97話 手厚い歓迎
「やぁーっ!!」
「ぐわー、やられたー」
「どうだ! 思いしったか、わるい人間め!!」
うわー、マジかー。
獣人族のごっこ遊びって、純粋人種狩りの戦いごっこが今のブームなのかよ。
隠れることを止めて堂々と隠れ里へ足を向ける中、ガキどもの声に思わず口角がひきつる。遠くからじゃ活発に動き回るガキの様子を見るのに精一杯で、声までは聞こえてなかったからな。
何だろう、最初から負け戦濃厚なんだが。
うーむ、よし。
最初の交渉の目標は、『逃げて生き残る』ことだな。
「っ!? 誰だ貴様は!!」
すると案の定、物見櫓的な建物からドスの利いた鋭い声が降ってきた。
それを受けて里の獣人たちが騒然とし、遊んでいた子供たちはそれぞれの母親の手によって次々と家の中へとかくまわれる。
で、一分もしない内に男連中が里をかばうように仁王立ちし、【普通】がガンガンに敵意を知らせてきてくれた。
証拠に、ほ乳類系は爪や牙を剥き出しにし、鳥系や一部虫系は空中から油断なく目を光らせている。
その他、は虫類系や両生類系、節足動物系も各々の得意分野や動物的特徴に魔力を込めて強化し、俺をめっちゃ威嚇してきた。
何とも手厚い歓迎に、ちょっと泣けてくる。
「おいおい、随分なご挨拶だな。俺は客だぞ?」
「どこでこの場所のことを聞いた!? 何人の人間が他に潜んでいる!? こんなところまでやってきて、一体何が目的だ!?」
とりあえず呆れ声で《魂蝕欺瞞》を使用し、この場の全員に俺の容姿を『イセア人』に認識させてみたが、リーダーっぽい獅人族の男はこっちの話聞いてねぇな。
ファーストコンタクトは多少迷ったが、とりあえず『イセア人のヘイト』として接してみることにした。この様子じゃ、どうせ『日本人』や『異世界人』でも結果は同じだったんだろうけど。
んで、他の獣人の動きを観察してみれば、ほとんどが俺じゃなくて存在しない俺の仲間を探して注意を散漫にさせている。単独で来たんだから無駄だぞ、おい?
まあ、敵が一人で姿を現せば、たいていは斥候や囮だと思うわな。
もしかしたら、イガルト人がネドリアル獣王国に攻め込む時にも、似たような手法を使って油断させてたのかもしれねぇ。
そうだとしたら、クソ王の奴こんな細けぇところでも嫌がらせしてきやがって。マジでろくなことしてねぇな、あいつ。
「……一人だよ。仲間なんていねぇ」
とりあえず、こっちが譲歩して一つだけ質問に答えてやった。
っつか、何でわざわざ自分からぼっちをカミングアウトしなきゃならねぇんだ?
泣くぞ? いい年した成人が、無駄に《精神支配》使って泣くぞ?
いいなー。獣人族は仲間がたくさんいていいなー。ちょっと分けて欲しいなー。できれば毛のあるほ乳類系でよろしく。
「嘘を吐け!! 貴様ら人間はそうやって我らを騙し、いくつもの集落を壊滅させただろう!! 卑怯で薄汚い極悪非道の所業を、忘れたとは言わさんぞ!!」
えぇー、マジでやったのかよイガルト王国兵。そら蛇蝎の如く嫌われても仕方ねぇわな。
あいつらにプライドはねぇのか? ……ねぇだろうな。
あったら俺を殺す汚れ役をワンコに押しつけたり、『異世界人』に魔族の討伐を丸投げしたりしねぇだろうし。
それにこいつらもこいつらだ。最初から聞く耳持たねぇんじゃ質問の意味ねぇだろ。
何言っても怒鳴られるんだったら、こっちはどう言えば正解で信じてもらえたんだ?
そもそも、バカ正直に聞きたいことを聞いて、相手が素直に答えるとでも思ってんのか?
数の優位と見た目の威圧感を利用した恫喝で情報を全部吐くなら、密偵も交渉術も必要ねぇだろうに。
俺が獣人族と同じような状況だったら、まず油断させるために一人で近づき友好的な会話をして油断を誘う。
その間に喉語を使って里の人間全員に警告して警戒態勢を促し、相手の言動の節々から個人の人間性や思惑を可能な限り引き出す。
そこから許容できる範囲で相手の要求を飲んだフリをして、里の中におびき寄せて信用を得たと思わせ、さらに日常会話を装って情報を搾り取る。
手法は、無難に飯でも誘うか。
その席に異性の美形を侍らせ、適当におだてて酒でもぐいぐい飲ませりゃ判断力は鈍るだろうし、調子に乗せれば聞いてもいないことをペラペラしゃべってくれるかもしれねぇしな。
そうして引き出した情報の妥当性や正確性を精査し、相手の害意を推し量る。
こちらを害する意思ありと判断すれば、そのまま里の中で消えてもらって、無関係なら当たり障りなく接してお帰り願うってところか。
逆に、こちらの誘いに全く乗ってこなかったとしても、それだけ油断も隙もねぇ手練れがこの里にきた、っつう警戒レベルを判断する一要因にはなる。
相手が個人だろうが組織だろうが、また敵だろうが味方だろうが、隙を見せない相手にはこちらも隙を見せないよう注意しなきゃならねぇ。
少なくとも二言三言話せばそれくらいはわかるだろうし、危険度を仲間に知らせる手がかりにはなる。
その判断が遅れれば何かあったときに確実に後手になるだろうから、重要度は高い。
相手のヤバさを理解し知らせてからは、喉語で適宜仲間と情報交換や相談をしつつ、余所者の腹を探って対応を決める、ってところだな。
結果的に戦うにせよ逃げるにせよ、あらかじめ準備や覚悟をさせとく意味でも、そいつの危険度だけは真っ先に探らなきゃ話にならねぇ。
『全体の総意』を里の人間全員に素早く周知させるためにも、突発的に現れた人間に対しては大なり小なり腹を探る会話が必要不可欠になる。
が、見る限り獣人族にそんな駆け引きをする気は毛頭ねぇらしい。
それどころか、獣人族の行動は最初っから悪手だらけだ。
まず、里にいる戦闘要因である成人男性が俺の前に大集合し、非戦闘要因である老人と女とガキが家の中に引きこもる時点で話にならねぇ。
人間一人に対して過剰戦力もいいところだし、里全体であなたをバッチリ警戒してますよ、と言ってるようなもんだ。
これじゃあ保有戦力が一カ所に集まったことで別の方角の防備が薄くなるため、伏兵が潜んでいればこの時点でアウト。
さらには無意味に相手の警戒心を煽り、油断も情報も引き出すことが困難になる。
組織の立場を明確に示すのは、相手の思惑を把握してからでも遅くはねぇ。取れる選択肢を狭めてまでやることじゃねぇな。
俺から言わせれば、自ら不利な状況に持ち込んで楽しむドMでもねぇ限り、やる必要性が全くねぇ行動だ。
それに家の中に立てこもるのも、手段としてあまり褒められたもんじゃねぇ。
わざわざリアルタイムの状況を察知しづらい場所に逃げるくらいなら、いっそのこと外にいたまま逃走準備や、避難経路の確認とか確保とかをした方がよほど効率的だ。
拠点防衛の観点からしても、隠れ里の家ん中に逃げるのはどうなんだ?
イガルト人が築いた魔法製の建築物と比較すれば、獣人族の住居は全部木製で強度が低い。炎属性や雷属性魔法を盛大にぶっ放せば、簡単に中身ごと殲滅できるぞ。
加えて、今もまだ存在しねぇ伏兵を探し、俺への注意がおろそかになってる獣人族が半分以上いるのも大幅減点だな。
他の敵が気になんなら最初から俺に構わず里の周囲に戦力を配置し、広範囲を警戒すりゃいいだろうに。
これで戦闘要因の統率がとれていないことが丸わかりだし、役割分担も出来ていないことがはっきり見て取れる。
もし俺が偵察部隊の兵士や密偵だったら、指揮系統の脆弱さを見抜かれて本隊に報告された時点で、ガチの戦争になれば隠れ里の獣人族はほぼ詰む。
いくら個人戦闘能力が高くとも、戦いは膨大な情報を活用した下準備と作戦で大半の勝負は決まる。
現に俺の頭ん中には獣人族の能力を封殺し、少人数で隠れ里を制圧できるだけの作戦が次々立案されてっから、この反応だけでも判断材料としては十分だ。
それこそ『卑怯で薄汚い極悪非道の所業』も含めりゃ、さらに取れる手は広がるしな。やらねぇけど。
後は、敵の言うことはすべて虚言だ、って決めつけてるのもマイナスだな。
全部鵜呑みにすんのも問題だが、自分たちの考えだけが正しい、なんてガッチガチの思考回路でも、想定外の緊急事態に即応できねぇぞ?
たとえどんな場面であれ、考え方が柔軟なことに越したことはねぇ。
う○こ食って生き延びた俺が保証する。今の俺は、人体に有害な物質さえなけりゃなんでも食えるぞ参ったか。
そもそも、『嘘』っつうのは大部分の事実の中に少しだけ入れるのが効果的なんであって、全部嘘で塗り固めた言葉を吐くのは二流以下だぞ?
深く突っ込まれればすぐボロが出るし、バレた後は人間性の信用がなくなり言葉に力を失うことになる。
反対に、真実を嘘と決めつけ仲間全体に被害を広げちまえば、仲間を思って糾弾したそいつの信用が落ちることになる。
一度失った信頼は取り戻すのが非常に困難で、後に重要な情報を仲間に伝えようとしても信じてもらえない状態が続けば、将来的なリスクも高まる。
特に、元々仲間からの信頼が厚い奴ほど、大きな失敗をすれば落胆や失望も大きくなる。
今まで積み重ねてきた好意がすべて不信や嫌悪に塗り替えられ、待っているのは排斥と孤立だ。
社会的な立場が大きい奴の意見は影響力も強く、その分だけ責任もついて回る。
浅い考えのまま軽はずみな言動をしちまえば、周囲を巻き込んで共倒れなんてことにもなりかねない。
使い方が上手ければ大きな利益を得られ、間違えれば大きく自身を傷つける諸刃の剣。
そう言えるだけの強い力が、『嘘』にはある。
言う方も言われる方も、かなり神経質に扱うくらいがちょうどいい劇物なんだよ。
俺? 守るもんも失うもんもほとんどねぇから問題ねぇんだよ改めて言わせんな泣くぞ。
……何か俺、さっきから泣いてばっかだな。
何はともあれ、『情報』の怖さをぜんぜん理解していない獣人族の態度は、どうしようもなく愚かではある。
好意的に言うなら『素直で正直』であり、獣人族の人間的魅力の一つではあるんだが、真っ直ぐすぎるだけならただの考えなしだ。
まあ、『情報』の重要性を否定し続ける脳筋種族じゃ難しいんだろうが、もうちょっとどうにかならねぇもんかねぇ?
「はぁ、だったら俺はどう答えりゃ、っ!」
と、ため息混じりに文句を言おうとしたところで、強制的に口を閉じざるを得なくなる。
獣人族の男連中を飛び越し、一人の獣人が俺に襲いかかってきたからだ。
「っと。数日ぶりだっつうのに、随分なご挨拶だなにゃん娘!」
「せっかく見逃してやったのに、自分から死ににくるとはいい度胸だなサイコ野郎!」
躊躇なく頭を狙ってきやがったにゃん娘の爪を、《機構干渉》で『異世界人』ステータスに変更してから首を傾け回避。
一度お互いに大きく距離を取って仕切り直し、そっからは初対面の時と同じく全力の殺し合いに発展していく。
「オレのことを尾けてやがったんだな!? こんなことなら、やっぱあん時殺しとくべきだったぜ!! 今からでも遅くねぇ、テメェを殺して間違いを正してやる!!」
「あん時もしとめ切れてなかったくせによく言うぜ!! 今もまだ俺はピンピンしてるぞ!? そら、間違いだったっつうんならきちんと殺して証明してみろや!!」
ちなみに尾行手段は《同調》な。
前の戦闘で頬に爪が掠った時に《同調》を仕込み、後はにゃん娘が移動した通りの経路を歩くだけの、簡単なお仕事だ。
いつかは隠れ里に戻るだろうなぁ~とは思ってたが、まさかあの後すぐに帰ってくるとは思わなかった。俺にとっちゃラッキーだったな。
で、にゃん娘と殺り合ったのが数日前で今日を迎えたわけだから、当然実力や戦闘手腕に差が付くなんてこともなく。
あん時と全く同じ、俺が逃げの一手かつにゃん娘が攻めの一手の堂々巡りを繰り返している。
「っつかずっと気になってたんだが、俺には『ヘイト』っつう名前があんだよ!! いつまで『クソ野郎』とか『サイコ野郎』で呼ぶ気だにゃん娘!!」
「テメェが他人のこと言えた口か!? オレの名前は『シェンスウェリエ』だっつの!! それにオレは猫人族じゃなくて獅人族だっつってんだろうがぁ!!」
「獣人族の名前って覚えにくいんだよ、にゃん娘で十分だろうが!! それに猫もライオンも同じ猫科の動物なんだから一緒だろ!?
いちいち細けぇんだよ娘婿をイビる舅か!?」
「なんでわざわざたとえを男に変換しやがったテメェ!? 普通イビんのは姑で相手は嫁だろうが!!
とことんオレを侮辱する気だな上等だ死にさらせぇ!!」
異世界でも姑って嫁をイビるもんなんだな、なんてクソどうでもいいことを考えつつ、俺たちの不毛な戦闘と舌戦は続く。
っつか、男扱いについてはにゃん娘自身にも非があんだろ。
一人称が『オレ』、言葉遣いはほぼ輩、体つきも筋肉だらけで丸みゼロの女を『女』扱いできるほど紳士じゃねぇっつうの。
生物学上は女でも精神的性別は男、なんてのは異世界だろうがなんだろうが人間にゃ起こり得る事象だしな。そういう要素は見た目で判断するっきゃねぇし。
むしろ、名前だけでも女扱いしてることに感謝して欲しいくらいだ。
そんなに女に見られたけりゃ、主張したい社会的性役割に見合った格好と態度を身につけてから出直してこい。
「らぁ!!」
ちょうど殺り合ってから一分ほど経過したところで、にゃん娘が性懲りもなく俺の死角へ入り、心臓を貫こうとしてきた。
だが、いい加減ダルいだけの戦闘はゴメンだからな。
ここらで一発、俺は成長する男だというところを見せてやるとするか。
「そぉら、よっと!」
背後からの攻撃に体を回転させてやり過ごした後、俺は初めて反撃に出た。
「がっ!? ぶえっ!?」
すると、にゃん娘はおよそ女が人前で出しちゃいけない感じの声を出し、攻撃を止めてうずくまった。
見ると目から涙をボロボロと流し、舌を思いっきり口から出して咳きこんでいる。
「秘技・そこら辺で拾った砂!」
そんなにゃん娘へ向けて、腕組みをしながら思いっきりふんぞり返ってやる。ここは森林地帯だから正確には砂じゃなくて土だがな。
そう大したことはしちゃいねぇ。あらかじめ回避動作を利用して地面をつかんで握り込んでおき、機を見てにゃん娘の顔面が通るだろう場所にばらまいたんだよ。
そうするだけであら不思議~。俺からの攻撃を全く警戒していなかったにゃん娘の目と口の中には土が自然と入り、視界と口ん中が両方砂利まみれではないか~(棒読み)。
「へっ! 人間だからと思って甘く見るから、痛い目に遭うんだよ! 悔しかったらやり返してこいやにゃん娘!」
めちゃくちゃ隙だらけのにゃん娘から逃げるのは楽だったが、あえて挑発して隠れ里から離れるように森へ逃げてみた。
「げほっ! ごほっ! ……んのクソボケ野郎がぁ!!」
すると案の定、マジで獣の咆哮じみた怒声が背中に叩きつけられ、ガサガサと草木をかき分ける音が聞こえてきた。
やっぱ追ってきたか。
ったく、これで俺がにゃん娘を殺すため、仲間のいる場所まで誘い込むための罠だったらどうするつもりだったんだ?
脳筋種族はこれだから嫌なんだよなぁ。
「フーッ! フーッ! あの野郎、どこいきやがったぁーっ!!!!」
しかもあっさり俺のこと見失ってるし。
ギャーギャー喚くにゃん娘を見下ろしつつ、無音のため息をこぼす。
他の獣人の警戒範囲からも遠ざかった後、手近な背の高い木に登って隠れてる状態で、な。
ちょっとした工夫として、あらかじめここら辺の土とか植物とかを学ランの裏に付着させ、隠れた後に裏返して体を覆っている。
獣人族は嗅覚が優れている種族もいるから、俺の体臭を多少誤魔化す程度の小細工だったんだが、見事に騙されてやがる。
いくら頭に血が上っているとはいえ、普通木の上から土の臭いがしたらおかしいと思わねぇんだろうか? 気づかれるの前提でやった仕掛けが気づいてもらえなくて、ちょっと寂しい。
その後も、にゃん娘は俺を血眼になって探し回るが見つけられず、憤慨しながら隠れ里へ戻っていった。
とりあえず、思った通りやっぱり交渉どころじゃなかったが、『生き残る』っつう目標は達成できた。代わりに、精神的にやたら疲れたけど。
もういいや、今日はここで寝よう。
大樹の幹に背を預け、太い枝に足を放り投げた後、土臭ぇ学ランを布団代わりに目を閉じた。
にゃん娘ちゃん、初登場から時間差で本名公表。微妙に長い横文字な上、今後もあまり本名で出てくる予定がないのですが、誰か覚えられるでしょうか?
……私? ぎ、ギリギリ、ですかね……(汗)。
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名前:ヘイト(平渚)
LV:1(【固定】)
種族:イセア人(異世界人▼)
適正職業:なし
状態:健常(【普通】、【魔力減少・常】)
生命力:1975/1975(【固定】)
魔力:1683/1751(【固定】)
筋力:171(【固定】)
耐久力:144(【固定】)
知力:178(【固定】)
俊敏:129(【固定】)
運:1(【固定】)
保有スキル(【固定】)
(【普通】)
(《限界超越LV10》《機構干渉LV2》《奇跡LV10》《明鏡止水LV3》《神術思考LV3》《世理完解LV2》《魂蝕欺瞞LV4》《神経支配LV5》《精神支配LV3》《永久機関LV4》《生体感知LV4》《同調LV5》)
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