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39話 集う縁

「……帰りてぇなぁ」


 外に出た瞬間、俺はさっきのワンコとの別れをなかったことにしてもいいから、牢屋に戻りたくなってきた。


 広い訓練場には、ほぼ八ヶ月ぶりの『異世界人』がわらわらしていた。


 約三ヶ月、人と全く会ってなかったせいか、人混みを見るのもキツくなってきた。


 入り口に立っただけなのに、すでに人酔いしそうだよ。


 引きこもりスピリッツがうずくぜ。


「うっ…………!?」


「くっせ!?」


 加えて、俺に不用意に近づいた奴は、漏れなく臭気の洗礼を受けていた。ワンコほどではないにせよ、顔をしかめて鼻を腕や手で押さえて俺を避けていく。


 あ~、訓練とやらの前に洗濯してぇな。いつまでも《神経支配》で誤魔化(ごまか)し続ける訳にもいかねぇし。


「お」


 で、キョロキョロ訓練場内を見回せば、井戸っぽいのを発見。


 さっきの喉語(こうご)で喉も痛めたし、水を飲むついでに洗濯もやっとくか。


 さっきのワンコに見せた配慮をかなぐり捨て、俺は真っ直ぐ井戸へ向かう。


 すると、間にいた人間がさっと逃げていき、まるでモーゼになった気分だ。


 はっはっは! 臭いにひれ伏せ、愚民(ぐみん)どもよ!


「よ、っと」


 なんて、頭ん中でバカなことを考えつつ、俺は水を汲み上げて井戸の側にあった木桶に水を移し、手のひらで(すく)ってまず一口。


 ……うん、うまい。


 ってか、水ですら今の俺にとっちゃ嗜好品(しこうひん)なんだよな?


 人間やめてる感が半端ねぇ。


 落ち込む、ってほどではないにせよ、微妙な気分になるな。


 気を取り直して、まずは上着を脱いで木桶の水に漬ける。


 …………くっそ、見なきゃよかった。


 産業廃棄物流出的な色になったぞ、一瞬で。


 割合的に赤黒い色が多かったのは、見なかったことにしよう。


 後は、ズボンもいっとくか? 汚れてる比率は学ランが一番だが、二番目がそっちだし。


 あ、血とゲロと糞尿で、って意味な。さすがに指が全部折れ曲がった状態で、ズボンを脱ぐことなんてできなかったからな。仕方ねぇよ。


「おひさしぶりで、…………何をしようとしてるのよぉっ!!??」


 というわけで、かなり不快なズボンのベルトに手をかけた瞬間、後ろから甲高い悲鳴が上がった。


「んあ?」


 そのまま後ろを振り返ると、真っ赤な顔をした残念先生の姿が。


 前はどっちかといえば魔法使いっぽい服だったはずだが、今は武道家っぽい感じになってた。


 でも、なんかチグハグだな?


 上は分厚い柔道着じみた真っ白で分厚めの上着で、たわわなお胸様が際だっていらっしゃる。一方で、下は合気道の有段者が穿()く紺色の(はかま)だよな?


 うーん、格好そのものは、残念先生のきりっとした容姿には合ってるんだが、服の上下がミスマッチな気がして、どこか残念臭が…………。


 意図があってのことか、もしくは無自覚か。俺としては無自覚に一票だな。それでこそ、残念先生らしさだし。


 それに、両手で顔を覆ってんのに、指の隙間から目はばっちり(のぞ)かせるとは、さすが残念先生だ。


 若干古い反応なのは(いな)めないが、お約束をよく理解してやがる。


「あ、お久しぶりです」


「あ、うん、お久しぶりです。って、そうじゃなくて!! 公共の場で何しようとしてるのよ、君はっ!?!?」


 一応目上だし、会釈(えしゃく)程度に挨拶をすると、残念先生も一瞬だけ素に戻る。


 が、また顔を真っ赤にして俺の行動を詰問(きつもん)しだした。


 おいおい、また敬語抜けてるぞ~?


「え? 洗濯」


「下は今じゃなくていいじゃない!?」


「だって臭いですし。ほら」


「うっ!!」


 何とか俺の行動を止めようとした残念先生だったが、ちょっと汚れが落ちた学ランを近づけると黙ってしまった。


 そりゃそうだ。公害レベルの臭いだからな。


 ほぼ直接()いで吐かなかっただけ立派だよ。


「…………それ、貸して」


 涙目で顔を背けた残念先生だったが、俺の学ランを指さしてそう言った。


 は? と思ったが残念先生の意図に気づき、素直に足下に放る。


 さすがに、こんなしっとり汚物の手渡しはキツいだろ。


「んっ!」


 鼻を摘んだまま嫌そうな表情で、残念先生は【再生】を学ランに使った。


 すると、見る見るうちに学ランにあったおよそ八ヶ月の汚れと損耗がなくなり、新品同然の姿を取り戻した。


 おー、手洗いより綺麗に仕上がったぞ。水気も取れて乾燥もばっちりだ。


 俺はパチパチと拍手を送り、残念先生の手際を称賛する。


「お見事。本当に便利だな、先生のユニークスキルって」


「そんなのはいいから、他の服も貸して。【再生】をかけてあげるから」


「え? 脱ぐんすか?」


「ベルトに手をかけないでっ!!」


 何だよ、貸せっつったの残念先生(アンタ)じゃん。


 と、二度目の顔合わせにも関わらず、遠慮なくイジればいい反応をしてくれる残念先生の様子に安心しつつ、俺は【普通】を切ってから【再生】を受け入れた。


 そのままだと【普通】が【再生】を相殺する可能性があったからな。


《生体感知》で魔力を感じ、一瞬にして俺の着衣すべてに【再生】がかかる。


 すると、肌触りでわかる学生服の完全復活に、俺は気分良く学ランを羽織りなおし、【普通】も再起動する。


「いやぁ、助かりましたよ先生。この服のせいで、周りからの目が厳しかったもんで」


「…………そう、ですか」


 俺のわざと明るくした表情に、残念先生はもの言いたげな間を作って答えた。ついでに敬語も戻ったようだな。


 が、俺はそれもわざと気づかない振りをして、今気づいたとばかりに体にも鼻を引くつかせる。


 あ、《神経支配》はとっくにオフってるぞ。


「お、体臭も消えてますね。あざっす」


「どういたしまして。そう手間ではありませんから」


 やっぱり、服と一緒に俺の体臭もリセットしてくれたみたいだな。


 これが俺そのものに及ぶ【再生】だったら抵抗したけど。


 下手すりゃ能力全部が初期化される可能性もあるからな。


 ホント、便利で恐ろしいスキルだこって。


「で? 俺に何か用っすか? わざわざ探してくれてたみたいですけど?」


 見るも無惨な木桶の汚水をこっそり地面に流しつつ、俺は立ち上がる。


《生体感知》は常に起動していたため、残念先生の動きを《神術思考》で逆算することができた。


 その結果、俺が来る前から俺を捜してたようだ。あっちこっちウロウロしてたっぽい上、俺を見つけた瞬間真っ直ぐこっちに来てたみたいだったしな。


 俺としても探される心当たりは、悪い意味である。正直、前にやっちまったことが『教師相手の説教(やっちまったこと)』だからな。今から聞くのが憂鬱だぜ。


 どうせ、正気に戻った後、生徒に説教されたのがムカついて文句言いにきた、って線が妥当だろうしな。


 あれから五ヶ月くらいになるってのに、よく根に持っ(おぼえ)てんな、とは思ったが。


「え、っと、それは……」


 すると、何故か残念先生は言葉に詰まりだし、モジモジし始めた。


 トイレか?


「その、私、君のことを」


「おっと」


 と内心首を傾げている間に、俺は残念先生の言葉の途中で横っ飛びし、残念先生の前から逃げた。


 瞬間、俺が今まで立っていた場所に、木製の杖が突き刺さった。


「ちっ! また逃げられたっ!!」


「気配くらい消せよ。それか、スキルでフェイントでもやっとけ、バーカ」


 ポカーンと口を半開きにした残念先生を置いてけぼりに、俺は背後から奇襲を仕掛けてきた相手を鼻で笑う。


 そこにいたのは、【幻覚】のチビだ。格好は前のまんまだから、驚き要素もない。


 めちゃくちゃ忌々しそうな顔を俺に向け、不機嫌オーラを全開にしてやがる。


 相変わらず、短気で喧嘩っ早い奴だ。


「誰がバカよ誰がぁっ!! ってか、何楽しそうに女引っかけてんの!? バカじゃないの!?」


「は? 先生とはただ世間話してただけだが?」


「うっさい! このすけこまし!」


 微妙に古い言葉知ってんな。【幻覚】はわからなかったくせに。


「はいはい、それは俺が悪ぅござんしたね~」


「聞き流してんの丸わかりなんだからね!! アタシをバカにすると、後で痛い目にあうんだから!!」


「そうかそうか。期待して待ってるよ」


「うぐぐぐぐっ!!!!」


 適当にあしらってたら、歯ぎしりしながらこちらを睨みつけてくる。


 はっはっは。ぜんぜん怖くねぇよチービ。


「あ、あの? お二人は、お知り合いなのですか?」


「前にちょっと一悶着(ひともんちゃく)ありましてね。大したことじゃありませんよ」


「はぁ!? そう言って勝ち逃げする気!? アタシは許さないわよ!!」


 俺らのやりとりを意外そうに見ていた残念先生が関係を探ってきたので、それもさらっと流しておく。


 そもそもチビとは語れるほど深い仲でもねぇしな。


 うるさいチビはスルーで。いつもいつも怒って叫んで、疲れねぇのかねぇ?


「でも、ここで会ったが百年目よ!! もう一度アタシと勝負しなさい!! 今度こそ絶対に負かしてやるんだから!!」


「え~、パス」


「何でよ!?」


 そんな熱血展開に乗っけられても困る。


 面倒くさいし。


 それに、今ここでイガルト王国に俺の『手札(スキル)』をバラすなんてありえねぇ。


 合同訓練っつうのも、最初から適当にやられて流すつもりだったしな。


「ふざけんじゃないわよ!? アタシがどれだけアンタを倒すために鍛えて探してきたか……」


「一体何事ですか? 騒々しいですよ?」


 本格的にキレ出しそうで面倒だな~、と思っていた時に新たな乱入者が声をかけてきた。


 俺らの意識がそちらへ向くと、なんか前見た時より武将っぽくなった会長がいた。


 腰には大太刀が一振りと、脇差(わきざし)っぽい短めの刀が一振り下がり、防具もどことなく鎧武者的な、(かぶと)なしの甲冑(かっちゅう)になっていた。


 ぶっちゃけ、萌え系ゲームの女人化武将にしか見えねぇ会長だが、武器がコスプレじゃなくモノホンだって気づいている身からすれば、かなり腰が引ける。


「邪魔しないでよ、カレン! アタシはコイツと決着つけるんだから!」


「コイツ? ……ああ、貴方でしたか。その節は、どうも」


「…………どうもっす」


 やっべぇ、気まずい。


 もう『羞恥』はねぇけど、調子に乗ってた記憶はばっちりあるから、どうも会長とは顔を合わせづらい。黒歴史と物理的ご対面を果たしてる気分だ。


 視線を右下にずらし、声をかけられたので仕方なく応じる。


 失礼を承知で、早くどっか行けと思いながら、さりげなく会長から一歩離れる。


「…………何? カレンもコイツと知り合いなの?」


「『も』? それはどういう……、あぁなるほど。そういうことですか」


 一段声が低くなったチビの声に動じた様子もなく、会長は一瞬で何かを悟った。


 すると、視界の端で満面の笑みを浮かべる会長。


 同時に、俺の背筋が凍り付く。


「久方ぶりの再会だというのに、すでに両手に華とは、いいご身分ですね?」


「は、ははは。いったい、なんのことやら?」


 こっわ! え、なにこれ、こっわ!!


 下手すりゃ(さき)の蹴りで生死をさまよった以上の恐怖を覚え、俺の足は自然と会長から数歩離れていく。


【普通】も過去最大級の『異常』を俺にガンガン知らせてくる。


 命の危険とはまた違う、しかしそれ以上の危機を前に、俺は会長から目をそらすことは愚策(ぐさく)だと判断して視線を合わせた。


 ちっ、レベルが低いとは言え、《精神支配》の『冷徹』を超える恐怖を与えてくるとは、さすが【勇者】ってところか。


 背中の冷や汗を感じつつ、いつ攻撃が飛んできてもいいように身構える。


「そ、それにしても、会長も元気そうでよかったっすね。前会ったときはえらく落ち込んでましたし?」


「なっ!? そ、そんなことはありませんっ!!」


 無言のまま間合いを測ってる会長にビビり、少しでも意識を別の方向にそらそうと口を開いたら、いきなりめっちゃ動揺しだした。


 先ほどまでの殺気はどこへやら。顔を真っ赤にさせ、否定を示す首の動きで黒髪を振り乱す姿に、ほんの少しだけ、緊張感を解く。


 少しだけなのは、会長のこの動作が油断を誘う『釣り』の可能性があったからだ。『異世界人』最強相手に、前みてぇな油断は命取りだからな。


「え? 何それすっごい聞きたい。ちょっと、どういうことか説明しなさいよアンタ」


「…………そうですね。教師という立場ではありますが、私個人的には非常に興味があります」


「だ、ダメですからねっ! 何も言っちゃダメですからねっ!!」


 とか、俺が一人でシリアスになってたっつうのに、コイツらすでに昼休みのノリになってやがる。


 会長の弱みを握れるとでも思ったのか、チビと残念先生は俺を挟んで両側から詰め寄ってきた。


 チビは好奇心から、残念先生は何故かすっげぇ真剣に、俺の説明を待っている。


 一方、二人の様子に慌てた会長は、俺の正面から眉をつり上げてこちらを睨み上げる。耳まで真っ赤にしたまま、涙で潤んだ目で睨まれても、全く怖くねぇんだが。


「何よ、いいじゃないカレン! 減るもんじゃないんだし!」


「減ります! 私の精神力が減るんです! だから聞いちゃダメです!」


「大丈夫ですよ、水川(みなかわ)さん。何かあったら私の【再生】が回復させますから」


「スキルを使うことを考える前に、私の過去を詮索(せんさく)しようとする行為そのものをやめてください先生!!」


「アタシたち、『友達』でしょ? お互いを知るためにも、色んな人から色んなカレンの話を聞いてみたいのよ。それでもダメ?」


「目も口もニヤケさせて好奇心を抑えきれていない顔で言われても、説得力皆無ですっ!! ただ私の恥ずかしい過去を知りたいだけでしょう!?」


「そうですよ、水川さんに失礼です。私は教師であり養護教諭という立場上、生徒たちの心の傷を把握する義務があるからこそ、彼に尋ねているのです。そう、これは立派な治療行為の一環です。というわけで、私にはこっそり教えてください」


「心の傷をほじくり返そうとしている人が何を言っているんですか!? それにカウンセラーのようなことをしているからといって、本人以外の口から本人が知られたくない過去を聞いていいはずがないでしょう!? 個人的興味よりも、本人の意思を尊重してくださいっ!!」


 ……女が三人寄れば『(かしま)しい』とはよく言ったもんだ。


 俺を囲んでキャイキャイ騒ぐ会長たちに、もう途方に暮れるしかない。


 やけに楽しそうだな、おい。この場に俺いらねぇじゃん。


 帰っていいっすか?


「…………お?」


 途中からはるか彼方(かなた)に視線を飛ばしていると、今度は後ろから軽い衝撃を受けた。《生体感知》にゃ突然現れ、【普通】にゃ引っかかってたが意識してなかったそれに、俺は反応が遅れた。


「ん?」


 振り返ると、俺の腰にしがみつく頭とつむじが見えた。


 俺の様子に気づいたのか、女三人衆も口論をやめて俺の視線を追う。


「っ、っ……!」


 抱きついたまま離れない頭は、額を俺の背中に押しつけてグリグリする。


 痛くはねぇが、反応に困る。


 え、俺、これをどうすりゃいいわけ?


「ちょっと、アンタ何やって……」


「そうですよ。この子が、困って……」


「…………まさか?」


 どうやら妖怪・背後抱きつきグリグリ魔も知り合いだったらしく、チビ、残念先生、会長が口を開くが、すぐに俺に視線を集中させた。


 三対の目はどれも()わっており、さっきまでの騒々しさは何だったのかと言いたくなるほどの無言と無表情だった。


「…………はぁ」


 美人の真顔って、怖ぇなぁ。


 現実逃避を理解しつつ、俺はため息とともに天を(あお)いだ。


 約三ヶ月ぶりの天気は、憎々しいまでに青々とした晴れ空だった。




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名前:平渚

LV:1【固定】

種族:日本人▼

適正職業:なし

状態:【普通】


生命力:1/1【固定】

魔力:0/0【固定】


筋力:1【固定】

耐久力:1【固定】

知力:1【固定】

俊敏:1【固定】

運:1【固定】


保有スキル【固定】

【普通】

《限界超越LV10》《機構(ステータス)干渉LV1》《奇跡LV10》《明鏡止水LV1》《神術思考LV1》《世理完解(アカシックレコード)LV1》《魂蝕欺瞞(こんしょくぎまん)LV1》《神経支配LV1》《精神支配LV1》《永久機関LV1》《生体感知LV1》《同調LV1》

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