14話 【勇者】
『日本人の代表者』や【勇者】って立場から見れば、立派な考えだろうよ。
クソ王の召喚に引っかかったのは【勇者】を持ってた会長がいたからで、学校連中は全員それに巻き込まれただけ。
だから、そいつらに対する負い目も引き受け、誰一人として欠けることなく帰還させようって姿勢は……あぁ、素直な気持ちで賞賛できるさ。
【普通】や『冷徹』みてぇに頭をすっきりさせるようなスキルもなく、素でそんだけ考えられるだけでも大した聡明さと胆力だ。
その上、この世界で屈指の力を得ても傲らず侮らず、現状を正しく理解しようとして己を磨く姿は――なるほど、性根も【勇者】みてぇじゃねぇか。
純粋な力だけじゃなく、人間性をとっても俺なんかじゃ到底敵わないスゲェ人だよ。
――だが、それでも俺は気に入らねぇ。
はっきり言や、反吐が出るぜ。
「【魔王】を倒さなきゃいけねぇ責任、周囲の勝手な期待が集まる重圧、俺らを守らなきゃなんねぇっつう罪悪感と使命感……その他諸々に押しつぶされそうなのに他人の面倒まで見きれるか! ってか?」
ああ、そうだな。俺も会長と同じ立場だったら、鼻くそぽっちならそう思うかもな。
会長の弁は至極まともで、絶対的に正しいさ。
『普通の人間』だったら、な?
「要するにさぁ――『こんな力なんていらねぇ!』って言いてぇんだよな?」
「っ、なにを、わかった風な口を!」
「わかんねぇよ。アンタのことなんて何一つ。わかる気もしねぇし、わかりたくもねぇ」
「い、いきなり、なんなんですか……?」
ここに至って俺の雰囲気が違うことに気づいたのか。
感情任せだった会長の言葉から勢いが削がれ、戸惑いで曇ってたじろぎ始める。
ただ、態度が変わった原因まではまだピンときてねぇらしい。表情にわずかな不安をのぞかせてしゃがんだ状態から立ち上がり、一歩、俺から離れようと足を引いた。
「『なんなんですか』はこっちの台詞だっつうの。
アンタの勘違いにはほとほと呆れるな。
アンタの言うこと全部、致命的なまでに自分本位じゃねぇか」
会長が気後れしようが構わず、俺も一歩踏み出すことで逃げられた距離をすぐさま縮める。
「まず、アンタの力は『権利』であって『義務』じゃねぇ。
喜んでもらったもんだろうが無理やり押しつけられたもんだろうが、与えられたもんをどう使うかは自分の『自由』だろ? 誰かのために使わなきゃいけねぇ、なんてルールがどこにある?
それをなんだ? やれ期待がどうとか責任がどうとか喚いた挙げ句、こんなもんいらなかっただぁ? ――てめぇで勝手に自分を追いつめてっただけだろうが。
アンタの主張の根幹にあんのは、【勇者】を振るう理由を周りに押し付けて責任転嫁したいっつう、最低な『ワガママ』なんだよ」
日本にいた頃でたとえるなら、いきなり宝くじの高額当選者になっちまって、使い方に迷ってる内に湧いて出た外野の雑音に八つ当たりしてるようなもの。
つまり、【魔王】って化け物に匹敵するだろう【勇者】を持ちながら、自分は一切『責任』を持ちたくねぇなんて言いやがったも同然なんだよ。
そればかりか、会長は『周りのせいで苦しんでますよ』って同情を買うため、『権利』と『責任』から逃げ出したい理由を他人に擦り付けようとしてやがる。
これならまだ、自分勝手に力を振りかざすバカの方が救いがあるぞ。あとで必ず、自分がした行動のツケを払うことになるんだからな。
だが会長は、そのツケを払う気が最初からねぇんだぞ? 意図的にせよ無意識にせよ、自分の【勇者】に無責任すぎんだろ、質が悪ぃにも程があるわ。
悲劇のヒロインぶるのは結構だがな、俺たちはもう子供じゃいられねぇんだよ。
『代表者』として、【勇者】として立つって自分で決めたんなら、自分の『意志』で『責任』も飲み込んで貫けよ。
俺はとっくに、相手が誰だろうが俺の『敵』になる奴は『殺す』、って肚くくったぞ?
それで自己嫌悪しようが後悔しようが絶望しようが、俺の『責任』で、俺だけの『意志』で、自分の道を決めてやる、ってな。
それくらい覚悟できなきゃ……簡単に自分を殺しちまうような環境に落とされちまったんだからよ。
「それに、アンタが日本人もこの世界も全部丸ごと、『努力するだけ』で救えると思ってんのもふざけた話だ。
いくら【勇者】だ何だっつっても、所詮は個人の力だ。本当に守りたいもんがあったとして、一人が守れる範囲はせいぜい『自分の腕の広さ』くらいしかねぇ。
アンタもそのことはわかってんだろ? だっつうのに、ちょっと他人よりできることが多いだけのくせに、あれもこれもあっちもそっちも全部背負います、ってか?
つまり俺らは、アンタの庇護なしじゃ生きていけねぇほどカスだって言いてぇのか? アンタに全部おんぶにだっこじゃねぇと、俺らはさっさと死ぬしかねぇのか?
んなわけねぇだろうが。俺らを見下すのも大概にしろよ、クソが」
次に鼻についたのは、『会長が俺らを守ってやる』と言わんばかりのえっらそうな発言だ。
要は会長自身も浮かれたバカと同じ、知らず知らずに【勇者】って言葉に引きずられて俺らを格下に見てやがった、って暴露だろ?
【勇者】の努力で守れる世界なんざ、たかが知れてんだよ。一人の【勇者】や『英雄』が世界を救えんなら、地球から戦争がなくなっててもおかしくねぇっつの。
それに、会長にわざわざ守ってもらわんでも、自分の身くらい自分で守るっつの。少なくとも、俺は会長に頼るつもりは微塵もねぇ。
っつか、鍛錬さえ積めば何とかなるとか、本気で思ってんなら虫酸が走るわ。まだ城の外に出てすらいねぇだろうに、もうこの世界を知った気になってんのか?
現実を舐めてんのはどっちだよ?
「最後に、『努力』ってのは質も量も形もその人それぞれで違う。アンタがどんだけ努力してきたのかは知んねぇけどよ、全員がアンタのペースに平然とついていけるわけねぇだろうが。
『日本人最強のステータス』を有してるだろう、アンタの努力に。
アンタからしたら怠けてばかりに見えても、そいつらにとっちゃ限界だったのかもしれねぇ。キツイ勉強や訓練ばっかじゃ息がつまるから、遊びを挟んでガス抜きした方が効率が上がる奴もいる。
アンタの正論に反発したのも、精神的に追いつめられてたって可能性はねぇのか? 楽観的すぎるバカは救いようがねぇが、悲観的すぎる弱ぇ奴でも同じようにケツをぶっ叩くつもりか?
ストレスをため込んだ奴を正論でさらに追いつめて、ぶっ壊れちまったらとか考えなかったのか? まさか、【魔王】を倒す前に味方を内部から殺すつもりだった、とか言わねぇよなぁ?」
正直なところ、俺は会長たちが受けている訓練の内容を知らねぇから、実際のところ日本人がどういう状況になってんのかはわかんねぇ。
ただ確実に言えんのは、できる範囲が違うんだから成長に必要な時間も効率も違ってきて当たり前だ、ってこと。
中にはマジでサボってるバカもいるだろうがよ、真剣にやっててなお、ほとんどの奴らはサボってんじゃなくて、ただ会長に『追いつけねぇ』だけなんだ。
なのに会長は、集団の中で『自分が一番優れている』とわかっていながら、自分にも他人にも厳しい【勇者】と同じ水準の努力を他人にも求めていた。
その思想ややり方が間違いとは言わねぇが、一方的に他人へ押し付けちまえば反発を買うだけだ。最悪、集団の内部分裂まで起こりかねねぇぞ。
……とはいえ、この忠告は現時点の俺にゃほとんど関係ねぇんだけど。
何せ、将来的に味方になるかもしんねぇと同時に『敵』になる可能性もあんのが、『俺にとっての日本人』って存在だからな。
ま、そいつらをどう扱うかはそん時に考えるさ。
「そ、んな、……わたしは、そんな、つもりは…………」
異常な環境の中で余裕などなく、視野も狭まってたんだろう。会長は自分の言葉が含んでいた意味にようやく気づいたのか、先ほどよりも顔色を悪くしてまた一歩、足をよろめかせて後退させる。
さっきのピリピリした空気はどこへやら、今じゃまるっきり隙だらけで、得物に添えていた手も宙に浮かんで彷徨うばかり。
かなり混乱しているようだが、関係ねぇ。
ここで一気に畳みかけるため、俺が一番苛ついたことを直接ぶつけた。
「――アンタはいいよな、この世界に来たときから他人の心配だけしてりゃいいんだからよ?
さっき、『何とかなる』とか『死にはしない』とかほざいたバカを罵ってたが、アンタの言葉にも端っから自分の身を心配してねぇって本音が漏れてたの、気づいてるか?
肝心なところで緊張感も危機感もねぇんだったらよ――アンタもそいつらのこと、バカにできねぇんじゃねぇのか?」
おそらく無意識だろうが、会長はずっと『他人』についてばかり口にしていた。自分自身の安全はすっぽり抜け落ちたように、な。
俺から言わせれば、ステータスやスキルのおかげで自分は簡単に死なねぇと思ってるだけで、根拠のねぇ自信を楯に現状を楽観視しているクソと思考回路は同じなんだよ。
『自分だけは大丈夫』ってか?
――そんなもんはただの甘えだ。
俺はこの一ヶ月、自分が死なねぇように立ち回ることしか考えられなかったんだぞ?
ホント、ふざけてやがる。
「あ、あなただって、さっき同じようなことを言っていたではありませんか……」
一方的に責め立ててばっかだった俺に対して、会長も負けじと俺の前言を取り上げ反論してきた。
メンタルはボロボロっぽくても、論理的な矛盾をつけるだけの思考力は残ってるみたいだな。
が、俺の言動をそっくりそのまま『俺の本心』だと信じ切ってんのは減点だ。
少し大げさにため息を吐き、会長にだけ聞こえる小声で告げる。
「(――わざとに決まってんだろ。
いつどこで誰が俺らを監視して、耳をそばだててるかわかんねぇんだ。
イガルト王国に敵対する意志があると思われれば、最悪あの国王に殺されるかもしんねぇじゃねぇか)」
「っ!?」
俺の台詞がよっぽど予想外だったのか、会長は疑問や怯えが吹っ飛んだように目を見開いて息を呑む。
ちなみに『わざとバカを演じてる』って風に伝えたのは、俺がイガルト王国側の目を欺いてるって事実より、会長にイガルト王国はヤベェって疑念を植え付けられれば、と思ったからだ。
クソ王に殺されるかも? って意味じゃ、俺はもう完全に敵視されてっから手遅れだしな。
っつか、話を聞いてりゃこの会長、仮にも日本人の『代表者』なのにイガルト王国側を信用しすぎなんだよ。
人を疑うことを知らねぇのか? それはそれでおめでたいとしか言いようがねぇけどな。
何だっけ? 【魔王】を倒せりゃ日本に帰れるっつったか?
どうせクソ王が口にした無責任発言だろうけどよ、少し考えればわかんだろ?
――誰が保証できんだよ、そんなこと?
【魔王】は話によると、突然現れた謎の襲撃者、ってだけの立ち位置だ。
厳密にはそれも不確定の情報なんだが、少なくとも『日本人の召喚』と『【魔王】の存在』は間接的な因果関係はあっても、直接的な結びつきはまったくねぇ。
仮に【魔王】を倒したところで、俺らがイガルト王国に召喚されたことと何の関係もねぇ以上、日本への帰還に必要不可欠な条件なわけがねぇんだよ。
本当に日本に帰りたいなら、それこそ俺らが【魔王】を倒すよりも確実な方法はある。
イガルト王国を屈服して日本送還用の魔法なりスキルなりを探し出させるか、新たに作らせるとかな。クソ王が使えねぇなら、俺らが自分たちで見つけるか作るかしてもいい。
いずれにせよ、日本人はまだこの世界の『被害者』であって、『当事者』じゃねぇんだ。わざわざ【魔王】を倒してやる義理なんざねぇんだよ。
んなことにも気づかねぇようじゃ、この先が思いやられんぞ。
そう思ったからこうして助言してやってんのに、ちゃんと会長は頭に入ってんのか?
なんか不安だし、もうちょい念を押しとくか。
会長が硬直したまま動かないのをいいことに、俺はもう一歩足を踏み出して互いの距離をゼロにした。
そして、驚愕に染まった会長の顔しか見えなくなるほどの至近距離まで顔を寄せ、先ほどよりも声を潜めて釘を刺す。
「忠告しとくぞ、水川花蓮。
イガルト王国を信用すんな。奴らのすべてを疑ってかかれ。
でないと、アンタが守りたかったもんは全部――アンタの手から滑り落ちていくぞ?」
「…………」
他にもいいてぇことは山ほどあるが、ここいらが潮時だな。
反応も薄く呆然としたままの会長を放置し、言いたいことを言い終えた俺は背を向ける。
こんだけ危機感煽られて何も変われねぇなら、もうどうしようもねぇ、か……。
リーダーの言動ってのは、時に集団全体の生き死にを決めちまうくらいには重い。もしかすると、これからの会長の動きが日本人の末路を左右するんじゃねぇか? なんて、ふと思う。
ま、俺にはもはや関係ねぇけど……なんて鼻で笑いつつ、俺は会長の視線を背中に感じながらその場を立ち去った。
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名前:平渚
LV:1【固定】
種族:日本人▼
適正職業:なし
状態:【普通】▼
生命力:1/1【固定】
魔力:0/0【固定】
筋力:1【固定】
耐久力:1【固定】
知力:1【固定】
俊敏:1【固定】
運:1【固定】
保有スキル【固定】
【普通】
『冷徹LV3』『高速思考LV4』『並列思考LV4』『解析LV4』『詐術LV4』『不屈LV3』『未来予知LV3』『激昂LV8』『恐慌LV9』『完全記憶LV4』『究理LV3』『限界突破LV3』『失神LV2』『憎悪LV8』『悪食LV1』『省活力LV2』『不眠LV2』『覚醒睡眠LV1』
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