


「さて、それはどうでしょう?」


 前面を覆い尽くす黒炎球の壁を前に、私は『泡沫』を納刀し、複数のスキルを起動させました。


 思考時間を一瞬に凝縮する《刹那思考》の中で、火属性と相性のいい水属性の魔法を《属性魔法》で組み上げてから、魔法に並列発動と連射性をもたらす《連鎖魔法》に乗せます。


 そうして、私の目の前には一瞬で瀑布(ばくふ)がごとき水球の大群が出現し、金木さんの【業火】を迎撃していきます。


「ははははっ! たかが上級スキルの魔法ごときで、俺の【業火】を消せるとでも、っ!?」


 一つの黒炎球に数十の水球を当てて相殺させながら、私は咄嗟(とっさ)に《生成魔法》で作り出した長弓を構え、同じく《生成魔法》で生み出した数本の矢を(つが)えます。(やじり)ももちろん、刃は潰してあります。


 そして、《魔力支配》を用いて矢に相応の魔力を込め、《生体感知》の反応を頼りに射出。


 魔法同士の衝突により、私と金木さんとの間に発生した水蒸気の目眩(めくら)ましを越え、私の矢が【業火】の魔力をある程度削り落としたのを確認しました。


「このっ!」


 炎となった肉体に穴が穿(うが)たれてなお、金木さんはダメージがありません。


 私の反撃に焦ったのか、水蒸気の壁を【業火】の炎で焼き尽くしながら、広範囲に黒炎を展開させます。


「うわっ! くそっ! ちょこまかと!」


 しかし、私は《属性魔法》で風属性魔法を発動。簡単な足場を空中にいくつも設置し、《縮地》で空中を駆けていきます。


 移動中は《生成魔法》で矢を作成し、《異界流弓術》の補助を受けた射出を繰り返して、金木さんの【業火】を魔力でかき消していきます。


 上空を含む百八十度からの矢の雨に、金木さんは翻弄(ほんろう)されっぱなしです。


 果敢(かかん)に腕を振るって【業火】をまき散らしますが、私の矢を打ち落とすには至らず、私の足を止めることもできません。


 金木さんは思い切りは良いのですが、代わりに動きが大雑把(おおざっぱ)になりがちです。性分からか、細かい技量が身につかず防御が(おろそ)かですし、(から)め手などに弱くフェイントにもすぐ引っかかります。


 いくら俊敏が高くとも、矢を打ち落とす技術が金木さんに身についていないため、ここまで一方的にやられているのでしょう。


 炎の体に穴が空いては(ふさ)がっていき、以前より増えたという魔力もどんどん底を尽きていきます。


「ぐっ、くそっ!!」


 そして、ついに魔力が切れたのでしょう。【業火】となった肉体が元に戻り、火の粉だけを残して金木さんの実体が姿を現しました。


「ま、まだまだ! 勝負は終わって……っ!」


「いえ、終わりました」


 まだまだ戦意が高かった金木さんですが、《縮地》で眼前に現れた私に目を丸くし、言葉を飲み込みました。


 ごくり、と動いた金木さんの喉の近くには、『泡沫』の切っ先。


 燃費の悪い【業火】を発動させる魔力が残っていない金木さんでは、ここからの巻き返しは不可能でしょう。


「ま、まいった……」


 こうして、私の訓練は終了しました。


 正直、セラさんや長姫先生、菊澤さんと制限なしの模擬戦をした方が、もっと身のある訓練になったと思います。急所さえ守れば、長姫先生の【再生】で復帰は可能ですし、実戦さながらの訓練ができますから。


 漏れそうになるため息を(こら)えつつ、私は『泡沫』を引いて鞘に戻しました。




 それからは、私も試合の観戦に回り、セラさん、長姫先生、菊澤さんの試合も見させていただきました。


 やはり、実力差があるのか、私の時と同様、勝負は一方的に進みます。


 私は【勇者】の発動にさえ至りませんでしたから、少し物足りなさを感じます。


 後でセラさんたちを誘って、戦闘訓練でもしようか。


 ぼんやりと予定を考えていた、その時でした。


「きゃあああああっ!?!?」


 訓練場の隅で、女生徒の悲鳴が上がったのです。


 即座にそちらへ振り向き、《千里眼》で何事かを見定めようとしました。


「なっ!?」


 そこには、信じられない光景がありました。


 先ほどまでお話ししていた、『彼』が。


 男性教師の剣を受け、鮮血を散らしていたのです。


「っ!!!!」


 私は視界を真っ赤に染め、反射的に《縮地》を起動。


 倒れゆく『彼』に追撃を加えようとしている教師にさらなる怒りを覚えつつ、私は即座に『彼』の前に立ち塞がりました。


「しっ!」


 そして、本来の刀よりも強度が高い『守懐』を、刃を形成しながら抜刀。


《異界流刀術》に組み込まれた速度重視の居合い技『雷閃(らいせん)』を発動し、教師の剣を半ばから切断しました。


「なっ!?」


 驚愕の声を上げる教師に対し、私はたぎる憤激(ふんげき)を無表情で抑えつけました。


 間抜けな表情で呆然とこちらを見つめる教師を(にら)み返し、妙な動きをすれば即座に()ると視線で訴えかけます。


「っ、すぐに治療します!! だから、頑張って!!」


「やっ!! やあっ!!!!」


 教師への牽制(けんせい)をしている間に、背後の『彼』の元に長姫先生と菊澤さんが現れました。


 彼女たちの反応を背中越しに聞く限り、長姫先生の【再生】をもってしても、傷の治療は困難を極めているようでした。


 それがさらに、私の激情を(あお)ります。


「どういうつもりですか?」


 自然と低くなる声を教師にぶつければ、びくっと体を震えさせて狼狽(うろた)えるばかり。


『守懐』を握る右手に力がこもり、いっそのことその首をはね飛ばしてやろうかとも考えてしまいます。


「ちょっと!! アタシと勝負する前にくたばるなんて許さないわよ!! 絶対に、ぜったいにっ、ゆるさないんだからねっ!!!!」


「ごふっ……」


 しかし、実行に至る前に聞こえたセラさんと『彼』の声を聞き、(すん)でのところで思いとどまります。


 そう、まだ『彼』は、死んだわけではない。


 そうやって無理矢理自分に言い聞かせ、軽挙(けいきょ)(つつし)み長姫先生へと『彼』の様子を確認しました。


「先生、彼の容態は?」


「傷の治りが遅いんですっ!! 理由はわかりませんが、【再生】がほとんど効果を示していませんっ!!」


「そうですか……」


 返ってきたのは、先生たちの焦り声を証明するような内容で。


 私は無意識に《鬼気》を乗せ、教師へ本気の殺意を向けました。


「もし、彼の身に何かあれば、()ります」


 それは私の偽らざる本音であり、実行に移す覚悟がある宣言です。


 私のそれが脅しではなく、本気だと気づいたのでしょう。


『彼』を切った教師はその場に座り込み、失禁までしていました。


「がっ! げほっ! ごほっ!」


「っ!! 水川(みなかわ)さんっ!! 傷口に(さわ)ります!!」


「…………すみません、取り乱しました」


 が、『彼』の苦しげな咳と長姫先生の叱責(しっせき)を受け、私はようやく冷静さを失っていたことに気づきました。


 大きく息を吐き出し、高ぶった感情を抑えて何とか《鬼気》を抑え込み、謝罪の言葉を口にして『彼』へと視線を向けました。


 胴体を斜めに切り裂かれた、無惨な傷痕(きずあと)


 無意識に『守懐』の柄を強く握り、下唇を()んでいました。


 私には、敵を斬ることはできても、『彼』の傷を(いや)すことはできない。


【勇者】だと持ち上げられたところで、『彼』のためにできることが、何もない。


 私の【勇者(やいば)】は、間に合わなければ、『彼』を救えない。


 だから、こうして『彼』は倒れ、血を流している。


 それが、今の私にはとても辛く、悔しい。


「なっ!?」


 長姫先生の治療を見守るしかない私が無力感に(さいな)まれている間に、事態は進行していきます。


 今までゆっくりだった傷口の【再生】が、突然早まったのです。


 おそらく審判をしていただろう兵士の方も、驚きの声を上げていました。


「く、っ…………」


 ですが、そこで長姫先生の魔力が尽きてしまいました。


 普段は魔力切れなど一度も起こしたことのない長姫先生でしたが、『彼』の治療にそれほど魔力を注いだ、ということでしょうか?


 先生は魔力切れにより昏倒(こんとう)し、その場に倒れ込んでしまいました。


 見ますと、出血はほぼなくなりましたが、傷口はまだ開いたまま。


 医療知識のない私にはわかりませんが、まだ油断できない状態であることだけはわかりました。


「失礼します」


 ならば、やることは一つ。


 私はすぐに『彼』の横に(ひざまず)き、『彼』の体を横抱きに持ち上げました。


(これは……)


 思ったよりも、軽い。


『彼』の正確な体重は把握していませんが、召喚初日にさすった背中の感触と比べて、現在の『彼』の肉体からは、筋肉どころか、脂肪さえも少ないように思えました。


 明らかに、()せている。


 顔の肉はほとんど()けていなかったから、再会した時は気づけませんでした。


 それが、イガルト王国から受けた仕打ちの結果だとすれば。


 この国に疑いを持っている私からすれば、そう思わずには、いられません。


 私は一瞬眉間(みけん)に力を入れ、しかし表情を気取られないよう瞬時に切り替えて、歩き出しました。


「先生は任せます。私は彼を」


「ちっ! しょうがないわね。ほら、行くわよ!」


「…………っ」


 そして、倒れたままの長姫先生をセラさんと菊澤さんに任せ、私たちは訓練場を後にしました。




 合同訓練から三日後。


 どこか休める場所を、と思いついたのは、私にあてがわれた部屋でした。


 この三日間は『彼』を私のベッドに寝かせ、私たち四人が看病をしていました。


 容姿実力と注目を受けやすい私たちが、あからさまに『彼』に肩入れする姿を見せるのは、イガルト王国への隙になるとも考えましたが、『彼』の命には代えられません。


 定期的に『彼』の様子を確かめつつ、私自身は、室内の壁に寄りかかって『泡沫』を抱いたまま、『彼』の近くで眠りについていました。


 本当は、ベッドが使えなくなった私に代わりの部屋を用意されていましたが、固辞しました。


『彼』の痩せ方は、尋常ではなかった。


 そうなるまで『彼』を放置していたのだろうイガルト人の『親切』が、単なる『善意』などとは到底信じられませんでした。


 そうでなくとも、『彼』の犠牲の上で成り立った厚遇など、私にとっては塵芥(じんかい)ほどの価値もありません。


 イガルト王国の得体のしれない施しなど、必要最低限を超えた範囲では、もはや受け入れることなどできませんでした。


 そうした変化は、私だけではありません。


 この三日間、セラさんは私と一緒に行動していましたが、食事もあまりとれておらず、睡眠もろくにできていない様子でした。あれほど弱ったセラさんを見るのは、初めてでした。


 長姫先生は完全に傷が塞がるまで休憩を入れず、すべての時間において【再生】を先生自身と『彼』にかけ続けていました。私たちが休むことを提案しても、一向に聞き入れてくれませんでした。


 菊澤さんは長姫先生の反対側で『彼』の横につき、汗を拭いていたり包帯を交換したり、かいがいしくお世話をしていました。食事や睡眠も『彼』の近くで行い、本当にずっと、『彼』の横に居続けました。


 そして、長姫先生からの伝言を、菊澤さんの【結界】による念話で受けてから、六時間後。


『彼』が目を覚ますと、私たち全員が安堵の表情を浮かべました。


 生死の境をさまよっていたにも関わらず、『彼』は存外平気そうで、少し拍子抜けもしましたが。


 それから少し会話をし、誰がその後の『彼』の面倒を見るかで一悶着(ひともんちゃく)起きましたが、結局現れたメイドさんに『彼』の世話を取られ、追い出されてしまいました。


 本当は残りたかったのですが、『彼』から「いいから飯でも食ってこい」と言われたのもあり、私たちは渋々了承したのです。


 時刻は夕刻。


 本来なら戦闘訓練が終わるくらいの時間帯であり、私たちは『彼』の言に従い、そのまま食堂へ向かうこととなりました。


「そういえば、あの子に危害を加えた先生は、どうなりましたか?」


「この城の牢屋に拘束してあります。また、当時あの教師を止めなかった同グループの教師たちも、同じく牢屋に閉じこめています。生徒を手に掛けようとし、それを制止しようともしなかったのですから、当然ですね」


『彼』に付きっきりでその後の顛末(てんまつ)を知らない長姫先生に、訓練後のことについて話を聞かれました。


 あれから『彼』の容態が落ち着いたと判断した後、私は『彼』と同じグループで合同訓練を受けていた異世界人を集め、状況を改めて確認した上で処罰を決定しました。


 それが、この城にある牢屋に一週間ほど閉じ込める、といったものです。


 その際、当の教師たちから「罰が重すぎる」と抵抗や不満も見られましたが、《鬼気》を発動させて一切の抗議を抑えつけました。


 個人的には、全員『彼』と同じ傷を負わせることでしか(つぐな)えないと思っていて、これでもかなり譲歩(じょうほ)した方です。


 私は一度、暴力で問題を解決しようとして失敗しています。とても()()ですが、そのような暴挙には出れませんでした。


 私が異世界人のリーダーという立場から退(しりぞ)いて久しく、当初は彼らの裁量を任される権限などないと思っていました。


 ですが幸いにも、【勇者】という名が役に立ち、私の処断にイガルト王国も否定意見を出しませんでした。


「それと、後で彼について話があるのですが、よろしいでしょうか?」


 あらかた説明し終わった後で、長姫先生にイガルト王国への不信を相談しようと思って声をかけました。


『彼』の姿を追って見えた、この国に対する疑念を。


 私の推測がすべて真実なら、私だけで抱え込むには余りにも重く、深刻です。


 それに、個人的にはあまり面白くはありませんが、皆さんも『彼』とは既知であり、それなり以上に親しいご様子でしたからね。


『彼』という存在で繋がっていた私たちが、『彼』の危機的状況についての話で隠し事など、無意味としかいいようがありません。


 この機会にきちんと情報共有をしておいて、私たちが『彼』を守れるように、連携を確認しておいた方がいいでしょう。


 それが、『彼』だけでなく、ひいては自分たちの身を守る(すべ)になるはずだと、私には思えましたから。


「奇遇ですね。私も、水川さんに少し相談したいことがあります」


 すると、先生もまた、神妙な顔つきで私に話があると切り出してきました。


 …………どうやら、考えていることは、先生も同じだったようですね。


「ならば、セラさんと菊澤さんにも声をかけておきます。彼女たちも、彼とは何か縁があるようですし、『都合』がよさそうですから」


「そうですね。その方が『都合』がいいでしょうね」


 私のいいたいことを瞬時に読み取ってくれた長姫先生に笑みを浮かべつつ、私たちはセラさんと菊澤さんにも声をかけ、食後に話し合いの場を設けることになりました。


《生体感知》でずっと感じられる、イガルト人らしい気配に意識を()きながら、私たちは素知らぬ顔で食堂へと向かったのでした。




====================

名前:水川(みなかわ)花蓮(かれん)

LV:10

種族:異世界人

適正職業:勇者

状態:健常


生命力:3550/3550

魔力:3000/3000


筋力:440

耐久力:400

知力:420

俊敏:490

運:100


保有スキル

【勇者LV3】

《異界流刀術LV8》《イガルト流剣術LV10》《異界流弓術LV6》《生成魔法LV8》《属性魔法LV10》《縮地LV6》《虚実LV2》《生体感知LV1》《魔力支配LV1》《詠唱破棄LV1》《連鎖魔法LV1》《未来把握LV1》《鬼気LV1》《千里眼LV1》《刹那思考LV1》

『長刀術LV5』『槍術LV4』『柔術LV4』『暗器術LV3』『範囲魔法LV2』『集約魔法LV2』

====================



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ