103話 和やかな昼食
「ふっ、他愛もない……」
「テ、テメェ!! チビたちに何したかわかってんのか!?」
ただただ満足感に浸っていたが、すぐににゃん娘からガチ気味の焦った怒声が向けられる。
おおかた、他人ん家の子どもに手ぇあげたことを非難してるんだろうが、それならもっと早めに言えっつの。
しかし、毛のあるほ乳類だけじゃなく、鳥類とかは虫類とか両生類とか節足動物とか、雑多な種類はあれど感度は似たり寄ったりだったな。
鱗や甲殻類みてぇな素で固ぇ部位は例外だったが、ほとんどが知覚過敏っぽい。鱗や甲殻類であっても、裏側にある皮膚は超敏感だったし。目立つ弱点は大変そうだ。
動物的特徴の細かいケアはもちろん種族ごとにそれぞれ異なるが、獣『人』であるためか基本的に人間とほぼ同じやり方で間違いねぇ。
栄養のあるもん食ったり、外からトリートメントしたりとか、そんなんだ。
しかし、ほとんどのガキはショタ猫同様、動物的特徴に不健康の兆候が見られた。
毛並みを全く気にしてねぇってのも要因の一つだが、最大の原因は獣毛まで十分な栄養が行き渡っていないからだろう。
獣人族はいきなりイガルト人に国を追われ、半ば不法入国でひっそりと隠れ住んでるのが現状だ。
身だしなみを気にする余裕もなけりゃ、食糧の安定的な確保も厳しく、十分な飯を食える環境にねぇんだろうな。
いざという時のために十分な力を発揮できるよう、食料は優先的に防衛力=武力の高い成人男性に振り分けられてるはずだし、ガキが多少の我慢を強いられるのも当然か。
「よーし、じゃああの熊を捌いて昼飯にするか! お前ら、飯が食いたきゃ隠れ里から調理器具と調味料と飲み水をかっぱらってこい!」
「はぁ!? ちょっ、テメェ何を……!?」
『ごはんっ!?』
だからってわけでもねぇが、さっき殺した魔物を食うと言ってみると、ガキどもは一気に復活した。
ただし、昼飯の条件が『盗み』だからかにゃん娘はすぐに止めようとするが、ガキどもは誰一人聞いちゃいねぇ。
おいおい、明らかに欠食児童の反応だぞ、これ? 飯くらいもっと食わせてやれよ。
「コツは親にバレねぇように少量ずつ、それぞれ分担してちょろまかすことだ! こんだけ人数がいるんだから、集めりゃ相当量になるはずだからな!
ただし、飲料水は心持ち多めにかすめ取れ! 喉を詰まらせたらヤベェからな! わかったら役割と確保量を決めて盗ってこい!」
『おーっ!!』
「待てチビたち! 戻ってこい!!」
矢継ぎ早に指示を出すと、ガキどもは嬉々として隠れ里へと戻っていった。にゃん娘の制止をガン無視して。
哀れ、ガキどもの背へ延びたにゃん娘の腕は空しく虚空を泳ぎ、誰一人として捕まえられることはなかった。
「~~っ!! おい、テメェ!!」
「あ、にゃん娘はこっちな。今からしとめた魔物の血抜きすっから、ナイフかその爪貸せ。ついでに毛皮も剥いで部位ごとに解体しとくか~」
「ナイフなんざ持ってねぇし、オレの爪を何だと思ってんだコラァ!!」
え? 即席の解体道具?
と言う暇もなく、にゃん娘は躊躇なく俺に襲いかかって来やがった。
どうでもいいが早くしろよ。肉は鮮度が命だぞ。特に熊は肉が獣臭ぇんだから、さっさと処理しなきゃ食いにくいだろうが。
ブチギレて爪を乱舞しまくるにゃん娘にため息をつきつつ、森熊の死体へ駆け寄ると文字通りの肉の盾とした。
瞬間、森熊に幾筋もの切り傷が生じ、勢いよく血液が噴き出した。
うし、これで傷口を下に向けりゃ血抜きはおおむねクリアー。後はもう少し毛皮に切り込みを入れとくか。
そんなこんなでガキどもの帰りを待つ間、にゃん娘との共同作業で森熊の下処理を進めていく。
ついでに、にゃん娘がガキどもを慰めている間に寄ってきた魔物の死体も集め、にゃん娘カッター(ただの爪)で下処理をすませ、昼飯のラインナップにあげることに。
にゃん娘がいいように利用されているとようやく気づいた頃、ガキどもが戦利品を持って集まってきた。
見ると予想通り、貧しい自給自足を強いられた生活の集落で、普通の町で得られるような調味料はほぼなかった。
が、最低限食えるもんなら出せると調理開始。
ガキどもが持ってきたのは、ほぼこの森で採れるハーブとか香辛料の類だったから、即行で出来る臭み消しに使った。やや香草の匂いがキツくなったが、獣臭さよりマシだろう。
それに加え、何人かが盗ってきた塩で味付け。しかし、まさか森ん中のサバイバル生活で、塩があるとは思わなかった。誰かが付近の町から買い付けたのか?
多少感心しつつ、次は《機構干渉》で一時的に「火魔法」を取得して火をおこすと、にゃん娘やガキどもに火の番を言いつけた。
この頃になるとガキどもも和気藹々と焼けた肉に涎を垂らしている。
その間に、俺は単独で食用の果物や木の実を採ってきて、苦し紛れだが魔物肉ステーキのソースを作る。
なるべく肉の脂でしつこくならないよう、甘みや酸味が強い果物をチョイスしたが、味はどうなることやら?
で、ちょいちょいにゃん娘やガキどもが肉を焦がしつつ、大量の魔物肉で作った昼飯が完成した。
『ごちそうさまでした!!』
「はい、お粗末さんでした、っと」
「…………納得いかねぇ。何でコイツ、オレより料理が上手ぇんだよ……?」
その後、適当に作った俺のサバイバル料理を食い尽くしたガキどもは、満面の笑顔で腹をさすっている。
味はともかく量はかなりあったから、空腹だったガキの胃袋は満足させられたはず……っつか、獣人食い過ぎだろ。
全員で何キロ食ったんだよ? 熊まるまる二頭と狼五頭にウサギ三匹全部完食ってどうなってんだ?
そんな底なし胃袋のガキの近くで、ついでににゃん娘にも労働対価として肉を寄越してみたが、何か悔しがっていた。
俺の家庭スキルに苦虫を噛み潰したような表情を浮かべつつ、結局にゃん娘も完食してたな。
料理屋でのバイト経験がある俺を舐めんなよ。雑用ばっかの上、たった三ヶ月でクビだけどな!
実際のところ、料理は材料レシピと調理手順がわかれば、だいたい食えるもんは出せる。そうした知識だけなら《世理完解》でどうとでもなるから、さほど苦労もねぇ。
一番注意を払ったのは食材の毒の有無だ。自分だけだったら《永久機関》で無視できるからいいが、ガキどもはそうはいかねぇからな。
個人的には紫色のリンゴ(猛毒)とかオススメなんだが、今回は自重した。
意識が飛ぶくらい癖は強いが、なかなかどうして味わい深い。《世理完解》によると、『偉人』級の魔物でも一口食ったら即死らしいけど。
「さて、午後からは『ゴブリン狩り』をグループに分かれてやってもらうぞ。ルールは俺がランダムに決めるからな。さっきの間違いを振り返り、今度はきちんと考えてやれよ~?」
『えぇ~っ!? またぁ~!?』
それはともかく、飯の後にまた運動をやらせようとしたらガキどもからブーイングが上がった。
体を動かすことは好きだろうに、ここまで渋るのは一回目が散々な目に遭ったからだろうな。
俺に負けたり、魔物に襲われたり、獣人族のシンボルいじくり回されたり。
あ、原因全部俺だな。
「ったりめぇだバァカ。そもそもテメェら、負けたままで終わって悔しくねぇのかよ?」
かといって、焚きつけるのをやめたりはしねぇ。
挑発的な笑みを《精神支配》で作り、さっきお前らは負けたんだ、とわざと認識させてやると、ようやくガキどもの表情が変わる。
どいつもこいつも、負けず嫌いなこって。これだから獣人は脳筋種族なんだよ。
「ちなみに、負けたチームには俺からお仕置きな。気合い入れろよ」
『ひぃっ!?』
補足で冗談っぽく罰ゲームありと伝えてみると、ガキどもはさらにやる気になったようだ。小さな悲鳴を上げ、隣にいるガキを威嚇し始める。
……モフられんのがそんなに嫌か?
「おいテメェ! チビたちにこれ以上何やらせるつもりだ!?」
「何だよ、ただの食後の運動だろ? 何ならお前も混ざるか?」
こっちがどんどん話を進めているのが気にくわなかったのか、にゃん娘が仲間になりたそうな目でこちらを見ていた。
仕方ねぇなぁ。一緒に遊んでやるよ。
俺とにゃん娘はお互いに遠慮なく殺し合った仲だから、特別だぞ?
「誰がやるk」
「いいな、それ! シェン姉もやろうぜ!」
「え? いや、オレh」
「待ちなさいよ! シェンお姉ちゃんはわたしたちといっしょなんだからね!」
「ちょっ、だかr」
「そうだよ。まずはチームを決めないとダメだと思うよ」
「そうじゃなくて、オレは……」
「いっしょにやろ? シェンおねーちゃん」
「……わ、わかった」
すると、最初は完全に拒否った顔をしていたにゃん娘だったが、ショタ猫、ロリ兎、ショタ狐、ロリ熊の連続攻撃を受けて言葉が続かない。
最終的には、ロリ熊による服の裾をクイクイ+上目遣いで落ちた。天然か養殖か微妙なところだが、あの年齢で養殖だったら末恐ろしいな、あのガキ。
「とはいえ、まだ飯食った直後だから動きづらいだろ? 暇だから、食休みの間は俺の故郷に伝わる物語を聞かせてやる。ありがたく思え」
『おぉ~っ!』
ただ、満腹状態でガキを走らせるほど俺も鬼じゃねぇ。あらかた体が十分に動けるようになるまでの時間を、ガキが喜びそうな話でもして間を繋ぐとするか。
案の定、ガキどもは目を輝かせて俺の周りに寄ってくる。純粋人種への警戒心はどこ行った? と切実に問いたい。
獣人族の野性が、餌付け一発で砕け散るほど弱いと知った瞬間だった。
「テメェ、チビたちに変なこと教えるつもりじゃねぇだろうな?」
「とか言ってる割には、にゃん娘もちゃっかり聞く姿勢万全じゃねぇか?」
「うるせぇ!!」
しかも、ガキどもだけじゃなくにゃん娘も興味津々なようで、ガキどもに促されるままちょこんと地べたに座り込む。
つっけんどんに悪態吐いてるとこ悪いけど、耳と尻尾がピョコピョコ動きまくってんぞ? 体は正直だな。
気持ちはわからんでもない。
話の読み聞かせなんて、娯楽にあふれた日本のガキだったらブーイングの嵐だろうが、この世界はとにかく情報関連の娯楽が少ねぇからな。
物語そのものは多く流布されてるんだが、一般人が物語を知る方法は流れの旅人や吟遊詩人に報酬を渡して聞くか、本を読むかの二択になる。
ただし、前者はたいてい酒の肴に披露されるもんだからガキが聞く機会はほとんどねぇ。
ガキが聞けるとするなら、親が本職に金をちらつかせて、わざわざ子どもの前に連れてきて聞かせるとかそんなところだ。
後者はもっと難しい。何せこの世界、識字率がかなり低い上、本ってめちゃくちゃ値が張るからな。
純粋人種の子どもの場合、世界唯一の宗教であるフォロゥ教の教会でやってる無料の寺子屋を利用するが、そこに行くのは元々ある程度家が裕福で、かつ地頭が良くないと通えない。
当然だ。この世界の人間のほとんどがいわゆる貧困層なんだからな。多少の貯金があるだけでも、町ん中じゃ一・二を争うほどの金持ち扱いだし。
そうなると親は食い扶持を稼ぐため、だいたい子どもに仕事を手伝わせる場合が多い。テメェの飯はテメェで用意しろ、ってな具合にな。
昔の『トスエル』でさえまあまあ裕福だったが、シエナがガキの時から働いていたことに変わりはねぇ。たいていの親は『その日の飯が一番』と考え、勉強する暇あったら金稼げ! となる。
それでも教会に行かせてもらえる奴は、勉強させれば将来は安泰かもしれない、と親に期待感を抱かせるレベルの頭脳がいる。
そんなガキの絶対数が少ねぇ上、親の見る目がない場合も多いから、これも大概レアケースだ。シエナやママさんレベルでさえ放置だから、こればっかりは運だな。
ってわけで、文字を覚えられるのは一部の中流階級以上の人間だけで、人類全体から見た『読める奴』はものすごく少ねぇ。
自然と『本』も少なくなるんだが、『読める奴』の中だけだと『読みたい奴』はかなり多い。
加えて、『読みたい奴』はある程度の金持ちしかいねぇから、価格の基準が一般層よりも高くなるのは必然だ。
その上で『本』の数が少ない結果、本はめちゃくちゃ貴重な高級品扱いになる、って寸法だ。
しかも、それは純粋人種だったときの場合。獣人族以下、大きい括りで『亜人種』と呼ばれる奴らの識字率はもっと低い。
フォロゥ教の教会は純粋人種のためのもんだから、亜人種に門戸が開いてねぇんだよ。あの宗教、亜人種を『人間』と認めてねぇ節があるし。
かといって、それぞれの種族に教育機関があるわけでもなく、ほとんどが族長みてぇな一部の特権階級が自分の子どもに口伝で教える程度だ。
下手したら、文字そのものがねぇ種族もいる。言葉を文字にする機会がねぇ文化や生活をしている種族にゃ、開発する必要性がねぇからな。
ちょっと話は脱線したが、要するにこの世界の感覚じゃ『紙芝居』=『ハリウッド映画』みてぇな変換ができるほど、情報関連の娯楽は一大イベントなんだよ。
余談だが、レイトノルフの金稼ぎで吟遊詩人の真似事をしなかったのは目立つから。
日本の話は足が着くし、この世界の話は知る手段が限られてっから、どっちにしろ余計な詮索を受けかねねぇんだよ。
「で? テメェの物語ってのはどんなんだよ?」
「そうだな~、結構いろんな種類があるんだが……」
獣人族全員ががっつり聞く体勢に入ったところで、渋ってたはずのにゃん娘が急かしてきた。素直じゃねぇ奴。
まあ物語っつっても、年齢層を考慮すりゃ童話あたりが無難だろ。
そう考えた俺がチョイスしたのは、コレ。
「よし。じゃあかの有名な『ツヒコ』の話をしてやろう」
正式には、『吉備津彦命』の話。
つまり『桃太郎』だ。
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名前:ヘイト(平渚)
LV:1(【固定】)
種族:イセア人(異世界人▼)
適正職業:なし
状態:健常(【普通】、【魔力減少・常】)
生命力:2004/2004(【固定】)
魔力:573/1812(【固定】)
筋力:176(【固定】)
耐久力:148(【固定】)
知力:183(【固定】)
俊敏:135(【固定】)
運:1(【固定】)
保有スキル(【固定】)
(【普通】)
(《限界超越LV10》《機構干渉LV2》《奇跡LV10》《明鏡止水LV3》《神術思考LV3》《世理完解LV2》《魂蝕欺瞞LV4》《神経支配LV5》《精神支配LV3》《永久機関LV4》《生体感知LV4》《同調LV5》)
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