98話 変化
隠れ里に喧嘩を売ってから、一週間が過ぎた。
「殺す!! 今日こそぶっ殺ぉーすっ!!」
「毎度毎度、威勢だけは一丁前だなにゃん娘! その台詞、昨日も一昨日も聞いたっつーの!!」
今日も今日とて、隠れ里にひょっこり顔を出してはにゃん娘と衝突し、命を懸けた戦闘を繰り返している。
俺は隠れ里の場所を特定してからずっと、毎日欠かさず獣人族の前に顔を出していた。
んで、その度ににゃん娘と死ぬ思いで戯れているわけだ。
ちなみに戦績は俺の全戦全勝。にゃん娘は身体能力こそ高ぇが、動きや思考が単調すぎるからか、簡単なフェイントやトラップにもすぐ引っかかるんだよな。
二戦目の砂かけ攻撃の翌日はやたら俺の手を意識してやがったから、足を引っかけてみたら盛大にこけていた。その際鼻を打っていたので、かなり痛そうだったな。
そう何度も同じ手をやると思ったのか? そうでなくとも戦闘時の視野が狭いから、足払いなんて単純な手に引っかかるんだよ。
その次の日は一撃離脱のヒットアンドアウェイで、俺から距離を取った戦法をしてきたから、にゃん娘の攻撃の勢いを利用した一本背負いで伸した。高一で習った武道の授業が役に立ったぜ。
しかし、にゃん娘の我流体術と獣人族のステータス頼りな猪突猛進じゃ、相手の力も利用するタイプの接近戦にゃ弱ぇな。地面が土じゃなかったら、骨折してたんじゃねぇか?
さらに翌日はファーストコンタクトで優位に立とうとしたのか、かなり高ぇ木の上から奇襲してきたから、《同調》で攻撃のタイミングを見計らい、攻撃軌道を見切った上で落下地点にそっとグーパンチを添えておいた。結果、顔面に入って悶絶。
スキルを使わねぇ獣人族からしたら、まさか事前に作戦がバレているとは思うまい。それにしてもカウンターに弱ぇな、にゃん娘の奴。
次の日には奇襲に懲りたらしく、とにかく俺に何もさせないまいと超インファイトで連続攻撃を放ってきたから、事前に仕掛けておいた落とし穴に誘導してはめた。
かなり深めに掘ったが、下に敷き詰めた葉っぱのおかげでダメージは減っただろ。
罠の制作には割と時間を割いたが、その分いい仕事が出来た。やっぱ『異世界人』のステータスは便利だな。バラエティ番組を見ていた知識も活かされ、非常に満足な結果が得られた。
さすがにここまでくると、翌日は猜疑心バリバリで俺を睨み、なかなか襲ってこなかった。
しかし、ちょっと挑発してやるとすぐに激昂。飛びかかってきたところを回避し、背後の落とし穴にはめた。深さ、当社比1.5倍。
これも隠れ里にある見張りの目をこっそり盗み、徹夜して土を掘り起こして作った。深さを変えたのは、ちょっとした付加価値をつけたかったからだな。
天丼(ネタの連続使用)にもスパイスが大事、ここテストに出るぞ。
一昨日は地面をやたら警戒し、木々を足場にして飛び回る空中戦をしかけてきたから、劣勢を装ってわざと隙を見せた後、頭上から石を詰めた学ランを落としてやったら一発で気絶した。
まず服が違う時点で気づけと言いたい。二日連続の落とし穴で、足下だけを意識しすぎだっつの。
マンガみてぇな脳天直撃には正直焦ったが、脳に異常はなさそうだった。にゃん娘が石頭でよかったよ。
んで、昨日は「もう騙されねぇ!」と息巻いて里から離れず俺を挑発してきたから、望み通りに俺から攻撃を仕掛けた。
何言われても無言で。
そうしたら俺の全く意味のねぇ目線や笑みなどのフェイントで動きが鈍り、あっさり倒すことが出来た。
ずっと言葉で挑発やペテンにかけてきたから、一転して終始無言でいてやると、些細なボディランゲージが罠に思え、かなり不気味に見えるもんだ。にゃん娘は引っかかりすぎだがな。
まあ、にゃん娘との今日までの戦闘で、毎回俺への対策を練ってきたことと諦めずに挑み続けた根性は認める。
策が少々幼稚ではあるが、俺を殺すためのひたむきな努力は無駄にゃならねぇからな。
はてさて、今日はどんな悪足掻きをしてくるのか、楽しみにしながらダメ出ししてやるか。なんだかんだで暇潰しにはなる。
一方で他の獣人はというと、俺への警戒心や敵愾心こそ変化はないものの、日に日に俺の登場に集まる人数が減ってきている。
満員御礼状態から徐々に減り、今では十人前後になってんな。
ただ、気になるのはそれが必要な戦力を効率的に運用するという考えではなく、『またあいつか……』みたいな慣れが招いているだけっぽいこと。
現に、俺への警戒を残す戦闘員の数そのものは減ったものの、騒ぎが生じてすぐだとまだかなりの人数が集まってきてたからな。
俺の姿を確認してから散り散りになる、っつう無駄な動きがまだまだ多い。
指揮官不在で連携惰弱の状況は変わらねぇが、拠点防衛の観点ではまだいい傾向か。
少なくとも、『○時だよ、全員集合!』よりはマシだと言える。あれはいくら何でも酷すぎだ。
加えて、新たな懸念も出てきている。
(……見られてんなー)
にゃん娘の爪を紙一重で躱しつつ、【普通】が察知していたのは敵意とはまた違った視線の気配。
それは隠れ里に点在する家々から注がれており、純粋な好奇心が主たる感情だと感じられた。
十中八九、獣人族のガキどもの目だ。
この一週間で成人男性の反応が変わったように、他の住民の見方も変わってきた証拠だろう。相変わらず女や老人は俺を嫌悪の目で見て家へ逃げてるから、成人以下のガキ限定だが。
最初の数日は、大人の反応にビビってか憤慨とか恐怖とかの視線が多かった。クソ王襲来の時を思い出して、純粋人種に悪感情を抱いていただろうから当然だ。
でも次第に、俺を見る目に疑問が強くなってきていた。より厳密に言えば、にゃん娘を手玉に取っているように見える、俺の行動についての疑問だな。
この一週間、何度も殺す機会があったにゃん娘を、どうして毎回見逃しているのか? もしくは、どうやってにゃん娘を簡単にあしらえるのか?
気になってんのは、おおよそこんなところだろう。
前者は『イセア人』も含めた純粋人種全体への疑問だな。故郷を潰し仲間を何人も殺した『敵』と大人から吹き込まれていれば、俺の行動は不審以外の何物でもねぇだろうし。
後者は純粋に強さへの好奇心ってところか。ガキでも獣人族だからか、強さへの憧れも他の人種より強い。年齢的には大人のにゃん娘を毎回倒す俺を見て興味が湧いた、ってところだろう。
ぶっちゃけ、にゃん娘が運んだ《同調》はすでにこの隠れ里全体に広がっており、読もうと思えば全員の記憶や思考を読むことも出来る。
が、ガキとはいえプライバシーは尊重すべきだろう。明確な『俺の敵』じゃねぇ限りそこまでする必要がねぇから、これらも単なる憶測にすぎねぇ。
とはいえ、正直ガキどもが何を考えてんのかは重要じゃねぇ。
問題の本質は、それよりもっと根が深く、深刻だ。
「テメェ、今度は何企んでやがる!!」
「え? 今夜の晩飯とか?」
「嘘吐けぇ!!」
うん、嘘だな。
「本当にそう思うか? もしかしたら嘘だと思わせておいて、本当に今夜の晩飯について真剣に考察しているかもしれねぇぞ?
昨日食った青と緑が綺麗な芋虫は美味かったし、地面に落ちてた楕円形の木の実は硬ぇが腹持ちがよかった」
「それも大嘘だろ!! ティドルフは人体に痙攣と壊死を引き起こす猛毒持った毒虫型の魔物で、ヌルカの実は食えば胃腸を一ヶ月以上も荒らす刺激物だぞ!!
まともに食えるわけねぇだろうがぁ!!」
えっ!? マジで!? あれ食えねぇの!?
っかしいなー、芋虫は鼻に抜ける強烈な臭みと、舌を抉り落とすような濃すぎる五味が癖になる味で、ドングリみてぇな実も唐辛子を思い出す適度な刺激で食いやすかったんだが?
うーん、人種の違いか?
もしかしたら獣人族には有害だって線も……あれ? 《世理完解》では純粋人種も食えないって出たぞ?
なら、『悪食』の流れで《永久機関》が仕事をしたのか? 自動回復機能付き呪い系スキルだし、その可能性が高そうだ。
同じ《永久機関》のおかげで食わなくても生きていけるからか、ここ最近は人が食えるか食えないかさえ確認しなくなってきたな、俺。
何だろう、順調に人間を辞めてる気がしてきた。
「……テメェ、マジで食ったのか? 本物のサイコ野郎かよ?」
すると、いったん仕切り直して距離を取ったにゃん娘から、心底呆れたような視線をもらった。余計なお世話だ。
「うるせぇな……、っつか、さっきから俺の考えを読んだみてぇな口振りしてんじゃねぇよ、何様だ?」
だがそれ以上に気になるのは、にゃん娘が俺の嘘を見抜き始めている点だった。
これでも詐欺系スキルを取得するほど、表面を取り繕うのは上手いと自負してるから、素直に驚きだ。
「この一週間でテメェの『目』を観察して気づいただけだ。
嘘を言うときと言わないときで、瞳孔の大きさが微妙に変わる。テメェの軽すぎる舌とは違って、『目』は正直だぜ?」
……コイツ、あの激しいやり合いの中で、んな細けぇところを見てたのか?
しかも、俺に煽られて感情的になりながら戦闘中に観察したことを、負けた後で冷静に再検証でもしなきゃ、この短時間じゃ見つけられねぇ変化だぞ?
この時点で勝ったつもりのドヤ顔なのが気になるが、にゃん娘への認識をさらに上方修正して改める必要がありそうだな。
俺の想定以上に、コイツは強敵かもしれねぇ。
「ふん、参ったか。もうオレには嘘は通用しな……」
「らしいな。俺もノーパンノーブラのお前に敬意を表し、本気で戦ってやろう」
「って、誰が痴女だコ、ッ!?」
煽り耐性が低けりゃ、な。
こうして、今日の小競り合いは下ネタに顔を真っ赤にさせて胸と下半身を手で隠し、隙を見せたにゃん娘の鳩尾へ回し蹴りを食らわせて終了した。
なるほど、にゃん娘は処女らしい。反応が実に初心だったから、ほぼ間違いねぇ。
まあ、あの様子じゃ顔がよくても嫁のもらい手は当分なさそうだし、妥当っちゃ妥当か。
「はい、お疲れー。明日もよろしくー」
「げほっ! ごほっ!!」
そんな失礼なことを考えつつ、腹を押さえて咳込むにゃん娘を残し、森へと帰っていった。
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名前:ヘイト(平渚)
LV:1(【固定】)
種族:イセア人(異世界人▼)
適正職業:なし
状態:健常(【普通】、【魔力減少・常】)
生命力:2004/2004(【固定】)
魔力:1269/1812(【固定】)
筋力:176(【固定】)
耐久力:148(【固定】)
知力:183(【固定】)
俊敏:135(【固定】)
運:1(【固定】)
保有スキル(【固定】)
(【普通】)
(《限界超越LV10》《機構干渉LV2》《奇跡LV10》《明鏡止水LV3》《神術思考LV3》《世理完解LV2》《魂蝕欺瞞LV4》《神経支配LV5》《精神支配LV3》《永久機関LV4》《生体感知LV4》《同調LV5》)
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