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37.5話 イレギュラー


 渚君曰く、クソ王視点です。

 妹視点かと思いきや、ところがどっこいクソ王です。


「何? 生存している? あの状態からか?」


「は、はい。信じられませんが、上級の感知系スキルを持つ者に遠方から探らせましたところ、本日早朝に『奴』の動きが確認された、とのことです」


「……ちっ、死に損ないが」


 私は諜報部隊に属する騎士の報告を聞き、自然と歪む表情を自覚しつつ舌打ちを打つ。


 およそ二ヶ月前に、私たちの思惑を初日に潰した異世界人が死にかけている、という報告を聞いた時には、胸がすく思いをしたのだがな。


『奴』め、ゴブリン並の生命力としぶとさだ。


 しかし、光明は見えておるのだ。


 これ以上、『奴』を生かしておく理由も必要もない。


 早々に始末をつけねばなるまい。


「すぐに『奴』を処分する手を打つ。それまでは、遠方から『奴』の動きを探れ。いいな」


「はっ」


 継続して『奴』の監視を命じ、諜報騎士は静かにその場を後にした。


 私は自室にて政務をこなしつつ、忌々しい『奴』のことを考えていた。




『奴』は異世界人の中でも特異な存在であった。


 あの日、『魔王』と名乗った化け物どもを駆逐するために召喚した、『勇者』という名の消耗戦力。


 優秀な魔法使いであると同時に我が国の第一王女であり、異世界より呼び寄せる《勇者召喚》の儀を成功させたセシルからは、「数多くいる『勇者』は全員が混乱しており、付け入る好機」との報告を受けていた。


 すでにイガルト王国に伝わる秘術である《契約》の準備をさせていた謁見の間に通し、急遽用意させた《空間魔法》による空間拡張で室内を広げ、戦力を迎え入れる手はずを整えた。


 そして現れた、『勇者(いくさどれい)』たち。


『魔王』からの逃亡ついでに侵攻し陥落させた、獣人(ちくしょう)国家の秘術ということで過度な期待はしていなかったが、存外多い戦力に内心でほくそ笑んでいた。


『勇者』たちを一目見た瞬間、セシルの言葉も頷けたものだ。


 突然の事態に『勇者』たちは混乱し、まともな思考力がないのは明らかだったからな。


 また、『勇者』たちが大きな権力に弱いだろうことは、騎士が説明した謁見への注意に全員が従順だったことからも、容易に推測できた。


 顔立ちも幼い者が大半で、一人一人の顔を見る限り私たちに反発するような素振りも見せなかった。


 だというのに、《勇者召喚》で呼ばれた存在は、この世界の人間を軽く凌駕(りょうが)する能力の持ち主ばかりだという。


 威厳を保った表情で『勇者』たちを迎え入れながら、私は内心で笑いが止まらなかった。


『勇者』たちを《契約》で手中に収めれば、忌々しき『魔王』どもを駆逐することも夢ではない。


 どころか、その後も他国への立派な戦力として、大いに活躍してくれるだろう。


 そう確信しつつ、下々の人間に威圧を与えるスキル《王権》を使用しながら、私は現状の説明を終えて頭を下げた。


 相手が『勇者』とはいえ、身分も素性も知れぬ平民風情に頭を下げるなど、私のプライドが許さなかったが、今は『魔王』という脅威を排除することが最優先であった。


 故に、断腸の思いで『勇者』どもに頭を下げてやった。


「そうっすね。とりあえず、頭を上げて下さいよ、イガルト王国の皆さん?」


 その時だ。


 私が『奴』と相対したのは。


「……貴殿は?」


「あんたらに召還された一人っすよ。名前は名乗らなくていいっしょ? ってか、俺らの個人情報に興味ないっすよね? 俺もっす。ってことで、よろしくっす」


 最初から『奴』への印象は最悪であった。


 人種が違うため当たり前だが、見慣れない容姿の『奴』。この世界における絶対の王である私への尊大な物言いに態度。


 他に『勇者』がいない場であれば、即座に騎士に切り捨てさせただろう。それくらいの怒りと侮辱を覚えたのは、生まれて始めてであった。


 私は不敬な『奴』の顔は、殺しても忘れぬだろうと思っていた。


 しかし、『奴』の顔には何も特徴がなかった。


 私は下々の者を使いやすくするスキル《人心掌握》を保持しており、副次効果で他者の顔を覚えやすくなっていたはずだ。


 なのに、『奴』の顔は覚えることができない。


 スキルも意識して記憶にとどめようとしても、目の前にいるのに顔立ちがわからなくなる。


 奇妙な感覚に戸惑い、私は無意識に表情がこわばるのを感じた。


 すると、私への不敬に(いきどお)った貴族が、『奴』へと非難の言葉を浴びせた。


 が、『奴』は一切(ひる)むことなく貴族たちを見下し、鼻で笑う始末。


 この時点で、『奴』は『勇者』の中でも厄介な存在になると予感していた。


「よい。貴殿の言うことも一理ある。多少の無礼は許そう」


「あざっす。さすが国王さん、器も心も広い広い」


 いつまでも『奴』に吠えさえておくのは都合が悪く、何をしでかすかわからない。


 故に、私の方から仕方なく譲歩してやったら、『奴』はこちらを舐め腐った態度を崩さなかった。


「条件が満たされました。スキル「怒りLV1」を取得します」 


 状況も忘れて怒鳴り散らしそうになった時、スキルの啓示をしてくれる神の声が聞こえた。


 通常ならば神の施しに感謝するのだが、この時ばかりは神の声にも怒鳴り散らしそうになった。


 それほど、『奴』という存在が私にとって不愉快であったのだ。


 後から聞けば、全く同じ神の声を謁見の間にいた貴族、王族全員が聞いたらしい。


『奴』の振る舞いは、私たちを敵に回すには十分すぎたようだった。


「とりあえず、国王さんの話は理解したっすけど、さすがに『はい、そうですか』ってこの場で決められる話じゃねぇっすよね?

 要するに、この国の皆さんは、自分たちの代わりに俺らへ死地に(おもむ)け、って頼んでるもんっしょ? むしろ即答できる方が頭おかしいっすもんねぇ?」


 他の『勇者(てごま)』の手前、感情に任せて処罰するのは簡単だったが、《契約》の烙印を押す前ではまずい。


 それくらいの理性が残っていた私が、世界よりも寛大な心で『奴』の思惑を問いただすと、『奴』はこのように答えた。


 何をバカな。


 貴様らの価値は私たちの敵を排除する武器となることだけ。


 一丁前に人だと主張する方がどうかしている。


 本心からそう思ったのだが、それを口に出すときではないと自制し、『奴』の言葉を待った。


 それから展開した『奴』の理論は、お互いを対等の立場だとすれば、確かに正論ばかりであった。


 故に、『奴』の主張を覆すだけの答えを、私は咄嗟(とっさ)に出せなかった。


 それが、私の最初の失敗であった。


「……ふん、いいだろう」


「陛下!?」


 色々と(あお)りながら突きつけてきた条件を、私は尊大に、しかし内心は苦渋の感情で満たして、受け入れた。


 受け入れざるを得なかった。


《契約》が展開し、その結果私たちに何が降りかかるのか理解していた宰相が驚きの声を上げるが、それでも否定することができなかった。


 何故なら、すでに過半数を優に超える『勇者』たちが、『奴』の言葉を支持していたからだ。


 それはつまり、『勇者』たちは『奴』の提示した内容は『当然の権利』と無意識で納得しているということ。


 それが、《契約》の大きな(さまた)げとなっていたからだ。


 我が国に伝わる秘術《契約》は、期間を定めなければ未来永劫(えいごう)まで続く強力な呪いとなる儀式魔法だ。


 順序は、まず《契約》の魔法で満たした空間内に、効果対象を留め置く。


 次に、口頭、文書問わず対象同士が条件を出し合い、取り決めた約定(やくじょう)を制定する。


 その約定を互いが同意すれば、その時点から《契約》は効果を発揮する。


《契約》が強力である所以(ゆえん)は、人程度の存在では太刀打ちできない『世界』に、調停役として管理してもらう点だ。


 ここでいう『世界』はすなわち、『大気中に漂う魔力』のこと。


 どちらか一方が《契約》を破る、もしくは相手にそう思わせる言動を取った瞬間、『大気中の魔力』が違反対象者に襲いかかり、凄絶(せいぜつ)な苦痛を与える魔法となるのだ。


 それから救われるには、《契約》履行者が違反者を許すか、違反者が《契約》履行の意思を見せるしかない。それ以外に、《契約》の苦痛から逃れる(すべ)はない。


 一度成立すれば『世界』が《契約》内容から判断し、結んだ約定を強制的に履行させてくれる。《契約》の内容だけをルールとして、『世界』に対象者を監視・処罰させる、私たち偉大なるイガルト王国に相応しい魔法だ。


 ただ、強力な儀式魔法故に欠点も多く存在する。


 まず、膨大な魔力、長期間にも渡る下準備、そして再使用には年単位の時間を要すること。


 その上、《契約》を成立させる条件が複数ある。


 一つに『《契約》対象者全員が、《契約》内容に同意していなければならない』という制約。


《契約》後であれば対象者の心情など考慮されないが、《契約》を締結する段階では対象者全員が約定の内容を理解し、納得した上で同意していなければ、《契約》は不発に終わってしまう。


 二つに『あくまで《契約》対象者の立場は同等である』という制約。


 つまり、一方が他方に無理矢理《契約》を迫り、言葉だけの同意を得ても、効果が発揮されることはない。故に、《契約》には相手をこちらの都合のいいように誘導する、高い交渉技術が要求される。


 三つに『《契約》内容には実現性があり、かつ矛盾があってはならない』という制約。


 もしも問題なく対象が《契約》を結んだとしても、片方もしくは両方に《契約》内容を履行する能力がなければ意味がない。要するに、客観的に不可能だと断定されるような約定は、そもそも魔法が発動されないのだ。


 たとえば、『甲は乙に《契約》履行後、莫大な報酬を授ける。乙は報酬を得るには、甲の要求する『魔王』討伐を遂行する』という《契約》があったとしよう。


 この時、《契約》時点で甲に『莫大な報酬』の支払い能力がなければ、《契約》は成立しない。また、乙に『魔王』討伐を遂行可能な実力、もしくは潜在能力がなければ、こちらも成立するとは言えない。


 こうした《契約》は調停役である『世界』が客観的に分析し、約定が不履行となる可能性が高いと判断した場合、《契約》が結ばれることはないのだ。


 このような制約がなければ、私が身分も素性も知れぬ『勇者』どもに頭を下げる必要などなかったのだがな。


 そうした《契約》の制約を知らぬはずの『奴』は、それを見事に逆手に取った。


《契約》対象は私たち王侯貴族と、千人程度いる『勇者』たち。


『あくまで《契約》対象者の立場は同等である』という制約により、多数集団における《契約》の公平性は、単純に《契約》内容に同意する対象の総数で決まる。


 つまり、私たちイガルト王国側がどれだけ賛同していても、『勇者』の半分以上が《契約》に同意することが、今回の達成条件であった。


 その『勇者』全体の過半数が『奴』の意見に乗るよう、交渉の主導権を私から奪い取ったのだ。


 集団同士の《契約》であることまで見越したのかは知らぬが、《契約》の制約を見事に利用された形になる。


 心情を考慮した交渉に、こうした『流れ』は重要で、かつ大きく変わり定まった『流れ』を強引に変えることは難しい。


 その上《人心掌握》でそれを感じ取っていた私は、『奴』の要求を呑まざるをなかった。


 これ以上、こちらに不利な《契約》の条項を並べられる前に。


「貴様が口にした条件とやらは、元よりこちらが提示するはずだった内容と大差ない。

 それどころか、我が国が可能な限り、最高の教育を提供してやるつもりでもあった。それこそ、この世界で不自由しない生活を送れるだけの、高等な教育をな。

 貴様の要求はすべて、すでに決まっていたことであったのだ。わざわざ私に噛みついてまで口にしたのに、当てが外れたな?」


 だが、ただでは転ばぬ。


『勇者』たちを永劫隷属(れいぞく)させる《契約》は失敗したが、まだチャンスはある。


《契約》の欠点である再使用期間は、締結された《契約》の期間によって変動する。


 今回の《契約》の効果範囲は、たったの一年だ。


 その程度であれば、今回の《契約》が終了する頃には再使用が可能となる。


 それまでに、『勇者』たちをどんな手段を用いても懐柔(かいじゅう)し、隷属の《契約》を結ぶ布石とする。


 本来不必要なまでの厚遇を約束し、心証をよくしようとしたのもそのためだ。


「いやいや、そうでもねぇさ。俺も得られるものが、大いにあったぜ?」


 そうしてすぐに切り替えたが、『奴』の表情は、私の意図に気づいたそれだった。


 平民のくせに、国王である私を手玉に取ったと思い上がっているばかりか、私を地べたから見下してきたのだ。


 これが、許せるはずがあろうかっ!!


「経験値が一定値を超えました。「怒り」がLV2になります」


 最後まで不敬であった『奴』への憤怒を内心で煮えたぎらせつつ、謁見の間を退室した直後に、新たな神の声を聞くこととなった。


 スキルの啓示は、そう頻繁に聞けるものではない、貴重なものだ。


 が、私の心に神の声への感謝などなく、あったのはひたすら『奴』に対する怒りだけであった。




 その後は、『奴』だけは特別待遇を図り、反抗の意思を(くじ)こうとした。


 ステータスの確認で、『奴』は『勇者』改め異世界人の中でも最低であり、この世界の人間の誰よりもクズであったことが判明したことも大きい。


 これで『奴』に強力な力が宿っていたら、『世界』の監視故に実力相応の扱いをせねばならず、また『奴』自身も増長してもっと厄介だっただろう。


 が、運は私たちに向いている。


《契約》の内容を脱しない、最低限の履行に留めることで『奴』を追いつめていった。


 本来は《契約》に引っかかってもおかしくない行為であったが、私たちが異世界人に与える待遇は『『魔王』への戦力として期待するが故』だ。


 戦力以前に一人で生きることもできないだろう『奴』のステータスが、《契約》不履行の客観的事実となったのだろう。厚遇を施す必要はないと、『世界』も私たちを支持した。


 故に、《契約》が完全に解除されるまでは生かさず殺さず、死んだ方がマシだと思うような環境で生かし続け、苦しめてやる。


 そして、その時がくれば、もっとも悲惨な方法で殺してやる。


『奴』への怒りを燃やし、メイドや兵士に『奴』への処遇を通達したのだが、『奴』はどこまでも生意気であった。


 召喚翌日から《契約》を盾にメイドを脅し、兵士隊を一つ全滅させた。


 それから一ヶ月間はことあるごとに《契約》を悪用し、使用人を消耗させていく。


 あまりにも目に余る行動が多く監視役として密偵をつければ、生活態度はふざけているとしか言いようのない報告ばかり。


 おまけに、与えてやった牢屋(へや)では気が狂ったような奇行を繰り返しながらも、一歩外に出れば平然としているという、意味が分からぬ精神力を見せつけた。


 ステータスの低さに開き直ったのか、どこまでもこちらに協力や恭順する意思を見せない『奴』の行動は、ただただ私の怒りを増幅させていった。


 同時に異世界人の方でも問題が起こったが、『奴』に比べれば些事(さじ)だ。


 情報収集をさせてすぐ、『奴』以外の異世界人は思慮の浅い愚者ばかりの集団と判断できたからな。


 能力こそ高けれど、変に小賢(こざか)しい『奴』と比べれば、ほとんどの異世界人は(くみ)(やす)い存在だった。


 餌を()けば確実に食いつき、私の思うように動く様はいっそ愛おしく思える。


 すでに少なくない数の異世界人に見目麗しい者をあてがい、我が国へ忠誠を(ちか)うよう約束させてさえいた。


 しかし、中には『奴』とは違う意味で扱いづらい者もいた。


 純粋故に軽挙(けいきょ)だと思っていたが、途中から腹の底を見せなくなった【勇者】のカレン。


 協調性がなく出来損ないと呼ばれていたが、ある時点から急速に力を伸ばしてきた【幻覚】のセラ。


 貴重な治療魔法師として活動する中、力に(おぼ)れ暴走する異世界人を鎮静化させた【再生】のキョウ。


 他者を異常に警戒する臆病者だったが、(たぐい)(まれ)なる魔法の才を見せた【結界】のシホ。


 いずれも強力なユニークスキルの持ち主で、異世界人の中でも群を抜く実力を持つようになった、こ奴ら。個人的な親交もあり、訓練などで行動をともにする姿も多く目撃されている。互いが互いを刺激し、切磋琢磨する仲であったという。


 今では戦闘能力において上位を独占する強者として、同じ異世界人からも一目置かれるようになっている。


 しかし同時に、こ奴らは共通してイガルト王国(わたしたち)に不審を抱いているようでもあった。


 毎日のように時間をともにし、互いを高めあうだけならばこちらの思惑通りなのだが、日に日に私たちと距離を置くような素振りを見せるのが気にかかった。


 もう一つのこ奴らの共通点は、一度でも『奴』と接触したことのある者たち、ということだ。


 カレンは召喚された日に『奴』と言葉を交わす姿が、セラは二ヶ月後に『奴』と対立する姿が、キョウは三ヶ月後に『奴』の説教を受ける姿が、シホは四ヶ月後に『奴』に泣きすがっている姿が、それぞれ目撃されている。


 そして、元から成長速度が(すさ)まじかったカレン以外の者たちは、『奴』と接触した直後から異様な成長を遂げたのだ。


『奴』を殺すことに躊躇(ちゅうちょ)がなかった私だったが、この報告で打算が生まれた。


『奴』の【普通】とかいう謎のユニークスキルが、異世界人を強化する効果であった、という可能性が浮上したからだ。


 その可能性が正しければ、『奴』を殺してしまうよりも生かして利用する方が、余程『魔王』討伐の戦力として有用だろう。


 こちらに大人しく従うはずもないだろうが、《契約》で縛ることさえできれば、あるいは。


 しかし、『奴』が私たちに見せた不敬を、その程度の成果で帳消しにできるものでもない。


 そういう葛藤が去来しだした頃だ。


『奴』が異世界人の襲撃を受け、今にも死にそうだという報告を受けたのは。


 最初は《契約》のこともあり大いに焦った。


 しかし、いくら時間が経っても私たちに『世界』からの干渉がなく、平穏無事に時間が過ごせている事実に戸惑った。


 報告を受けて一週間が経った頃にようやく無害だと知ると、一つの事実が浮かび上がった。


 すなわち、《契約》によって私たちは直接的に『奴』へ手出しを出せなくなったが、異世界人を使えば『奴』を始末することができる、ということ。


 今まで不本意ながら『奴』を生かそうとしたのは、《契約》による罰則をおそれてのことだ。


 が、殺す手段が存在するのであれば、『奴』を生かしておく道理はない。


【普通】がもたらすだろう不確かなメリットよりも、『奴』への殺意がはるかに勝っていたのも、そう考えた理由だ。


 その日から、私は使用人たちに『奴』への干渉を禁じた。


 交代で監視させていた諜報に特化した騎士や、『奴』を運ぶ羽目になったメイドに聞くところによると、『奴』の四肢はぼろぼろで、異世界人の攻撃により致命傷を負っているらしい。


 ならば、放っておいてもいずれ死ぬ。


 なにやら叫び声で騒がしいらしいが、いずれ聞こえなくなる一時的なものと思えば、気にする必要はない。


 そう思っていたのだが。


 私は『奴』のしぶとさを見誤っていたらしい。


「た、大変です!」


 その報告を受けたのは、《勇者召喚》の儀から六ヶ月目の異世界人に、魔物との戦闘を経験させた、さらに一ヶ月後のことだ。


「『奴』へつけていた諜報員の5名が、全員死亡しました!」


「何?」


 諜報部隊の騎士の報告に、私も驚きを禁じ得なかった。


『奴』への監視という任務は、危険もなければ実益もない、ある意味休暇扱いの任務として行われていた。


 とはいえ、『奴』にあてがった諜報騎士は隠蔽系スキルが高い優秀な人材。


 そう易々(やすやす)と全滅するなどあり得ない。


「どういうことだ?」


「わかりません。突如、諜報員の反応が消えたのを確認し、現在は待機していた別の諜報騎士を確認に向かわせています」


 私に報告をしてきたのは、諜報騎士の中でも隊長格の、特に優れた騎士であった。


 そ奴の判断も間違っておらず、私が同じ立場であってもそうするであろう。


 だが、それがさらなる犠牲を生むことになった。


「っ!? へ、陛下っ! 確認に向かわせた諜報員の、生体反応も、消えましたっ!」


 しばらくしてから、その場に待機させていた諜報騎士の隊長の報告に、私は舌打ちを漏らした。


「即座に『奴』の周囲に誰も近寄らないように伝令を出せ! これ以上被害を広げるわけにはいかん!」


「わかりました!」


 私の命令により、これ以上の被害が出ることはなかった。


 が、優秀な手駒を7人も失ったのは痛かった。


 その上、二週間後には『奴』の存命も知らされれば、悪態の一つも出よう。


 未だに騎士7名を殺害した手段は不明だが、『奴』が関与していることは間違いないだろう。


 私たちを侮辱しただけではすまず、私の手駒にまで手を出すとは。


『奴』は必ず、私が息の根を止めてやる!


 怒りに支配された私は、『奴』を《契約》に縛られずに殺す手段だけを考えていた。


『奴』は有用なスキルのない、クズステータスの役立たずであり、存在そのものが無駄な不要物。


 ずっとくすぶる苛立ちを払拭(ふっしょく)するためにも、さっさと『奴』の存在を消して、精神の安寧を取り戻す。


 当時の私は、それしか考えていなかった。


 スキルとして発現した怒りで我を忘れ、視野が狭まっていた。


『奴』がどこまでも取るに足らない存在だと、強く思いこんでいたのも悪かったのかもしれない。


 あの段階で、『奴』が気配を殺す術に長けた騎士を感知し、かつ遠距離から手に掛ける手段があったという、もっとも重要で危険な事実に気づかず。


 さらには『奴』の殺害に執着してしまったことで、思いも寄らない弊害を呼び寄せてしまうなど。


 この時の私は、全く気づいていなかったのだ。




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名前:ディプス・グニク・イガルト

LV:60

種族:イガルト人

適正職業:君主

状態:健常


生命力:250/250

魔力:300/300


筋力:30

耐久力:30

知力:50

俊敏:30

運:55


保有スキル

《王権LV5》《人心掌握LV1》

『策謀LV7』『傲慢LV10』

「怒りLV9」

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