109.75話 不意打ち
「なっ!? て、てめぇ、どこから現れやがたぺば!?」
「覚悟はできでむぼ!?」
「うるせぇ! 覚悟云々はこっちの台詞なんだよゴラァ!!」
速攻だった。
一瞬だけ別の人間の両足が見えたかと思うと、オレの上から長剣持ちの人間が消え。
急いで立ち上がって警戒姿勢を取ったときには、短剣持ちと杖持ちも地面に沈んでいた。
「大丈夫か?」
残されたのは、何とか態勢を立て直したオレと、いきなり乱入してきた人間。
……いや、あれは、『人間』か?
「……テメェ、何者だ?」
形だけならオレを助けた風に見える『ソイツ』は、『普通』じゃなかった。
どれだけ注意深く睨みつけても、顔がうまく認識できない、っつうのか? 雰囲気だけなら、この辺じゃ珍しい『ナシア人』に近いってことはわかる。
髪や目や肌の色、鼻の高さ、顔の大きさや彫りの深さなど、顔立ち全体の印象はナシア人のそれだ。
だが、個別の特徴に注意を向けると、とたんに『コイツ』の異質さが際だつ。
男か女かもわからねぇほど中性的、っつえば聞こえはいいが、オレの見る限り『大勢の人間の表情を重ねた』としか表現のしようがねぇ容貌は、相当に歪だった。
なのにオレには、『コイツ』の顔を『気持ち悪ぃ』と思えない。
むしろ一瞬でも意識を外せば、『パーツがねぇツルツルの顔』っつう印象に取って代わり、その状態が『おかしい』と思えなくなる。一目で違和感しかねぇ顔をしているにもかかわらず、だ。
顔一つとっても不気味なんてものじゃねぇのに、奇妙な違和感は他にも挙げられる。
格好は人間の多くが着ている粗末な服を着ているように見えるが、そもそもそんな軽装でいることがふざけてる。
目も耳も鼻も爪も獣人よりひ弱な人間が、弱さを補う防具も武器も魔法の道具も身につけずに町を出るなんて、ただの自殺行為でしかねぇ。
極めつけは『ソイツ』の体格だ。隠れ里にいた獣人の戦士や人間の冒険者と比べるまでもなく、ヒョロヒョロな体はどう見ても戦う人間のそれじゃねぇ。
なのに、不意打ちとはいえそこそこの腕がある冒険者を三人、それも全員一発でしとめるだけの力を見せつけた。
まだオレにはあからさまな敵意を向けちゃいねぇが、この短い間で外見と実態がちぐはぐ過ぎる『ソイツ』は、味方と判断するにはあまりにも異質すぎる。
すでに倒れた冒険者三人組よりもヤベェと確信できる『コイツ』を、警戒せずにはいられなかった。
「ほぼ人間のくせにケモミミと尻尾つけてんじゃねぇ!!!!」
「ハァ!? オレは立派な獣人族だ! オレがどんな顔つきで生まれようがテメェに関係ねぇだろぶっ殺すぞ!!」
が、オレが今まさに苦悩していた問題をピンポイントで抉り出してきやがったことで、『コイツ』へ抱いた警戒心はあっという間に敵意へ振り切れた。
「俺はテメェが獣人族だって聞いたから助けたっつうのに、何で獣主体じゃねぇんだよ!! 人間主体でケモミミと尻尾をつけただけなら、それっぽいアイテムつけたコスプレイヤーでも再現できるわ!!
獣人族ってのは獣の外見的特徴や身体能力をそのまま残しつつ、人間の特性である二足歩行や高度な社会性などを兼ね備えた『モフモフ』こそがあるべき姿だ!! とってつけたような補助パーツを装備するだけで獣人族を名乗ろうなんざ虫が良すぎるんだよ!!」
『クソ野郎』の感情任せで無茶苦茶な主張に一瞬でブチギレ、対抗するようにオレも感情を剥き出しに反発した。
「さっきから意味わかんねぇことばっかグダグダほざいてんじゃねぇぞ、顔無し貧弱サイコ野郎!! 見ず知らずの相手を助けたつもりになったと思ったら急にキレてんじゃねぇよ!!」
ちょいちょい『コスプレイヤー』とか『モフモフ』とか意味不明なことを叫んじゃいるが、何てこたぁねぇ。
「テメェは『モフモフ』の名を騙った頭イタすぎるクソ『コスプレ』もどきじゃねぇか!! この際テメェが男か女か『セクシャルマイノリティー』かなんてどうでもいいが、テメェみてぇな中途半端な野郎が『モフモフ』を代表してるみたいな言動するんじゃねぇ、不愉快なんだよ!!」
要するにこの『クソ野郎』も、獣人族や他の人間と同じように、オレを『獣人族』と認めてねぇんだ。
「そもそも純正人種のテメェが獣人族の代表みてぇに知ったような口叩いてること自体が間違ってんだよ!! エラそうに説教してぇなら獣人族に生まれ変わって出直してきやがれってんだ!!」
だからだろうか。
頭ん中が怒りだけに染まったオレは、一瞬も迷わず自分のことを『獣人族』だと『クソ野郎』にぶちまけていた。
理性なんてほぼ吹っ飛んでたからだろう。
さっきみてぇに変に考え込んじまってた時と違い、自然と出た言葉は全部、オレの偽らざる本音だ。
『獣人族』からのさらなる反発を避け。
『人間』に正体がバレねぇようよう己を殺し続け。
オレを認めず排斥しようとする状況に、『獣人族』と『人間』から挟まれ続けて。
誰にも言えないまま、たまりにたまった鬱憤を、ようやく吐き出せた。
同時に、長らく胸に巣くっていた葛藤も吹き飛んだように思えた。
もう迷う必要なんかねぇ。
下らねぇ戯れ言なんざすべて切り捨てりゃいい。
たとえ誰が何と言おうと、『シェンスウェリエ』は『獣人族』なんだから。
「それに『もふもふ』だか『モフモフ』だか知らねぇが、クソどうでもいい話に紛れてオレの自慢の耳と尻尾を貶しやがったなテメェ!? 獣人族の『誇り』の象徴を侮辱しといてタダですむと思うなよクソがぁ!!」
……とまあ、自分が獣人族だって自信を多少なりとも取り戻せたとはいえ、だ。
オレが密かに手入れをかかさない自慢の耳と尻尾を、『補助パーツ』や『飾り』呼ばわりしたことはぜってぇ許さん!
獣人だ、人間だ、なんて文句は聞き飽きるほど聞いてきたが、直に『獣の徴』を侮辱されたのは初めてだ。
今までぶつけられたどんな罵声よりも屈辱で、『クソ野郎』へ抱いていた敵意が、今度はあっさりと殺意へ塗り変わる。
「っ!」
すでに、ラヨール王国にいる人間も、すべてが敵になった。
だからもう、人間相手に我慢することも、遠慮してやることもねぇ。
そうした意識も後押しし、瞬時に爪へ力を込めて急所を右手で貫かんと突き出した。
「……はっ! なんだそのトロい突きは!? 獣人族よりもステータスが劣る純粋人種に避けられる程度の動きしか出来ねぇんなら、ますますテメェが獣人族かどうか怪しいもんだな!!」
しかし、『クソ野郎』はオレの動きに瞬時に反応して見せ、背後へ跳躍して腕のリーチから逃れた。
だけでなく、総じて獣人よりも身体能力が低い人間相手に、オレの身体能力を貶されたことで余計に頭に血が上る。
この『クソ野郎』がどういう意図で吐き捨てたのかは知らねぇが、獣人の身体能力を馬鹿にすることは、その獣人が今まで強くなるためにした鍛錬のすべて――いわば『生き様』を否定することに等しい。
純粋な『強さ』を崇拝する獣人族が、もっとも重んじる価値観の一つを引き合いに出された上で、虚仮にされたんだ。
オレの頭ん中からナニカがキレる音が聞こえたのは、至極当然の流れだった。
「……よぉ~しわかった、テメェはどうやらよっぽど死にてぇらしいな? 不用意にオレを煽ったこと、死んでから後悔すんじゃねぇぞ!!」
これでもう、後に引けねぇほど完全にブチギレた。
人間の冒険者の基準とはいえ、これでもそこそこ腕の立つ『黒鬼』級として活動してきた。
その間にいろんな魔物を一人で相手にしてきたし、ことごとくを下してきた自負もある。
家族を殺され、友人を失い、故郷が焼かれるのを黙って見ていたあの時とは、違う。
オレが弱ぇかどうか、『テメェ』が死んでから確かめやがれ!
「ほら、どうしたどうした!? テメェが持つ『モフモフ』の力ってのはその程度か!? 俺を殺して後悔させるっつったのは大言壮語だったのかぁ、おい!?」
「さっきからガタガタうっせぇんだよ! テメェも男なら、あーだこーだ喚く暇があったら少しはオレの動きを捉えてみやがれ!!」
相手を殺すか、自分が殺されるか。
それだけを終わりの合図に決めて、『クソ野郎』に何度も爪を浴びせていく。
人間は視覚外からの攻撃への対応が極端に弱く、そのくせ獣人の動きを目で追える奴はほとんどいねぇ。
だから、常に死角へ回り込んで急所へ攻撃し続ければ、身体能力も感知能力も劣る人間はいずれ息切れを起こし、簡単に殺せる。
だから、さっき回避されたのはまぐれで、勝負はすぐに終わると思っていたが、オレはオレでこの『クソ野郎』の力を見誤っていたことにすぐ気づいた。
蓋を開けてみれば、オレの攻撃は『クソ野郎』に掠りもしねぇ。
それも、まぐれなんかじゃありえねぇ、余裕を感じさせる態度と身のこなしで、確実にさっきの冒険者どもとは違っていた。
とはいえ、身体能力そのものはオレが勝っているのは間違いない。
速度や力を感じるほどの大仰な動きはなく、その場でくるくると回るような紙一重の回避ばかりで反撃が一度もねぇことも踏まえれば、オレの動きとまともにやりあえねぇのは明白だ。
なのに、次にオレがどう動き、自分がどう動けばいいのか、何もかも見通しているような気味の悪さを覚えちまうほど、『クソ野郎』は正確にオレの爪を躱し続けた。
ただ、ここでも『コイツ』の奇妙な点が浮き彫りになる。
異常なほどの感知能力を持っている節があんのに、それと伴って成長するはずの戦闘技術があまりに未熟過ぎんだよ。
すでに数分もの間、休まずオレが攻撃してる中には、小さくも無視できねぇ隙を何度か曝しちまった時があった。
それは目でオレを追えてなくとも、正体不明な感知能力で動きを予知しているらしい『クソ野郎』なら見過ごすはずのねぇ、絶好の好機に見えたはずだ。
はずなんだが、『クソ野郎』は一度も反撃に出ることはなかった。っつうか、『攻撃の仕方』を知らねぇかのように、ひたすら回避に徹し続けている風にすら見えた。
手を抜いてるにしては微妙に動きの無駄があるし、やっぱり戦闘技術はさほど高くねぇと考えるのが自然で。
最初に『コイツ』を見た時と同じか、それ以上のチグハグさを覚えずにはいられなかった。
「……ちっ。こう言うのは癪だが、腐ってもケモミミと尻尾を持つ選ばれた種族っつうことか。獣毛が薄いくせによく動きやがる。お前を特別に『モフモフフェイカー』として認めてやろう」
「誰が腐った獣人族だテメェ!!」
「おいおい、何キレてやがんだよ? 俺はお前のことを認めてやる、っつってんだぜ? ぱっと見男に見えるところとか、言葉遣いが男勝りで品性のカケラもねぇところとか、……あとは、え~っと、あっ! 『ホモ』にモテるところとか!!」
「これでもオレは正真正銘『女』なんだよ悪かったなタマ潰すぞふざけんな死ね!!!!」
「落ち着け、え~と、にゃん娘! 冷静になれ! こっちに非があったんなら謝ってやるから!」
「オレは猫人族じゃなくて獅人族だ見りゃわかんだろうが!!」
反面、こと挑発に関してはこの『クソ野郎』を超えるほどの奴は今まで見たことがねぇ。
下手に出ている風を装った上から目線に加え、的確にオレが気にしてる部分を突いてくるのがまたいやらしい。
猫人族と獅人族を素で間違えたのは論外だが、如何せんこれが一番ムカついたんだからまた腹が立つ。
その度に『クソ野郎』の術中にはまり、どんどん力みが強くなるのを理解しながら、自分で自分を制御できなかった。
限界だと思っていた怒りを一段一段更新しつつ、ぜってぇ殺す! という気持ちだけで『クソ野郎』へ攻め続ける。
徐々に速度も力も上がっているのを感じ、一度だけ『クソ野郎』の顔に爪を当てることができたが、それでも掠っただけ。
頭ごとぶっ潰してやろうと思った一撃だったんだが、逃げ足だけは一丁前なのが余計にオレをイラつかせた。
それからオレは『クソ野郎』をしとめるためだけに意識を集中させ、攻撃をし続けた。
『コイツ』の予知能力の正体が掴めねぇ以上、何もさせない状態を維持すれば、少なくとも不利になるこたぁねぇ。
実際、『クソ野郎』の減らず口もどんどん小さくなっていき、オレを小馬鹿にするような余裕も見せなくなった。
だがオレも、一発爪を掠らせてから攻撃を当てることができず、堂々巡りを繰り返している。
息つく暇もない高速戦闘をし続けてるせいか、時々体の一部が『痙攣』を起こすことがあり、もしかするとオレが考えてるより限界は近いのかもしれねぇ。
「オラオラ!! さっきからダンマリか!? 最初の勢いはどこいったんだおしゃべり野郎!!」
が、そんな弱みを『クソ野郎』に見せるわけにはいかねぇ。
戦況の優劣をはっきり自覚させちまえば、オレを倒せるっつう期待を抱かせ、戦いの流れを持って行かれる可能性がある。
オレもさっき痛感したところだが、戦闘における精神状態の影響はかなり大きい。
いくら実力が高かろうが、『負ける』と思っちまえば本当に負けるし、『勝てる』と思えばどんだけ劣勢からでも逆転できる芽が出てくるもんだ。
何よりそれは、今みてぇな膠着状態でこそ均衡を崩す大きな要素になる。
どちらが敵の心を先に挫けるかのチキンレースに、オレは全ての意識を傾けていた。
「にゃん娘!!」
「っ、な!?」
だからだろう。
オレの心が折れるか、『コイツ』の心が折れるか。
考えていたどちらとも違う終わり方に、一瞬頭が真っ白になる。
まさか、自らの不利を招いてまでわざとオレの爪に貫かれるなんざ、予想もしてなかったんだから。
「こ、んのっ!」
肉を貫通する感触が手に伝わり、足で稼いでいた速度が急激に落ちていくのを感じる。
同時にオレの右手が『クソ野郎』に捕まり、すぐさま持ち上げられようとしている浮遊感が全身を襲った。
意識の虚を衝かれたことで、思考と肉体の動きが完全に止まった隙を利用されたとわかり、全身の血の気が引くのがわかった。
(マズい! 殺られるっ!!)
こちらの強みであるスピードを殺され、明確な死を覚悟しながら投げられる感覚は、一瞬のようで、とても長く感じられた。
そして、オレが地面に叩きつけられる直前。
「っぐ、あっ!?」
悲鳴のような声を絞り出したのは、『クソ野郎』だった。
「…………は?」
状況が理解できる前に聞いた声に、思わず間抜けな息が口から漏れる。
混乱しながら顔を上げると、『クソ野郎』はオレを捕まえた方とは逆の手から煙を立ち上らせ、完全にオレから視線を外して背を向けていた。
それはまるで、オレを何かから守ったようにも見えて。
オレの混乱はますます加速するばかり。
「はぁ!? 何でテメェがその女をかばうんだよ!?」
しかし、次いで聞こえた乱暴な声に、ようやくオレは一連の出来事の輪郭を察することができた。
呆然と『クソ野郎』の背中に向けた視線の、さらに遠くにいる杖を持った『人間』の攻撃から。
『クソ野郎』はオレを『守ったように投げた』んじゃなく、『守るために庇った』んだと。
(なん、で……?)
それは、オレが『クソ野郎』に殺されると理解したときよりも衝撃で、頭ん中が一層ぐちゃぐちゃにかき乱される。
いつの間に『クソ野郎』が倒した人間が起きるほど、時間が過ぎていたのか?
いつも『一人』で戦ってきたオレが、なぜ人間の気配に気づけなかったのか?
いつからオレは、人間の奇襲に気づけないほど戦いに夢中になっていたのか?
何より――
(なんで、テメェがオレをかばってんだよ?)
――どうして、オレが殺そうとした『クソ野郎』が、身を挺してまでオレを助けたのか?
ぐちゃぐちゃになった頭ん中で、その疑問だけが、強く、暴れ回る。
「おいコラテメェ!! 誰の許可を得て『モフモフ』の背後を狙った!? 尻尾に当たって毛が燃えちまってたら、今の綺麗な毛並みに戻るのにどんだけ時間がかかると思ってんだ、あぁ!?」
しかし、その疑問はすぐに『クソ野郎』の言葉で吹き飛ばされた。
(尻尾? 燃える? ……まさか、オレの『獣の徴』を守るために……?)
想像でしかねぇが、どうやら杖持ちの人間が「火魔法」か『火属性魔法』による火球で、背後から不意打ちしたんだろう。
視野が狭まっていたオレは気づかなかったが、この『クソ野郎』は気づいた上でオレを魔法から守った。
『知力』が低く、どんな魔法でも致命的な弱点になり得る獣人族の脆さを、案じて。
「畜生の毛並みとか知るか!」
『獣人族』と『人間』の攻撃を同時に受け、自分が傷つくことも、構わずに。
「そんな下らねぇもんより、テメェの命の心配でもしてろ!」
オレの――『獣人族』の『誇り』である『獣の徴』を、傷つけないために。
『っ!? ぃ、ぎゃあああああっ!?!?』
『人間』には理解しがたいはずの、『獣人族』が大切にする『価値観』を、守るために。
「へ? いや、違う、こ、これは俺の意思じゃなぎっ!?」
『コイツ』は、『同族』と敵対し殺し合ってまで、『獣人族』たちのあり方を肯定してくれた、ってのか……?
「『モフモフ』の獣毛を始め動物的特徴は種族の『誇り』で、時に己の命よりも重い。気軽に汚していいもんじゃねぇんだよ。来世ではよく覚えとけクズどもが」
(ぅ、ぁ……)
呆然としている間に死んでいた人間へ向け、言葉通り唾棄する勢いで吐き捨てた『コイツ』の背中を見上げる。
そして、『コイツ』が『人間』に突き刺した言葉を聞いて、オレは今まで感じたことのない感情を覚えて――
(っ!!!!)
――気がつけば、『アイツ』から逃げていた。
「……クソ」
見る見る内に景色が背後へ流れ、『アイツ』の気配から遠ざかっていく。
「…………クソ、クソ、ッ!」
『アイツ』の血が付いた右手が異様に熱く、すぐに全身まで熱が回っていく。
「クソッ、クソッ、クソッ、クソッ!!」
『アイツ』の言葉が頭の中で反響して、暴れて、胸の奥の奥がかきむしられる。
「クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソ!!!」
『アイツ』の敵意しかない暴言すべてを思い出して、本能のままに、叫んだ。
「クソがあああああぁぁぁぁぁっ!!!!」
――『獣人族』から、『混ざり物』だと、何度も蔑まれた。
――『人間』から、『混ざり物』だと、一言で拒絶された。
――それでも『アイツ』の言葉で、オレがオレを『獣人族』だと認めて、自覚して、納得できた。
――外野の雑音なんざ無視して、『自分が誇れる自分』ならそれでいいって、思えることができたはずだ。
――なのに。
――なんだよ。
――なんなんだよ。
「ふざけんなああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
――『アイツ』から、オレは『獣人族』の偽物扱いされた。
――『アイツ』だけが、オレを『獣人族』として扱ってくれた。
――『アイツ』から、『獣人族』の『獣の徴』を『飾り』だと馬鹿にされた。
――『アイツ』だけが、『獣人族』の『獣の徴』を『誇り』だと言ってくれた。
――『アイツ』は『獣人族』だと否定する台詞を吐いて、『獣人族』だと肯定する行動を見せてくれた。
――『アイツ』は、どちらにもなれないと、誰からも見捨てられた『混ざり物』を。
――『獣人族』だと、認めてくれた。
「ッ! ゲホッ! ゴホッ! ……くそ、……くそぉ…………っ」
――それだけなのに。
――たった、それだけのことなのに。
――オレのことを許された気がして。
――心がどうしようもなく救われて。
――目から涙があふれて止まらない。
「…………く…………そ…………ぉ…………っ」
――『獣人族』じゃない『人間』に認められただけなのに。
――どうしようもなく嬉しくて、切なくて、喜んでいる自分が。
――どうしようもなく惨めで、悔しくて、情けなかった。
「っ、うぅっ、うわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
周りに誰もいない、どこかの森に飛び込んで。
『オレ』の全てを吐き出すように、咆哮する。
どうして叫んでいるのか。
どこへ行きたいのか。
自分でもわからないまま。
生き物の気配だけに気をつけながら。
気持ちが落ち着いてくれるまで、体力の続く限り、ぐるぐると、グルグルと、走り続けた。
その間のことは、あまりよく覚えていない。
だから。
「――不……条件……じ開け……ました――」
『誰か』の声を聞いた気がしたのも、きっと、オレの勘違いだったんだ。
……おや? にゃん娘ちゃんのようすが……!
《♪~某ポケットに怪物を携帯できるゲームの進化時BGM~♪》
……あれ?
にゃん娘ちゃんのへんかがとまった……。
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名前:シェンスウェリエ
LV:34
種族:獅人
適正職業:闘士
状態:健常
生命力:3020/3020
魔力:130/130
筋力:260
耐久力:155
知力:50
俊敏:350
運:30
保有スキル
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