19話 【幻覚】
「いった!」
俺はチビに抱いていた同族意識が泡のように消え去ったのを感じながら、捻りあげた腕ごとチビの背中を突き飛ばした。
不安定な姿勢だったチビは思いっきり前に倒れるが、俺はどこまでも冷めた目で見下ろしていた。
「ちょっと! いきなり何すんのよ!!」
威勢良く抗議を上げるチビに対しても、俺は何も応えねぇ。
『冷徹』を使っていても、いや、使っているからこそ、俺は自分の中に芽生えた感情に目を向けざるを得なかった。
俺は、こいつに嫉妬している。
それも、会長に抱いたそれよりも、ずっと強い嫉妬を。
恐らく、仲間だと思った奴に裏切られた気分になってるからだろうな。
本当はわかっていたはずだ。
俺と日本人は違う。
俺は、日本人には、なれない。
日本人は選ばれて、俺はどこまでいってもクズのまま。
日本人の中では出来損ないと呼ばれたチビだが、俺と比べりゃ出来損ないでもなんでもねぇ。
はるか上の、それこそ雲の上の存在なんだ。
生物としての格が違うんだ。
それなのに、俺と同じ? 同族意識? 助けてやりたい?
はっ!
何様のつもりだったんだ、俺?
ミジンコの生き様を語ったところで、鯨の生き方にどんな影響があったってんだ?
ねぇに決まってんだろうが。
ちょっと運任せだった勝負に勝ったくらいで、調子に乗ってんじゃねぇぞ。
それに、スキルの外れを引いたと思っていた奴が、実はチートだっただなんて、んな小説みてぇな展開で裏切られた気分になんのも最悪だ。
裏切られたんじゃない。
俺がカスすぎただけ。
ゴミだっただけ。
んなこと、最初からわかってたはずなのに。
俺はどっかで期待してたんだ。
千人もいる日本人の中に、俺と同じ奴がいることを。
俺だけがクズだったんじゃなかったんだってことを。
でも、結果はこれだ。
出来損ないは、俺だけだった。
才能の差を思い知らされただけだった。
当たり前のことを、再確認させられただけだった。
惨めだな。
分不相応な希望を持ったから、こんな気分を味わうんだよ。
本当に、俺って奴は、どこまでいっても学習しねぇ、カスでゴミでクズの出来損ないだよ。
「な、なによ…………?」
表情も変えず、何も喋らなくなった俺に不安になったのか、チビは語調を弱めて俺を見上げてきた。視線の中には俺への戸惑いが強く感じられる。
物理的には俺が見下ろしてんのに、チビの目が俺を見下しているように感じられて、余計に自分が情けなくなる。
何より情けねぇのは、俺がこの世に存在するはずのねぇ『仲間』を、無意識に求めてたってことなんだが、な。
「……【幻覚】」
「は?」
「どこまでの範囲で使える?」
そのまま立ち去ってもよかったが、チビが自分の力を知らないまま死ぬのを、俺は許容できなかった。
当然、そう思ったのは綺麗事なんかじゃねぇ。
俺が死にものぐるいで生きようとしてんのに。
このチビはこのままいくと、勘違いし続けて大した努力もしねぇで死ぬんだぞ?
そんなの、屈辱じゃねぇか。
俺の生き方を、死に様まで使ってバカにされているとしか思えねぇ。
俺の人生の何もかもを無駄だって言われるようで、無性に腹が立つ。
だから、教えてやるよ、勘違いチビ。
お前がどんだけ恵まれてんのかを、な。
「それって、どういう?」
「お前を中心に半径何メートルだ?」
俺の耳に届くか届かないかの小声につられてか、チビも声をかなり潜めて問い返す。
俺はそれには答えず、ただ【幻覚】の射程を問いただした。
「……試したことないけど、全力でやれば、多分、結構広い」
「杖は?」
「最悪、なくても使える」
そういや、杖を持ってなかったと思って聞いてみると、【幻覚】は杖なしでも使えるらしい。
どうやらチビは、杖を魔法発動の補助具として、また純粋な鈍器として所持していただけらしい。
だったら、余計にチートだな。
歯噛みしたい気持ちを押し殺し、俺は口を開く。
「すぐやれ。一瞬で最大範囲に展開。対象は俺以外。内容は俺とお前が口喧嘩している、って設定で」
短く端的に会話を続け、俺はチビに必要な指示を出す。
俺の雰囲気に拒否することができなかったのか、チビは訝しげな表情をしながらも一瞬で【幻覚】を展開した気配を感じた。
はっ! さすが日本人様。
俺の無茶ぶりにも、鼻歌交じりに対応できます、ってか?
【幻覚】の精確な有効範囲までは、中心付近にいる俺じゃわかんねぇが、監視役だった密偵もスキルの範囲内に収まってんだろ。範囲外だったとしても、何とか誤魔化せるように対処するしな。
「本当に展開したか?」
「やったわよ! 今のアタシの魔力量じゃ十分も持たないんだから、いい加減何をしたいのか言いなさいよ!!」
念のため小声で確認を取るが、チビは我慢の限界がきて立ち上がり、大声を張り上げて俺を睨み上げる。
十分も持たない、ってのは具体的にどれくらいの時間かわかんねぇな。
俺との戦闘以外で、訓練中に魔力を大きく消費してたんだろうな。
悠長にダベってる暇はねぇ、ってことか。
なら、必要なことだけを伝えてさっさと消えるか。
「まず、スキルを使わせたのは他の奴らからの目を誤魔化したかったからだ。【幻覚】にかかった対象を捕捉できるんだったら、あとで確認しとけ」
「は?」
唐突に俺が語り出したことで、チビは虚を突かれたように素っ頓狂な声を上げる。
詳細はぼかしたが、『他の奴ら』ってのは五人の人間だ。
しかもそいつら全員、俺とチビについていた密偵っつうオチなんだな、これが。
俺は最近の態度から常に三人が。
チビは日本人の中でも弱いと判断された挙げ句、勉強サボって単独行動をとった代償か、二人の密偵が張り付いているようだった。
今、そいつらはチビの【幻覚】により、口論している俺らを監視していることだろう。まあ、チビのスキルを信用するならの話だが。
最悪、スキルの範囲内じゃなかったとしても、俺らが口論してんのは変わんねぇ。後で密偵どもが互いに情報共有したところで、視覚的な違和感がねぇようにする。
何らかの魔法で盗聴されてたとしても、俺はチビのスキルである【幻覚】の情報しか言うつもりはねぇ。誰でも気づくような簡単なことだし、別に俺がバラしても問題ねぇはずだ。
俺の普段の言動がアレだから、一時不審に思われても密偵どもにはたまたま気づいただけって思わせられるだろう。
イガルト王国の名前を出さず、他の奴、って言ったのも、【幻覚】の不発を警戒したからだ。
チビの口振りから、このチビは日本人からもバカにされてたみてぇだし、監視役にゃ同じ日本人に聞かれちゃマズい内容だ、って誤解させられると踏んでいる。
とはいえ、事実でもいきなりこの場にゃ俺ら以外の人間がいる、なんて言われたところですぐに納得するはずもねぇ。
チビは何言ってんだ、コイツ? 的な目で俺への視線に疑問を強くした。
が、俺はチビの反応など知らんとばかりに無視し、さらに口を開く。
「お前は出来損ないなんだろ? 今は平気でも、いずれお前の弱さに目ぇ付けて、『ちょっかい』をかける奴も出てくる。今の内から、自分以外は敵かもしんねぇ、って意識だけは常に持っとけ」
「ちょ、ちょっと……」
一応、これは最低限知っておくべき内容だと思ったから、暗にイガルト王国も敵だっつう危険性を臭わせ、軽く警告した。
表向きは日本人同士の争いが起こるかも、って風にしてぼやかしたから、密偵に聞かれてても大丈夫だろうよ。
まあ、チビはぜんぜん話についていけてなかったが、俺はさらに無視して言葉を重ねる。
「あと、お前のスキルの使い方は、はっきりいって間違ってんぞ。そんなんじゃ、本来の力がぜんぜん発揮できてねぇ。猫に小判とはまさにこのことだな」
「っ! いい加減にしなさいよ、アンタ!! さっきから意味わかんないことを聞いてもいないのにグチグチと!! 訳わかんないのよ!!」
これが本題なんだが、俺の言葉についにキレたチビが詰め寄ってきた。
チビん中で最大の急所を突いたわけだから、こんな反応をしても仕方がねぇ。
拳が飛んだら確実に当たる距離まで接近され、俺とチビは至近距離で睨み合った。
もちろん、女の拳でもこの世界の俺にとっちゃ立派な凶器だ。心臓に銃口を突きつけられてる気分の俺は、そんなことはおくびにも出さずに無表情を貫く。
「お前のスキルは【幻覚】なんだろ? そもそも、『幻覚』ってどんな意味なのかわかってんのか?」
「アタシをバカにしてんの!? 現実にはないものが見えるのが『幻覚』でしょ!? それくらい知ってるわよ!!」
「わかってねぇじゃねぇか。だから出来損ないなんて呼ばれてんだよ、お前は」
「なんですってぇ!?」
あ、やべ。
チビがバカすぎて演技するの忘れてた。
まあ、事実しか言ってねぇし、迂闊なことは口にしなかったからセーフだろ、セーフ。
チビからの好感度はさらにマイナス振り切っちまったが、些細なことだ。
「お前が言ってんのは『幻視』だろうが。それも『幻覚』の一部ではあるが、全てじゃねぇ」
こいつのそもそもの間違いは、【幻覚】を『幻視』しかねぇと思いこんでいるところだ。
さっきの戦いで、俺が『ファイアーボール』を食らっても無傷だったのは、チビが【幻覚】による『幻視』で作った幻だったから。
ついでに、訓練場が綺麗だったのも、発動しても物理的な変化がない類の魔法だった、ってのが真相だな。
チビの言動から、こいつが戦闘で使えるスキルってのは今のところ【幻覚】だけなんだろう。
で、チビは【幻覚】を目眩まし程度の力としか考えていねぇから、攻撃魔法の幻を生み出して敵を怯ませ、杖による物理攻撃で倒す、という非効率極まりない戦闘法を選択したわけだ。
チビが出来損ないと言われたのは、魔法使い職の癖に敵の目を欺くだけの魔法しか扱えず、低い筋力任せの戦闘でしかダメージを与えられないと思いこんだからだろうな。
チビだけじゃなく、周りの奴らも含めて、全員が。
俺からしたら、お前らの目は節穴かと言いたい。
他のスキルの補助でもあんのか、チビの魔法展開速度や展開範囲を考えれば、この魔法は日本人基準でも最強に数えられるだろう、凶悪な武器だっつうのによ。
「いいか? そもそも『幻覚』ってのは脳が感じる全ての刺激に対して起こる、本人にしかわからなくて、実在しない知覚だ。
統合失調症なんかの精神疾患の症状として現れることが多く、妄想じみた内容も含まれっから他人じゃ理解しづらいもんだ」
まるで常識みてぇにチビに蘊蓄たれる俺。
まあ、実際はたまたまテレビ番組で特集されてて、へーっ、って思いながら興味半分に聞いてた内容を覚えただけなんだけどな。
「で、『幻覚』の種類はそのまま五感に通じてんだよ。
お前が【幻覚】だと言い張った視覚の『幻視』の他に、聴覚の『幻聴』、嗅覚の『幻嗅』、味覚の『幻味』、そんで触覚の『幻触』。この五つが主たる『幻覚』だ」
言葉を聞けば、説明するまでもねぇだろう。
『幻視』は俺が見せられた『ファイアーボール』がそれだな。病気のそれだったら、人や動物みたいな具体的なもんから、光や色だけってパターンもある。
『幻聴』は実際にはない音や声を聞くことだ。音は『幻音』、声は『幻声』って区別することもあるらしい。
『幻嗅』は臭いだな。病気の症状として出ることも多いことから、大体自分が嫌な臭いだったり、ゴミやガスみてぇな不快な臭いを感じることもあんだと。
『幻味』は味だ。実際に食べ物を食ったりしてなくても感じるものらしい。これは『幻嗅』と同時に起こることも多く、味覚の内容によっちゃ相当ウゼェだろうな。
『幻触』は触覚だ。腕がしびれる、脇がくすぐったいなんかから、誰かに体を触られたとか、酷いと体の中を虫が這い回ってる、なんてえげつないもんもあるらしい。
これらが『幻覚』の意味する内容だ。これだけでチビが【幻覚】のスキルを使いこなせてねぇのがわかるだろ?
何せ、チビがうまく使えていたのは『幻視』だけだ。
単純に【幻覚】の力の内、五分の一くらいしか出せていねぇ計算になる。
そりゃ出来損ないとか言われても仕方ねぇって。
「それと、『幻触』も含めた『体感幻覚』ってのもある。触覚に加えて、温度、圧力、湿度、そんで『痛覚』なんかにも及ぶ、皮膚感覚をひっくるめた『幻覚』だ」
そして、最後に教えてやった『体感幻覚』こそが、このチビの最大の武器になるだろうと、俺は半ば確信している。
恐らく、チビのユニークスキルである【幻覚】は、俺が説明したこれらを強制的に生物に知覚させるスキルなんだろう。
発動条件は、俺や密偵どもを【幻覚】にかけた状況からして、チビの魔力に触れる、あるいは魔力を感知することで対象とすることができる。
乱暴に言っちまえば、『チビの魔力を認識した時点』で、【幻覚】をかける条件は整うってわけだ。
【幻覚】における抵抗の判定は知力が関係してんだろうが、ユニークスキルってことで完全に遮断するのは難しいんじゃねぇか?
俺が推測した性能だけでも、馬鹿げた強力さだといえる。まあ、世界に一人しか持たないユニークスキルだからこそ、それほどの力があるんだろうけどな。
で、発動には魔力を使うことから魔法に分類されるスキルであり、チビの初期ステータス値や適正職業も後押しして、【幻覚】は魔法使い系のスキルだと思われたわけだな。
そこが意外と落とし穴になった。
イガルト王国の奴らに説明を受けたチビは、こう考えたんだろう。
【幻覚】は魔法系のスキルであるからして、魔法知識で定められた範囲内でしか実現できねぇ、ってな。
だから、『魔法を再現した幻視』を飛ばす、なんて無意味なことをしたんだろうぜ。
元々チビ自身、『幻覚』を『幻視』だと思いこんでたところも合わさって、【幻覚】が『幻視』しかできねぇって勘違いを引き起こした。その結果が、出来損ないのチビスケ誕生、ってカラクリだ。
が、俺が口にした情報が全て【幻覚】に含まれるんだったら話は違う。
何せ、脳が存在する生物相手なら、勝負する前から有利にたてるんだぜ?
さっきの『ファイアーボール』にせよ、今使ってるだろう【幻覚】にせよ、こいつは予備動作も杖も必要とせずに一瞬で展開した。
そして、望む『幻覚』を生物に見せることができる。
これといった前兆も必要とせずに。
実際はチビの魔力を感知するっつう前兆はあるが、チビのナリは魔法使いそのものだ。魔法使いが魔力を漏らしたり、威嚇で魔力を放出したりしても、何の違和感もねぇ。
相手は警戒こそすれ、その時点でチビの術中にはまった、なんて気づける奴はほとんどいねぇだろう。
後はチビの煮るなり焼くなり好きにすればいい。
目を狂わせて魔物の大群のただ中に放り込んだり。
耳を狂わせて大音量を脳に送って過負荷を与えたり。
鼻を狂わせて強烈な悪臭で集中力を削いだり。
舌を狂わせて毒を連想させる味で混乱を起こさせたり。
体を狂わせて幻の魔物による攻撃に合わせて痛苦を味わわせたり。
チビを認識した奴は、成す術もなくチビが望むままの死に様をさらすしかない。
それが、チビの持つ【幻覚】っつう力だ。
「【幻覚】はざっとこんだけの種類がある。それを使えば、出来損ないからは抜け出せるだろうよ」
「て、適当言わないでよ! そんなこと、今までできたことなんて……っ!」
と、俺が菩薩並の心で真実を伝えてやったってのに、チビは端っから俺の言葉を信じちゃいねぇ。
出来損ないから抜け出せる、ってワードに動揺してはいるようだが、猜疑心は完全に消えてねぇな。
まあ、初対面で自分のユニークスキルをペラペラ解説するような奴を信用する方がどうかしているか。
でも、このチビは気づいてねぇのか?
俺の【幻覚】に対する考察を、すでにこのチビ自身が実証していることに。
「今お前がやってるだろうが。何度も確認するが、お前を中心に、俺を除く全ての生物に、『お前と俺が口喧嘩をしている』って『幻覚』を見せてんだろ?」
「それが何よっ!? きちんとアンタの指示通りに発動してるし、アタシたちの周りにいた五人にはそう見えてるはずだしっ!!」
ほう? やっぱ【幻覚】にかかった対象は、術者であるチビには察知できんのか。
まあ、さっきの受け答えからして、術者のチビが意識しねぇと感知はできねぇようだが、性能としちゃ悪くねぇ。
その特性を生かせば、チビの魔力拡散範囲内なら敵の索敵なんかもできるんじゃねぇか? っつか、実際できてっし。
けっ! つくづく使えるスキルで、うらやましい限りだよクソチビが。
「そいつらは『見えてる』だけじゃねぇだろ? 口喧嘩はどうやってするんだ?」
「それは、声を出しているように聞かせて……ぁ!」
気づくの遅すぎだろ、このチビ。
「ほら見ろ。お前の【幻覚】が成功してるんだったら、お前はすでに『幻視』と『幻聴』を組み合わせた『幻覚』を他人に見せることができてんじゃねぇか」
俺がオーダーした【幻覚】の設定を実現しようと思えば、俺とチビが言い争っている『幻視』と、口論の声である『幻聴』を同時並行で展開しないと成立しねぇ。
本当にチビの言う通り【幻覚】=『幻視』なんだったら、俺がやれといった『幻覚』は完成するはずがねぇんだ。
だが、チビは確かに発動させ、成功していると言った。
なら、少なくとも【幻覚】は『幻聴』も引き起こすことができたと証明できたことになる。
だったら、残りの『幻覚』もスキルの【幻覚】で再現できる可能性は十分ある。
後は、他の人間か魔物かに試しゃわかるだろ。どうせ試したところで、他の『幻覚』についても再現可能だってわかるだけだろうがな。
それにしても、このチビ無意識とはいえ【幻覚】の二種同時展開をさらっと成功させやがったな。
こいつがもっと訓練すれば、五感全部をスキルではめた、現実にしか思えねぇリアルな【幻覚】の行使もできるんだろう。
まあ、俺にゃ無関係だし、どうでもいいことだがな。
「で、でも、『幻覚』なんて、気づかれたら終わりだし……」
「俺の言葉を聞いてなかったのか? 『幻覚』は統合失調症なんかの精神疾患に出る症状の一つで、妄想じみた内容も含んでいる、っつっただろ?」
「……それが、なんだってのよ?」
「病気で言う妄想ってのはな、他人がどれだけ言葉を尽くして否定しようが訂正することができない、そいつにとっての真実を言うんだよ。
そいつの主張がどれだけ荒唐無稽で、論理的根拠が皆無だったとしても、『幻覚』の内容はそいつだけには確かな『現実』になっちまうんだ。
お前の【幻覚】ってスキルはな、対象が知覚する現実を全部歪めることができて、簡単に身も心も滅ぼすことができる、凶悪で残酷な魔法なんだよ。
……それが出来損ないだったら、俺は一体何だってんだよ、クソッタレが」
「…………」
ただし、欠点があるとすれば、敵が『生物でなかった』場合だ。
【幻覚】を見せるにはわずかばかりでも知能と、物質的な脳が必要になってくる。ファンタジー生物では定番なスライムとか、ゴーレム的なもんが敵だと、チビじゃ手に負えねぇだろうな。
そこまで懇切丁寧に教えてやる義理はねぇし、いわねぇけど。
で、俺が小さく吐き捨てるように悪態をつくが、チビにゃ聞こえてねぇな、こりゃ。今までの威勢などどこかに吹き飛び、視線を地面に向けて黙り込んだ。心なしか、顔色も青白くなってんな。
今更になって自分の力のヤバさに気づいた、ってところか?
会長と同じように、自分の力の大きさにビビってんだろう。
遅ぇよ、バァカ。
「アタシ、どうすれば……」
「知るか。後は自分で考えろ」
チビは両手を震わせて見下ろしながら自問自答してるが、俺に聞くなよ、そんなこと。
会長やチビみてぇな贅沢な悩みなんざ、俺にはわからねぇし、わかりたくもねぇ。
それこそ、【幻覚】の所持者であるチビが決めることだ。
俺の助言はここまで。
【幻覚】の可能性は示してやったんだ。
後はチビの好きにすりゃいい。
「っ! 待ってよ!」
さっさとこの場を立ち去ろうとしたチビに背を向けたところで、さっきまで感じていた違和感が消えていくのを感じた。
このチビ、【幻覚】を切りやがったな?
単純な魔力切れか、動揺して集中力が切れたのか。多分、後者だろうな。もっとスキルの制御を鍛えろよ。
「アンタ、あれだけ好き勝手喋っておいて、アタシを残してどこ行くっていうのよ!?」
ま、これ以上チビと話すことなんざねぇ。
俺はチビに背を向けたまま、さっさと訓練場を後にすることにした。
「答えなさいよっ!! アタシは、これからどうすればいいのよっ!!?」
何かチビが喚いているが、無視だ無視。
結局、俺はギャーギャーうるさいチビに振り返ることもせず、訓練場を出て行った。
チビの癇癪が聞こえなくなったのは、案外すぐのことだった。
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名前:平渚
LV:1【固定】
種族:日本人▼
適正職業:なし
状態:【普通】▼
生命力:1/1【固定】
魔力:0/0【固定】
筋力:1【固定】
耐久力:1【固定】
知力:1【固定】
俊敏:1【固定】
運:1【固定】
保有スキル【固定】
【普通】
『冷徹LV7』『高速思考LV6』『並列思考LV6』『解析LV6』『詐術LV6』『不屈LV6』『未来予知LV4』『激昂LV10』『恐慌LV10』『完全記憶LV5』『究理LV4』『限界突破LV5』『失神LV4』『憎悪LV10』『悪食LV5』『省活力LV5』『不眠LV5』『覚醒睡眠LV5』『嫉妬LV10』『羞恥LV10』『傲慢LV10』『無謀LV10』
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