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2話 異世界召喚

「勇者様、ですか? それは……どういうこと、ですか?」


「混乱されるのも無理はありません。しかし、私たちにはもう時間がないのです。

 詳しい説明は後ほど、イガルト王国の国王陛下からさせていただきますので、まずはここから離れましょう。王国騎士たちが先導いたします」


 第一声に警戒心がマックスになったらしい会長の疑問を棚上(たなあ)げし、(やっこ)さんの代表らしい女の声がいやに響いた。


 目で見える範囲じゃこの暗い場所はかなり広い空間だってのに、地声のトーンで全体に行き渡ったような感じがしたのは……なんか不自然だな。


 しっかし、イガルト王国――ねぇ? 世界の地理に詳しい訳じゃねぇけど、聞いたこともねぇな、そんな国。


 しかも、今時王国『軍』じゃなく、王国『騎士』ときたもんだ。


 俺はまだ地べたに座ってるから、犯人グループの姿を直接は見えねぇ。


 けど、『騎士』って言葉がまんまその通りの意味だとすると、まさか本気で歴史の教科書に()るレベルの全身甲冑(かっちゅう)姿じゃねぇだろうな、このガチャガチャ音の正体?


 だとしたら、宗教の曲がった価値観を押しつけるテロリストの方が、まだマシだったんじゃねぇか?


 やべぇな……。本格的に、嫌な予感がしてきやがった。


 提案に聞こえてその実、命令口調で俺らを誘導しようとした女(ひき)いる集団に、俺たちは大人しくついて行く。


 状況が見えない中で、意味のない反抗は相手の心証を悪くし、事態の悪化を招きかねない。ここは表向きだけでも従順でいるのが正しい。


 まあ、周りの奴らはただ流されてるってだけみたいだがな。単純にやることが決まって、安心したような顔をするバカもいる。


 ったく、もうちょっと頭使えよ、お前ら。


 現在、俺らの生殺与奪(せいさつよだつ)はあっちががっつり握ってんだぞ?


 こっちは現状の理解ができていないプラス丸腰で平和ボケした国民の上、争いや交渉ごととは無縁のド素人。


 対して、向こうはイガルト王国とかいう場所に俺らを運び出しながら、大した説明もなしに絶対権力者たる国王の前に突きだそうとしてる正体不明なバイリンガル集団だぞ?


 ついでに補足すると、代表の女は国王と渡りがつけられる身分の、最低でも血縁か側近辺りの権力者だな。


 んな奴の連れってことだし、フル武装した自称騎士っつう軍人以外の連中もただの一般人じゃないだろう。


 国の政務を任されてる文官、言い換えれば頭の切れるエリートキャリアの大臣クラスが混じってるかもしんねぇ。


 つまり、武力でも知力でも地の利でも、圧倒的に向こうの方が優位であり、人数だけが(そろ)った俺らにゃ、万に一つも勝ち目はないんだよ。


 そりゃ、あっちも初っぱなから強気だわな。


 勇者様だなんだと聞こえのいい言葉で持ち上げといて、最初からあらゆる優位性は手中に収めてんだ。


 こっちなんて、切れるカードすらねぇんだぞ? 内心、あいつら全員俺らを鼻で笑ってんな、確実に。


 俺のネガティブ予測に気づいている奴が、この中にどれだけいるのかわからねぇが、生徒の列は上級生からぞろぞろと騎士につれられて移動していく。


 人数が人数だからか、時間かかかってんな。俺はまだ座っとこう、(だる)いし。


「こちらです。ついてきてください」


 しばらくそうしていると、ついに俺らのクラスにもお呼びがかかった。俺の所属する二年二組の面々は戸惑いながらも数人の騎士先導で移動していく。


「く……、はっ……!」


 一応俺も移動ってことになったから、立ち上がってみたんだが、やっぱどうにも変だ。


 まず、呼吸が苦しい。


 なんつーか、空気を吸っても酸素がぜんぜん足りてる気がしねぇんだよ。


 行ったことねぇけど、多分高い山の頂上とかに装備なしでいったらこんな感じになるんじゃねぇか?


 次に、体が重い。


 学生服以外に何も着込んじゃいねぇのに、まるで大人を二人くらいぶら下げてるみたいだ。


 膝に手をついて(こら)えちゃいるが、気を抜いたらまた倒れそうなくらいキツイ。


 そして最後に、この症状は俺にしか現れていない。


 さっきから学校組の奴らをちら見してても、明らかに辛そうな奴は一人としていなかった。


 だから、この異常は俺しか感じていないのはほぼ確定。


 何だ、俺だけやばい薬物でも打たれたのか? マジなら洒落(しゃれ)になんねぇぞ?


 できれば杖とか、手をつける壁とかが欲しいところだが、この何もないだだっ広い空間でそれは高望みが過ぎる。我慢して歩くしかねぇだろう。


 できれば相手の正体が分からない今、俺自身の弱みとなる謎の体調不良を悟らせずに移動するのがベストなんだが……こりゃ誤魔化すのは不可能だな。


 アカデミー主演男優賞レベルでも、一分も我慢できねぇしんどさだぞ、きっと。ただの高校生に、平気な顔して隠しきれ、なんて無理な要求だっつの。


「いかがされました? 体調が優れないご様子ですが?」


「はぁ……いや、なんでも、ない、です……だい、じょうぶ、です」


 目ざとく俺の異常に気づいた騎士が近寄ってきたから、手で制して自力で歩く。


 っつーか、マジで全身甲冑(かっちゅう)かよ。音からして、モノホンの金属鎧だな、あれ。


 顔はわからん。フルフェイスの(かぶと)かぶってんだから当然だ。


 にしても、見事な発音の日本語だな。


 声音から事務的に聞いたの丸わかりだが、現地人でも違和感ねぇ仕上がりって、外人じゃ早々いねぇぞ?


 それが全員なんだから、こいつら知能指数は軒並(のきな)み高ぇのか?


 とか色々考えつつ、早速俺の体調不良がバレたわけだが、過ぎたことはあとで考えりゃいいや。


 ……そういや、何で俺、こんなに冷静に物事を考えられるんだ?


 今まで学校の連中を散々にこき下ろしてきたけど、『普通』は俺もあいつらと同じ側だぞ?


 むしろ、体調が万全だったら、なりふり構わず(わめ)き散らして殴り倒されてるようなやつ筆頭だ。


 なのに、妙に頭がすっきりする。いつもクラスの連中を外野から眺めていたように、まるっきり他人事(ひとごと)として周りを観察する余裕がある。


 これもこれで、異常なんじゃねぇか?


 ――あぁ、もう、くそ。


 体はクソしんどいのに、頭の方は通常運転なんて、気づいちまったら気味悪いじゃねぇか。


 ま、今の現状が異常しかねぇんだから、今さら一つや二つ訳わかんねぇことが増えたところで、変わりゃしねぇか。


 事態が落ち着けば、一つずつ検証して解決していきゃいい。


 俺の生き残りを最優先で、な。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 しかし、どんだけ歩かされるんだよ?


 あの場所から出てすぐ、石造りの階段を延々と上らされながら内心で愚痴る。俺らがいたのは地下だったらしく、どうやら今は地上に向かっている臭い。


 それはいいんだが、この階段、妙に長ぇ。


 螺旋階段で途中に踊り場なんかもねぇから正確な高さはわかんねぇけど、とにかく長ったらしい。


 俺の体調が最悪を通り越した向こう側にあることも関係しているとはいえ……まるで無限地獄だぞ。


 幸い、階段の幅は人が三人くらいすれ違える広さがある。俺が遅れたところで後続の奴らはさっさと先に行き、全体の移動が(とどこお)ることはない。


 何度か知らねぇ一年生や騎士に声をかけられたが、助力は一切断った。


 妹のいる一年の奴に手を借りたら妹が後で絶対うるさいし、騎士にはどんな些細(ささい)なことであろうと借りは作りたくねぇ。


 特に、騎士(はんにん)に助けられたという事実があるのはマズイ。


 後で利子つけて返せとかのいちゃもんをもらうことになりかねん。無一文の俺に金とか要求されても払えねぇし、たとえ迷惑をかけてでも自力でやっとかねぇとな。


 なんだかんだであっという間に最後尾になった俺は、一人の監視役となった騎士に付き添われつつ階段を上っていく。


 どうやら学校組のほとんどは地上に出たらしく、徐々に大きくなるざわめき声がこっちにも届きだした。


「はぁ、はぁ、は…………っ!?」


 ようやく俺も階段を上りきり、地面に落ちる汗を見届けて顔を上げて――絶句する。


 目の前に、世界遺産も真っ青なめちゃくちゃ高ぇ城が(そび)えていたからだ。見た目からして、今も現役の『城』として運用してるっぽいから、驚きもさらに強い。


 慌てて周りを見渡すと、どうやらここは城の敷地内に(もう)けられた庭の一角らしい。


 階段の入り口から一歩足を踏み出すと芝生が生い茂り、色とりどりの花が互いに負けじと自己主張に(いそ)しんでいる。


 中でも度肝(どぎも)を抜かれたのは、その花の種類だ。


 どれもこれも、見たことのねぇ種類の花ばっかりだったんだよ。


 俺自身そこまで植物に詳しいわけじゃねぇし、庭の趣味は人それぞれだ。単にコンセプトとしてそういう庭だ、ってオチかもしんねぇ。


 けど、それにしたってバラ並に誰もが知ってる『メジャーな花が一つもねぇ』のはおかしいだろ。


 権威の集中する王城が管理する庭園だぞ? 希少価値もそうだが、メジャーで高価な花を置くのは『普通』だと思ってた。


 なのに、誰もが知ってる花がねぇってことは、国王が相当の変わり者か、もしくはこれがイガルト王国ではメジャーな花で飾られた庭だ、ってことだ。


 そして、無理して首を頭上へ持ち上げると、太陽は中天にさしかかり、時間が正午あたりだと推測できた。


 とどめに、ひさし代わりに構えた手の隙間から(のぞ)く、明らかに二つある太陽らしき恒星に、俺はついに呼吸を忘れた。


「……なぁ、騎士様、よぉ?」


「どうかされましたか?」


 いや――いやいやいやいや!


 待て待て待て待てっ!


 マジか……? 思考の片隅に非現実的な候補として考慮はしていたが、こりゃマジなのか?


「改めて、聞くけど、ここは、何大陸の、何て言う、国なんだ?」


 俺は最悪の予想を否定して欲しくて、監視役だった騎士に疑問をぶつける。


 だが、現実は残酷だ。


「はい。ここは世界で()()()()()()ラウ大陸の最南端の国、イガルト王国です」


 …………ははは。


 世界で唯一?


 ラウ大陸?


 んな名前、聞いたこともねぇ。


 嘘だろ?


 だって、これ……、状況を全部総合しちまったら、


 異世界としか思えなくね?



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