よい子の『シンデレラ』講座その5 ~王妃と幸福~
「その後、『王太子』は『エラ』の撒き餌に食いつき、『金の靴』を手がかりにした捜索を始めた。
大量の『ガラスの靴』を作らせたのは、単純に片足しかない現物を使うのは調査に時間がかかるからでもあるが、複製品に透明な素材を採用することで不正を防止する意味合いもあったんだろうぜ」
ついでに、『王太子』が『金の靴』を手元に置きたいっつう独占欲もあったんだろうがな。
……男としては好きな女の私物を眺めてうっとりする野郎ってめちゃくちゃ気持ち悪いと思うんだが、そこんとこ女はどうなんだろうか?
やっぱ、『ただしイケメンに限る』って必殺ワードがありゃ許容範囲なんだろうな……これだから美形は。
「んで、通常業務の他に『王太子』から面倒事を強要された騎士たちが『エラ』に行き着くまでさんざん国中を走り回されるわけだが……」
「言い方に悪意しかねぇな……」
当たり前だろ、にゃん娘。
容姿うんぬんを抜きにしても、公私混同するパワハラ上司に払う敬意なんて持ち合わせちゃいねぇよ。
『いろぼけって~?』
「……チビたちは知らなくていい」
「女好き、恋愛脳、色情魔、好色家、ケダモノ、送り狼、エロ男、スケベ、変態、ヤリチ○……えっと、他に言い方は――」
「知らなくていいっつったばっかだろうが! チビたちにどんだけ汚ぇ言葉覚えさす気だテメェ!?」
叫ばなくても聞こえてるっつの。
ガキは興味を持ったときに教えんのが一番覚えるもんだぞ?
子供の好奇心を大人の都合で潰してやるなよ、まったく。
それに、言葉遣いの汚さならテメェもどっこいだぞ?
「ともかく、ここでの疑問は『誰もぴったり靴を履くことができない』ってところだ」
「え? でも、『金の靴』は『エラ』のために魔法で作ったものだから、別の人が履けなくても当たり前じゃないの?」
おっと、そうか。
ロリ熊はもとより、獣人族は裸足でも平気な奴が多いからわかんねぇかもな。
「いや、この場面で求められてんのは『ガラスの靴を履く』ことだ。『ガラスの靴で歩く』ならまだしも、足を入れるだけなら『エラ』以外に候補がいてもおかしくねぇ」
『ガラスの靴』の役割は事前審査。
最終審査が後に控えてんだから、多少の誤差で『ガラスの靴チャレンジ』をクリアする令嬢だって出てくるはずなんだよ――『普通』なら。
「舞踏会の参加条件にあった『結婚適齢期以下』って文言から、調査対象は『舞踏会に参加した成人年齢以下の令嬢』に絞られる。
それだけで対象人数はかなり少なくなるとしても、だ。近い年代にある人間の『足の大きさ』って、そんなに大きく変わるもんだと思うか?」
少しの沈黙が流れ、ガキどもが隣の奴と足裏を合わせて確認してあーだこーだくっちゃべる。
『わかんない!』
「元気と威勢だけは認めてやる」
時間使って導いた結論がそれか。
せめて一人くらい違うこと言いやがれ。
「人間は10歳前後から『第二次性徴期』に入り肉体が大人へ近づくが、成人年齢の15歳から数年もしたら男女関係なしにだいたい成長は止まる。
んで、『エラ』が当時15歳くらいの一方、推定20歳前後の『足切り姉妹』は『ガラスの靴』に挑戦して『つま先』と『かかと』が大きくて入らなかった……つまり、『エラ』の足は比較的小さいと考えられる。
が、『ガラスの靴』を試せる対象年齢を考えれば、『エラ』より幼い少女――『成人よりも足のサイズが小さな令嬢』も該当していたはずだ。それなのに、『エラ』以外の誰もが履けなかった理由は何だ?」
これがもし、『足切り姉妹』の足より大きくブカブカだったなら話は早い。
単純に『エラ』の足がプロレスラー並にデケェ、ってだけで納得できるんだからな。
だが、実際は成人が履くのが難しいほど小さいサイズでありながら、履ける可能性が高まる15歳未満の少女も『ぴったり』履けなかった。
「そうした状況証拠から条件をあぶり出すと、『金の靴』や『ガラスの靴』は15歳以上の令嬢にしては『小さく』、15歳未満の令嬢にしては『大きい』サイズだったんだろう」
「あぁ? 謎かけかよ?」
「違ぇよ、猫耳筋肉。
『エラ』の足は『足長』――足先の先端からかかとの先端までの長さは『短く』、親指の付け根と小指の付け根までの長さ――『足囲』っつう靴の横幅が『長い』ってだけだ」
要するに、貴族令嬢を基準にすると『エラ』の足は『ちぐはぐ』なんだよ。
原因の一つはおそらく、食事関係。これまでの『エラ』の扱いからしてまともな食事を得られたとは考えづらく、成長期に十分な栄養を得られないまま成人してたんなら、体つきが貧相だった可能性が高ぇ。
後は、娼家の屋敷での家事労働や、『娼婦』としていろんなところへ『行儀見習い』に行ってたことから、生粋の令嬢との間に運動量の差があったのも一因だろう。
事実、継母の命令で『足切り姉妹』の足を(包丁で)サイズ調整したとき、『エラ』は自分より大きい体格だろう女二人を完全に押さえつけていたことから、少なくとも高級娼婦より体力も筋力もあったのは間違いない。
よって、『エラ』は不十分な食生活で『足長が短く』、令嬢より多い運動量で『足囲が長く』なったと考えられるんだ。
「さらに、ここで見逃してはならない重要な情報も浮かび上がってくる……そう、『王太子』は未発達な少女にもてあそばれて喜ぶドMのロリコンだってことだ!!」
『どえむ?』
『ろりこん?』
「今それぜってぇ関係ねーだろ!? っつうか隙あらばチビたちに変な言葉教えんのやめろバカ!!」
ほほう? つまりお前は『被虐嗜好者』も『小児性愛者』もわかるんだな?
「そうだな、俺が悪かった」
「ったく、いいから本題に――」
「厳密に言えば、『王太子』の性的嗜好は18歳未満じゃなくて13歳以下か10歳以下のド変態だ、ってことだな。
さすがに『エラ』の実年齢的に5歳以下じゃねぇだろうが、いずれにせよ世継ぎを残す義務がある王族として由々しき問題だと思わねぇか?」
『???』
「――戻ってねぇじゃねぇか!! くっだらねぇ知識ばっか引っ張り出してんじゃねぇ!!」
疑問符を頭の上に浮かべまくってるガキどもを無視して、にゃん娘が俺の襟首つかんで首を振ってくる。
や~め~ろ~、み~み~ど~し~ま~。
(※耳年増…エロ知識における実技は赤点・座学は満点な若い女性)
っつか、地味に言葉が通じてるっつうことは、この世界にも該当する概念があんのか?
半端ねぇな、異世界。
「あ~、どこまで話したっけ? ……そうそう、『ガラスの靴選手権』までだったな」
「せめて『王太子の嫁探し』くらいにしとけよ……」
キレたり呆れたり忙しいにゃん娘はスルーでいいとして、解説を物語の山場へ持っていく。
「とまあ、生育環境のせいで貴族令嬢にとっちゃ特殊な形状の靴になってた予選出来レースを通過し、騎士たちに自己申告した『エラ』は再び『王太子』の前で『金の靴』を履いて見せた。
結果、恋は盲目状態で舞い上がった『王太子』からの求婚を承諾したわけだが、『エラ』はその後に押しかけた『継母』・『足切り姉妹』・『娼家の主』を『義理の家族』と認めたな。
今までの流れからすりゃ、この言動の意味は理解できるよな?」
「……『王族』の前で『家族』だって相手にもみとめさせて、『みちづれ』から逃がさないため、だよね。
あとで『知らない』って言われちゃえば、『エラ』と血がつながってない人たちを、『家族』だって証明することが、むずかしくなるから……」
否定してぇんだろうロリ熊はだいぶ渋い顔をしていたが、これ以外の意図はねぇだろ?
特に求婚の場で何も言わずとも積極的に『エラの親族』と名乗り出た『継母』や『足切り姉妹』と違い、裏事情を全部知ってる『娼家の主』は逃走する可能性が非常に高かった。
『エラ』がさりげなく『遠くにいらっしゃる』と言ったように、『娼家の主』は『エラ』からかなり距離を取っていたことは明らかだからな。
隙あらば一人だけでも逃げようと考えていたに違いない。
しかし、危険を承知で『娼家の主』が『エラ』の前に現れたのは、『王族とのコネ』ってエサに食いついた『継母』に詰め寄られでもしたからだな。
物語中の言動からわかる通り、『継母』は『エラを買った貴族』と同じく金や権力に目が無いことに加えて、結構な頻度で『娼家の主』に宝石をせびるほど我も押しも強い性格だ。
『継母母娘』が完全に毒婦と気づいていたはずなのに、十年以上も家から追い出せなかった『娼家の主』が、今さら意見したところで聞き入れるはずもねぇ。
たとえ『エラ』が抱える裏事情を『継母』に説明して逃げるよう説得していたとしても、この展開は避けられなかったはずだ。
何せあの『継母』、ずっと自分が虐げてきた『エラ』相手に、寒気がするような手のひら返しで媚びを売れるほど面の皮が厚く、欲深ぇ女だぞ?
『娼家の主』の警告を無視するばかりか、逆に『『王太子』と破談になりかねない『エラ』の弱みを握った』、なんて高をくくっててもおかしくねぇ。
まさか『エラ』の目的が『王太子妃』の座などではなく、『継母たちの破滅』だなんて想像もせずにな。
「ついでに、『エラ』にとっちゃ家族思いアピールで情け深さを演出できて、王族の心証もプラスになったから一石二鳥だな。
かくして『エラ』と『王太子』の結婚は正式に認められ、大した問題も出さずに式まで持ち込んだわけだが、ここでも『エラ』は悪知恵を働かせている。仕掛けはこれが最後だが、何だかわかるか?」
「……どうせアレだろ? 『継母』と『足切り姉妹』が失明したってやつ」
「おお、さすがのにゃん娘も自分の活躍は覚えてたか」
「オレじゃねぇし! テメェが余計な一言を付け加えただけだろうが!!」
「盛り上がったんだから文句言うなよ」
まさかにゃん娘が先に正解するとは思わず、素直に感心したら何故かキレられた。
現実がポンコツだから見せ場を作ってやろうとしただけだってのに、気難しい野郎だな。
「えー、だいたい想像できた奴も多いだろうが、『にゃん娘そっくりの黒猫』はもちろん『魔女』の魔法だ。おおかた、結婚式の準備期間で密かに接触し、『継母』の闇討ちをそそのかしたんだろう」
「……だけど、その魔法って舞踏会からずっと『金の靴』のために使い続けてたんだよね? 強力だけど、あつかいがむずかしくて、長い時間は使えないような魔法をまた使って、『魔女』さんは大丈夫だったの?」
「いや? 終わった後は多分『魔力枯渇』で死んだんじゃね?」
『――えぇぇっ!!?』
割と鋭いロリ熊の疑問に軽く答えれば、またガキどもが一斉に騒ぎ出した。
まったく、ちったぁマシになったとはいえ、まだまだ想像力が足りねぇな。
「ったりめぇだろ。どんな手段を使ったかは知らねぇが、『エラ』は『魔女』を頼って連絡を取り、報復の実行犯をやらせたんだ。
いいか? 『次期王妃』本人が、自分の『家族』を襲え、っつったんだぞ?
もしこれをただのチンピラに人伝で依頼してたんならまた違っただろうが、まだ子息とはいえ『貴族』に『直接』持ってったってんなら、話の重みが段違いに増す」
ようやく決まった『王太子妃』が、他国の要人も招いた結婚式のその日に『自分の家族を襲わせる』なんて、『次期王妃』の資質以前に人として問題大アリだと知らしめる『汚点』でしかない。
そもそも『エラ』の縁者が『娼家の主』と『高級娼婦』って時点で、血統主義の『貴族』から『王族に入り込んだ汚点』って非難は避けられねぇ立場にあった。
たとえ『魔女』が『エラ』個人の味方とはいえ、『貴族令息』に話せば足の引っ張りあいが常に起こる貴族社会へ漏れる危険性は非常に高い。
たとえば『実行のタイミング』から王家に対する反逆思想の嫌疑が、『異性との密通』から王族への不義の疑惑が浮かび、『権力の濫用』から国内外に王家への失望を買う。
とまあ解釈の仕方次第で真意なんて何とでもでっち上げられっから、本来なら『エラ』の行動はとにかく悪手なんだよ。
唯一擁護する可能性がありそうな『血縁の実父』も、『高位貴族』としての立場から決して『エラ』に手をさしのべることはないだろう。
もし『エラの実母』の面影から実子だと察せたとしても、結果として認知しないまま放り出したってことは、『公爵家』から見捨てられただけの理由なり遺恨なりが必ず存在していたはずなんだ。
今さらになってかばい立てしても『公爵家』の理解なんざ得られねぇばかりか、下克上を狙う他の政敵に隙を見せることになりかねない。
かといって、『エラ』の味方をして得られるのは『王族とのコネ』くらいのもんだ。
元から『王家の親類』ってことを考えりゃ、でっけぇ弱点を抱える割に旨みがほとんどないため、人道的にはわからんでもないが政治的には完全な愚行になる。
暗躍の内容が国の利益につながるとかならまだかばう余地もあるが、この場合は100%『エラ』の私怨だから、余計に手を貸す理由がねぇ。
『家族』としてどう思ってたかは知らねぇが、一挙手一投足が常に注目される『公爵』の当主として、国はもちろん家の不利になるようなことはできないんだよ。
「そんな逆境にありながら『エラ』が強行手段に出たのは、おそらく自由に動けるタイミングがもうそこしかなかったからなんだろうな」
『王太子との結婚はスムーズに決まった』ってことだから、条件ゆるめの舞踏会を開くほど婚期がせっぱ詰まっていただろう『王太子』のため、準備は急ピッチで行われたと考えていい。
『エラ』の方も、当日のドレスや装飾品選びに始まり、結婚式に関するしきたりの確認や王族としての基本的マナーの修得、披露宴に呼ぶ『貴族』の選定や招待状の配布など、やるべきことはたくさんある。
王家に入った後は正式な王妃教育はもちろん、国民から支持を得るために孤児院などへの慰問活動も必要だし、『貴族』の現状派閥を把握し政敵を牽制するための交流会も積極的に開催せねばならない。
玉の輿で王族になった『エラ』には頼るべき後ろ盾がねぇも同然なんだから、自らの地位を確立・保持するために他の『貴族令嬢』よか膨大な努力と結果を求められるはずだ。
そうなると『エラ』にまだ仕掛ける余裕ができそうなのは式当日までであり、『復讐の道具』に選ばれたのが便利な魔法を使う『魔女』だった。
「当然、『魔女』も『貴族』の端くれとして似たような計算はすぐに働くだろうし、本来なら不要なリスクを背負う義理はねぇはずだ。
それなのに『魔女』が手を貸したのは……惚れた弱みってやつなんだろうな」
特に『魔女』はストーカーまがいのことまでやった筋金入りだ。
他の男の物になった女を早々に見限れるほど潔い性格とも思えねぇから、失恋への未練はタラタラだったんだろう。
そこへ突然、『心底惚れた相手が自分だけを頼った』なんて状況が起きてみろ。
熱に浮かされた『童貞』の中で『貴族』より『男』としての感情が優先されて、正常な判断ができなかったとしてもおかしくない。
「とはいえ『魔女』は『王太子』を騙すため、すでに『金の靴』の維持で大量の魔力を使って消耗している。多少の余剰分が残っているとしても、下手な対象に魔法を使えば失敗する可能性もあった。
そこで『魔女』は、魔法の対象を『自分』に設定したんだ」
「は? あの『野良猫』って、『魔女』本人だったのか!?」
自分の分身が『魔女』だと知って目を丸くするにゃん娘に、神妙な顔で頷いてやる。
「そうだ。つまり、間接的にはお前も好きな女に付き纏いをやらかす犯罪者予備ぐn――」
「潰すぞ」
「――それはさておき。
変身の魔法を自分にかけて犯行を行う最大のメリットは、『不確定性の排除』だろう」
何を潰すのか? なんて無粋な質問はしない。
さも当たり前のように視線をそらし、呆れた表情を並べるガキどもへ振り返った。
さりげなく命を守れる位置に手を下げ、意識の大半を不穏な空気を放つにゃん娘へ向けるのを忘れない。
意識をそらした瞬間、殺される――っ!
「『魔女』の魔法だが、実はよく考えると外見変化後を動物に設定した場合、その後の行動をある程度術者が決められる効果――いわば『行動支配』も可能だと臭わせる内容が含まれている。
でなきゃ、元ネズミの馬が元ヤモリの御者の言うことなんて聞くわきゃねぇし、元トカゲが使用人の仕事をできてたまるかって話だしな」
内心ビクビクしながら説明を続けると、次第に興味が移ったのかにゃん娘の殺気が引いていく。
よし、このまま逃げ切ってやる!!
「だが、物語が伝える『魔女』の推定魔法効果は『生体・物質情報の書き換え』がメインであり、『行動支配』の方はあくまで副次的な扱いのはずだ。
もし『行動支配』の効果が強力だったら、わざわざ見た目だけ変えなくとも『魔女』が『エラ』と舞踏会に参加し、会う奴全員に魔法をかければすむからな」
簡単に言えば、俺の《魂蝕欺瞞》と似たやり口だ。
『エラ』をドレス姿に変えてからは適当な身なりで傍に控え、都合の悪い奴を『行動支配』で遠ざけりゃいい。
本来思考能力のねぇ小動物に、人間と同程度の知能さえ与えた魔法だ。人間の思考領域に干渉する力くらいはあると見ていい。
そうすりゃ、わざわざ『エラ』が『公爵家の紋章』をパクる必要も、魔法効果のタイムリミットを伝える必要もなかったはずだ。
なのに『魔女』が外見だけを変化させて送り出したっつうことは、『行動支配』効果に何かしらの欠陥や制限があって、『生体情報の書き換え』より不安要素が高かったからに他ならない。
まあ、単純に魔力量の問題ってだけだったかもしれねぇがな。
ともあれ魔法効果の一部に不安があるなら必然、『継母母子襲撃』に関しても同じ不安はついて回るはずだ。
そうすると、『魔女』からすりゃより秘匿性と確実性を取って『襲撃者の偽装』を選ぶ、って判断が妥当になるんだ。
「ん? っつか、そもそも自分にかけられんのか、その魔法?」
「にゃん娘……、『貴族令息』が『エラ』に接触したときの『性別』と『年齢』は?」
「……あ」
あまりにも初歩的なことを突っ込む脳筋に白い目を向ければ、物理的に肩身を狭くして座り込んだ。
うつむくな顔上げろ、そしてガキどもの何ともいえない視線を正面から受け止めて反省しやがれ。
「とまあ、そういう事情で『野良猫』に姿を変えた『魔女』が『継母母子』を襲撃したわけだが、ここで少し奇妙な疑問が残る。
――どうして怪我をした『継母母子』の発見が遅れたのか?」
「そ、それはテメェが説明してただろ。結婚式を見に来た奴らの歓声が邪魔して気づかれなかったって――」
「おいおい、歓声で周りの音が聞こえねぇほど『大勢の人々が集まった町中』なんだぞ? 本当に誰一人として『すぐ近くで上がっただろう悲鳴』に気づかなかったのか?」
反撃のチャンスとでも思ったか、息を吹き返したにゃん娘に返してやるとまた黙り込んだ。
いくら騒がしいっつっても、至近距離で三人分の女の悲鳴が聞こえりゃさすがに誰か気づくだろ? 実際、純粋な人間の聴力でも『女性の金切り声』なら割と遠くでも聞こえたりするしな。
それでも『継母母子』が重傷化するまで放置されてたってことは――、
「――『人間の悲鳴』じゃなかった、の?」
「冴えてんな、ロリ熊」
この童話の途中から急激に察しがよくなったロリ熊をほめてやると、ちらほら他のガキも気づいたらしい。
「他の人間が気づかなかった理由として、おおまかに『悲鳴そのものが聞こえなかった』か、『悲鳴だとわからなかった』かの二択に絞られる――今回の場合は後者だろうな。
可能性として一番高ぇのは、『野良猫』が『継母母子』の目を傷つけたと同時に『魔法』を使った、ってところだな」
そうだな、たとえば『野良猫』と同じ『猫』にでも姿を変えられてたとしたら?
結婚式を見に来た観衆の誰かが気づいたとしても、『怪我をした三匹の野良猫が騒いでる』くらいにしか思わねぇ。
それどころか、せっかくのめでたい日に水を差した『野良猫』を追い払おうと、発見者が乱暴に扱うことだってあり得る。
『エラ』としてはあわよくばそれで死んだら、くらいの計算までしてたかもしれねぇが、結果的に『失明』だけですんだのは良かったのか悪かったのか。
バリアフリーなんて概念もなく、身体欠損が差別対象になりうる時代背景だしなぁ。その後の『継母母子』は、障碍でかなり苦労したんじゃねぇか?
ま、自業自得が過ぎて同情なんてできねぇけど。
「そこまでやるか……えげつなさ過ぎるだろ、『魔女』」
「もちろん、発案は『エラ』だぞ。言ったろ? 『魔女』は『魔力枯渇』で死んだ、ってな」
「っ!? じゃあ『魔女』さんは、『エラ』からぜんぶ知らされてたから、ギリギリまで魔法を使ったの? 好きな人の復讐を、かなえてあげるために……?」
にゃん娘のドン引きに補足してやれば、ロリ熊が瞬時に意味を理解し言葉から力が抜ける。
それにつられ、他のガキどもも沈痛な表情になっていった。
「そうだ。『愛する人』から過去と不安と恐怖を打ち明けられた『魔女』は、怒りと憎悪と命を燃やしながら『継母母子』を限界まで苦しめて、死んだんだよ。
これからの『エラ』が平穏と幸福の中で暮らしていけるよう、汚ぇもんは全部自分が引き受ける覚悟を持って、な」
『…………ぐすっ』
まだ小せぇからか、素直で感受性が高いガキが『魔女』に同情してちらほら涙ぐんだところで、告げる。
「一方、『エラ』としては復讐対象の『継母母子』を絶望のどん底につき落とせたばかりか、唯一事件の真相を知る『実行犯』を口封じする手間さえ省けている。
手近でもっとも扱いやすかった『復讐の道具』がした想定以上の働きに、さぞ満足したことだろう。
な? 舞踏会三日目に『魔女』を温存した『エラ』の選択は大正解だっただろ?」
『――だいなしだよ!!!!』
……ったく、本っ当に騒がしいなコイツら。
何だよ、『魔女』視点だけじゃなく『エラ』視点からメリットを確認すんのも大事だぞ?
お前らがさんざん叫んだ、『悪い大人』を理解するためにもな。
「お前ら、まだ『エラ』に肩入れしてんのか? そろそろ諦めろよ。俺が解説してきたすべての悪行が『エラ』の筋書き通りに進んでることは事実だ。
そもそもどうして、『エラ』は『他国の人間』をも巻き込むほどの盛大な結婚式にしたと思う? まさか、『継母母子』を傷つけるためだけの仕込みだなんて思っちゃいねぇよな?
もう一人、『王太子』っつう警告と脅迫を行うべき相手がいるんだぜ?」
単に『継母母子』を害するだけなら、王都中の人間を集めるだけで十分だ。
にもかかわらず、わざわざ『他国の人間』にも宣伝して結婚式を披露したってことは、そこに『政治的な意図』を潜ませていると考えるのが妥当だろ。
「嫁ぎ先ってことは、『王族』を脅迫するってことか? どうやって?」
「知らなかったか? 断頭台は『王族』の処刑用にも使われるんだぞ?」
もはや察しの悪さに安心感さえあるにゃん娘にヒントを出してやれば、食いついたのはこちらも安定のロリ熊だった。
「――そっか! 『エラ』が『娼婦』だってことは、『貴族』の上にいる『王族』にとっても問題なんだ!」
「まぁ、当然だろ。おまけに『エラ』は『性病』の感染疑惑も抱えてる、曰くつきの女でもある。
そんな『事故物件』を、『王太子』自ら『王族』に招き入れたなんて事実が『国内外』に知られることはつまり、『次期国王がどうしようもない暗愚』って認めたも同然なんだよ」
経緯はどうあれ、結果だけを見れば『王太子』は華やかな外見の『娼婦』を『貴族』と勘違いして求婚した上、まともな世継ぎを残せない『性病』持ちに『次期王妃』のイスを与えたことになる。
今までさんざん婚約者を拒み続けたあげくに選んだ相手が『毒婦』だったんだから、『王太子に人を見る目がない』と中傷されても反論なんてできやしねぇ。
そうした『王太子』に対する不信感はやがて『王族』へも広がり、『貴族』や『民衆』の信用を失っちまえば行き着く先は最悪革命だ。
さらに『国外』へさらした政情不安は『王国』の権勢を落とし、外交にも悪影響が生じかねない。他国に直接的な悪意があれば、間諜に悪評を流させ『民衆』の不信感をあおって『内乱』コースもあるか。
「そんなにヤベェなら『エラ』との結婚をやめるか、別れればいいんじゃねぇか?」
「おいおい、にゃん娘。『他国』も巻き込んだ大々的な結婚式をやっておいて、『王太子妃』の悪い噂が流れてすぐに縁を切っちまったら、暗に『噂が本当だ』って『王族』が認めてんのと同じだぞ?
ここでの問題点は『エラ=王太子妃』だってことじゃなく、『王太子=暗愚』だってところなんだから、もはや離縁なんてしても何の意味もねぇ。
『エラ』の背景と仕掛けに気づかなかった以上、『王族』に残された道は『毒を食らわば皿まで』いくしかねぇんだよ」
とはいえ一応、緊急の荒技として『王太子』が持つ王位継承権を剥奪して『臣籍降下』って手もあるが、『エラ』の物語における『王国』ではおそらくしない――っつうかできない。
何せ舞踏会ん時から透けて見える『王族』の溺愛ぶりからして、『王太子』には『兄弟』が一人もいないっぽいからな。
となると、王位継承権の二位以下は傍系の『公爵家』に移る可能性が高い。
そうなりゃ『王家』の血筋断絶こそ避けられるが、実質新たな『王族』を迎えることになる『王国』内の権力争いが過激化する未来は目に見えており、どちらにせよ内政不安はつきまとう。
ならいっそ、『爆弾』を抱えつつ『王国』に生じうる危機を回避し続けるため、『あくまで噂』と素知らぬフリをし続ける方がマシだ――たとえそれが、その場しのぎでしかないとわかっていてもな。
そう。
このやり口は規模こそ違えど、まんま舞踏会で『貴族』相手に『エラ』が『銀色のドレス』でかました牽制と同じ。
『己』の身の上を『王太子』の醜聞に仕立て上げることで一族もろとも断頭台に繋げる、お得意の『心中交渉術』だよ。
これがえげつねぇのは交渉のテーブルに乗っちまったが最後、リスクを承知で『エラ』の『芝居』に乗っかかるか、『エラ』もろとも『真実』に落ちるかの二択しかねぇところだ。
『人を呪わば穴二つ』なんて言うが、自分の墓穴に半分埋まりながら、相手には自らの墓穴を掘るかどうかの決定権を笑顔で差し出す『狂人』を止められる奴なんざいやしねぇ。
まして、大きな権力と影響力と自尊心を持つ『王侯貴族』は、良くも悪くも感情的な選択とは真逆な、最小損失・最大利益を求める理性的な判断を常に迫られる。
将来的なでっけぇリスクを軽減できるなら、たとえ利益がなくとも『毒婦』を迎え入れるしかねぇんだよ。
「現実的にやるとすりゃ、『エラ』に肩書きだけの『正室』って地位を与えた後、後宮あたりに押し込んで幽閉か、食事に少量ずつの毒を盛って病弱演出からの病死かだが……今回は十中八九、幽閉で手を打ったはずだ」
「……さらっとその二択が出るのも頭おかしいが、何で幽閉ってわかるんだよ?」
「それは、物語の『結びの言葉』が根拠になる」
食後よりも腹一杯で苦しそうな顔したにゃん娘のため、もう一度その部分を教えてやる。
『こうして王太子と結婚できたエラは、いつまでもいつまでも幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし』
ここで注目すべき重要な部分は、二つの『二重言葉』だ。
「まず『王太子と結婚できた』って断言してることから、『エラ』が正式な『王太子妃』になったのは間違いねぇ。
さらに『幸せに暮らしましたとさ』って言ってんだから、少なくとも世間的には『非業の死』を遂げたってわけでもねぇんだろう。
それに加えて『いつまでもいつまでも』って強調してんだから、『エラ』が『王族の一員』だった期間が短かかったなんて考えづらい。
とどめに『めでたしめでたし』とくれば、世間的に見ても『エラ』は最期まで大病もなく人生を全うした、って考える方が自然だろ?」
「だから、病死じゃなくて幽閉なんだね……」
『…………』
俺の解説を噛みしめるようなロリ熊にならってか、ガキどもも考えを整理するため黙り込んだ。
ついでに言えば、『幸せ』ってワードが出てきた時点で『王太子』は『エラ』と『性交渉』をしなかったと推測できる。
もし知らずに『エラ』と寝たとすれば、『次期国王』は高確率で『性病』持ち扱いだ。そっから確実に王位継承争いで大荒れだったろう王国を生きておいて、『幸せに暮らしました』はねぇだろうよ。
まあ、初夜あたりで『エラ』が『王太子』に全部カミングアウトした、ってのが妥当な線だな。大して身辺調査もせず安易に『エラ』との結婚を決めた『暗愚』が、自力で真相に気づくとは思えねぇし。
っつうわけで、結婚後の大筋の流れは『暗愚』が別の愛人を迎えて『王族』の血を繋ぎ、『エラ』が正妃として『暗愚』の代わりに政務をこなして国政を安定させた、ってところだろう。
物語の中で暗愚がにじみ出てたやつに、国の舵取りができたとは思えねぇからな。それなら『エラ』が『影の君主』としてお飾りの王を操ったって方が、まだ『幸せな暮らし』が実現できたはずだし。
これでだいたいの解説は終わったが……う~ん、ヒントが物語のそこら中にあったとはいえ、ガキにはちょっとハードル高かったか?
ほとんど俺とロリ熊の一問一答みてぇになってたし、次があればもうちっとわかりやすい物語にすっかね。
「なんつーか、聞いただけでどっと疲れたぞ……」
「にゃん娘は大して頭使ってねぇだろ。マジでロリ熊を見習った方がいいぞ?」
「疲れさせた元凶がエラそうに……」
いや、お前は大人なんだからこれくらいで根を上げんなよ。
『ツヒコ』ん時も言ったように、考えんのを止めたら後で痛い目を見るのは自分なんだぜ?
「ベルは、納得できない……『エラ』と『王子さま』が結ばれるお話なのに、こんな終わり方で『エラ』が『幸せ』なんて、おかしいよ……」
『そうだそうだー!』
『もっとしあわせにしてよー!』
『『エラ』にすてきなれんあいさせろー!』
すると、俺に熊耳を差し出s――いや、うなだれたロリ熊の言葉にロリガキどもが口々に文句を言い始めた。
『エラ』の『幸せ』とか『恋愛』とか知るかよ。
それに、だ――。
「そもそもお前ら、『恋』と『愛』の違いってわかってんのか?」
『……え?』
一口に『恋愛』っつっても、この二つは全く別もんだからな?
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名前:ヘイト(平渚)
LV:1(【固定】)
種族:イセア人(異世界人▼)
適正職業:なし
状態:健常(【普通】、【魔力減少・常】)
生命力:2004/2004(【固定】)
魔力:614/1812(【固定】)
筋力:176(【固定】)
耐久力:148(【固定】)
知力:183(【固定】)
俊敏:135(【固定】)
運:1(【固定】)
保有スキル(【固定】)
(【普通】)
(《限界超越LV10》《機構干渉LV2》《奇跡LV10》《明鏡止水LV3》《神術思考LV3》《世理完解LV2》《魂蝕欺瞞LV4》《神経支配LV5》《精神支配LV3》《永久機関LV4》《生体感知LV4》《同調LV5》)
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