16.5話 変わった世界
この話は会長視点になります。
勇者召喚で呼び出され、私たちがイガルト王国の保護下に入ってから一ヶ月半が過ぎました。
「いやはや、さすがはカレン殿だ。『勇者』の名に相応しい聡明さ。一度見聞きしただけで知識を吸収する頭脳、イガルト王国貴族である我々でさえ、感服致しますよ」
見え透いた賛辞など、私は欲しくありません。
「くっ!? ……驚きましたな。たった一ヶ月でここまで戦闘技術を高められるとは。さすが、召喚魔法に選ばれし『勇者』様だ。剣の腕ではまだまだ負けない、と思っておりましたが、もうすぐ私など相手にならないでしょうなぁ」
誰かを殺す技術を称賛されたところで、私は暗鬱になるだけです。
「おぉ!! 貴殿が異世界より参られし『勇者』様ですか!! お噂は聞いておりましたが、なんとお美しい!! 傾国の美女とは、まさに『勇者』様だけにあるための言葉ですな!! これは、さぞや縁談話も多数寄せられるのではないですかな!?」
容姿は両親から授かったもので、私の成果ではありません。
それに、結婚相手ならば自分で選びます。
「なぁなぁ、ちょっと俺らと遊びに行こうぜ、会長さん? 勉強と訓練ばっかでダリィだろ? ちょっとくらい息抜きしたって、バチ当たらねぇって。な? ちょっと町に行こうぜ?」
女性を誘うのであれば、下心くらい隠す努力はしてください。
それ以前に、私たちに立ち止まっている暇があると思っているのですか?
「……ふぅ」
私は異世界人に割り振られた訓練場で、一人行っていた素振りを止め、疲労を誤魔化す息を吐き出しました。
無心で支給された長剣を振るっていたつもりでしたが、頭の中では今日までに出会った人々の顔と台詞が何度も再生されていました。
その中でも、私が強く印象に残るのは、見目麗しいイガルト王国の人々でも、一緒に訓練をする異世界人でもありません。
たった二度、顔を合わせて話をしただけの、名前も知らない『彼』の無表情でした。
『彼』と出会う前の私は、ただただ必死でした。
イガルト王国に召喚されて以降、私は食事や睡眠、小休憩以外の時間を全て、この世界の知識や力を身につけるためだけに費やしてきました。
そこまで勉学と鍛錬に力を入れたのは、私のステータスが原因です。
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名前:水川花蓮
LV:1
種族:異世界人
適正職業:勇者
状態:健常
生命力:1000/1000
魔力:1000/1000
筋力:100
耐久力:100
知力:100
俊敏:100
運:100
保有スキル
【勇者LV1】
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最初は、召喚されたその日に発覚した、【勇者】という力に対する責任感から。
次第に他の皆さんへの罪悪感へと変わり。
召喚されて一ヶ月になる頃には【勇者】の重圧に潰れかけ、全員を救わなければならないという強迫観念にまで陥っていました。
元々私は友人たちから「真面目すぎる」とか「他人にも自分にも厳しい完璧主義者」という評価を受けていました。
それが悪い方へと流れていってしまったのでしょう。日々不安だけが高まっていく私の気分は、どんどん落ち込んでいきました。
反面、私の内心など斟酌せず、私が結果を出せば出すほど、周囲からの期待は膨らんでいきました。
出会う機会のあったイガルト王国の人々からは、希望と期待が混じった視線が、言葉が、祈りが、私に容赦なく叩きつけられました。
さすがは『勇者』。
それでこそ『勇者』。
『勇者』のおかげで、自分たちは救われる。
名前も顔も知らなかった人々から向けられる、無条件の信頼と、無責任な押しつけ。
まとまりのなかった学校の皆さんを誘導していたら、いつの間にかそうなっていた異世界人のリーダーという立ち位置も後押しし、私への期待は大きくなる一方でした。
また、それはイガルト王国の人々だけに限った話ではありませんでした。
一緒に異世界にきてしまった、学校の人々もまた、私に全てを委ねようとしている節がありました。
異世界人のステータスが判明した翌日、私たちは能力が近いグループに分けられ、イガルト王国の各領地にバラバラになりました。
私は国王陛下のいらっしゃる王城に残ることとなったので、その日の内から勉強と訓練を行うことになりました。
ですが、私と同じく王城に残った皆さんの半数は、とても事態の深刻さを理解しているようには思えませんでした。
この世界の常識を学ぶ時間では、真面目だったのは最初だけ。
次第に居眠りをしたり、隣の友人らしき方と談笑されていたり、果ては勉強中に堂々と異性を口説いている人まで現れました。
王国から支給された紙とペンを持ってくることすらしなくなり、何度注意しても直す様子のない彼らに感じた怒りは、一度や二度ではありません。
理由を聞けば、自分たちはバカだから知識は私のように勉強ができる人たちに任せる、という完全な思考放棄でした。
その後も彼らに何度注意しても、態度を改めることはありませんでした。
救いは、取り立てて態度が悪かった人たちは少数であり、大半は真面目に取り組んでいたこと。
そして、勉強に不真面目な人たちも、戦闘訓練は積極的に参加していたということです。
初めは日本にいたときと比べてはるかに向上した身体能力や、各々が授かったスキルという異能に戸惑いはありました。
ですが、狼狽も短く、全員己が現状を受け入れた様子で自主的に訓練に参加しているようでした。
それも、すぐに雲行きが怪しくなっていきましたが。
一部の学生、特に男子の人たちが、王城で勤務する使用人の皆さんに無体を働くようになったのです。
男性の使用人には暴言や暴力を、女性の使用人には性的な嫌がらせを行うようになったのです。
彼らが拒否しようとすると、男子たちは自身のステータスやスキルを用いて、無理矢理屈服させようとしました。
それは同じ異世界人がいようがいまいが、お構いなしになっています。
私や良識のある他の学生の目が届く範囲では止めに入り、再三にわたって注意を行うのですが、それ以外の場所で彼らがどのように振る舞っているのか、不安で仕方がありません。
また、時間が経つにつれて異世界人同士の間でも実力の優劣がつき始めました。
横暴な振る舞いをする人たちの中から、上位の実力を持つものが出てきてしまうと、次第に力ずくで止めることができる人が少なくなってきました。
思えば、彼らが訓練だけは真面目に取り組んでいたのも、すべて力で解決しようとしていたからだったのでしょう。
この世界で確固たる立ち位置がなかった私たちには必要なことだったとはいえ、まさかこのような事態になるとは予想外でした。
そんな彼らの監督不行き届きを咎められたのは、異世界人の代表として扱われている私や、年輩の教師の方々でした。
使用人たちからいくつもの陳情が上がったそうで、国王陛下から直々に苦言を呈されたこともありました。
他の異世界人の皆さんも、自分たちでは止められないからと、全ての処遇を私に委ねてきました。学生だけでなく、教師や事務員といった大人の人たちまで、問題の一切を私だけに被せてきたのです。
明らかな問題の丸投げに、納得したわけではありませんでした。
しかし、このまま放置しておくこともできず、異世界人の代表という肩書きを与えられたこともあり、私は一度乱暴な生徒たちを集めて説得しようとしました。
自らの行動を改め、イガルト王国の人々に迷惑をかけないようにと、私は言葉を尽くしました。
「何いってんすか、会長? この世界にきた俺らは、誰も反抗できねぇ力を手に入れたんすよ? だったら、何をしても許されるのは当然じゃねぇっすか? なぁ?」
しかし、彼らの思想の歪みは、すでに言葉だけで矯正できるようなレベルではありませんでした。
暴走した彼らは誰もが暴力を是とし、自分の欲望のために力を振るうことに何の疑問も抱いていませんでした。
その上、『魔王を倒す』というイガルト王国の願いすらも知らないと言い放ち、奴隷がどうの、チーレムがどうのと叫ぶ危険な人までいました。
「にしても、会長って見れば見るほどいい女っすよねぇ? どうっすか? 俺らと楽しいことしません? ま、拒否ってもボコればいいだけっすけどね?
……やれぇ!!」
あまつさえ、説得を試みた私をも手に掛けようと、彼らは牙を剥きました。
常時携帯していた武器を振りかぶり、四方から囲んで訓練用の刃引きされた武器を私へ振り下ろしてきたのです。
「……わかりました」
しかし、私はこのような事態も想定していました。
それでも一人で彼らを説得しようとしたのは、私一人でも彼らの暴走を止められる術を持っていたからです。
「…………がっ!?」
十人前後はいた彼らを一人残らず地に伏せさせるまで、時間にして一分もかかっていませんでした。
訓練を指導してくださった兵士の皆さんが数十人がかりで敵わなくなった彼らでも、私にとってはその程度で倒せてしまうくらいの相手でしかありませんでした。
同じく刃引きされた訓練用の長剣を幾度も叩き込んだ後で、私はうつ伏せに倒れるリーダー格の男子へ切っ先を向けました。
「言葉での説得が不可能なのであれば、私は貴方たちの自由を奪わせてもらいます。今度邪な思いを抱いても、行動に移せないように」
彼らを無力化した私は、国王陛下から貸与された『奴隷の首輪』を装着させ、文字通り彼らの自由を取り上げました。
主人である私の命令に違反すると、装着者の全身を激痛が襲う、魔法のアイテムなのだそうです。
私とて不本意でしたが、彼らはすでにやりすぎました。
イガルト王国の人たちからの目には不審が募り、異世界人全体への疑念へと変化するのは時間の問題でした。
その上、これ以上この国の人に被害を広げるようならば、こうしたことを起こせないようにすぐにでも戦場へと出てもらう、という国王陛下からの言葉もあったのです。
いくら私たちのステータスが恵まれているとはいえ、いきなり戦いの場に出るのは自殺行為でしかありません。
私もそうですが、大半の異世界人の皆さんはまだ戦う覚悟などできているはずもありませんでしたから。
なので、私は他の皆さんを危険にさらさないために、私は彼らを縛ることを選択しました。
彼らの振りかざした力によるルールを、そっくりそのままそれ以上の力で押さえつけ、彼らの流儀に従って断罪したのです。
説得に応じ、大人しくしてくれるのであれば、私とてそこまでするつもりはありませんでした。
しかし、彼らは逆に私を押し倒そうとしたのです。自業自得だとしか思えません。
この時の私は、これが私のできる最良の方法だと思っていました。
が、現実は私をさらに責め立てていきます。
私が問題を起こした彼らの自由を奪ったという話は、瞬く間に国内の貴族や異世界人たちに広まっていきました。
そして、双方の立場から私への非難が噴出したのです。
貴族たちからは、『勇者』という立場でありながら部下の暴走を止められず、力による屈服で従わせるなんて野蛮だ、と。
異世界人たちからは、『奴隷の首輪』などという非人道的な道具を使用し、彼らの人権を冒涜する行為はさすがにやりすぎだ、と。
私はイガルト王国と異世界人の軋轢を避けようとしただけなのに、結果は次の矛先が私に変わっただけでした。
異世界人の代表としての資質と、異世界人としての倫理を問われ、両者の不満が私に集中することになったのです。
もう、私はわからなくなりました。
イガルト王国の人たちが希望としている『勇者』であろうとしました。
『勇者』として、学校の皆さんを守ろうと努力してきました。
なのに、彼らは私に背負わせるだけ背負わせて、誰も私を助けようとはしてくれません。
私は確かに、適正職業もユニークスキルも【勇者】です。
異世界人の中では最も高いステータスを持ち、初日には代表として国王陛下の御前にいました。
でも、私はまだ17歳の小娘でしかありません。
たとえ学業が優秀でも、武芸の技術をすぐに身につけられても、個人や集団としての身の振り方は学生としての経験値しかありません。
そんな私が、いきなり『勇者』として、千人の集団の代表として、完璧に立ち振る舞おうなんて、できるはずがないのです。
しかし、彼らはそうは思ってはくれません。
『勇者』という肩書きで、異世界人のリーダーという立場で、常に理想通りの行いを未熟な私を課してきます。
私を『17歳の子供』としてではなく、『勇者』としてしか見てくれません。
私が『勇者』だなんて、そんな器なんかじゃないのに。
本当は、この世界にきてから不安でいっぱいで、夜は一人で泣いているだけの弱虫なのに。
魔物や魔王とはいえ命のやりとりをするのが怖くて、お父さんやお母さんに会いたくて心が張り裂けそうになってるのに。
他人のことなんて構ってられないくらい、自分のことで精一杯なのに。
それでも無理をして、みんなが安心できるように、私なりに頑張ったのに。
それなのに、失敗した私は、全員から非難を受けています。
理不尽だと、思いました。
全てを投げ出したくなりました。
こんなことになるなら。
こんな思いをするくらいなら。
私は、【勇者】なんて、いらなかった!
心の中で渦巻く泣き言とは裏腹に、私は周囲に対して毅然とした態度をとり続けてきました。
ただでさえ立場が悪くなっているのです。これ以上、弱みを見せるわけにはいきませんでしたから。
さすがに、問題の元であった『奴隷の首輪』は外さざるを得ませんでしたが。
問題を起こした彼らは、解除の時に私を殺意のこもった目で見てきましたが、私は気丈なフリをしてにらみ返すと、視線をそらして行ってしまいました。
しかし、取り繕っただけのペルソナは、長続きすることはありません。
それが余計に無理を重ねる結果となり、私は人知れず心がボロボロとなっていきました。
そして、異世界召喚から一ヶ月が経過した、ある日。
周囲の視線や陰口に耐えかねた私は、午前中に設けられていた常識の勉強を初めて欠席しました。
宿泊用の客間から出た私は、勉強のために用意された城の一室へは行かず、城内の庭園へ足を向けていました。
一人になれる場所を探していて、自然とたどり着いたのが、その場所だったのです。
日本では見たことのない、不思議な種類の草花が彩る庭園は、それでも色彩豊かで私の目を楽しませ、心を穏やかにしてくれます。
私をほめそやして戦場へ送ろうとする貴族の声も。
危機感のない学生たちの騒がしい声も。
私を非難するだけで味方になってくれない大人たちの声も。
ついでに私を舐め回すような視線とともに怖気のする好意を浴びせる生臭い声たちも。
ここにはありません。
これが現実逃避と理解していても、私は庭園の美しさに没頭し、嫌なことを忘れようとしていました。
「ども」
「…………え?」
そんな時です。
『彼』が現れたのは。
「誰かと思えば会長さんじゃねぇっすか? どうしたんすか、こんなとこで?」
振り返った先にいたのは、軽薄な笑顔を浮かべた一人の男子生徒でした。
直接の知り合いではありませんでしたが、私は『彼』のことをちゃんと覚えていました。
召喚された直後、誰もが混乱したまま心の整理がつかず、国王陛下の話を聞くだけだった時に、不敵に立ち上がって私たちの安全を交渉してくれた、『彼』。
誰もが雰囲気に飲まれ、与えられた情報を整理するだけでいっぱいいっぱいだったのに、異世界人の今後の立場を憂いて、たった一人、動いてくれたんです。
あの後、少し騒動があって、『彼』も体調がよくなかったように思えたのですが、この時再会した『彼』は元気そうで安心しました。
しかし、『彼』への印象は、すぐに変わることになります。
「だって俺ら、この世界の奴らよりも断然有利な立場にあるんすよ? 少なくとも、地球にいた頃よりは人生が大分ヌルゲーになったんじゃねぇっすかね?」
『彼』との会話が進むにつれ、私は『彼』への認識をどんどん悪い方へと落としていきました。
なにせ、一ヶ月ぶりに会った『彼』の言動は、私が懲らしめたあの男子たちと、ほとんど同じだったのですから。
正直、失望しました。
以前の『彼』は、確かに言葉遣いこそ乱暴でしたが、きちんと私たちの身に起こった出来事を現実として認識し、危機感を抱いて行動しているように見えたのです。
ですが、今の『彼』の言動からは、そのような思慮は微塵も感じられません。
その上、首輪をつけていた彼らと同じように、『彼』は私に触れようともしてきました。嫌らしい表情を、顔に張り付けながら。
やはり、『彼』も彼らと同じ、この世界で得た力で舞い上がり、自分を物語の主人公のように勘違いしてしまったのでしょう。
自然と迎撃体勢に入り、いつでも長剣で打ち据えられるように構えたのも、仕方ないと思います。
少なくとも『彼』だけは、私と同じ考えを持っていると、信じていたのに。
なぜか、私はとても裏切られたような気分になりました。
そして、今までたまっていた怒りが、堰を切ったようにあふれ出してきました。
「私は異世界人の中でもっとも高いステータスと、貴重なスキルを宿してしまいました!」
ずっと我慢し続けた気持ちは、一度吐き出すと止まりませんでした。
「この国の人たちや、同じ異世界人たちからの期待の重圧に苦しんでいるというのに、貴方たちは現状を楽観視するだけで怠けてばかり!」
どうして、なんで、私ばかりが辛い目に遭わないといけないんですか?
「『何とかなる』だとか、『死にはしない』だとか、見通しが甘すぎるんです!」
そんな保証はどこにもないのに、どうして大丈夫なんて言い切れるのですか?
「自分で何とかする努力を忘れ、いざその時がくれば私にすべてを丸投げするつもりですか!? 私にすべてを背負わせるつもりなんですか!?」
イガルト王国の人たちも、異世界人たちも、都合が悪くなれば、全て私の責任にして逃げる気なんですか?
「もう、私に押しつけないでください!!」
それが『勇者』という存在なのだとしたら、私はこんなものいらない!!
もう、私を放っておいて!!
「何だそれ? ふざけてんのはアンタだろ?」
完全な八つ当たりで『彼』に怒鳴り散らした後、私に返ってきたのは寒気がするほど冷たい『彼』の声でした。
驚いて『彼』の顔を見ると、そこには何もありませんでした。
感情の一切を殺ぎ落とした顔があるとすれば、この『彼』の表情を言うのだと断言できるほど、作り物めいた表情へと変わっていたのです。
そして、続く『彼』の言葉に、私は完全に打ちのめされました。
「てめぇの力は『権利』であって『義務』じゃねぇ。誰かのために使わなきゃいけねぇルールなんて存在しねぇよ」
【勇者】は『権利』であって、『義務』ではない。
【勇者】の力が強大故に、人のために使うことが『義務』だと思っていた私にとって、それは寝耳に水のような言葉でした。
「それを、やれ周りからの期待がどうとか、やれみんなを守る責任がどうとか喚いた挙げ句、こんなもんいらなかっただぁ? てめぇで勝手に『力』を振るう理由を周りに転嫁して、自分で自分を追いつめていっただけだろうが。要するに、自分のやることの責任を回避したい、っつうわがままなんだよ」
そんな……。
責任逃れをしたかったのは、私…………?
「ちょっと他人より優れているからって、欲張ってあれもこれもあっちもそっちも全部背負おうだなんて、バカじゃねぇのか? んなもん、当然破綻するに決まってんじゃねぇか」
欲張ってなんか、いない。
そう言いたかったのに、私はすぐに言い返すことができません。
「アンタがどんだけ努力し、己を鍛えてきたのかは知んねぇけどよ、全員がアンタのペースに平然とついていけるわけねぇだろうが。日本人最強のステータスを誇る、アンタの努力に」
私は無意識に私を基準に全てを判断し、皆さんを苦しめていた。
『彼』に指摘されるまで、私はそんなことにも気づけませんでした。
「そ、んな、……わたしは、そんな、つもりは…………」
次々と突きつけられた自身の失態に、私は血の気が引く思いでした。
自然とよろめいて足が後ろへ引いていましたが、『彼』は私を逃がさないと言わんばかりに、追求の手を緩めてはくれませんでした。
「アンタはいいよな、この世界に来たときから他人の心配だけしてりゃいいんだからよ?
さっき、『何とかなる』とか『死にはしない』とかほざいたバカを罵ってたアンタの言動にも、端っから自分の身の心配はほとんどしてねぇってのが感じられたこと、気づいてんのか?
アンタもそいつらと同じ、肝心なところで緊張感とか危機感がねぇんじゃねぇのか?」
そう私を罵った『彼』の顔は、ずっと変わらず、無表情のままでした。
感情の一切がわからないはずなのに、それが『彼』の憤りの強さを表しているようで、とても、怖くなりました。
「あ、あなただって、さっき同じようなことを言っていたではありませんか……」
それでも、私は勇気を振り絞って、『彼』の言動の矛盾を指摘しました。
先ほどの『彼』も、この世界のことを自分に都合のいい解釈で捉えているような台詞を口にしていたのです。
私が無意識に【勇者】に甘え、死なないという傲慢があったことは、認めます。
ですが、それを引き出した落胆と軽蔑は、そうした『彼』の態度が原因でした。
だから、弱々しい抵抗でも、必死に『彼』への非難を口にしました。
が、それすらも、私の愚かさを突きつけるための刃だったのです。
「わざとに決まってんだろ。いつどこで誰が俺らを監視して、耳をそばだててるかわかんねぇんだ。イガルト王国に敵対の意志があると思われれば、後々あの国王に目を付けられて殺されっかもしんねぇだろ?」
「っ!?」
イガルト王国が、敵?
私たちを、殺そうとするかもしれない?
そんなこと、私は露ほども考えたことはありませんでした。
目の前の『彼』に冗談を言っているような雰囲気はなく、『彼』は本気で思っているのがわかり、私は戦慄しました。
『この方』は、一体、どこまで世界が見えているのか?
『この方』は、一体、何と戦おうとしているのか?
『この方』は、本当に、私たちと同じ、平和に暮らしていた異世界人なのか?
どこまでも私たちとは『違う世界』にいる『彼』に、私は得体の知れない恐怖を感じていました。
まともな思考ができなくなった私に、しかし『彼』は容赦しませんでした。
最後に、一歩を踏み出した『彼』は私との距離を詰め、顔を至近距離まで近づけて、底知れぬ怒りを秘めた無表情のまま、告げました。
「忠告しとくぞ、水川花蓮。イガルト王国を信用すんな。まずは疑ってかかれ。でないと、アンタが守りたかったもんは、全部アンタの手から滑り落ちていくぞ?」
「…………」
何もかもから目を背けたい心情だった私でしたが、『彼』の言葉は一言一句すとんと耳に入り、毒のように脳に染み込んでいきました。
『彼』の言葉は全て、私たちにとって後ろ向きで過激で最悪な『もしも』であり、だからこそきちんと考慮すべき内容ばかりだったのですから。
そうすると、今までは疑ったこともなかったのに、イガルト王国から与えられてきた全てが疑わしく、異質なものに思えてきました。
今日まで教えられた常識は、果たして本当に『この世界の常識』なのか?
イガルト王国は、果たして本当に『この世界の正義』なのか?
魔王や魔族は、果たして本当に『この世界の害悪』なのか?
私たち異世界人がやらされようとしていることは、果たして本当に『この世界のため』なのか?
生じた疑問は湯水のようにあふれ出し、与えられるがまま得てきた情報が全て濁った不純物のように思えてきました。
「っ、あのっ!」
思考の底なし沼に沈み、明確な答えが見えなかった私は、『彼』に縋ろうと顔を上げると、そこにはもう『彼』の姿はありませんでした。
『彼』がいなくなったことにも気づかないくらい、私は忘我していたようでした。
一人取り残された私は、とても強い孤独を感じました。
私は、どうすればいいの?
すぐに動くことができなかった私は、それでも動き出しました。
この世界で初めて私を叱ってくれた、私の愚かさを教えてくれた、【勇者】ではなく『私』を見てくれた、『彼』の姿を探して、ずっと、城内を歩き回りました。
しかし、ついぞ『彼』の姿を見つけることはできませんでした。
『彼』との出会いから、半月。
まだ『彼』との再会は果たせていません。
ですが、『彼』との出会いのおかげで、私の世界は一変しました。
イガルト王国への不審を胸に、私たちを利用しようとする人々の意図を探るために、色んな方と接触しました。
同時に、過干渉気味だった異世界人とは少し距離を置き、『勇者』としての顔とも距離をとることで、召喚された集団の一人としての立ち位置に落ち着くようになりました。
未だくすぶる私への非難も、それでも私に希望を託そうとする声も、もう気にしません。
あれから色々なことを考え、悩み、気づき、私は自分の道を決めました。
それは、『異世界を救う勇者』を捨てて、『自分の世界を守る勇者』になることです。
私が心から大切だと思う人たちを守るために。
私が絶対に失いたくない範囲を守るために。
私が利用できる全てを利用し、全力を尽くす。
それが、私が決めた、【勇者】を振るう理由です。
【勇者】は、誰かのための力ではなく、私の力。
【勇者】を動かす権利は、【勇者】を授かった私だけのもの。
そして、【勇者】がもたらした結果も、私だけの責任。
なら、私は世界なんて背負わない。
背負いきれない荷物なんて、邪魔でしかないんです。
拾いきれないものを探して後ろや下を向くより、大切なものを落とさないように前や上を向いていく。
それが、私のできる精一杯なんだって、気づいたんです。
だから、私は『異世界を救う勇者』を捨てました。
皆さんが寄せる期待全てに応えようとしていた、無知で浅慮で愚かな私はいなくなり。
名前も知らない皆さんに嘘の笑顔を振りまき、見極め、利用できる私が生まれました。
私の考えが知られれば、大勢の人から非難されるかもしれません。
守りたかった大切な人からも、失望されるかもしれません。
それでも、私は自分の決めた信念を貫きます。
せめてそれくらいはしないと、また『彼』に怒られてしまいそうですから。
「……よし」
小休憩が終わり、私はまた長剣を手に取り、鍛錬に戻りました。
次に会ったとき、恥ずかしい姿を『彼』に見られないように。
少しでもいいから、『彼』に認めてもらえる私になれるように。
私が『彼』のことを知り、『彼』に私のことを知ってもらって、『私が守りたい世界』にいてもらえるように。
「はっ!」
与えられた剣を取って、より力を求め、虚空に振り下ろしました。
密かに、『彼』の無表情を切り捨てることをイメージして。
演技ではない『彼』の笑顔を夢想して。
そして、『彼』の隣を対等に歩く自分を目指して。
私は、さらなる高みに『彼』を重ねて、剣を動かし続けました。
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名前:水川花蓮
LV:1
種族:異世界人
適正職業:勇者
状態:疲労
生命力:400/1210
魔力:50/1050
筋力:120
耐久力:110
知力:120
俊敏:150
運:100
保有スキル
【勇者LV1】
《異界流刀術LV2》《イガルト流剣術LV1》《異界流弓術LV2》《生成魔法LV2》《属性魔法LV1》
『瞬歩LV2』『陽炎LV1』『夢幻LV1』『魔力操作LV2』『高速詠唱LV1』『並列魔法LV1』
「警戒LV6」「威嚇LV4」「遠見LV3」「勘LV8」「魔力視LV7」「思考加速LV5」
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