4話 猶予交渉
「……貴殿は?」
「あんたらに召喚された一人っすよ。別に名乗らなくていいっしょ? 俺らの個人情報に興味ないでしょうし? ま、それはお互い様ってことで水に流すとして……ちょっと質問があるんすけど、いいっすか?」
思惑を外されたからか、訝しげな様子で頭を上げた国王相手に、まずは軽めの挑発をしてみる。
おーおー、奴さん連中、次々と頭上げて俺のことを睨んでらっしゃる。国王一家もすっげーイラっとした顔してんな。
そう怖ぇ顔しなくとも、慇懃無礼の自覚はあるから心配すんな。
まあ、慇懃っつうほど丁寧な口調もしてねぇけど、そこは勘弁してくれよ? こちとらただの高校生なんだ、完璧な敬語なんてとっさに出ねぇっての。
「貴様! 陛下に向かって何という口の利き方を!」
「別によくないっすか? だってここ、俺らが育った国じゃねぇっすもん。
この世界で生まれ、この国で育ち、この国の恩恵で生きてきた奴らならまだしも、俺らは別の世界で、別の国で、違う安全保障の下に生きてきたんっすよ?
別の君主の庇護下で生まれ育った俺らが、イガルト王国の君主に対して敬う心とか――果たして必要なんっすかね?」
「なっ……!?」
真っ先に噛みついたのはどっかの貴族っぽいおっさんだったが、俺の持論を聞くと絶句して固まってしまう。
いや、よく見るとひざまずいたままの学校連中もまた、俺を見上げて呆然と固まってやがる。
なんだよ、間違ったことは言ってねぇだろ?
「そ、それでもだ! 確かに貴様のいた国の君主ではないが、陛下が一国を統べる尊きお方であることに変わりはない!
こちらの世界の礼儀作法を知らぬのは仕方ないとして、最低限の礼儀は払うべきであろう!?」
「礼儀を先に破ったのはどっちっすか?
さっき国王さんは『召喚に応えてくれて』っつってたが、実際はこちら側の同意はおろか、話し合いの場すら設けられていない、一方的な強制連行だったんすけどね?
貴族としての礼儀を問う前に、人としての礼儀を問うべきじゃねぇっすか?
それともなんすか? この世界は人を呼んで頼みごとをする時は、相手を力づくで引っ張ってくるのが最上級の礼儀なんすか?
それはそれは、この国には何ともお上品なお作法があるんすね! 俺らと文化が違いすぎて、ホントどうしようもねぇっすわ!」
「あ……ぐ……っ!」
それでもギャースカ吠えてきた別の貴族に、殊更心外を装って反論する。
できるだけ不遜に、身分の違いを全く理解できてない愚物に見えるように。
あえて、相手とともに自分も貶めるよう振る舞った。
とはいえ、俺の主張もあながち間違いってわけじゃない。
言い方を悪くしただけで、全部事実は事実なんだからな。
屁理屈と言われようがなんだろうが、理屈は理屈。その証拠に、俺ら側にとっての正論を突きつけられて、二人目の貴族もあえなく口を閉じた。
まあ、ここからさらに『当然だ! 平民風情がつけあがるな!』とかの返しも想定していたがな。
もしそんなこと抜かしやがったら――
『え? まさか皆さん最強の戦力を誇る偉大な王国だって大言壮語を吐いてた癖に、国家の武力である騎士を差し置いて平民に頼ろうとしてたんすか?
どんだけ戦力が脆弱なんすか?
本当に世界最大の国家なんすか?
世界最大の国として、またその国に所属する貴族として、そっちは恥ずかしくないんすか?』
――みたいな感じで畳みかけてやろうと思ってたけど。
なのにここまであっさり引いたってことは、さてはレスバ初心者だな?
「よい。貴殿の言うことも一理ある。多少の無礼は許そう」
「あざっす。さすが国王さん、器も心も広い広い」
何か余裕だそうとして失敗した顔の国王に向かって、舐め腐った態度のまま拍手を送る。
あ、国王の額の青筋が増えた。周りの王子王女も貴族どもも、相当おかんむりだなー、おい。
この国の連中、煽り耐性ねぇなー。
事実か錯覚かは別にして、世界最大の国だっつう自尊心デカすぎだろ。
全く関係ねぇ世界で生きてきた俺らに助けを求めたんだ。
くだらねぇ自尊心なんかかなぐり捨てて、死に物狂いに助力を請うくらいの必死さを見せてみろよ。
それができねぇでふんぞり返ってるだけだから、てめぇらはクズなんだよ。
「して、結局貴殿は何が言いたい? 我らにケチを付けたいだけか?」
「おっと、そうだった! いや~、余計な口を挟む人ばっかだったから、ついつい忘れちまってましたよ!」
本当は面白がってただけだけどな。本題はもちろん、こっからだよ。
それと、俺に言い負かされた貴族A、B。
顔真っ赤にして怒り心頭はいいけどよ、一端の貴族なんだったら感情を隠す程度の腹芸くらい覚えろよ。政争に真っ先に負けるタイプだぞ、お前ら?
「とりあえず国王さんの話は理解したっすけど、さすがに『はい、そうですか』ってこの場で決められる話じゃねぇっすよね?
要するに、この国の皆さんは、自分たちの代わりに俺らへ死地に赴け、って頼んでるもんっしょ? むしろ即答できる方が頭おかしいっすもんねぇ?」
俺の要求がある程度察せられたのか、国王の眉間にしわが集まっていく。
やっぱ、無理やり言質をとって従わせるつもりだったのか。
ボイスレコーダーとかはねぇだろうけど、ここは異世界で、どんな物理法則があるかわかんねぇんだ。
口にしたことを確実に実行させる契約魔法、なんてもんもあるかもしれねぇ。
そもそも、この空間がすでに魔法がかけられてる可能性が高いんだ。そんなもんが紛れてても不思議じゃねぇ。
つまり、用心しすぎるに越したことはねぇ、ってことだ。
それと、口を半開きにしてる平和ボケども。今さら顔を青くしても遅いんだっつの。
まあ、リスクに気づけただけでもまだ及第点だな。
半分以上のバカはまだ状況を飲み込めてねぇのか、俺を理解できない宇宙人を見る目で見てやがる。
現実見ろよ、特に男連中。チートマシマシ人生イージーモードなんて幻想、今すぐ捨てちまえ。
「個人相手ならまだしも、こっちはおよそ千人の集団だ。
一応の代表がいるっつっても、そいつの一言で全員の総意だなんて受け取られるのは、こっちだってはた迷惑なんっすよ。
もし戦う力があっても、戦う覚悟のない奴が戦場に出れば邪魔なだけ。
それは、戦いが身近だったこの国の人らの方が、平和ボケした俺らよりもよく知ってんじゃないっすか?」
ちら、と騎士の中でも偉いっぽい奴へと視線を投げかけるも、目線をそらされる。
黙秘を貫くなら消極的肯定と取るぞ? いいんだな?
「前置きはいい。用件を簡潔に言え」
痺れを切らした国王は、俺に鋭い視線を浴びせてくる。
さすがにクズとは言え国王だ。感じる圧力は半端じゃねぇな。
昔、大事にしてた愛車の中でゲロった俺を怒鳴りつける親父と比べれば、段違いの迫力だ。
「じゃ、お言葉に甘えて。俺が言いたいのは、大きく分けて三つっす」
右手を上げ、三本指を立ててふらふら揺らす。口元は不敵に笑みを浮かべ、横柄な態度は崩さない。
「一つ。
これは前提っすけど、俺らがどうしてその『魔王』に対抗する戦力と踏んだのか。その理由と証拠を具体的に提示することっすね。
さっきもちらっと言ったかもしんねっすけど、俺らは戦いの『た』の字も知らねぇド素人だ。このまま連れて行かれても無駄死にするだけなのは、わかってますよね?」
「当然だろう。貴様の邪魔さえなければ、すぐに説明するつもりであった」
おっと、『貴殿』から『貴様』に格下げか。この数分で随分と嫌われたもんだなぁ、おい。
だったらこっちも、粗末な敬語は下げちまっても構わねぇよな?
「そりゃ失礼。ま、それはそっちの義務だもんな? 要求の本筋はこっからだよ。
二つ目は、教育だ。
俺らに『魔王』を倒す力がある、ってことを前提で話すが、それでも俺らが戦いのド素人である事実に変わりはねぇ。
だから、最低限自衛が可能なレベルまで鍛えてもらいたい。そっちからしても、決戦の前に戦力が死んだら元も子もねぇだろ?」
「無論、この世界における常識の教授や、戦闘訓練についても行う予定であった。それに加えて、衣食住の保証も私ができうる範囲で行うと約束しよう。それで満足か?」
「おぉ~! 太っ腹だねぇ、国王さん! そいつは助かるぜ!」
ったりめぇだろ、クソ野郎!
こっちの生活基盤を崩し、何もかもわかんねぇ世界に俺らを引きずり込んだんだぞ!?
被害者である俺らの生活全般の面倒を見るなんて、当たり前っつうか義務だろ、義務!!
大盤振る舞いしてやるからありがたく思え的な顔止めろや!!
「それで? 最後の一つとは何だ?」
他に何が必要だ? みたいな上から目線にめっちゃ腹が立ったが、ぐっと我慢。
ここまでは口頭とはいえ俺らの最低限の生活を保証させたが、最大の懸念である俺らが殺し合いをさせられそうになっている、っつうことは残ったまま。
「猶予だ」
「……猶予?」
だから、そこを崩す活路を開く。
「国王さんもわかるだろうが、人が育つには時間が必要だ。
どんだけ優秀な人材でも、生後数ヶ月の赤ん坊を敵地へ放り出すキチガイはいねぇよな? 俺らはきちんとした自我が芽生えた成人とはいえ、この世界の住人としちゃ生まれたばっかの赤ん坊に等しい。
そんな無知で無力で幼気な俺らを、まさか一ヶ月そこらで戦地へ突っ込ませるような真似はしねぇよな?」
「…………」
そこで黙んのかよ。
予想で一ヶ月とか言ってみたが、マジでそれくらいで放り出すつもりだったのかこの腐れ国王。言及しといてよかったぜ。
「加えて、俺ら全員が戦う力を有しているとも考えづらい。
俺らを喚んだのが勇者召喚の魔法、っつう話だったが、その魔法が指す『勇者』の定義はわかってんのか?」
「何をバカな。
『勇者』とは強大な力を持った、人類の希望となるべき存在を指す。そんな『勇者』を喚ぶ魔法が選んだのが、貴様らだ。
ならば、貴様を含む全員が『勇者』ということになる。考える必要もないではないか」
「バカはどっちだ。もっと頭使えよ。
『勇者』そのものの定義はそうだとしても、召喚魔法の定義が『個人』か『集団』かはわかんのか?
もし『勇者』の対象が『集団』であり、全員が戦力になったとすればそっちの思惑通りなんだろうよ。
でも、もし対象が『個人』だったとすれば、残りの千人弱は巻き添え食らっただけの一般人、って可能性があんだろうが」
「それは……」
「それを確かめもせずに、この国は『勇者かもしれない』ってだけで一般人を戦わせるほど臆病で卑怯者ばっかの国なのか?
そんだけ自国の保有戦力が頼りにならねぇのか?
よくそんな体たらくで世界の覇者だ、何て言えたもんだな。反吐が出るぜ、お山の大将さんよ?」
こき下ろすだけこき下ろしてみたら、国王は口を噤んで表情を消す。
完全に敵視されたな。
が、それでいい。
危ない橋だが、どうせ渡るんだったら自分で決めて自ら進む方がマシってもんだ。
「だからこその猶予だ。
俺たちが戦士として戦える人間か、否か。確定すればその上で、この国のために命を賭けてもいい、っていう覚悟を持てる奴が出るかどうか。それを見極める期間を要求する。
そうだな……、『魔王』側からイガルト王国に対する積極的な攻勢がないとか、俺らの実際の成長率とか、色々条件は付くだろうが――最低でも『一年』。
それくらいだったら、ある程度の力も知識もつけた上で、各々が決断することもできんだろ。魔王討伐志願者は、その時になってから決める、ってことでどうだ?」
これが、俺が出せる最大の譲歩だ。
イガルト王国の利益になる可能性を残しつつ、魔王との戦争に参加しなくてもいい抜け道も作る、ギリギリの折衝案。
あっちを待たせすぎず、こっちも冷静になれるだろう、シビアな時間設定ではあるがな。
正直、俺としては猶予期間はもっと欲しいところだ。
何せ、俺ら日本人が短期間でどれくらい強くなれるのかがわかってねぇ。
特に俺は、虚弱体質っぽい異常が残ったまま成長できるのかどうかも怪しいしな。
今までのテンプレ展開からして、俺らに強力な力が付いている可能性もなくはないが、あくまで『可能性』の話でしかない。
この中の全員が高い戦闘能力を有するなんて、理想を語るにしても楽観的に過ぎる。
中には本当に、この世界の人間と同じ能力しか持たない奴もいるはずだ。
が、この条件ならそうした能力弱者が戦いに出ることを避けることができる。
同時に、能力チートの恩恵を受けた奴が育ちきるのに必要な時間も稼げる。
そいつらが戦うかどうかは、そいつらが勝手に決めればいいことだ。
この条件下であれば、能力弱者の可能性が高い『俺』が戦争を拒否っても、イガルト王国側からの糾弾を回避できる。
まあ? もし俺に強力な力があったとしても、どうせ拒否るけどな。
こっちを完全に見下してるこいつらに命を預けようとも、力を貸そうとも思わねぇし、どっちにしろトンズラぶっこく予定だ。
「……ふん、いいだろう」
「陛下!?」
しばらく沈黙していた国王だったが、どこまでも蔑んだ視線で俺を射抜き、頷いて見せた。
その決断が予想外だったのか、国王一家が座る場所の、さらに一つ下の段差にいた宰相っぽいおっさんが目を剥く。
散々煽られて、沸点低い国王は冷静さを失ったのか? 俺の判断を取るに足らない要求だとして、簡単に頷いたな。
まあ、俺が口にしたのはイガルト王国側からしても必要なことばかりだ。
多少俺の生意気な態度が気にくわないだろうが、俺が提示した条件を突っぱねる理由がそもそもない。
宰相が驚いてんのは、一年っつう期間の長さと、恐らくは『契約魔法(仮)』が原因だろうな。
ちっ! こいつら、どれくらいの時間で俺らを戦場に投入するつもりだったんだ? 急いてはことを仕損じる、っつう格言を聞いたことねぇのかよ?
……世界が違うから知らねぇか。
「貴様が口にした条件とやらは、元よりこちらが提示するはずだった内容と大差ない。
それどころか、我が国が可能な限り、最高の教育を提供してやるつもりでもあった。それこそ、この世界で不自由しない生活を送れるだけの、高等な教育をな。
貴様の要求はすべて、すでに決まっていたことであったのだ。わざわざ私に噛みついてまで口にしたのに、当てが外れたな?」
「いやいや、そうでもねぇさ。俺も得られるものが、大いにあったぜ?」
俺らがこれだけのことを最低限は求めてる、ってことをてめぇらが想定していなかったことも。
煽り耐性が低いせいで見栄を張り、施す必要のなかった条件まで上乗せしたことも。
宰相の焦り具合から、口にした条件はほぼ確実に遂行されるだろうことも。
腸が煮えくり返ってる状態でも、俺の要求に簡単に許可を出すことで、王としての器の大きさと俺以外の日本人に対する心証をよくしようと考えた強かさも。
俺が得られたイガルト王国の情報だ。
ほんと、助かったぜ。
煽れば煽るだけ百面相をしてくれる国主と貴族連中のおかげで、そう確信できたんだからな。
「では、これにて説明は終わりだ。
私たちのために戦ってくれるかどうか、それはまだ聞かずにおく。これからは、貴殿らには自身の能力を知ってもらう。
準備が整い次第こちらから声をかける故、この場にて待機していてもらおう。
何か不便があれば、近くの騎士に言いつけよ。可能な限り、便宜を図ろう」
表情を消したまま、国王が立ち上がって謁見の間から出て行く。
その後ろから王妃以下王族が、そいつらを頭を下げて見送った貴族どもも、この部屋からぞろぞろと出て行った。
ちなみに、漏れなく全員俺に殺気混じりの視線を寄越していきやがった。だいたいチラ見程度で一瞬だったけどな。
この国の上層部がいなくなった後、俺は呆れてため息を吐き、その場にどっかと座り込んだ。
俺が邪魔なのはわかったけどよ、そういうのを一人くらいは隠せよ、マジで。
この世界にゃ、笑顔で背中にナイフを隠し持つ、っつう政治手法はねぇのか?
本音と建て前くらいきちんと区別しとけよな。