30話 スキル調査その9
真っ暗な空間で、俺はひたすら今日の出来事を紙に文字として起こしていた。
貞子のちり紙に消えたメモ用紙と違い、牢屋に戻ればいくらでもストックはある。
残りを気にする必要もなく、俺はひたすら羽ペンを走らせ続けた。
「ふぅ」
今日の出来事と感想を書き終え、一息つく。
貞子とのやりとりを思い出しながら、俺はぼんやりと黒い天井を見つめる。
異世界にきて四ヶ月。
そろそろ俺の精神も、限界なのかもな。
あの時、俺以上にいっぱいいっぱいだった貞子がいた、っつっても、いくらなんでも弱気になりすぎている。
気のせいじゃなく、俺は今日出会ったばかりの他人に、不安をぶちまけすぎていた。
いや、むしろ四ヶ月もよく保った、って方が正しいか。
光の射さない、暗闇に閉ざされた空間で半日を過ごし。
日中は満足な食事も休息も与えられないまま、複数の監視の目が常につきまとう。
時間が過ぎていくごとに、鮮明になっていく死神の足音に怯え。
最悪の未来に抗おうとするも、努力が形になって現れることはねぇ。
すでに狂っていてもおかしくないはずのストレスに見舞われながら、よくもまあ正気を保っていられたもんだ。
とはいえ、ずっと気丈でいられたのも、『詐術』、『不屈』、『限界突破』、『悪食』、『省活力』、『麻痺』のスキルの力が大きいんだろう。
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『詐術』
知能ある種族を騙す行動に補正がかかる。レベルにより成功率が上昇する。LV1につき5%の補正がかかる。任意で解除可能。演技、交渉、暗示などの言動に自動で発動。ただし、『冷徹』以上の鎮静効果を持つスキルの使用で妨害される。対象は自他を問わない。対象との知力に差があると成功率に補正がかかる。知力5ごとに成功率が±1%加算される。
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『不屈』
精神力に補正がかかる。レベルにより精神の質が向上する。LV1につき5%の補正がかかる。任意で解除不可。基幹となる信念に従い行動するようになる。ただし、所持者が定めた以外の価値観の優先順位が下がる。レベルによりあらゆる事象に対する認識の許容範囲が広がる。レベルによりあらゆる苦痛に対する耐性を得る。レベルによりあらゆる情動の程度が減少する。
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『限界突破』
肉体と精神の限界を超える。レベルにより潜在能力を超えた能力行使を可能とする。LV1につき10%の補正がかかる。任意で発動可能。状態が疲労以上など、特定条件下で自動発動。特定条件下でレベル補正以上の力を引き出せる。ただし、上限以上の力を発揮した場合、相応の反動を負う。レベルによりあらゆる苦痛に対する耐性を得る。ただし、補正の許容限界を超えた干渉を受けた場合、相応の反動を負う。
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『悪食』
悪辣な食事に対する耐性を得る。レベルにより許容範囲が拡張する。レベルの上昇により消化器系が強化される。常時、多少の毒耐性を得る。常時、わずかにエネルギー吸収効率が上昇する。あらゆる病原菌、毒素、薬効に対する免疫を得やすくなる。食物以外の物質からでもエネルギーを生成できる。体に不足した栄養素を、摂取した別の栄養素から生成できる。ただし、エネルギー生成や栄養素生成には、別にエネルギーを必要とする。
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『省活力』
少ないエネルギーで活動できる。レベルにより省エネ率が増大する。LV1につき5%の熱効率の補助を得る。任意で解除可能。消費しきれなかった余剰エネルギーを貯蔵可能。肉体におけるエネルギー貯蔵総量を超えた場合、生命力や魔力に還元される。ただし、還元効果により上限を増やすことはできない。任意で生命維持活動レベルを落とすことが可能。ただし、10分を超えた生命維持活動の低下を持続させると、状態『瀕死』のペナルティを負う。
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『麻痺』
あらゆる痛覚刺激を麻痺させる。レベルにより麻痺が深化する。LV1につき1%深化する。任意で解除可能。麻痺効果は身体全体、一部を問わず常にLV%の効果が働く。麻痺の効果対象に温度覚による刺激は含まない。任意で効果を集中させると、補正以上の感覚遮断が可能。ストレスによって生じる、精神的負担の軽減が可能。ただし、肉体・精神問わず、効果時間に応じて該当部位に麻痺が残る。
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まず、『詐術』のミソは『対象は自他を問わない』ってところだ。
つまり、俺が騙せる対象は俺自身をも含んでいる、ってこと。
特に意識してたわけじゃねぇけど、俺は自分の弱さを表に出さないように、心の中じゃ何度も何度も強がってきた。
実際は誰よりもカスだってのに、他人よりも優れてるように振る舞ったり、バカにしてみたり、自分には力があると言い聞かせてみたり。
そうしていきがってた態度が、俺自身への自己暗示になり、精神の補強に一役買ってたんだろう。
『不屈』はまんまだな。
認識の許容範囲が広がるってのは、寛容になること。
苦痛耐性は、不快な刺激にひたすら堪え忍ぶこと。
情動の減少は、怒りなんかの感情の起伏が薄れるってこと。
全部、我慢強さに繋がる要素だ。
中でも特に強かったのは『基幹となる信念に従い行動する』ってのと、『それ以外の価値観の優先順位が下がる』って部分。
要するに、俺の一番譲れない価値観がすべてにおいて優先され、それ以外はどうでもいい、ってなるわけだ。
で、俺の場合は『死にたくない』っつう切実な思いがこれに当たる。『死』についての話題に俺が過剰反応していたのも、『不屈』が原因だったんだろうぜ。
『限界突破』は、期せずして常時発動してたっぽい。
だって俺、【普通】で常に状態に『過労』があるんだもんよ。余裕で条件満たしてるよな。
副次効果で苦痛耐性もあっし、陰で『不屈』を補助してたんだろう。
だが、無理は禁物だ。
俺自身にある『許容限界』を超えた場合、このスキルは『反動』として俺に牙を剥くからな。
おそらく二ヶ月前、【幻覚】チビの攻撃を捌けたのも、のちにアホみたいな筋肉痛に襲われたのも、この説明から『限界突破』が原因だったと考えられる。
名前通り、このスキルが諸刃の剣だってことは、忘れねぇようにしとかねぇとな。
『悪食』は便通だけじゃなく、体調管理全般の都合もつけてくれてたみたいだ。
確かにこの四ヶ月間、残飯ばっか食わされてきたのに、脚気みてぇな栄養不足による体調不良に陥ったことは一度もねぇ。
病原菌や毒素にも免疫を得ることから、腹を下すこともなかったんだな。病は気からとも言うし、一度でも病気にかかってたら心も病んでたかもしんねぇ。
代わりに、『悪食』がある限り薬も次第に効きにくくなるらしい。病気予防をしてくれてるってことで我慢するしかねぇか。
『省活力』はエネルギーの貯蓄の他、生命活動の質を落としてエネルギーを節約する事もできるんだと。
今まではずっと、寝る時とかに仮死状態並にして、少しでも無駄なエネルギー消費を抑えてたんだろう。
『解析』さんの説明じゃ、『任意で発動』ってなってはいるが、そうしなきゃ俺は死んでたかもしんねぇしな。
加えて、訓練の時も無意識に生命維持活動の質を落として、無意識にキッツい運動になってたのかもしんねぇ。
だって、俺の体からしたら、日々の肉体訓練は『最低限の生活に不必要な、無駄なエネルギー消費』に当たる。
そんな肉体の訴えにスキルが反応して、訓練時は身体にエネルギーが満足に行き渡らず、常に高負荷な状態で動いてたのかもしんねぇな。
最後に、『麻痺』が心の痛みにまで適用されていたとは予想外だった。
俺のストレスは相当高ぇだろうから、軽減してた負担も結構多かったと考えられる。
まあ、レベル数%しか効果がねぇんじゃ、意味があったのかはわかんねぇ。
何せストレスの総量から比べりゃ、気休め程度にしかなってねぇはずだからな。
とまあ、これらの効果が、俺の身体と精神を支えてくれていたんだろう。
そうやって騙し騙し使ってきたが、その疲労もピークに達してきた。
その結果、抑うつ一歩手前のネガティブ思考から抜け出せなくなってんだろうな。
今日は久しぶりに『一日何もしない』ってことをしてみたが、【普通】を解除した反動がどうなることやら。
ただでさえ弱ってる精神に、追い打ちをかけることになんねぇか?
そんな具合に、俺の思考は後ろ向きに流れちまってる。
「…………やるか」
いつまでもぼーっと思案に耽ってるわけにもいかねぇ。
俺は億劫になりながらも石のベッドの上を片づけ、上着を脱いだ。
今気づいたが、泣き出しそうになった貞子をあやしてついた涙と鼻水で、一部服がカピカピになってる。明日、よく洗濯しとこう。
「す~、は~」
いつもの土下座スタイルになり、クソ穴の前に陣取る。
反動に対する覚悟を固めるため、深呼吸を一回。
この頃はそれで肝が据わる。
成長したのか、諦めがついたのか、微妙なところだな。
じゃ、やるか。
【普通】、解除。
カチリ。
『冷徹』で固定していた世界が進み出す。
一応、『気配察知』と『魔力察知』で密偵の位置は引き続き把握しとく。
手出しなんてしてこねぇだろうが、不審な動きをしたら対処できるようにはしとかねぇとな。
んで、もうすぐ効果が切れる。
はてさて、どうなることやら?
「…………ぁっ」
すると、『冷徹』が終わりを告げ、それはやってきた。
「うっ、ううぅ、ううううう「経験値が一定値を超えました。『解析』がLV10になります。スキルレベルが最大になりました」ううううう「経験値が一定値を超えました。『詐術』がLV10になります。スキルレベルが最大になりました」ううううう「経験値が一定値を超えました。『未来予知』がLV10になります。スキルレベルが最大になりました」ううううう「経験値が一定値を超えました。『完全記憶』がLV10になります。スキルレベルが最大になりました」ううううう「経験値が一定値を超えました。『究理』がLV10になります。スキルレベルが最大になりました」ううううう「経験値が一定値を超えました。『麻痺』がLV10になります。スキルレベルが最大になりました」ううううう「経験値が一定値を超えました。『気配察知』がLV6になります」ううううう「経験値が一定値を超えました。『魔力察知』がLV6になります」ううううう「条件が満たされました。スキル「落涙LV1」を取得します」ううううう「条件が満たされました。スキル「無気力LV1」を取得します」ううううう「条件が満たされました。スキル「憂鬱LV1」を取得します」ううううう「条件が満たされました。スキル「共鳴LV1」を取得します」ううううう「条件が満たされました。スキル『慟哭LV1』を取得します。なお、「落涙」は『慟哭』に結合されました」ううううう「条件が満たされました。スキル『怠惰LV1』を取得します。なお、「無気力」は『怠惰』に結合されました」ううううう「条件が満たされました。スキル『沈鬱LV1』を取得します。なお、「憂鬱」は『沈鬱』に結合されました」ううううう「条件が満たされました。スキル『共感LV1』を取得します。なお、「共鳴」は『共感』に結合されました」ううううう「経験値が一定値を超えました。『慟哭』がLV10になります。スキルレベルが最大になりました」ううううう「経験値が一定値を超えました。『怠惰』がLV10になります。スキルレベルが最大になりました」ううううう「経験値が一定値を超えました。『沈鬱』がLV10になります。スキルレベルが最大になりました」ううううう「経験値が一定値を超えました。『共感』がLV10になります。スキルレベルが最大になりました」ううううう!!!!!!!!!!」
泣く。
落ちる。
涙。
ポロポロと。
ボロボロと。
止め処なく。
咽ぶ。
止まらない。
止められない。
流れる。
不安。
恐怖。
孤独。
寂寥。
汚泥のように溜まった、負の感情。
洗い流される。
楽になっていく。
ああ。
もう。
我慢しなくて、
いいのかな……?
「う、あ、うああああああああああっ!!!!!」
叫ぶ。
泣き叫ぶ。
見られてる? 構わない。
聞かれてる? それでもいい。
弱みになる? それがどうした。
今は、ただ。
内から無限にあふれ出す衝動に、身を委ねていたかった。
何もかも忘れて。
真っ黒な未来など考えずに。
真っ白な頭で。
無力で愚かで滑稽な俺を。
どこまでも貶めて。
ほんの少し癒してくれる。
やせ我慢に秘めた悲嘆に。
ずっと。
溺れていたかった。
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名前:平渚
LV:1
種族:日本人▼
適正職業:なし
状態:空腹、悪臭、過労、悲嘆、思考停止
生命力:1/1
魔力:0/0
筋力:1
耐久力:1
知力:1
俊敏:1
運:1
保有スキル
【普通(OFF)】
『冷徹LV10』『高速思考LV10』『並列思考LV10』『解析LV10』『詐術LV10』『不屈LV10』『未来予知LV10』『激昂LV10』『恐慌LV10』『完全記憶LV10』『究理LV10』『限界突破LV10』『失神LV10』『憎悪LV10』『悪食LV10』『省活力LV10』『不眠LV10』『覚醒睡眠LV10』『嫉妬LV10』『羞恥LV10』『傲慢LV10』『無謀LV10』『麻痺LV10』『過負荷LV10』『失望LV10』『弁駁LV10』『気配察知LV6』『魔力察知LV6』『歓喜LV10』『抱腹絶倒LV10』『安堵LV10』『教授LV10』『慟哭LV10』『怠惰LV10』『沈鬱LV10』『共感LV10』
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