95話 誇り
(……ちっ、面倒臭ぇことになったな)
どうやらボタンを掛け違えたらしい俺とにゃん娘による無益な争いから、すでに三十分ほどが経とうとしている。
あれから何度か褒め殺そうと言葉を重ねてみたが、どんどんにゃん娘の攻撃速度は上がり続け、今じゃ《限界超越》や《明鏡止水》も駆使したガチ回避をしないとマズくなってきた。
ただ止めるだけなら《魂蝕欺瞞》で命令することも出来たんだが、すでに無駄口も叩けねぇ状況だ。
最初に攻撃が掠って以降、息をする間さえ惜しいほど回避に専念させられている。そん時に移した《同調》+《神経支配》ってのも考えたんだが、これも難しい。
確証はねぇが、にゃん娘は《神経支配》に耐性があるらしく、俺の命令に抵抗してんだよ。せいぜい、体の一部を痙攣させるくらいが限界だ。
【普通】は論外だ。これを使うのは『相手を必ず殺す時』じゃねぇと。
ドラゴン襲撃中のレイトノルフで、衆人環視の上でゴークへ使ったのは、社長をビビらせて情報を迅速に得るための威圧を狙った、非常時のレアケースに当たる。
こんなしょうもないことで切り札の情報をさらそうなんて思っちゃいねぇ。
そもそも【普通】でにゃん娘の上質なケモミミと尻尾を欠損させちまうのは俺のプライドが許せん。これはワンコと甲乙つけがたいほど、いいものだ。
とまあ色々と理由はあるんだが、これほど厳しい条件になっちまったのは、一言でいえばにゃん娘を舐めすぎてたから。
『異世界人』のステータスはこの世界での基準で『黒鬼』級、その中でも上位に食い込めるレベルだ。
実際はそれ相応の戦闘技術も必要にはなるが、あくまでステータス値で言えばベテラン冒険者並の力はあることになる。
しかし、俺の言動にキレて感情的になっているとはいえ、ここまで『異世界人』の俺が追い込まれてるってことは、少なく見積もってもにゃん娘は『偉人』級以上の身体能力があると考えるのが妥当。
スキルを使用しての能力である可能性もあるが、獣人族はスキルを邪道として嫌う傾向が強い。もしスキル無しでこれなら、この世界でも相当上位の実力者だろうな。
そんな奴があんな三人にやられてるとか、普通考えねぇだろ? 勝手な先入観でにゃん娘を過小評価したツケ、って言われれば耳が痛ぇが。
この動きを見りゃ毒や呪い的なもんを仕込まれたとは思えねぇし、油断してたか、不意を突かれたか、たまたま動揺させられたかくらいのラッキーありきな劣勢だったらしい。
現に、ずっと動きっぱなしのにゃん娘はパワーやスピードを落とした感じはねぇ。体力の限界がいつまでかはわからんが、恐ろしいほどのスタミナと集中力を有しているのは確実だ。
さらに計算違いがあるとすれば、『異世界人』状態で生じる《永久機関》だな。まだレベル4のはずなんだが、予想以上に魔力の減りが早ぇんだよ。
王城牢屋生活で、『異世界人』のステータスが『【普通】を使用することで『異世界人』のステータス平均値になれること』と、『【普通】状態でも《永久機関》により魔力が常に減り続けること』は確認していた。
だがそれ以降、つい最近までクソ王の追跡を警戒して『異世界人』へ変わることもほとんどなかったから、『戦闘時の魔力減少量』に気づけなかった。
これは俺が無意識に身体能力を魔力で底上げしており、《永久機関》と並行して消費してるのが原因だろう。
そもそも俺は『魔力0』の生活期間が長すぎて、肉体操作以上に魔力操作が壊滅的に下手だ。
身体能力補助で使う魔力は本来微々たるもんなんだが、魔力を無駄に消費している自覚があるほどだから、間違いねぇ。
『異世界人』によるガチ長期戦闘も、何気に今回が初だしな。
どれだけの身体能力があるとわかっていても、どれだけ実戦に耐えうるかは未検証のまま。短時間で終わると高を括り、ぶっつけ本番で首を突っ込んだ結果がこれとかアホすぎる。
幸い『日本人』生活に慣れたおかげか、『異世界人』で『魔力枯渇』になっても不調を感じねぇ可能性は高い。
が、魔力がなくなると『異世界人』平均ステータスの力を発揮できなくなるから、戦闘中は割と致命的だ。
っつうわけで、俺とにゃん娘は魔力が切れるか体力が切れるかの我慢比べから、完全に膠着しちまってる。
「オラオラ!! さっきからダンマリか!? 最初の勢いはどこいったんだおしゃべり野郎!!」
しかも、今回の分は明らかに俺が悪ぃ。
三十分の全力戦闘で、もう魔力が最大値の半分を切ってる。このペースで行くと、あと数分もすりゃ魔力不足で身体能力が落ちてくるだろう。
反面、にゃん娘は表面上焦った様子を見せていない。っつうかマジでコイツの体力化け物かよ。獣人族パネェ。
いやまぁ、殺す気だったらいくらでも手段は思いつくが、生かしたままとなると途端に策がなくなるんだよな。
自分から助けといて手のひら返しで殺すのはさすがに身勝手すぎるし、イガルト人に国を追われた獣人族が純粋人種へ抱く憎悪も理解できるから、余計に手を出しづれぇ。
なるべく生かして殺さず、俺のスキルについての情報を与えない終息が望ましいが、俺のスキルは手加減が難しいから力づくかつ無傷の拘束はほぼ不可能。
かといって説得しようにも、何故か最初よりブチキレてるにゃん娘が俺の言葉を素直に聞くとは思えねぇ。
たとえ聞いたとしても、不思議と火に油を注ぐ結果になることは実証済みだから、むしろ事態の悪化を招くだけだろう。
このまま何らかの妙案や変化がなけりゃ、完全にじり貧だ。
……くそ、やっぱもう殺すしか、っ!?
「にゃん娘!!」
最後の手段を実行に移そうとした時、俺は振り向いた先にいたにゃん娘を見て左手を広げ、初めて攻撃を迎え撃つ姿勢で待ち構えた。
「っ、な!?」
ずっと攻撃を躱し続けた俺が急に止まるとは思ってなかったのか。
にゃん娘はわずかに目を見開いて息をのみ、そのまま突き出した右手の爪を俺の左手に貫通させた。
「こ、んのっ!」
そして、にゃん娘の爪が俺の手のひらを突き抜けたところで、《限界超越》を左手に集中。
見た目ズタボロのまま、《神経支配》で左手の指を無理矢理動かしてにゃん娘の右手をつかみ、強引に俺の背後へブン投げた。
直後。
「っぐ、あっ!?」
にゃん娘の背後から迫った巨大な火球へ俺の右手を伸ばし、意識的に魔力をつぎ込んで防御に回す。
刹那、右手の中心で火球が派手に爆発した。
「はぁ!? 何でテメェがその女をかばうんだよ!?」
すると、火球の向こう側から俺が殴り飛ばした杖持ちが、鼻血垂れ流しで杖をこちらに向けていた。
どうやら、俺とにゃん娘がグダグダやっている間に意識を取り戻したらしく、他の長剣持ちと短剣持ちも起きあがってこちらへ接近している。
爆破の衝撃で結構熱風が体にぶち当たってきたが、《限界超越》と知力が仕事をしてくれたおかげかちょっと熱いくらいにしか感じず、着弾した右手も多少の火傷程度ですんだ。
逆に、杖持ちの火属性らしい魔法より、にゃん娘の爪の方が断然被害がデケェ。《限界超越》かけた体が貫通するとか、どんだけ筋力高ぇんだっつう話だよ。
が、今はそんなことを気にしてなんかいられねぇ。
あの杖持ち、一番やっちゃいけないことをした!
「おいコラテメェ!! 誰の許可を得て獣人族の背後を狙った!?
尻尾に当たって毛が燃えちまってたら、今の綺麗な毛並みに戻るのにどんだけ時間がかかると思ってんだ、あぁ!?」
あのままだとにゃん娘の尻尾に火球が迫り、ほれぼれするような毛質に多大なダメージを与えていたんだぞ!?
にゃん娘の身体能力なら、あの杖持ち程度の魔法なんざ軽く避けられる程度の速度しかねぇんだろうが、あの瞬間は完璧に俺にしか意識が向いてなかったから、回避できたかどうかは微妙。
さらに獣人族は、種族的にほとんどが高い身体能力を有する代わりに、魔力と知力がめっちゃ低く魔法全般に弱い。
それはにゃん娘も例外じゃねぇだろうから、杖持ち程度の力でも尻尾へのダメージは考えたくもねぇほど深刻になる可能性もあった。
人間ベースであるにゃん娘の体はいくら傷ついても心が痛まねぇが、この尻尾様はダメだ!
仮にも動物愛好家を自負する俺が、目の前で芸術品に傷がつくのを黙って見ていられるわけがねぇ!!
あの状態でにゃん娘をかばう以外の選択肢はあっただろうか!?
いや、ないっ!!!!
「畜生の毛並みとか知るか!」
「そんな下らねぇもんより、テメェの命の心配でもしてろ!」
あ、コイツらマジで殺す。
長剣持ちと短剣持ちの決定的な発言により、俺は《精神支配》を軽く突破したマジギレに次ぐマジギレで、一周回って冷静になった。
あまりの怒りに途中から忘れていた《明鏡止水》をかけ直し、『大気浸食』を発動。
前より少し上がった感染速度を確認しつつ、不用意に近づいてきた長剣持ちと短剣持ちに《同調》を仕込む。
『っ!? ぃ、ぎゃあああああっ!?!?』
瞬間、同時に《神経支配》でコイツらの体を支配し、進行方向を俺からお互いに変えさせる。
その後得物を持つ腕を操作して振りかぶり、すれ違いざまにお互いの髪の毛を頭皮ごと削り取った。
人間の毛並みとか知るか。ハゲろ。
「お、おい!? お前ら何やって、ひっ!?」
さらに、仲間の奇行に少し呆けていた杖持ちにも《同調》を施すと、準備していた新たな火球にさらに魔力を注ぎ込ませ、標的を頭を抱えたバカ二人に向けさせた。
そして、杖持ちの持つ魔法操作の感覚を《神経支配》で記憶から引き出し、それを参考に行動を強制して魔法を射出。
杖持ちが小さく悲鳴を上げるも、痛みで身動きがとれなかったバカ二人は大して抵抗もせず、仲間の魔法で爆死した。
《同調》で把握した長剣持ちと短剣持ちのステータスから、確実に即死できる量の魔力を込めさせたから、当然の結果か。
「へ? いや、違う、こ、これは俺の意思じゃなぎっ!?」
で、自分の行動に思考が混乱した杖持ちの体を操り、杖を手放させた代わりに魔物解体用のナイフを持たせ、両手で思いっきり顎から脳天を貫かせた。
元々魔法師だった杖持ちは非力だったが、《同調》越しに《機構干渉》を使って取得スキルを改竄。
魔力を肉体強化に使える『強化』のみにした上、限界までスキルレベルを上げた。そうすることで、低い筋力値でも前衛戦闘職に近い腕力を得ることが出来る。
魔法で自爆も考えたが、知力で粘られればウゼェからより確実な方法を取ったわけだ。
「獣人族の獣毛を始め動物的特徴は種族の命で、時に己の命よりも重い。気軽に汚していいもんじゃねぇんだよ。来世ではよく覚えとけクズどもが」
もう聞こえてねぇだろうが、獣人族の常識を手向けにバカ三人へ吐き捨てる。
獣人族の象徴である獣毛で覆われたケモミミや尻尾は、俺の個人的感情を抜きにしても獣人族にとって重大な身体的特徴であり、種族に対する意識や尊厳の高さから自分の命と等価値だと考える奴も多い。
獣人族の象徴を貶め傷つけることはすなわち、当人だけでなく当人の種族そのものや先祖たちをも侮辱する行為に当たるからな。
種族への帰属意識が薄い純粋人種にゃなかなか理解しがたい感覚だが、獣人族にとっちゃ決して欠けてはならないアイデンティティーであり、祖先から受け継いだ『誇り』の象徴なんだよ。
にゃん娘を認識してすぐの時は、確かに俺も獣人族に対する愛が強すぎて少々言い過ぎちまった自覚はある。
が、そこには獣人族への敬意があったし、無遠慮に傷つけようなんて考えは微塵もなかった。
何故なら、他人にとってはどんだけ些細なことでも、当人がもっとも大切にしているだろう価値観を平気で踏みにじろうとする考え方は、転じて俺の『敵』だと言えるからな。
それを許しちまえば、巡り巡って『今、ここに、生きていること』という俺の『信念』が侮辱されることを許容することに繋がる。
だから俺はにゃん娘のためではなく、俺のためにこのバカどもを殺した。
誰であろうと、俺の『生』を否定させないために。
「……ん?」
と、バカ三人の死亡を確認したところで、左手にあった感触が妙に軽くなったのを感じた。
視線をそちらへ移すと、なんかものすごいスピードで離れていくにゃん娘らしい後ろ姿が見えた。
逃げた? ……いや、この場合見逃した、か。
「……やれやれ、ただの野次馬のつもりが、とんだ災難だったぜ」
妙に疲れた気分を味わい、俺はその場にどっかりと腰を落として《永久機関》の回復を待つことにした。
あっという間に小さくなっていく、ケモミミと尻尾を眺めながら。
……触りてぇ~。
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名前:ヘイト(平渚)
LV:1(【固定】)
種族:イセア人(異世界人▼)
適正職業:なし
状態:健常(【普通】、【魔力減少・常】、左手損壊)
生命力:769/1962(【固定】)
魔力:491/1738(【固定】)
筋力:168(【固定】)
耐久力:141(【固定】)
知力:176(【固定】)
俊敏:125(【固定】)
運:1(【固定】)
保有スキル(【固定】)
(【普通】)
(《限界超越LV10》《機構干渉LV2》《奇跡LV10》《明鏡止水LV3》《神術思考LV3》《世理完解LV2》《魂蝕欺瞞LV4》《神経支配LV5》《精神支配LV3》《永久機関LV4》《生体感知LV4》《同調LV5》)
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