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21.5話 アイツは幻?


 渚君曰く、チビさん視点です。


 アタシは自分が嫌いだった。


 大嫌いだった。


 アタシの容姿も、名前も、家族も、学校も、同級生も、何もかも。


 アタシの世界には、嫌いな物しかなかった。


『アンタのせいで、あの人がアタシを見なくなったのよ!!』


 最初に嫌いになったのは、母親。


 運悪く父親と母親のいいところを受け継いだアタシの容姿は、小学校に上がる前から近所で評判になるほどのかわいさになっていた。


 そんなアタシに嫉妬したのが、母親だ。


 アタシが生まれるまでは母親にべったりだったらしい父親の目が、アタシに集中したのが気にくわなかったらしい。


 父親がいないところで浴びせられる罵詈雑言(ばりぞうごん)は当たり前。少し身体が大きくなると、平気で暴力を振るうようになった。平手から徐々にエスカレートして、最終的にフライパンで殴られたこともある。


 それも、途中から服の下に隠れる部分しか狙わなくなったのが姑息だ。


 自分の娘など関係なく、嫉妬に狂った『女』を押しつけてきた母親が、アタシは嫌いだ。


『セラはいい子だなぁ。僕の天使だよ』


 次に嫌いになったのは、父親。


 一人娘がかわいいのか、何をするにも父親はついてきて、何をしてもほめちぎった。


 代わりに、父親はアタシの周りにあるものをことごとく排除していった。


 危険だからという理由で、家事の一切を禁止され、公園などで外に遊びに行くことも許されず、女の子以外の接触を異常に嫌った。


 幼い頃からそうだったアタシは、大嫌いな母親の買い物につき合うときくらいしか、外に出る機会がなかった。


 そして、アタシが少し転んだり泣いたりすれば、その日は父親と母親の夫婦喧嘩を子守歌に寝ることになった。


 成長すると溺愛はひどくなり、いつしか父親はアタシを性的な目で見るようになっていった。中学校に上がってからひどくなり、アタシは反抗期を利用して父親を徹底的に遠ざけ、貞操だけは守ることができた。


 そんな異常な愛を娘に押しつけようとした父親が、アタシは嫌いだ。


『ブース! ブース! あっちいけー!』


 小学生になってから嫌いになったのは、同級生の男子。


 アタシの名前が『毒島(ぶすじま)芹白(せら)』という変わった名前だったのを面白がり、入学してからずっとブスとあだ名して笑い物にした。


 それから成長してもアタシの呼び名は変わらず、遠巻きでブスと呼ばれ続けてきた。


 幸い、男子からは過激なイジメに発展しなかったが、それでアタシが傷つかなかったわけじゃない。


 ついに我慢の限界がきたアタシが、周囲に言葉で攻撃して威嚇するようになってからは、表だった陰口はなくなった。


 が、学年が上がっていってもブス呼ばわりは残ったままだった。


 意味もなく、おもしろ半分でアタシを侮辱した男子が、アタシは嫌いだ。


『ブスのくせに名前がセラとか、恥ずかしくないの?』


 ほぼ同時期に嫌いになったのは、同級生の女子。


 アタシが男子たちにブスとバカにされるのと同時に、女子たちはアタシを排除する側に回った。


 拒絶、仲間外れ、無視、陰口、私物隠蔽、トイレの上から水バシャ、画鋲フルコースと、考え得る嫌がらせは全部コンプリートした。


 こっちは本格的なイジメだったが、母親のそれと比べれば可愛いものだ。


 理由は今でもわからないが、女子がギャーギャー騒ぐことといえば、自分のちっぽけなプライドか、男かだ。あるいは、その両方だったのかもしれない。


 かわいい子ほどいじめたくなる、という男子のアホな生態を知ってから、その可能性に思い至れた。もし本当に男子の行動がそれなら、二次被害もいいところだ。


 アタシの遺伝子は自重を知らず、年を重ねるごとにかわいさが増していった。


 自分の容姿に興味のないアタシが客観的に見てもそうだったから、周りの女子からすれば非常に鬱陶しかったことだろう。


 勝手に勘違いして勝手にアタシを排除した女子が、アタシは嫌いだ。


『アンタさぁ、ちょっと売れてるからって調子に乗ってんじゃないの?』


 中学生になってすぐに嫌いになったのは、仕事仲間。


 父親への反発心からよく町を歩くようになったアタシは、早い段階で読モのキャッチに捕まった。


 地元は田舎過ぎず、都会過ぎない場所だったけど、そうしたキャッチはいろんな場所に散らばっていたらしい。


 最初はどうでもいいからあしらってたんだけど、あまりにしつこいオヤジがいて根負けしたのがモデルの始まり。


 正直ぜんぜんやる気がなかったんだけど、なぜか最初にアタシが出た雑誌が有名になってしまい、十代女子の憧れ的な存在に祭り上げられてしまった。


 スタッフとかは対応がすっごい下手になり、逆に先輩モデルからは非常に嫌われた。


 アタシが何かをすれば揚げ足を取り、無知を嘲笑(わら)い、優越感に浸っていた。


 写真撮影に必要な衣装を隠されるなど、仕事に影響がある嫌がらせもうけたが、アタシ的にはどうでもいいので放置していたら、攻撃は苛烈になっていった。それでも仕事は増え、先輩たちはアタシへのイジメを加速させる。


 自分を磨く前に他人を蹴落とすことしか考えないモデルたちが、アタシは嫌いだ。


 アタシの人生は、常に『嫌い』であふれていた。


 だからか、いつしかアタシはアタシも『嫌い』になった。


 十代のなりたい顔だという、鏡で見るアタシの顔が嫌いだった。だから、常に化粧をして自分を隠すことを覚えた。


 父親にほめられたから、真っ黒で長かった髪の毛が嫌いだった。だから、アタシは中学生になってから髪をばっさり切り、色も黒以外に定期的に染めてきた。


 どんな嫌がらせをされても何も感じなくなった心が嫌いだった。だから、常に不機嫌な顔をして、自分の心に『嫌い』と『怒り』を(とも)し続けた。


 何もかもが嫌いになり、周りの人間が『敵』か『他人』しかいなくなった頃。


 アタシは異世界とやらに召喚された。


 最初は、少しうれしかった。


 煩わしい世界から、少し切り離された気になったから。


 でも、それは学校関係者も周りにいたことから、勘違いだったんだとすぐに気づくことになった。


 それは、ステータス確認で判明した、アタシのスキルが原因だった。


====================

名前:毒島(ぶすじま)芹白(せら)

LV:1

種族:異世界人

適正職業:奇術師

状態:健常


生命力:100/100

魔力:800/800


筋力:15

耐久力:10

知力:150

俊敏:10

運:60


保有スキル

【幻覚LV1】

====================


【幻覚】。


 幻を見せるだけの、おそらく魔法的な力。


 ステータスも魔力と知力という魔法関連の値が突出し、残りがこの世界の成人における平均値前後だったのもあり、詳細がわからないユニークスキルでも魔法だとわかった。


 ほとんどが強力だというユニークスキルを伸ばすため、イガルト王国からあてがわれた魔法使いの教えに従い、アタシたちは常識を勉強し、魔法を鍛錬していった。


 でも、アタシの【幻覚】はダメージを与えられない。


 他の魔法よりも素早く、張りぼてを生み出すことしかできなかった。


 アタシの適正職業が魔法使いではなく、奇術師(マジシャン)だったこともそれを証明していた。


 どれだけ【幻覚】を使っても、アタシだけじゃそれは変えられなかった。


 イガルト王国からは使えない人間と思われ、同じ異世界人からは役立たずだと認識されたアタシの世界は、また『嫌い』であふれていった。


 イガルト王国の人たちからの態度が冷たくなり、勉強も鍛錬も遅れがちになった。


 異世界人から鍛錬と称して魔法の的にされ、魔法抵抗力でもある知力がさらに上がったのは良かったのか悪かったのか。


 少なくとも、不快であることに変わりはない。


 アタシの世界が、また『敵』で埋まっていった。


 だから、アタシは自分を守るために力を磨いた。


 アタシの幻を身代わりにして逃げるために、魔法系のスキル取得に躍起(やっき)になった。


『敵』の存在をいち早く察知するために、感知系のスキル取得にも尽力した。


 それでも襲いかかってくる『敵』を排除するため、【幻覚】以外のスキルを模索した。


 二ヶ月もたった頃には、アタシは自分を守るためにいくつものスキルを取得していた。


《魔力支配》と《詠唱破棄》と『並列魔法』と『範囲魔法』を駆使し、常に【幻覚】を使うことで、イガルト王国の連中や異世界人たちをだまし、一人で訓練をするようになった。


《魔力感知》と『気配察知』で人の気配を探り、ばれそうになったらそいつにも【幻覚】をかけてアタシの存在を見えないようにした。


 頼りにならない【幻覚】の代わりに、「補強」や「杖技」や「逃げ足」で攻撃と逃げる手段を覚えた。


 誰にも頼らず。


 誰にも頼れず。


 一人で。


 アタシはアタシのことが嫌いな世界で、ずっと孤独だった。


 でも、アタシに転機が訪れた。


『ソイツ』が現れたのは、突然のことだった。


「ちーっす」


「……え?」


 一ヶ月ほど、アタシは《魔力感知》と『気配察知』で『敵』の気配に気づくことができていたから、油断していた。


 アタシは『ソイツ』の間抜けな声を聞くまで、そいつの存在に全く気づけなかったんだ。


「…………誰よ、アンタ?」


「おいおい、同じ故郷を持つ仲間だろ? つれねぇこというなって」


「アタシ、アンタみたいな軽い奴は知り合いでもないし、そう思われたくもないんだけど?」


 警戒心をむき出しに問うと、案の定軽い調子で話しかけてきた。


 見かけは、普通。


 でも、《魔力感知》が全く反応しないし、『気配察知』も沈黙したまま。


『コイツ』も異世界人だ、ってことだから、中級だけでなく上級スキルをも誤魔化(ごまか)すユニークスキルか上級スキルを持っているのかもしれない。


 だとしたら、ほぼ確実に実力はアタシより上だろう。


 かなり厄介だ。


 ちなみに、アタシの口が若干悪いのは、アタシの周りが『敵』ばかりだったから、自然と毒舌っぽくなっただけ。


 意識した『コイツ』への威嚇じゃなく、素でこの口調。


 女の子らしくない、かわいくないアタシのこれも、嫌いだ。


「まあまあ、細けぇことは気にすんなって。で? こんなとこで何やってんだ?」


 すると、『コイツ』はアタシの警戒など無視して、ヘラヘラしながら近づいてきた。


 見たことのない顔だけど、同じ異世界人だったら、『敵』だ。


 アタシは杖を構え、声を荒らげる。


「うっさい! アンタもアタシを笑いにきたんだろ!? ハズレユニークスキルを引かされた、出来損ないってさぁ!?」


「出来損ない、ねぇ? ユニークスキルがあっただけでもラッキーなんじゃねぇの? まあ、そのスキルが使えるか使えねぇかは運だったんだけどな?」


 しかし、『コイツ』はぜんぜん動じない。


 どころか、アタシの【幻覚】を揶揄(やゆ)するような台詞まで口にした。


 やっぱり、『コイツ』はアタシの『敵』だ。


 どこかでアタシの存在を知り、アタシを攻撃するために探してたんだ。


「うっさい! アタシだって、使えないユニークスキルしかないんだったら、いっそ上位スキルを複数欲しかったよ! でも仕方ないじゃん! 使えないスキルしかもらえなかったのは、アタシが悪いんじゃないんだから!」


『コイツ』は格上、刺激するのはマズイ。


 そう考えていても、アタシの口は反射的に言い返していた。


 誰にも話したことのない、アタシの本音。


 アタシは、悪くない。


 なのに、世界はアタシを嫌っていく。


 アタシが何をしたってのよ?


 アタシはどうすればいいのよ?


 知ってるんなら、誰か教えてよ!


 アタシを(あざけ)るように笑うそいつに叫んでも、無意味だってわかってても、一度吐き出した感情を止めることはできなかった。


「で? 勉強時間も削って魔法の練習か? そりゃ、ご苦労さんだな」


「っ! 黙れ! 邪魔するだけだったら出てってよ!!」


 次いで漏れたこいつの言葉は、どうしようもなくアタシに火をつけた。


 アタシだって、好きで人目を忍んでた訳じゃないのに!


『コイツ』の正体が分からないまま、アタシは「杖技」で補正された動きで、杖を目の前の男に殴りつけた。


「おっと。危ねぇなぁ、おい? コブでもできたらどうしてくれんだ?」


「くっ! どこまでもアタシをバカにしてぇ!!」


 が、下級スキルの補助では素人同然の攻撃が、届くはずもない。


 アタシの杖は見事に空振り、『コイツ』の余裕を崩すこともできなかった。


「何だ、お前の適正職業って魔法使い系だと思ってたが、戦士系だったのか? 杖を武器に勇ましいなぁ?」


 さらなる挑発に、短気なアタシの怒りが限界に達した。


「だったら、食らってみなさいよ!」


 アタシは躊躇なく【幻覚】を起動し、『コイツ』をアタシの術中にはめる。


 魔力を放出して触れさせ、詳しい条件を悟られないように詠唱のフリをする。


「『ファイアボール』!」


「でけぇな」


 そして、完成したように見せた魔法を前にしても、『コイツ』は全く驚く素振りを見せなかった。


 やっぱり、アタシの【幻覚】について知られている。


 でも、アタシにできることは一つだけだ!


「食らえっ!」


 虚像の『ファイアーボール』を『ソイツ』に投げつけ、アタシは駆け出す。


 アタシの視界からは棒立ちになったままの『ソイツ』が見え、余裕を崩すことすらできていないことに歯噛みする。


 が、アタシの攻撃手段は、(これ)しかない!


「でぇりゃあ!!」


 どれほど効果があるかは知らないが、『ファイアーボール』の陰から飛び出し、そのまま『ソイツ』に杖をまっすぐ振り下ろした。


 ガツン!


 しかし、手応えは床を殴った堅い感触だけ。


「くそっ! 逃げるなぁ!」


 わざと隙だらけに見える格好で逃げた『ソイツ』に、アタシは不用意に追撃をしかけた。


 それが、『コイツ』の狙いだなんて気づかずに。


「やあっ!!」


 左肩から振りかぶって斜めに振り下ろした杖を、『ソイツ』はじっと見つめていた。


 そこからは、一瞬の出来事だった。


「なっ!?」


 正直、アタシには何が起こったのか、全くわからなかった。


 杖はまたしても空を切り、腕に感じた手の感触に一瞬身体を硬直させた。


 と、思えば『ソイツ』はもう片方の手でアタシの杖を弾き飛ばした。


 そして、注意が手元から離れた杖にそれた瞬間、アタシは腕を取られて関節をキメられ、あっさりと捕まってしまった。


「そこまでだ」


「くぅっ!?」


 ぎり、と締められた腕の痛みにうめき、アタシは敗北を悟った。


 これだけ鮮やかにアタシを拘束したこいつとは、ステータス差もかなり開いていたのだろう。


 ここから抵抗したところで、アタシに逆転の目はない。


 それを、まざまざと思い知らされた。


「魔法使いが杖を失った上、捕縛された状態で何ができる? 無駄な抵抗はやめるんだな」


「……ち、くしょうっ!」


 精一杯悪態をつくが、所詮(しょせん)負け犬の遠吠えだ。


 悔しさで胸がいっぱいだったアタシに、『コイツ』はまたしてもバカにしてきた。


「にしても、何だあの魔法? 見た目は派手だが、ぜんぜん威力がねぇじゃねぇか?」


 アタシの【幻覚】について知っていたくせに、まるで初めて見たように語る『ソイツ』に、アタシは再び激昂した。


「うるさいっ!! しょうがないでしょっ!? アタシの【幻覚】は、どこまでいっても幻を見せることしかできないんだからっ!!」


 これ以上アタシに何ができたっていうんだ!?


 これがアタシの限界なんだ!!


 そんなの、アタシが一番よく知ってるよ!!


『アンタ』なんかに言われなくても、わかってるんだよ!!


「いった!」


 すると、『ソイツ』はいきなりアタシを突き飛ばした。


 突然だったから、アタシはそのまま前に倒れてしまい、抗議するために『ソイツ』を睨みあげた。


「ちょっと! いきなり何すんのよ!!」


 でも、そいつは何も言い返さなかった。


 どころか、さっきまでヘラヘラしていた表情が、一切なくなっていた。


「な、なによ…………?」


 さっきとはまるで違う、別人のような豹変ぶりに、アタシは『ソイツ』がとても不気味に思えた。


 恐怖が表に出て、声が震えていなかったか少し心配だったが、『ソイツ』は少しの沈黙の後で、口を開いた。


「……【幻覚】」


「は?」


「どこまでの範囲で使える?」


 頭の軽そうな口調さえなくなり、『ソイツ』が問いかけてきたのは、アタシの【幻覚】について。


 正直、展開が急すぎてぜんぜんついていけなかった。


「それって、どういう?」


「お前を中心に半径何メートルだ?」


 相手の意図を知りたくて疑問を投げかけても、『コイツ』はアタシに答えるつもりもないようで、具体的な効果範囲を再び尋ねてきた。


「……試したことないけど、全力でやれば、多分、結構広い」


「杖は?」


「最悪、なくても使える」


「すぐやれ。一瞬で最大範囲に展開。対象は俺以外。内容は俺とお前が口喧嘩している、って設定で」


 話が通じないと思ったから、アタシは素直に質問に答えてやると、今度は全力で【幻覚】を発動しろと要求してきた。


 意味が分からない。


 でも、従わなければ何をされるかわからない。


 アタシは今までやったことはなかった、杖の補助なしの【幻覚】を発動させた。


 ぶっつけ本番だったが、うまくいったようだ。


 アタシが広域に散布した魔力の範囲内は、すでにアタシの【幻覚】で満たされている。


 効果もちゃんと発動していた。目の前の『コイツ』を対象にしてないけど、たまたま近くの廊下を通った誰かがアタシの【幻覚】に引っかかったのを感じたから。


「本当に展開したか?」


「やったわよ! 今のアタシの魔力量じゃ十分も持たないんだから、いい加減何をしたいのか言いなさいよ!!」


 が、『コイツ』はわざわざアタシに【幻覚】を使わせといて疑いの目を向けてきた。


 さすがに腹が立って言い返したが、それがアタシの弱点だったと思って、言い終わってから後悔する。


『コイツ』がくるまで【幻覚】の鍛錬をしていたのもあったけど、【幻覚】は発動している間はずっと魔力を消費し続ける。


 だから、ずっと連続で発動し続けているとすぐに魔力が底をつきてしまう。


 常人より魔力が多いといっても、アタシのレベルはまだ1のままだ。


 できる範囲なんて、たかがしれている。


 そんなこと、誰にも教えてやるつもりはなかったのに。


「まず、スキルを使わせたのは他の奴らからの目を誤魔化(ごまか)したかったからだ。【幻覚】にかかった対象を捕捉できるんだったら、あとで確認しとけ」


「は?」


 密かに失敗を悔やんでいるアタシだったが、次の『コイツ』の言葉でそんな感情も吹き飛んだ。


 他の奴ら?


 誰のことを言ってるの?


「お前は出来損ないなんだろ? 今は平気でも、いずれお前の弱さに目ぇ付けて、『ちょっかい』をかける奴も出てくる。今の内から、自分以外は敵かもしんねぇ、って意識だけは常に持っとけ」


「ちょ、ちょっと……」


 それは『アンタ』のこと何じゃ? って思ったけど、口には出せない。


 一方的にアタシに言葉を浴びせる『コイツ』の、次の台詞にカチンときたからだ。


「あと、お前のスキルの使い方は、はっきりいって間違ってんぞ。そんなんじゃ、本来の力がぜんぜん発揮できてねぇ。猫に小判とはまさにこのことだな」


「っ! いい加減にしなさいよ、アンタ!! さっきから意味わかんないことを聞いてもいないのにグチグチと!! 訳わかんないのよ!!」


 使えないのは【幻覚】であって、アタシじゃない!


 何でアタシが責められなくちゃいけないの!?


 また頭に血が上ったアタシは、実力差も忘れてそいつに詰め寄った。


 その時ちょっと思ったけど、こいつ臭い。


 ちゃんとお風呂に入ってないの?


 一瞬アタシへの侮辱も忘れて指摘してやろうと思ったけど、また『コイツ』に機先を制されてしまう。


「お前のスキルは【幻覚】なんだろ? そもそも、『幻覚』ってどんな意味なのかわかってんのか?」


「アタシをバカにしてんの!? 現実にはないものが見えるのが『幻覚』でしょ!? それくらい知ってるわよ!!」


 すると、今度は【幻覚】の意味について聞かれた。


 アタシがこの二ヶ月、どれだけ【幻覚】を使ってきたと思ってんのよ!?


 ちゃんとわかってるわよ、そんなことくらい!!


「わかってねぇじゃねぇか。だから出来損ないなんて呼ばれてんだよ、お前は」


「なんですってぇ!?」


 言い返してやったら、またバカにされた。


 さっきよりも表情豊かで、でも完全にアタシをバカにしていて、めっちゃムカつく!!


「お前が言ってんのは『幻視(げんし)』だろうが。それも『幻覚』の一部ではあるが、全てじゃねぇ」


 ……『幻視』?


 聞いたこともない言葉に、アタシは出かかった文句を引っ込めた。


「いいか? そもそも『幻覚』ってのは脳が感じる全ての刺激に対して起こる、本人にしかわからなくて、実在しない知覚だ。

 統合失調症なんかの精神疾患の症状として現れることが多く、妄想じみた内容も含まれっから他人じゃ理解しづらいもんだ。

 で、『幻覚』の種類はそのまま五感に通じてんだよ。

 お前が【幻覚】だと言い張った視覚の『幻視』の他に、聴覚の『幻聴』、嗅覚の『幻嗅(げんきゅう)』、味覚の『幻味(げんみ)』、そんで触覚の『幻触(げんしょく)』。この五つが主たる『幻覚』だ」


 そして、『ソイツ』の口から聞く【幻覚】は、アタシが初めて聞く知識ばかりだった。


 統合失調症、って病気のことも知らないけど、妄想って言われれば、少しわかった気がした。


 それよりも興味を引いたのは、『コイツ』がいう【幻覚】の種類。


『幻視』、『幻聴』、『幻嗅』、『幻味』、『幻触』。


 それが、本当の【幻覚】だと、こいつは断言した。


「それと、『幻触』も含めた『体感幻覚』ってのもある。触覚に加えて、温度、圧力、湿度、そんで『()()』なんかにも及ぶ、皮膚感覚をひっくるめた『幻覚』だ」


 さらに、『コイツ』はまだ【幻覚】の可能性に気づいていた。


『痛覚』という単語に、アタシははっとする。


 もし、『コイツ』が言うことすべてが【幻覚】で再現できるとしたら。


 アタシの【幻覚】って、実はかなりヤバいスキルなんじゃ……?


 生き残る力が欲しいと、そう思っていたはずなのに。


 降って湧いたそれ以上の『力』の存在を前にして、アタシは大いに混乱した。


「【幻覚】はざっとこんだけの種類がある。それを使えば、出来損ないからは抜け出せるだろうよ」


「て、適当言わないでよ! そんなこと、今までできたことなんて……っ!」


 口では否定したけど、多分、できる。


 だからこそ、冷静じゃいられなかった。


 こんな、人を簡単に殺せる手段を持っているなんて、アタシは信じたくなかったから。


 でも、『コイツ』は容赦がなかった。


「今お前がやってるだろうが。何度も確認するが、お前を中心に、俺を除く全ての生物に、『お前と俺が口喧嘩をしている』って『幻覚』を見せてんだろ?」


「それが何よっ!? きちんとアンタの指示通りに発動してるし、アタシたちの周りにいた五人にはそう見えてるはずだしっ!!」


 よくよく《魔力感知》や『気配察知』に意識を向けると、さっき通りかかった誰か以外にも人がいたことにようやく気づけた。


【幻覚】に意識を向ければ、その五人にもきちんと【幻覚】が効いているのもわかった。


 でも、その気配はとても微弱で、強く意識しないとわからない。


 アタシが《魔力感知》を全力で使わないとわからないほど、弱い存在感しかない五人。


 それなのに、『コイツ』はずっと前からわかってたような口振りをしていた。


『コイツ』、本当に、何者なの?


「そいつらは『見えてる』だけじゃねぇだろ? 口喧嘩はどうやってするんだ?」


「それは、声を出しているように聞かせて……ぁ!」


 考えが(まと)まる前に被せられた疑問に反射的に答えて、アタシは絶句した。


「ほら見ろ。お前の【幻覚】が成功してるんだったら、お前はすでに『幻視』と『幻聴』を組み合わせた『幻覚』を他人に見せることができてんじゃねぇか」


 そう。


 すでにアタシがこいつの主張を、自ら証明していたってことに、ようやく気づいた。


 心の奥では納得していても、【幻覚】の怖さを否定したくて抵抗していたが、それも簡単に崩されてしまう。


 単なる言葉の説得じゃなく、アタシの行動を根拠とし、反論の余地を潰されて。


 アタシは、アタシに過ぎた力を自覚させられたんだ。


「で、でも、『幻覚』なんて、気づかれたら終わりだし……」


「俺の言葉を聞いてなかったのか? 『幻覚』は統合失調症なんかの精神疾患に出る症状の一つで、妄想じみた内容も含んでいる、っつっただろ?」


「……それが、なんだってのよ?」


「病気で言う妄想ってのはな、他人がどれだけ言葉を尽くして否定しようが訂正することができない、そいつにとっての真実を言うんだよ。

 そいつの主張がどれだけ荒唐無稽(こうとうむけい)で、論理的根拠が皆無だったとしても、『幻覚』の内容はそいつだけには確かな『現実』になっちまうんだ。

 お前の【幻覚】ってスキルはな、対象が知覚する現実を全部歪めることができて、簡単に身も心も滅ぼすことができる、凶悪で残酷な魔法なんだよ」


「…………」


 それでもなお、違うって言いたくて口にした悪足掻(わるあが)きは、アタシが反論できない知識分野で一蹴される。


 その上、決定的な台詞まで口にした。


 凶悪で、残酷な、魔法。


 他人の言葉から聞くことで、【幻覚】の重みが、さらに増したように思えた。


「アタシ、どうすれば……」


「知るか。後は自分で考えろ」


 訳が分からなくなって、【幻覚】の恐ろしさで震える手を見下ろしていると、アタシの呟きを拾った『コイツ』はあっさりとアタシを見放した。


「っ! 待ってよ!」


 アタシは驚き、顔を上げると、『ソイツ』はさっさとアタシに背を向けてこの場を去ろうとしていた。


 動揺が強すぎて【幻覚】も解除してしまうが、今は構ってられない。


「アンタ、あれだけ好き勝手(しゃべ)っておいて、アタシを残してどこ行くっていうのよ!?」


 冗談じゃない!


 一方的に【幻覚】の危険性を教えるだけで、後は放置!?


 無責任にもほどがあるじゃない!!


「答えなさいよっ!! アタシは、これからどうすればいいのよっ!!?」


『コイツ』なら、何か答えをくれるはず。


 そう信じて(わめ)き散らすが、結局『アイツ』は一度も振り返らず、アタシの視界から消えていった。


「っ! 逃げる気!? ふざけん……な…………」


 言いたいだけ言い残した『アイツ』に我慢の限界がきたアタシは、とっさに追いかけようとして、すぐに足を止める。


 今、アタシは何をしようとした?


『アイツ』に『頼ろう』と、していなかったか?


『アイツ』は、『敵』だ。


『敵』の、はずだ。


 なのに、アタシは、『アイツ』の背中を追おうと、『アイツ』に助けてもらおうと、していなかったか?


 なんで?


 どうして?


 わからない。


 ぜんぜん、わからない。


「もう、わけが、わかんないよ…………」


 頭の中が疑問で埋め尽くされたアタシは、それ以上足を踏み出すことはできなかった。


 一人だったアタシが、動機がどうあれ、『敵』を、『他人』を、求めたという事実が、ショックだったから。




「ぐあっ!?」


 あれから、二週間が過ぎた。


 たったそれだけで、アタシの環境は激変した。


「……よわ」


「ぐっ! て、めぇ……っ!」


 まず、一人で鍛錬することはなくなった。


 異世界にきたときと同じ、異世界人の中に混じって、自分の力を磨くようになった。


 そして今、アタシは模擬戦を挑んできた同級生の男子に膝をつかせている。


「何だっけ? 『お前みたいなブスでも守ってやるから、俺の奴隷になれ』だっけ? アタシよりずっと弱いアンタに守ってもらう筋合いはないわよ、身の程知らず」


「ざ、けんな、よ……ぉ! てめ、『出来損ない』の、くせにぃ……!!」


「じゃあ『出来損ない』に負けたアンタは『無能』ね。ほら、邪魔だから、さっさと場所を空けなさいよ、『無能』さん?」


「がっ!?」


 一瞬だけ【幻覚】で全身を粉砕骨折させたイメージを植え付けて衰弱しきった男子を、アタシは身体能力向上効果がある「補強」をかけ、「杖技」でぶん殴って訓練場の端まで吹き飛ばした。


 近接戦闘職である『無能』と正面からやれば、アタシの攻撃なんてあっさり受けられるんだろうけど、防御も回避もできなかった『無能』はあっさり壁にぶち当たり、気絶する。


 その姿を、周りの奴らは遠巻きに見るようになった。


 誰もアタシに近づかない。


 誰もアタシをバカにできない。


 誰もアタシを『出来損ない』と呼ばせない。


『アイツ』がアタシにもたらした力は、アタシをさらに孤独にさせた。


「セラさん。勝負が決まった後に手を出すのは、少しやりすぎだと思います」


「……ふん」


「やるなら勝負の中で、徹底的にやる方がいいでしょう?」


「…………性格悪っ」


 でも、一人だけ、それでも構わずアタシに近づいてくる奴がいた。


 水川(みなかわ)花蓮(かれん)


 異世界人組の学生代表で、生徒会長で、【勇者】。


 アタシの【幻覚】が効きづらい、厄介な相手。


 アタシが『アイツ』と出会い、【幻覚】の真価に気づいて頭角を現した頃に、話しかけてきた。


 さっきみたいに、表向きの建前は周囲に聞こえるように大きく口にして、本音の部分はアタシだけに聞こえるようにぼそっと呟くような性悪だけど、不思議とアタシと馬があった。


 年も二つ上の先輩だけど、アタシはカレンと対等に接している。その方がしっくりしたし、何より相手の許可も得ていたから。


「あら、セラさんの毒舌と比べたらかわいいものだと思いますけど?」


「どこが。表面取り繕うのが上手な腹黒勇者に、かわいいとこなんてあると思ってんの?」


 軽口を叩きつつ、アタシたちはたくさんの視線を浴びつつ、訓練場の隅に移動して鍛錬を続ける。


 アタシの力は、まだ足りない。


 アタシの『敵』を全部退けるには、まだまだ足りない。


 だから、アタシは力を貪欲に求める。


 それがどうしようもない修羅の道だとわかった上で、アタシは進む。


 そして、アタシに『敵』がいなくなったら。


『アイツ』にリベンジして、アタシに屈服させてやる。


 あれから一度も姿を見かけない『アイツ』は、もしかしたらアタシが自分に見せた【幻覚】だったのかもしれない。


 それでもいい。


 たとえ本当は存在しない奴でも、アタシに助言だけを残してさっさと見捨てた『アイツ』には、一言文句を言わないと気が済まないから。


「? 何かおもしろいことでもあったんですか? 口元が笑ってますよ?」


「別に? カレンの見間違いじゃない?」


 とりあえず、アタシは『友達』と切磋琢磨していく。


 いつか『アイツ』に、アタシの存在を認識させてやるために。


 それまで、首を洗って待ってなさいよ。


 アタシに『敵』でも『他人』でもない『誰か』を教えた責任、とってもらうんだから。




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名前:毒島(ぶすじま)芹白(せら)

LV:1

種族:異世界人

適正職業:奇術師

状態:魔力減少


生命力:120/150

魔力:100/1400


筋力:30

耐久力:15

知力:220

俊敏:25

運:60


保有スキル

【幻覚LV3】

《魔力支配LV4》《魔力感知LV3》《詠唱破棄LV2》

『並列魔法LV5』『範囲魔法LV7』『気配察知LV7』

「補強LV2」「杖技LV1」「勘LV1」「逃げ足LV4」

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