1話 集団拉致事件
「…………うっ」
気を失っていたらしい俺は、変な息苦しさを覚えて目を覚ます。
「こ、こは……?」
冷たくザラザラとした刺激を顔と手のひらに感じ、漏れた声がひどくかすれていて思わず眉間にしわを寄せる。
地面に倒れていた俺は、ゆっくりと体を起こした。何故か長距離を全力で走らされた後みたいに怠かったが、構ってられるか。
辺りを見回すと、薄暗い上にだだっ広い場所だった。ところどころ、ろうそくみたいな小さい灯りが見える。
気絶する前は朝の教室にいたはずだから、まず間違いなく学校じゃない。
そんで、よく目を凝らすと周辺には俺以外の人も倒れていた。それも俺がいたクラスの人数じゃきかない、何百人単位の人間が、だ。
近くにいる数人を見渡せば、知ってる顔も知らない顔もいた。身につけてるのは……ほとんどが学生服、その次にスーツ、後は作業着みたいな人がちらほら。
つまり、あの時学校にいた人間、全員がここにいるってこと、か?
やべぇ。そうだとしたら、これって集団拉致なんじゃねぇか?
ってことは、ここは犯人が用意した、俺らの監禁場所……?
いや、待て。
誰が、どういう目的で、裕福でも何でもない学校を襲う?
しかも、一人や二人じゃねぇ。学校にいた人間、生徒や教師、事務員を含めて全員だぞ?
こんなこと、かなり大規模で組織だった奴らの犯行じゃなきゃ不可能だ。手間がかかりすぎるし、何より労力を払うだけのメリットが見えない。
テロだったらその場で学校ごと爆破するなり、派手な演出はいくらでもある。身代金を要求するにしたって、何も全員を拉致んなくてよかったはずだ。
中流の公立高校とはいえ、社会的地位が高い家の出身の奴はゼロじゃねぇ。そいつだけを狙えば、手間も時間も節約できる。
なのに、犯人グループはそれをしなかった。
何故だ?
何がしたい?
いや、もしかして……、
高校にいた『誰か』じゃなく、『全員』に用があった?
「うううっ……」
思考に没頭していると、俺以外にも意識を取り戻した奴が出始めた。そこからは続々と起きあがり、俺と同じように周りを見回して現状を認識していく。
「おい、どこだよ、ここ?」
「暗っ! え? 何だよこれ?」
「教室じゃないじゃん、どこなのよ!?」
そして、広がるのはパニックだった。
どこともしれぬ場所、光が少なく制限された視界、未だ倒れたまま動かない大勢の人間。
そんな状況が多大なストレスになったんだろう、平凡な高校生たちの不安を煽るには十分だった。
……いや、大人も、か。
起き出した奴らの中には教師や事務員らしき大人もいて、しかしやってることは高校生のガキと変わらない。
驚き、不安に駆られ、状況を受け入れきれずに喚き散らす。
この時点で、大人は頼れないと早々に見切りをつけた。
ってか、未成年と同じことしかできない奴らを頼りにできるか。
騒ぎが大きくなってまもなく全員が目覚めたようだが、結局事態を収拾させようとする大人はいなかった。
「静かに!」
一気に騒がしくなった学校の奴らにしらけていると、一人の凛とした声が一瞬で空間を引き締める。
俺を含め全員がそちらへ視線を向ければ、うちの高校では知らぬ者はいない女子生徒がいた。
「状況は不明ですが、騒いでいても始まりません。まずはクラスごとに分かれて点呼を。
これだけの人数ですから、あの光に飲み込まれた瞬間学校にいた人間が大半だと思われます。誰がいて誰がいないのか、まずはそれを確認しましょう!」
声と同じく凛とした姿を見せるのは、生徒会長の水川花蓮先輩だ。
さっき色々考えたときに出た、社会的地位の高い家の娘にあたる三年生。
噂だけど、何か超頭のいい私立高校の入学を蹴り、庶民の生活を体験するためにうちの高校に急遽進学先を変更したんだと。
それどんな成金イヤミ野郎だ? って思ったが、現実では会長の人気はすこぶるいい。
俺と一年しか変わらないはずが妙に色気のある大人っぽい美人であり、噂に聞く印象ほど高慢ちきな態度も見せないほど人当たりも良く、学校全体から人気のある才女だ。
たしか学校集会でも時々挨拶してたんだが、校長より尊敬の眼差しを浴びてたな。
ダラダラ長話して生徒の半分を寝落ちさせた後に、だぜ? 若いのに相当なカリスマをお持ちで、さぞやモテることだろう。
そんなリアルギャルゲー攻略キャラみたいな会長に促され、ようやく俺たちは動き出す。
担任を持つ教師は生徒を招集し、安否確認を開始する。混乱がまだまだ残っているせいか、生徒の動きは遅い。
何とか短い時間で確認できたのは、ひとえに会長の人徳のおかげだな。
「ぐっ!」
「おい、平! 何やってんだ!」
「……す、んませ、ん」
んで、俺はまだ謎の体調不良に苦しんでいる。
点呼の間とかは我慢して立っていたが、もう限界だった。
どかっと座り込み、なるべく楽な姿勢を探す。
が、担任はいきなり座り込んだ俺を強い口調で非難しやがった。
ったく、訳が分からない状況で自分がイライラしてるからって、その怒りを俺にぶつけんなよな。
別にいいだろうが、大きな音を出して座りこむくらい。こっちだって辛いんだっつの。
よっぽど文句を言ってやりたかったが、どうやら周囲の連中は担任に賛成らしい。俺を見下ろすいくつもの目は、どいつもこいつも責める色を隠そうとすらしない。
まったく、心の狭い奴らだぜ。もっといたいけな俺を心配してくれてもいいんだぜ?
「……そうですか。それは、運がいいのか悪いのか」
俺の相変わらずな扱いにふてくされつつ耳を澄ましてみれば、会長と教師たちの話し合いが聞こえてきた。
どうやら事態が進んだらしい。
何でも、マジでうちの学校にいた人間の全員がこの場にいるようだ。
しかも、登校した時点で欠席者も奇跡のゼロ。巻き込まれなかった奴もいないため、総勢千人弱の超大所帯になっているらしい。
あー、会長が嘆くのもわかるわ。
もし一人でも学校関係者がいなかったら、俺らがいなくなった後ですっからかんになった学校の異変に気づかれやすくなり、俺らの身に起こった事件の発覚が早まる。
イコール、捜索や救出の初動捜査が早まり、俺らが無事に帰れる確率が上がるってことだからな。
が、結局ここには事務を含めた学校関係者が全員いる。
それでどうなるかっつうと。
たとえば外部からの来客とか、あるいは俺らが見た発光を誰かが確認していない限り、俺らの失踪が表沙汰になるまで時間がかかるんだよ。
発覚の遅れが、一時間になるのか一日になるのか。現在位置もわからず、食料も何もない現状、その差が生存率にどれだけの影響があるのか……不安を挙げ出したらキリがない。
はっはっは。状況は絶望的だなぁ、おい。
取れる手段が何もないんじゃなぁ……ん?
「……携帯電話は?」
何もない、でピンときた俺はふと呟く。
俺らは服と身一つで拉致され、荷物も全く見あたらないが、ポケットの中に携帯電話を入れてる奴くらいはいるだろう。
それで外部と連絡が取れれば、もしかしたら助かるんじゃねぇか?
「っ! そうだ携帯電話だ! みんな、ポケットを探れ!」
すると、俺の近くでつぶやきを拾った担任が慌てて周囲に叫ぶ。
万が一、嫌われ者の俺が言って反発が上がれば面倒だったからな。誰かが拡声器代わりになってくれりゃ、とは思ったがうまくいってよかったぜ。
ちなみに、俺は携帯そのものを持ってねぇ。単に連絡とる相手がいねぇのと、今まで必要に迫られたこともなかったってだけだが。
「……ない!」
「俺もだ! ポケットに入れてたはずなのに!」
「私もない!」
一瞬の希望が見えたざわめきは、しかし再びまた絶望に染まる。
あーあ、やっぱり取り上げられてたか。まあ、猿でもわかる連絡手段をそのままにする犯人はいねぇわな。
口にしといてなんだが、そこまで期待してなかったよ。
「……仕方ありません。外部への連絡が不可能だとわかった以上、現状把握を進めましょう。
まずは、この薄暗い空間を調べてみた方がよさそうですね。何が起こるかわかりませんので、団体行動を常に意識して……」
動揺を起こしただけで終わった携帯紛失を嘆いた後、会長がまたしても建設的な意見を口にする。
しかし、誰かが同意の声を上げる前に、会長の言葉が途中で止まった。
「み、みなかわさん? どうしーー」
「しっ! 静かに! 何か聞こえます」
不意に黙ってしまった会長に不安になったのは教頭か? おいおいハゲジジイ。孫ほどの年齢離れた女子生徒に縋ってんじゃねぇぞ。
なんてひそかに罵倒しつつ、俺もさっきから気づいていた小さな足音に耳を傾ける。周りは会長の言葉でようやく気がついたのか、全員の表情に緊張が走った。
いや、遅ぇよ。会長が最初に全員を黙らせた時から聞こえてただろうが。危機感ねぇほど図太い神経の持ち主ばかりで羨ましいぜ。
っと、ふざけてる場合じゃねぇな。今起こっているすべては他人事じゃなく、俺の危険にも繋がる。情報はちゃんと仕入れねぇと。
とはいえ、足音からじゃわかることはそんなにない。せいぜい、底が金属で固めたごつい靴を履いた人間が複数で近づいてきている、ってことくらいか?
もっと注意深く聞けばいくつか軽い音も聞こえるから、女か子供も混じってんな、こりゃ。
徐々に近づいていく音に、誰かが生唾を飲み込む。足音はより鮮明となり、新しい情報も耳に入ってきた。
靴の音とは別に、それより軽い……杖、か? 多分、木製の杖みたいなものを地面につけてるような音がする。
杖が必要なくらい年輩のジジイも共犯か? おいおい、犯人グループの年齢比率どうなってんだ?
人数はさすがにわからん。いっぱいだ、いっぱい。強いて言うなら、五人や十人じゃきかねぇ、何十人単位だろうよ。下手すりゃ、百人くらいはいるか?
んで、一番やっかいな音が、ガチャガチャうっせぇ金属音。
ありゃどう聞いても、武装した何かが歩く度にぶつかる音だ。携帯できて人間が扱える武器って言えば、やっぱ銃だよな?
やっべぇ、ここでまさかのテロリスト説濃厚かよ。
ここまでの情報を整理して推測すると、奴さんは年齢層や性別に区別がなく、足音の比率的には成人の男性が多い、百人程度の武装集団ってとこか。
くっそ、何だそりゃ? 過激派宗教のテロリスト関連しか思いつかねぇんだけど!?
っつうことは、俺らはスタングレネード的な兵器で気絶させられて、日本政府相手に交渉するための人質、ってとこか?
うわ、もしかして俺らの人生、ほぼ詰んだんじゃね?
もし人質交渉がすんなりいったとしても、その過激派テロリストが他宗派の人間を人間扱いしてくれるか保証なんてねぇ。
最悪、金だけ受け取って皆殺しとか、男は捨て駒兵士で女は娼婦としてこき使われる可能性も大だ。
ああ、妹だけをかわいがって俺には長年育児放棄をかましてくれた両親よ。先立つ不幸を許してください――そん時は一個下の妹も一緒だから勘弁な?
「おおっ! 成功だ!」
「やったぞ! これで我々は救われる!」
勝手に白旗を振って現実逃避していたが、奥から姿を現したテロリスト集団は俺らを見つけると日本語でテンションアゲアゲ。
歓声まで上げて大喜びしてる声が聞こえる。
俺ら、事態が飲み込めずポカーン。
え? 何? テロリストじゃねぇの?
「あ、あの、あなた方は、一体……?」
困惑する俺らの代表として、またしても会長がテロリスト(仮)へと一歩前に出た。
っつかすげぇな、あの人。
いきなり見ず知らずの武装集団に話しかけられる度胸とか、マジで尊敬するわ。
そこかしこで右往左往している大人たちに少しでも分けてやってください。
「申し遅れました。私たちはイガルト王国の者です。今回は、我々の召喚に応じていただき、多大な感謝を捧げます、勇者様方」
は? 勇者様? 何だそりゃ?
……どうやら、事態は俺が想像していたことの、斜め上を突き抜けているらしい。