23話 日本人たちの現状
暗い。
底抜けに暗い。
よく見りゃ背中にどんよりとした影を背負ってっし、俺とは違った種類の不幸オーラをビシバシまき散らしてやがる。
マンガとかだったら背中と頭と床にキノコ生えてっぞ、五本くらい。
途中から『わからない』と『どうしよう』を連発してっけど、見てるこっちが『わからない』し『どうしよう』だよ。
あ~、逃げてぇ~。
見なかったことにしてぇ~。
でも、次一ヶ月後は、ちょっと……。
「あ、あの~?」
『高速思考』を使った一瞬で長い葛藤の末、俺はもう一度お団子頭に声をかけた。
今度は確実に気づかれるように、肩、……肩? まあ、そこら辺だろう部分を軽く叩くオプション付きだ。
躊躇いがちで及び腰だったのは勘弁してくれ。
俺、まだ『病んでる耐性』のスキルはねぇんだわ。
「……へ?」
そこでようやく俺の存在に気づいたらしいお団子頭は、顔を上げて振り返った。
お団子頭の正体は、若い女だった。まあ、高校生の俺が若いって言うのもおかしな話だが。見た目は、二十代前半、ってところか。
教師って自称してる割に、俺はこんなヤバい女を見たことがねぇ。二年の教科担当でも、クラス担任でも副担任でもねぇな。余所の学年の教科担当か、あるいは養護教諭か?
コケでも生えてそうだった背中から放出していたダークサイドとは裏腹に、顔立ちは芸能人ばりに整った顔立ちをしていた。
できる女系? こう、きりっとしてて大人な女、って感じがするタイプの美人だ。ただし、第一印象や今の表情から、『残念な』っつう言葉が必要な美人だがな。
間抜けな声を発した残念美人は、俺の姿をしばしぼーっと見つめる。
俺も、こんな残念美人になんて声をかけていいのか迷い、ぼーっと見つめる。
「……っ!!?」
すると、数秒後に残念美人は一気に頬を紅潮させ、シュバッと立ち上がった。
あ、俺より背が高ぇな。175か、下手すりゃ180はあんな。モデル体型って奴かねぇ。学生時代はバレーボール部とかに所属してそう。
で、勢いよく立ち上がったためだろう、俺の目線のちょっと下にはブルンと揺れる男子校生の夢と希望が二つもあった。
むむむ。これは、バレーボールか、バスケットボールか、迷うな。
「どうしたのですか? 今はこの世界の勉強の時間でしょう? 早く教室に戻りなさい」
と、俺がアホなことを考えていると、残念美人はきりっとした表情でもっともらしいことを言い、俺を注意してきた。
なるほど、何事もなかったかのようにスルーする作戦か。
だったら、赤くなった顔を何とかしてからにしろよ。
色々台無しだよ、残念美人。
まあ、ギャップ萌えってぇの? そういう色気はあるけどさぁ……。
「先生こそ、こんなところで何してたんっすか? なんかブツブツと」
「何を言っているのですかそんなわけないじゃないですか失礼なことを言わないでください早くみんなの元へ帰りなさいそして勉強をしなさい将来があるんですよ大学受験や就職には関係ありませんが生きるためには必要でしょうですから帰りなさい今すぐ移動を開始しなさい全速力でこの場からいなくなりなさいさあさあさあさあ」
すっげ、息継ぎなしだったぞ、今の。
ぱっと見冷静そうなのにどんだけ焦ってんだよ。
あたかも正論ですよ? って感じで、関わるなどっか行け! って副音声を聞かされちゃ、逆に今のを掘り下げて欲しいってフリに思えてくるから不思議だ。
昔からバラエティ好きだったけど、毒されすぎか、俺?
ってわけで、追求開始。
「いやいや、それはそうっすけど先生も心配ですよ? なんか呪詛みたいな呟きが」
「何を言っているのですか? 私に心配されるような要素はどこにもありません。呟いてもいません。呟きはスマホでやってください」
「さっき廊下の壁の方向いてうずくまってたじゃないですか。あれどう見ても異常で」
「気のせいです勘違いです目の錯覚です。私はうずくまっていたのではなく、しゃがんでいただけです。コンタクトを落としたんです。片目だけ。今じゃ貴重な視力矯正器具ですからね」
「コンタクトを探してた割には微動だにしませんでしたし、あんな勢いよく立ち上がったらまた落とすんじゃ」
「私は姿勢がいいのです。姿勢が良ければ重心が保たれ、スムーズな運動を可能とし、何より頭のふらつきがなくなり安定しています。なので、再びはめ直したコンタクトが落ちるということはないのです」
「でも、一回落としたからしゃがんでたんじゃ」
「考え事をしていて転倒してしまい、」
「じゃあ姿勢関係ないじゃないですか?」
「…………うぅ~」
あ、折れた。
俺にさんざん矛盾を指摘されたからか、MN5みたいになってる。
目線は俺より上なのに涙目で上目遣いとか、器用なことすんな~。
ちょいちょい所作がガキっぽいのは年上として如何なものか。
それに、この残念先生、ずいぶん言い訳重ねて粘ったもんだ。
どんだけ大人の面子を保ちたかったんだ、っつう話だよ。
面白くなって言い負かした俺も俺だけど。
「で? 壁に向かって何愚痴ってたんですか?」
もちろん、この残念先生の暇つぶしにつき合うために、この場に残った訳じゃない。
雰囲気は完全アウトだったが、この先生が口にしていた言葉の内容は、俺が欲しかった情報を多分に含んでいた。
つまり、現在の日本人たちの状況だな。
教師という立場上、もしかしたらある程度のステータスまで判明するかもしんねぇ。
こんな貴重な情報源に、今後九ヶ月で接触できる機会があるかわかんねぇんだ。
逃げるなら、聞き出せるとこまで聞き出してからだ。
あ、この残念先生がヤバい人だって認識はあるから、逃げるのは確定な。
「私は愚痴ってなどいましぇん!」
噛んだ。
盛大に。
おー、おー、また顔を真っ赤にしちゃって。
いちいちかわいいな、この大人。
「とりあえず、落ち着きましょう。ほら、深呼吸~」
「す~、は~……」
やっちゃうんだ。
冗談で言ったつもりだったのに。
病んでて恥ずかしがりで見栄っ張りで素直。
キャラ盛りすぎだろ、この先生。
「まあ、教師という立場上、生徒と一緒に事件に遭遇しちまって、大変ですよね。異世界召喚なんてファンタジーな非常事態に巻き込まれて、いきなり国王に会わされて、化け物殺しを要求するときたもんだ。
帰る手段も宛もなく、ただこの国の人たちに言われるがままに日々を過ごし、募っていくのは焦燥だけ。生徒たちを無事に家に帰せるのか、また自分たちも家に帰れるのか。不安が強くなって混乱するのもわかりますよ」
なんかこのまま何時間でもイジれそうな気がしてきたから、俺の方で強引に話を持って行くことにした。
ちらっと聞いたこの人の呪詛からして、おそらく生徒の前で弱みを見せたくねぇ、って気持ちが強いんだろう。
頭の固い埃かぶった骨董品みてぇな考えだが、自分のことしか考えねぇ俺の担任と比べれば立派だし、素直に尊敬できる。
が、そうなるとさっき俺が見ちまった醜態を掘り起こし、ド直球で質問してもはぐらかそうとされるだけで、結局話は何も聞けねぇだろう。俺としてはそっちの方が面白いが、遊んでばかりもいられねぇ。
だったら、残念先生の信条を尊重しつつ、話を誘導していった方が色々聞けるんじゃねぇか? と思った切り口が、これだ。若干国王批判もしたが、俺にとっちゃ今更だ。
ただし、イガルト王国の密偵が見てる中で先生が余計なこと言っちゃ、ちょっと日本人の立場が揺れるだろうけどな。
それ以外にも、やんわり先生のヤバいところは見ちまったと暗に認めた上で、先生のことは理解できてますよ~、という体を作り、視線も逸らす。
目と目でじっと見つめられちゃ話もしづらいだろうし、何よりまた動揺するだろうからな。
「……君は、冷静なのですね。こんな異常な環境に放り込まれたというのに、動揺一つしていないように見えます」
すると、ようやくまともな会話ができそうな雰囲気になってくれた。
ただ、俺に向ける視線は不信感が強めだが。
「慣れですよ。十代は適応力が高いんです」
「私だって二十代です。君たちと年齢はそう変わりません」
そこで張り合うのかよ。
本当にこっちを脱力させるのだけは上手いな、この残念先生。
「それはいいとして、やっぱり、荒れてますよね?」
ごっそり持って行かれた気力を何とか奮い立たせ、話の筋を修正する。
あと、次やったら物理的に突っ込み入れるからな。
「…………そうですね。この三ヶ月で、私たちはイガルト人による教育と鍛錬を受け、徐々にこの世界に適応する下地ができつつあります。
それ自体は喜ばしいことです。右も左もわからないまま、物理法則すら共通でない可能性のある異国の地で活動するなんて、無謀もいいところですから」
適度に相づちを打ち、続きを促す。
んなことはどうでもいいんで、さっさとゲロってください。
「しかし、鍛錬が進むにつれて元からあった異世界人同士のステータス差が顕著になってきました。
そして、強力なスキルを持っていたり、高ステータスだったりした一部の生徒、主に男子生徒たちが増長しだし、問題を頻発するようになってしまいました」
それは会長にも聞いたし、チビもそれっぽいこと言ってたな。
もう三ヶ月にもなるっつうのに、バカはいつまで経ってもバカだってことか。
「最初は男女混合で活動していた勉強や鍛錬も、今では完全に区別されて接触する機会すら設けられなくなりました。ステータスの高い女子はあまりいませんでしたから、男子たちの格好のターゲットだったのでしょう。
男女別となったのは約一ヶ月前でしたが、生徒たちや教師側の陳情を飲み込んできちんと配慮してしてくださったイガルト王国には感謝しています。
が、代わりにイガルト人の女性が被害に遭うケースが増え、私たち教師に抗議が殺到するようにもなりました」
ほう? 初期ステータスにゃ、性差があったのか。
それで、女子と比べて男子の方が平均的に高ぇ、と。
にしては、俺が遭遇した女子二人はがっつりチートだったんだが。
先生の話が本当だとすると、俺のチート遭遇率パネェな。
ん? イガルト人? 自業自得だろ?
「力で抑えようにもステータスはほとんどあちらが上。それに、女性に対する権利を主張しても、賛同してくれるのは女性だけです。
そうして手をこまねいている間も、素行の悪い生徒が結託してしまい、暴力的なグループの人数も被害者数も増え続けています。言葉で説得しようにも、もう暴走グループたちは聞く耳を持ってくれず、やりたい放題。
そんな、力だけがすべてと言わんばかりの異世界人たちの現状は、荒れているんでしょうね。大人が間違ったことだと説き伏せても、返ってくるのは武器や魔法。
他の先生たちも、ほとんどが彼らの影に怯え、中には生徒の下について恭順する者まで出る始末です」
な、情けねぇ~!
それでいいのか、聖職者!
事務員とか清掃員とかは別だろうけど、教師はもっと頑張れよ!
大の大人が高校生に媚びて、恥ずかしくねぇのか、おい!?
……だが、無理もねぇか。
日本人は価値観を共有するグループを個々に形成しだしたことで、意志決定を行うリーダーが複数現れて分散し、組織としちゃ内部分裂が始まってる臭い。
いくら個の力に優れていようと、集団を一つに纏めようとするには現状は分が悪ぃ。正義感あふれてた会長でも、欲望丸出しのバカ集団を一人で抑えきるのは不可能だった、ってことか。
「すでに、私たちは大人として彼らに示せる姿が、威厳が、力が、なくなってしまいました。もう、彼らに正しい人の道に戻すことなど、不可能なのかもしれません。
大人たちは総じて、ステータスの伸びも悪く、スキルも中級以下がほとんどでしたから、ユニークスキルや上級スキルを持つ生徒たちに勝てるはずもありませんから」
何? 年齢でもステータスに差ができてんのか?
バカを抑える力がなくなってしまった、っつうことは成長速度が違う?
つまり、大人のステータス成長は遅く、高校生のステータス成長は早いのか。
若い方が所持スキルも強力でステータス上昇も早い、ってことはおそらく身体的に成長の余地があった方がステータス的に有利なのか。
で、三ヶ月が経過してステータス差が顕著になり、ついに頭ん中がお花畑なバカどもを止められなくなった、っつうことか。
かといって、学生同士で抑え込もうにも、好き勝手やってんのはほとんど男子で、平均的に男子の方がステータスが上だから、女子と大人だけじゃ抑えきれない、ねぇ?
これでいいのか、日本人?
いくらファンタジー世界だから、っつってもハメ外しすぎだろ?
なんか、旅行先でマナー違反をしまくるどっかの国の奴らみてぇだな。
同じ人種として恥ずかしくなるわ。
「なるほど。日本人の中に加害者と被害者がいて、それを正すことができない歪な状況が、先生には心苦しく思うってことですね?」
「…………はい」
残念先生の主張を一言で纏めてみたら、あっさりと肯定をもらった。
はぁ~、先生ってのは大変だねぇ~。
「ちなみに、先生は実力行使でそいつらを倒したりはしないんですか?」
年齢によるステータス優位があんなら、残念先生も俺たちとそう変わんねぇ年齢だ。
っつうことは、他の教師陣と違ってユニークスキルを持ってたり、高いステータス値になったりしててもおかしくねぇ。
「……私は無理ですよ。確かにユニークスキル所持者ではありますが、私のスキルは【再生】です。適正職業でも『治療魔法師』とでていましたから、荒事には向いていません」
そう答えた残念先生は、自嘲するように薄く笑った。
ちょっ! 止めてくれよ! さっきのダークサイド思い出すから!!
……しかし、【再生】、ねぇ?
これまたチビと同じ、エグい系のスキルの香りがすんなぁ?
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名前:平渚
LV:1【固定】
種族:日本人▼
適正職業:なし
状態:【普通】▼
生命力:1/1【固定】
魔力:0/0【固定】
筋力:1【固定】
耐久力:1【固定】
知力:1【固定】
俊敏:1【固定】
運:1【固定】
保有スキル【固定】
【普通】
『冷徹LV10』『高速思考LV10』『並列思考LV10』『解析LV7』『詐術LV8』『不屈LV8』『未来予知LV5』『激昂LV10』『恐慌LV10』『完全記憶LV6』『究理LV6』『限界突破LV9』『失神LV10』『憎悪LV10』『悪食LV8』『省活力LV8』『不眠LV10』『覚醒睡眠LV10』『嫉妬LV10』『羞恥LV10』『傲慢LV10』『無謀LV10』『麻痺LV6』『過負荷LV7』『失望LV10』『弁駁LV10』『気配察知LV2』『魔力察知LV2』
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