109.15話 壊れた世界
※注意
この話は『残酷表現あり』が仕事をします。
それも、四章ヘイト君視点のほのぼの展開(?)で鬱憤がたまっていたのか、頼んでいないのにめちゃくちゃ張り切って仕事をしています。
特にお食事中の方と、想像力豊かな方はご注意ください。実際に目の前にすれば、直視に堪えないシーンが後半に登場します。
それでもご覧になられる方は、脳内でクソ王さんにボディブローを加えながら読み進めてください。
「大人しく言うことを聞けよ……っ! でないとこのガキの首、そのままかっ切ってやるからな!!」
わけが、わからなかった。
だって今日も、昨日と同じ、お母さんのご飯を食べて、友達と遊んで、お父さんのような強い戦士になるための訓練をして。
いつもと同じ、平穏だけどちょっと退屈な『日常』を送れるんだろうなって、思っていたのに。
「止めて!! 言うことは聞くから、娘に、シェンスウェリエに手を出さないで!!」
耳元で怒鳴り散らす人間の男に答えたのは、涙混じりに私を見つめるお母さん。
私と違って獅子の特徴が強いお母さんの視線は、私の顔と、私の首に突きつけられた剣の切っ先を行ったり来たりしている。
目だけで正面を見回すと、昨日一緒に遊んだ友達や、たくさんの大人たちが私たちを見ながら、怖がって、怒って、震えていた。
たくさんの注目を集めている私は、頭の中が真っ白で、意味のあることを考えられないでいた。
「黙れ! まずは、ここにあるありったけの食料を用意しろ! それと、怪我を治療できる道具もだ! さっさとしろ!!」
するとまた、耳元で人間の男が喚き散らす。お母さんは慌てて、他の大人たちは悔しそうに、数人が家に戻っていった。
取り残された私たちは、喉が干上がるような強い緊張感の中、睨み合いをしたまま固まってしまう。
どうして、こんなことになったんだろう?
私はいつものように、獅人族の集落から離れすぎない場所で、訓練をしていた。
お父さんは私によく『一人前の戦士になるため』に必要なことを教えてくれていた。
どんな場面でも戦えるだけの体力。
どんな場面でも恐れないだけの胆力。
どんな場面でも隙を逃さない洞察力。
他にも鍛えなきゃいけないことはいっぱいあるけど、まずはその三つが基礎だって、教えてくれていた。
だから、私もお父さんみたいになるために、訓練してたんだ。
すぐに息切れしないように、集落の周りにある木々を駆け回ったり。
誰が相手でも怖がらないように、年上の男の子たち相手に喧嘩したり。
どうすれば強い戦士になれるのか、集落の大人たちの訓練を毎日見に行ったり。
とにかく、お父さんのように強くなれそうなことは何でもやろうとした。
今朝も、いつも走っている集落に近い獣道を、体力づくりで何周もしていた。
邪魔な木々を避けたり、足場にしたり、一周ごとにスタート地点の木に爪で目印をつけたり、とにかく全力で走り続けていた。
でも、いつもと違ったのは、途中で今まで一度も見たことがなかった『耳も尻尾もない人』と遭遇したこと。
そういう『人間』がいることは、お父さんやお母さんの話である程度聞いたことがあるけど、最初に見たときは『弱そう』だと思った。
耳がないから遠くの音も拾えないみたいだし、尻尾がないからか歩く姿勢も変だし、鼻で周囲の臭いを確認せずにずっとキョロキョロしているし、金属の塊みたいな邪魔な物を身につけてるし、周りの草木を爪じゃなくて変な金属の棒で振り払っているし。
何だか、集落の大人たちと比べれば、ぜんぜん頼りなくて貧弱に見えた。
次に、私の集落はかなり森の深いところにあるから、何でこんな場所に? って不思議に思った。
私が『耳も尻尾もない人』を見たことがないのは、獅人族や他の獣人族の集落に行くだけの力がないからだって、聞いていた。
だから、『弱い』くせにこんなところまで来るなんて、何がしたいんだろう? って首を傾げていた。
でも、すぐにその人間が全身傷だらけで、苦しそうに息が上がっているのがわかった。
よく目を凝らしてみると、仲間らしい傷だらけの人間たちが、その人間を先頭にして集団で移動しているのを見つけることができた。
もしかしたら、魔物に襲われて道に迷ったのかもしれない。
それは、何だかかわいそうだ。
あんまり長くいられると困るけど、少しくらいなら集落で休ませてあげてもいいんじゃないか。
そう思って、私が先頭の人間に近づいて話をしようとした。
「ふざけんな!! こんな量で足りると思ってんのか!?」
「無茶を言うな! 我々はその日の食料は自分たちで探して用意しているのだ! しとめた魔物や動物は集落全体で分け合い、食用の果物などは群生地の情報を教えあって収穫量を管理している! 村で備蓄するようなことなど、ほとんど行っていない!」
「じゃあ今すぐ獲ってこい!! 俺たちがどれだけの人数でいると思ってやがるんだ!? これっぽっちじゃ数人の腹も満足に満たせねぇだろうが!! 早くしねぇと、本気でこのガキの首を切り落とすぞぉ!!」
その瞬間、私はいきなりその人間に服を掴まれて、近くの木に背中から押しつけられた。
痛い、と思う暇もなく今度は金属の棒――剣を突きつけられて、集落のある場所を教えるように脅された。
「舐めてんのか!! 誰がそんな得体の知れねぇもんを持ってこいって言った!? 怪我を治療する道具っつったら、薬や包帯だろうが!!」
「私たちの集落では、これが薬なのよ!! これは魔力をため込む性質がある木の葉っぱや果物をすりつぶした痛み止めの飲み薬で、こっちは殺菌と凝固効果のある魔物の血や内蔵から作った止血剤、これは魔物の皮を剥いで作った包帯よ!!
全部私たちが作ったものだから、人間が使うような薬なんて持っていないわ!!」
「……ちっ!! 使えねぇ畜生どもがっ!!」
間近で見た人間の顔は、怖かった。
青くなった顔で私を見下ろす目は、色んな感情が入り交じっているように見えた。
怒り、焦り、怯え。
何より、私を見ているようで見ていない、何かに対する強い恐怖。
そんな、寒気がするほど暗い目に睨まれた私は、抵抗することが、できなかった。
「仕方ねぇ、何もないよりマシだ!! 全員、これで軽傷者を優先に治療していけ!! 限界が近い奴は見捨てろ!! 俺たちが一人でも多く生き残るには、死に損ないの足手纏いより確実に使える戦力が必要なんだからな!!」
『はい!』
そして、今。
私は人間の人質になって、お母さんや集落のみんなに迷惑をかけ、足手纏いになっている。
悔しかった。
私は、強くて、格好良くて、勇ましい戦士にずっと憧れていた。
獅人族の歴史の中で、一番強かったといわれている『ノイル』みたいに。
何より、今は集落にいないけど、大人たちの誰よりも強かったお父さんみたいに。
友達や家族を守れる、格好いい戦士に、ずっとなりたかったんだ。
それなのに私は、私の力で守りたいと思っていたお母さんや集落のみんなに庇われて、守られている。
守るべき人に守られてしまっている『弱い自分』が、どうしようもなく惨めで、情けなくて、悔しかった。
「……クソッ!! いつまで待たせる気だ!! こっちはもう何日も飯にありつけてねぇんだぞ!?」
「簡単に言うな! 我々がいくら狩りに慣れているとはいえ、食料調達がそう容易なはずがないだろう!? 一日の大半を狩りに使っても、収穫がないこともある! 要求には従っているんだから、手荒な真似はよせ!!」
でも、それ以上に私は、この人間たちが怖かった。
首に押しつけられた剣は、私たちの爪よりも固くて、冷たくて、錆び付いた臭いがした。
動物とは違う、人間の、血の臭い。
この剣が、たくさんの人間を殺した道具だってわかったから、私は怖くて、動けなかった。
私だって、数年前から大人に混じって、何度も魔物や動物の狩りをしてきた。
自分で獲物を見つけて、自分で獲物をしとめて、自分で獲物の解体をしたことも数え切れない。
『魔物の血の臭い』で怖がることは、もうない。
でも。
『人間の血の臭い』……それも『たくさんの人間の臭いが混ざって濁った血の臭い』は、一度も嗅いだことがない。
男の人、女の人、小さな子ども、年をとった老人。
間近にあることで利きすぎる『鼻』が、全部混ざった『人間の血』を一つ一つ区別し、この剣で『殺された』ということを、はっきりと私にわからせてくる。
それが、怖かった。
この人間が『簡単に人間を殺せる存在』だって。
私を殺すことに『何の躊躇もない存在』だって。
自分のためなら『同族を見捨てられる存在』だって。
何より、私たちと言葉が通じて、私たちと似た姿をしているのに、私たちの常識や理解を超えた『存在』なんだって、気づかされて。
私は、どんな魔物と戦うよりも、怖かったんだ。
「今日はこれが限界だ! もういいだろう!? シェンスウェリエを返せ!!」
どれくらい、時間が経ったんだろう。
すっかりあたりは暗くなっていて、集落の大人たちが捕まえてきた獲物が集まっていた。
しとめられたのは、鹿の魔物が二体と、犬の魔物が一体だけ。
この頃になると私の感情はどこか麻痺していて、今日の狩りは調子がよくなかったんだな、と他人事のように考えていた。
「いいわけあるか!! 誰が死体のまま出せっつった!? さっさと食えるように解体しろよ!!」
集落の大人が私と交換しようとしたけど、人間は取り合わない。
まるで幼い子どものように、私に武器を向けるだけで自分たちで何もしようとしなかった。
それが、決して気が長い方じゃなかった大人たちの我慢を、ついに破ることになる。
「……いい加減にしろ!! 生まれたばかりの乳飲み子じゃあるまいし、血抜きした動物くらい自分で解体できるのが当たり前だろう!! 人質を取られているからとはいえ、そこまで子どもじみた面倒まで見るつもりはない!!
貴様らこそ、どこまで我らを侮辱するつもりだ!?」
集落の長が人間へ怒るのも当然だった。
私たちの集落では、だいたい5~6歳の時から親の手伝いをし、狩りの仕方から獲物を食べやすくする加工方法までを、一通り教えられて育つ。
よほど物覚えが悪くて不器用な子どもでなければ、10歳になる頃にはほぼ全員が身の丈にあった獲物なら一人で狩れるようになるし、集落周辺で活動する動物の捌き方も一通り体得している。
よって、今まで集落の大人たちがさせられていたことは、私たちにとって『子どものおつかい』と同じ、一人前の大人ならできて当たり前のことばかりだ。
人質を守ろうとする気持ち以上に、集落の大人たちにとってはまるで『子ども』扱いされているような命令は、とても屈辱的だったに違いない。
むしろ、獣人族の中でも特に気性が荒い獅人族の大人たちが、よく今まで我慢したなと思うくらいだ。
「お、俺たちに逆うのか!? このガキがどうなってもいいのか!?」
人よりも獅子に近い見た目をした長の迫力に怖じ気づいたのか、少し声を裏返らせた人間は、見せつけるように私へ剣を突きつけてくる。
でも、もうそんな脅しは通用しないだろう。
長は一度頭に血が上ると、別の大人が数人がかりでも止められないような乱暴者で有名だ。
冷静な話し合いができる余地は、もうない。
「やれるものならやってみろ! ただし、覚悟しておけ! 我が集落の同胞たるシェンスウェリエに手を出した瞬間、貴様らの命も同時に潰えるとな!!」
やはり、長は怒気と牙を露わにし、集落の他の大人たちにいつでも戦えるように指示を出す。
抑えていた殺気が一気に解放され、薬で治療した人間たちは明らかに狼狽え、何度か地面を後ろに踏みしめる音が聞こえた。
「――ちくしょうがぁ!!」
瞬間、私にずっと剣を向けていた人間が、いきなり私を突き飛ばした。
代わりに、人間たちは長たちが捕まえてきた獲物を掴むと、素早く集落から離れるように森へと消えていく。
「シェンスウェリエ!!」
不意に解放された私は呆然とすることしかできなくて、力が抜けた体をそのまま地面に投げ出した。
お母さんの声が聞こえるけど、顔を上げて返事をする余裕もない。
でも、これでもう、怖い人間はいなくなった。
もう安心していいんだ。
そう、油断してしまった。
「シェン、ずっ!? う゛ぇ……り…………」
突然、お母さんの声が、濁ったように変わって、消えた。
「……ぁ、ぇ、っ?」
そして、私の耳は『ナニカ』が地面に倒れた音を拾い、同時に鼻が『ダレカ』の血の臭いを嗅ぎ取った。
「――っが!?!?」
それが『ナニヲ』意味しているのか、理解する暇もなく。
今度は、私の頭の先で、すごく大きな爆発音と激しい熱風が吹き荒れ、私の体は呆気なく宙を舞った。
状況への理解が追いつかないまま視点が何度も上下していた私は、太い木の幹に背中を打ち付けてから、ようやく止まった。
だけど、頭が真っ白になっていたからか、受け身を取ることすら出来ずに衝撃をまともに受けてしまい、思わず声が漏れる。
「……ぅ、うぅぅ…………っ!?」
木の根本にずり落ち、激痛に堪えながら重い頭を持ち上げる、と……。
「…………ぇ?」
そこには、地獄が広がっていた。
「ぁ、あぁ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ!!??」
集落が、燃えていた。
私の家も、友達の家も、一番大きな長が住む家も。
集落の『大人たち』も、『友達』も、『私より小さな子ども』も。
そして、額と胸に矢を生やした『お母さん』も。
全部、ぜんぶ、ゼンブ。
燃える。
燃えていく。
何もかも、私の目の前で、燃え朽ちていく。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
私は、泣きながら叫んだ。
打ち所が悪かったのか、少しでも動けば全身に激痛が走り、体がまるで言うことを聞いてくれなかったから。
人間が逃げ様に放っただろう矢で身動きが取れない仲間たちが、何度も放たれる魔法らしい炎で焼かれる姿を見ているだけで。
私は、泣き叫ぶことしか、できなかった。
喉が張り裂けそうな声に乗っていたのは、集落の仲間を失った悲しみだけじゃない。
死にいく仲間の行く末に心が締め付けられ、焦りと恐怖も同じくらい感じていた。
獣人族は死者を弔う時、種族に関係なく『獣葬』を行うのが通例だ。
死者と最後の別れをすませた後、遺体から爪や牙など、獣人の特徴でありその人の分身に当たる部分を遺族に残し、遺体は集落の外にいる動物や魔物の生息域に置いておく。
そうすれば、自然と遺体は動物や魔物の糧となり、明日の私たちが狩りで食す肉を育み、命の循環に乗ることができる。
巡り巡って私たちの血肉になった死者たちの肉体は、こうして私たちの血肉となってともに生き続ける。
先祖たちの力をその身に取り入れ、自分たちが獣人族であるという自負と、獣人族の力や魂を子孫が受け継ぎより強くなる決意を促す、私たちにとってとても重要な意味がある。
決して、遺体を燃やすなんて残酷なやり方はしない。
肉が焼かれてしまったら、それだけ死者が有した肉体の力は失われていく。
最悪、死者の血肉は命の循環から外れ、大地に還るしかなくなってしまう。
それは、死者を獣人族の系譜から排除してしまうことであり、死者の命を無駄に散らし、魂を孤独に落としてしまうことになる。
獣人族の『死』は、獣人族の未来を繋げる『糧』にならなければならない。
それは犯罪者であっても例外ではなく、獣人族が同族の遺体を焼くなんてこと、考えつきもしない所業だ。
それなのに。
どうして、こんなおぞましいことが、平気でできるのだろう?
こんな……っ!
私たちからすべてを奪うような、酷いことをっ!!
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!! う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!」
家を焼き落とす炎が爆ぜる音を『耳』で聞き。
お母さんや仲間が焦げていく臭いを『鼻』で嗅ぎ。
自分が犯した間違いで起こった結果を『目』に焼き付け。
私は、地獄を前にして、ただただ、無力だった。
「――げほっ! ごほっ!!」
気がつけば夜が明け、周囲には風の音しか聞こえなくなっていた。
鼻の奥に焦げた煙の臭いが突き刺さり、何度もむせる。
夜の闇を吹き飛ばした忌まわしい炎の光はすでになく、黒く焼け焦げた故郷のなれの果てが残されていた。
幸い、といっていいのかわからないけど、魔法の炎は集落だけを焼いて、周囲に延焼することはなかった。
だから私は、まだ、生きていて。
悪夢であって欲しかった現実は、私だけを置き去りに続いていく。
涙は涸れ。
声は掠れ。
心は削れた。
残っているのは、抜け殻になった私の隙間を埋めた、様々な感情。
失った涙の数だけ、すり切れた声の分だけ、こぼれ落ちた心の重さだけ。
湧き上がる『人間』への憎しみ。
卑劣で残虐な『人間』への恨み。
仲間を殺された『人間』への怒り。
多くの黒い感情が、私の欠落を満たしていく。
同時に、『人間』以外の対象にも、同様の感情を抱くようになった。
『人間』へ仲間を売った『迂闊な私』への憎悪。
『人間』の人質にされた『無力な私』への怨恨。
『人間』を前に萎縮した『臆病な私』への憤怒。
すべてを壊した『人間』と同じ、いや、それ以上に強い負の感情を『私』に向けていた。
私が弱かったから、こんなことになったんだ。
私がもっと強かったら、こんなことにはならなかったんだ。
私が、わたしが、ワタシガ――
――ぐぅ~。
「…………ぁ」
いっそ狂ってしまえれば楽だと思える絶望感の中でも、胃袋は空腹を訴え私を現実に引き戻す。
思えば、昨日の昼頃から、何も口にしていない。
ずっと続いた緊張感のせいで、ぜんぜん気がつかなかった。
でも、何もする気が起きない。
このまま皆と一緒に、消えてしまおうか。
そう考えたとき、ふと、ある事実に気づく。
「みん、な……?」
ゆっくりと伏せた顔を上げると、仲間の焼死体がいくつも転がる集落が目に映った。
――そうだ。
――私はこのまま死ねば、『獣人族』の血肉として戻ることが出来る。
――でも、皆は?
――消し炭のようになって動物も魔物も口を付けない身となった、皆は?
――命の輪に乗れないまま、
――大地に捨て置かれたまま、
――『獣人族』の血肉にもなれない孤独のままに消えていくのか?
「…………だめ、だ」
――お母さんも、長も、集落の皆も。
――そんな酷い仕打ちを受けることはしていない。
――そんな非道い扱いをさせるべきじゃない。
――そんなヒドい思いをさせちゃいけない。
「……ぐっ!」
――だから。
「が、あああああっ!!!!」
――ガブッ!
――ガリッ!
――ゴリッ!
――ジャリッ!
「っ! う、っ!? ん、ぐぅ!! は、ぁぐっ!!」
――吐くな。
――飲み込め。
――全部。
――ぜんぶ。
「っ、くっ! はぁ、はぁ、……あああああっ!!」
――お母さんも。
――長も。
――大人も。
――子どもも。
――全員。
――私が。
――生き残ってしまった私が。
――他の『獣人族』の元へ。
――集落の『獅人族』を孤独にさせないために。
――連れて行くんだ。
――混ぜろ。
――溶かせ。
――宿せ。
――『獅人族』を、『罪人』に。
――それが、『獅人族』に報いる、唯一の贖罪だから。
「……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
すべての『獅人族』を抱え込んだ後、また、周囲は闇に包まれていた。
地面には多くの骨が残されており、母親だった頭蓋骨を抱え、うずくまる。
口の中には、血と肉と炭の味が濃く残っている。
鼻の中にも、血と肉と炭の臭いがこびりついて薄まらない。
目の中から、血と肉と炭で作られた血が止めどなくあふれ出す。
同時に、焼け落ちた集落にも、たくさんの雨が降り注いだ。
「お母さん、長、みんな、……ごめん」
それは『獅人族』が泣いているようだった。
お前のせいだと責めるように。
お前のせいだと嘆くように。
お前のせいだと怒るように。
大粒の雨が、痛いくらいに体へ叩きつけられる。
何度も。
なんども。
ナンドモ。
「でも、私は…………オレは」
オレは。
顔を上げて。
『獅人族』の罵声を全部受け止めて。
告げる。
「絶対に、『獅人族』を、『獣人族』のところへ、連れて行くから……」
だから。
その間だけ。
我慢して欲しい。
それまで、『罪人』は『獅人族』が殺すから。
『獅人族』が『獣人族』に還るまで、『罪人』を殺し続けるから。
――だから。
「少しの間だけ、汚い身体に閉じこめておくことを、許してくれ……」
この日。
『獅人族』の集落が一つ、なくなった。
『人間』と、『罪人』の手で、消えた。
残ったのは、『罪人』の形をした、『獅人族』。
『獅人族』の死を無駄にしないための、『血肉』だけ。
「――行かなきゃ」
残った『獅人族』は、一人、歩き出す。
雨は、『血肉』を『獣人族』の元へと急かすように、よりいっそう、強くなっていった。
時系列はヘイト君と出会うおよそ三年前、にゃん娘ちゃんが当時十三歳の出来事でした。
補足として、鳥葬という文化に類似する獣葬の思想を尊重したが故の行動であって、獣人族に食人文化はありません。
今回はどちらかというと、独特な死生観における死者の弔いを実現しようとした、一種のイレギュラー的代替行動です。
とはいえ、どう言い繕っても食人行為なので、どうしても受け入れられない方はいらっしゃると思います。
が、これも信仰や宗教の違いと捉えていただければ幸いです。
……しかし、ご当地とはいえヒロインの過去話のはずなのに、何でこんなことになってしまったんだろう? 書いた作者がびっくりです。
後、獣人族の種族ごとにおける読みをわかりやすくするため、過去のストーリーにもルビを振ることにしました。
とりあえず既出の種族としては、狼人族、獅人族、狐人族、兎人族、熊人族などです。ほとんどそのまんま読める物が大半かもしれませんが、念のため同じように表記しようと思いました。
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名前:シェンスウェリエ
LV:21
種族:獅人
適正職業:闘士
状態:心神耗弱
生命力:110/500
魔力:10/20
筋力:75
耐久力:40
知力:5
俊敏:110
運:30
保有スキル
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