20話 スキル調査その5
チビと別れてからは、いつも通り一人しかいねぇ訓練場で体力づくりをして、一日が終わった。
変わったことと言えば、チビとの会話が尾を引き、終始俺が不機嫌だった、ってことくらいか。
ったく、どいつもこいつも俺を苛つかせやがる。
特にあのチビ。ちょっとは頭使えよ。自分の優位性くらい、自分で気づけっつの。
俺のユニークスキルなんて、いくら検証しても優位性が全然見えてこねぇんだぞクソッタレ。
俺はいつまでも残っている怒りにまかせ、今日の分の日記と気づいたことを紙に書き殴る。
案外筆まめなところがあったのか、追加でメイドに持ってこさせた紙はかなりの束になっていて、余剰分が牢屋の隅で山になっているほどだ。
この二ヶ月で書いた量も、同じくらいの山になってっし。
「ちっ!」
やり場のない怒りを、机代わりにしていた石のベッドに羽ペンを叩きつけて発散する。
俺の筋力値のおかげか、全力で投げ捨てても羽ペンは折れたりしねぇ。
エコはエコだが、なんか納得いかねぇ。
それに、イライラが高まってるせいか、普段なら気にしねぇ密偵どもの視線がウゼェのなんの。
想像してみ?
常時入れ替わり立ち替わりで三人の人間に自分の行動を見られ続けてんだぞ?
鬱陶しいことこの上ねぇよ、クソどもが!
と、監視してる奴らに直接文句が言えたらよかったんだが、そんな迂闊なことは出来ねぇ。
対外的に俺は密偵の存在に気づいてねぇことになってんだ。それがイガルト王国の油断につながってんだったら、気づいてねぇフリを維持する方が得だしな。
「あー、クソ!」
それに加え、今日の【普通】解除の憂鬱も怒りに転化している節がある。
『冷徹』を使えりゃ冷静さは取り戻せるといっても、【普通】解除はそれだけで多大なストレスになんだぞ? 生き死にがかかってなけりゃ、やってられっか、こんなこと。
俺は乱暴に学ランをはぎ取り、紙を片づけてフリーになったベッドの上に放る。
そういや、会長やチビは服も支給されてたな?
俺の学ラン、もう二ヶ月以上も洗濯してねぇけど、臭いとかどうなんだ? たぶん、俺の汗とゲロでえげつない臭いなんじゃねぇか? すでに俺は鼻が慣れちまって麻痺してっから、今更だけど。
明日訓練場に行ったとき、井戸とか使って洗濯するか。汚れは落ちなくても、臭いが多少マシになるかもしんねぇ。
季節は夏っぽい感じになってっし、昼間の訓練中に干しときゃ乾くだろ。ちょっとボロボロだから、洗濯するときゃ注意が必要みてぇだが。
なんて、『並列思考』の片隅で算段をたてつつ、俺はいつものようにクソ穴の前で準備をする。
スキルを解除してやばいと思えば『冷徹』の後に【普通】をかけ直せば、精神衛生上の応急処置は簡単にできる。
が、それを何度も繰り返すと密偵どもに不審がられるからな。さすがに感情を何度も完全に切り替える姿を見せんのは、【普通】以外のスキルの存在を疑われかねねぇ。
だから、ステータス上における状態についての【普通】の有用性は、発覚してからもあんまり頼ってねぇ。厳密には人目があるから頼れねぇんだが、意味的には同じだな。
ちなみに、恥死しそうになった一ヶ月前の次の日は、『冷徹』使わずに処理した。
全部の羞恥心が抜けきるまで、そりゃあ大変だった。自傷行為で死なねぇように『覚醒睡眠』を使いつつ、一晩中絶叫しまくって部屋中動き回ったのも今じゃいい思い出だよ……。
「すーっ、はーっ……」
それはさておき、俺は癖になっちまった深呼吸を繰り返し、ゆっくりと自分の中で覚悟を固めていく。
今日はどんな反動があるんだろうな? 考えるだけで気分が滅入る。
あ~、『高速思考』がある分余計なことをたくさん考えそうだから、もういいや。
さっさとやろう。
【普通】、解除。
カチリ。
いつもの音を聞き、俺の【普通】は効果を失った。
「ん?」
その瞬間、俺はさっきまでの苛つきの一因だった、監視の視線が感じられなくなったことに首を傾げる。
加えて、さっきは強く感じていた密偵どもの気配も、今じゃ全くわからなくなっていた。
いきなり俺の監視が解かれるはずもなければ、密偵どもに一瞬で移動するような手段も必要もねぇはずだ。
あっちが変化してねぇとすると、変化は俺の方にあった、ってことだよな……?
でも、何で急に?
「いっ……!?」
で、思考が脱線した短ぇ『冷徹』の効果時間も過ぎた時、それはきた。
「いってえええええ「経験値が一定値を超えました。『冷徹』がLV8になります」えええええ「経験値が一定値を超えました。『高速思考』がLV7になります」えええええ「経験値が一定値を超えました。『並列思考』がLV7になります」えええええ「経験値が一定値を超えました。『詐術』がLV7になります」えええええ「経験値が一定値を超えました。『不屈』がLV7になります」えええええ「経験値が一定値を超えました。『未来予知』がLV5になります」えええええ「経験値が一定値を超えました。『究理』がLV5になります」えええええ「経験値が一定値を超えました。『限界突破』がLV7になります」えええええ「経験値が一定値を超えました。『失神』がLV5になります」えええええ「経験値が一定値を超えました。『悪食』がLV6になります」えええええ「経験値が一定値を超えました。『省活力』がLV6になります」えええええ「経験値が一定値を超えました。『不眠』がLV6になります」えええええ「経験値が一定値を超えました。『覚醒睡眠』がLV6になります」えええええ「条件が満たされました。スキル「我慢LV1」を取得します」えええええ「条件が満たされました。スキル「頭痛LV1」を取得します」えええええ「条件が満たされました。スキル「落胆LV1」を取得します」えええええ「条件が満たされました。スキル「論破LV1」を取得します」えええええ「条件が満たされました。スキル「勘LV1」を取得します」えええええ「条件が満たされました。スキル『魔力察知LV1』を取得します」えええええ「条件が満たされました。スキル『麻痺LV1』を取得します。なお、「我慢」は『麻痺』に結合されました」えええええ「条件が満たされました。スキル『過負荷LV1』を取得します。なお、「頭痛」は『過負荷』に結合されました」えええええ「条件が満たされました。スキル『失望LV1』を取得します。なお、「落胆」は『失望』に結合されました」えええええ「条件が満たされました。スキル『弁駁LV1』を取得します。なお、「論破」は『弁駁』に結合されました」えええええ「条件が満たされました。スキル『気配察知LV1』を取得します。なお、「勘」は『気配察知』に結合されました」えええええ「経験値が一定値を超えました。『失望』がLV10になります。スキルレベルが最大になりました」えええええ「経験値が一定値を超えました。『弁駁』がLV10になります。スキルレベルが最大になりました」えええええ!?!?!?!?!?」
今回のリバウンドは、今までとは根本的に毛色が違った。
痛い痛い痛い痛い痛い!?!?
なんだこれ!?
え!? マジでなんだこれ!?!?
頭が痛ぇ、腕が痛ぇ、腹が痛ぇ、足が痛ぇ!!
とにかく、全身のいたる所が痛くてたまらねぇ!!
精神的な責め苦の後は、肉体的なイジメかよ!?
極まってんな、異世界!!
俺をどこまで苦しめりゃ気が済むんだっつうのぉ!?
「あっ……、ぐぁ……」
あまりの激痛に思考も飛び、どれくらい叫んだかわかんねぇくらい時間が経った。
【普通】を解除したそのままに、クソ穴の前で膝をついた状態でフリーズしてた俺は、それでもまだ続く痛みにうめき声を漏らす。
とっくの昔に喉は嗄れちまった。口から出てくんのは、俺の叫び声の名残だけ。
そんな状態でもなお、俺を襲う痛みは収まる気配をみせねぇ。
何とか頭痛は少しマシになり、理性が少し戻ってきたんだが、それが余計に痛みの強さを自覚させてくれっから、俺的には良かったのか悪かったのか。
全身の痛みはどうやら筋肉痛のすっげぇ強いバージョンみたいだ。もしくは、全身一気にこむらがえった感じか? まあ、どっちでもいい。つまり、筋肉が悲鳴を上げてる、ってことだ。
なんか字面だけ見ればボディービルやってそうな芸人みてぇな状態だが、これはちょっとしゃれになんねぇ。
意味わかんねぇほど痛ぇし、痛む箇所からして、チビと軽くやりあったあん時の動きが原因だろうな。
特に、『高速思考』と『未来予知』をフルで使用してた、杖を回避して弾くあの場面。俺の知覚速度としてはすっげぇスローだったが、実際は肉体のスペック超えた動きしてたんだろう。
じゃなきゃ、こんなぶっ飛んだ激痛があるはずがねぇ。『限界突破』のレベルが上がったのも、その証拠だ。
まるで一年分の筋肉負荷を、今この瞬間に全部背負っちまったみてぇだ。
少しでも筋肉を動かせば焼けるような痛みが生じ、それに反応して周りの筋肉が痙攣して、さらなる激痛を生む負の連鎖。
これをどれくらい続けてるのか、わかったもんじゃねぇ。
「経験値が一定値を超えました。『過負荷』がLV2になります」
「経験値が一定値を超えました。『麻痺』がLV4になります」
すると、何気に初めて混乱したり叫んだりしてねぇ状態で、スキル関連のアナウンスを聞くことができた。
っつかレベル上がんの早ぇな!? どっちもさっき覚えたスキルだろ!?
と、心の中で突っ込みをかますと、不思議と痛みが引いていった。
さっきより二割くらいマシになった、って感じだから痛み全部じゃねぇけどな。
こりゃ、多分『麻痺』の効果だろう。下級スキルが「我慢」っつってたしな。レベルが上がって、痛みを若干感じづらくなってんだろう。
代わりに、頭痛が少し酷くなった。
さっきまではトンカチ十本で頭をガンガンやられてる感じだとすりゃ、今は十二本になった感じだ。
な? 少しだろ?
どっちにしろ痛みの強さは尋常じゃねぇけどな!!
とはいえ、それでも理性は残っている。『並列思考』で分割した思考の、だいたい1%くらいが理性の部分だ。他の思考領域はまだ痛みで使いもんになんねぇ。
頭痛の原因は、さっきレベルが上がった『過負荷』だろうな。なんせ、下級スキルの「頭痛」っつうまんまなスキルの上位版だろ雰囲気からして? ほぼ確定じゃね?
んで、スキル取得の原因は、筋肉痛と同じ時だな。
あん時、『高速思考』と『未来予知』を、一瞬の時間で、しかもほぼほぼ全力で使ってた。それが、俺のポンコツ脳の処理限界を超えちまって、反動っつか拒絶反応で取得したんだろうよ。
とまあ、原因が分かったところで一言いわせろ。
せっかくの新規スキルがまたバステかよ!!
もっといいスキルくれよ!!
いい加減にしろよオラァ!!
「ぃ…………て…………ぇ…………っ」
一言とかいいつつ三言も叫んだせいか、頭痛が割り増しになりやがった。
あ~!?!? 頭が割れる~!?!?
やばい、マジでやばい。
ちょっと、本格的に大人しくしとこう。
====================
名前:平渚
LV:1
種族:日本人▼
適正職業:なし
状態:空腹、悪臭、疲労、過負荷、筋肉痛
生命力:1/1
魔力:0/0
筋力:1
耐久力:1
知力:1
俊敏:1
運:1
保有スキル
【普通(OFF)】
『冷徹LV8』『高速思考LV7』『並列思考LV7』『解析LV6』『詐術LV7』『不屈LV8』『未来予知LV5』『激昂LV10』『恐慌LV10』『完全記憶LV5』『究理LV5』『限界突破LV7』『失神LV5』『憎悪LV10』『悪食LV6』『省活力LV6』『不眠LV7』『覚醒睡眠LV6』『嫉妬LV10』『羞恥LV10』『傲慢LV10』『無謀LV10』『麻痺LV4』『過負荷LV2』『失望LV10』『弁駁LV10』『気配察知LV1』『魔力察知LV1』
====================