ex.14 深まる謎
「人より有能すぎるってのも考えものだな。頼りにされるのは歓迎だが、頼られすぎると利用されている感じが強すぎて、嫌な気分にしかならねぇよ。
俺らに依存するより、少しは自分たちで何とかしようって思ってくれないもんかね?」
西門から町を出るため大通りを歩いていると、金木さんが最後までこちらを頼ろうとしていた冒険者協会の態度に立腹していました。
金木さんは毎晩のように、『こき使われるのは納得いかない!』と声を大にしていました。
帰り際も何か愚痴を言うだろうとは思っていましたが、その根底にはずいぶんと傲慢な気持ちが隠れていたようですね。
言葉の節々に、冒険者協会や冒険者の方々が、自分よりも劣る存在だと決めつけていることがわかってしまいます。
自身が恵まれた環境にある自覚がないのか、こうもはっきり他者を見下すような態度を見せられれば、金木さんへの評価をさらに下げざるを得ません。
彼らは私たちに仕事を押しつけて楽をしたいのではなく、頼らなければ楽にならない状態だからこそ引き留めようとしたのです。
それを理解していたら、悪し様に彼らを非難することなど普通は出来ないと思いますけれど。
まあ、私も多少の意趣返しはしましたが、そもそも本当に冒険者として活動する気はありませんでしたので、言葉そのものが嘘でもありません。
私の力は、個人的にさらに上を目指しているといっても、世間一般から見れば世界のパワーバランスを崩しかねないほどの異端です。
何も考えずに一つの組織に属してしまうと、組織内外にいらぬ軋轢を生み、最悪私という脅威をきっかけに戦争が起こることも、あり得ないとは言い切れないのですから。
「でも~、この町の人の役に立てて~、よかったよね~。みんな~、ありがとう~、っていってくれたよ~?」
「そうですね。彼らの負担を少しでも減らせたのであれば、私たちがこの町にきたことは、決して無意味ではなかったはずです」
暖子さんの屈託のない意見に思わず笑みが浮かび、私は最後にレイトノルフの町並みを眺めました。
まだあちらこちらの建物が崩壊し、作業をしている人たちがたくさんいますが、雰囲気は明るいものです。
ドラゴンという脅威を乗り越えた彼らなら、この先に待ち受ける困難にも立ち向かうだけの力を持っていることでしょう。
冒険者のみなさんは、すでに疲労困憊気味ですけどね。武装している人のほとんどが青白い顔で作業をしています。……昨日は何分寝ることができたんでしょうか?
「あ~、ボスだ~」
「何っ!?」
「っ!? 隠れましょう!」
もう少しで西門につく、というところで暖子さんから不穏な台詞が飛び出し、私たちは全力で建物の陰へ避難しました。
「……何? カレンたちが出て行った!? 何でもっと引き留めないのよ!? 彼女たちが唯一使える労働力だってわかってたでしょうが!?
冒険者じゃないとか知ったこっちゃないのよ! 善意だろうが偽善だろうが、使えるもんは使い潰さなきゃ、私たちが危ないのよ!? わかってんの!?」
通りを歩いていくボスは、魔導具から入ったであろう通信に今まで以上に語気を強め、耳を疑うような言葉をポンポンと漏らしていました。
というか、ボスの雰囲気がおかしい。昨日まではあそこまで苛烈ではなかったはずです。一夜の間に、一体何があったというのでしょうか?
「通信用の魔導具には触れさせたの!? ……馬鹿! そこは出て行く背中にでもぶつけてやればよかったのよ!
あれは細い魔力パスが繋がるから、効果時間中は現在位置も特定できたってのに! アンタたち、罰として一週間連勤だからね!!
で!? 彼女たちはどっちに行ったの!? ……ああ、もう! この町は門が東西の二つしかないんだから、そこを押さえときゃ捕まえられるでしょうが!
門付近にいる冒険者に通達! 顔も名前も知られてんるだから、絶対逃がすんじゃないわよ!!
人権!? 知るかそんなもん!! 労働者には働く権利以外存在しないのよ!!
何なら一ヶ月くらい無休で働かせた後、判断力が鈍った頃合いで冒険者登録させれば、正式にウチの奴隷にできるわ!!
たとえ登録解除を申し込まれても、登録時の魔力を流用すれば今ウチが抱えてる莫大な借金の連帯保証人にできるし、その事実を突きつければ逃げる気もなくなるはずよ!!
とにかく、まずはあの三人を捕まえて飼い殺せ!! いいな!?」
(逃げましょう。一刻も早く)
かつてない危機感に急かされて出た私の意見に、二人は無言で何度も首を縦に振ってくれました。
いつの間にかボスが鬼になっていました。この世界の鬼と呼ばれる魔物よりもたちの悪い鬼に。
アレに捕まってしまえば、【魔王】と戦うより恐ろしい未来が待っているに違いありません。
戦闘以外で起動することのない《未来把握》までもがそう訴えてきていますから、間違いないでしょう。
一瞬で決断を下した私たちは息と魔力を殺し、建物の隙間を縫うように西門を目指しました。
こんなスリリングな鬼ごっこは生まれて初めてです。追ってくるのがリアルに鬼なのは全く笑えません。
(げっ! もう集まってるぞ!?)
数秒で出口までたどり着いたにも関わらず、そこには何十人もの冒険者が集まり、殺気を放っていました。わかります、あの鬼に逆らうのは怖いですものね。
(仕方ありません、強行突破しましょう)
しかし、私たちだって必死です。
あの危険な空気を醸し出す鬼に捕まれば、本当に爪の先まで使い潰されることでしょう。
なりふり構ってられません。
このような日に備えて行ってきた日頃の鍛錬の成果を、今こそ発揮すべき時なのです!
「いたぞーっ!!」
覚悟を決めて大通りへ出ると、冒険者の方々が一斉にこちらを振り返りました。
手には武器を持ち、ほとんど殺す気でこちらへ向かってきています。すでに扱いは犯罪者ですね。
『うおおおおおおおおおおっ!!!!』
「みなさん、うまく着地してくださいね!!」
威勢のいい咆哮を上げながら迫る冒険者の方々へ声をかけた後、私は《詠唱破棄》による《属性魔法》を展開しました。
『おおおっ!? う、わあああああっ!?!?』
瞬間、地面が突如隆起し、四角柱の足場となって彼らの体ごと斜め上方へ吹き飛ばしました。
土属性魔法で地面を操り、一人一本の土柱で押し出し、空中へと舞い上がらせたのです。
結果、西門近くの通りにクロスした何本もの土柱ができあがり、まるで遺跡のようになっていました。
自分で言うのもなんですが、見方によれば現代アートと主張しても大丈夫そうです。
「はぁ、はぁ、て、てつづきを……」
「い、一応聞くけど、犯罪を犯したわけじゃぁ……」
『ありません(~)っ!』
「お、おう。なんか大変だな、君ら」
そんな意図せぬ魔法のアーチをくぐり抜け、主に緊張感から上がる息と冷や汗を隠さぬまま、衛兵の人に出国手続きをしてもらいました。
少々強引でしたが、必死さは伝わったので手続きはスムーズでした。
よかった、衛兵は鬼の手駒じゃなかった。もし敵であれば、本気でお相手することも辞さなかったところです。
あ、ちなみに、隆起させた地面は直しましたよ。あと、吹き飛ばされた冒険者さんたちの足場も柔らかくして、大きな怪我はしていないはずです。
……捻挫くらいは覚悟してもらいましたけど。それであの鬼から雷が落ちても、私は知りません。
逃げるように、いえ事実レイトノルフから逃げだした私たちは、すぐに『それ』と対面することになりました。
「……これが」
「ドラゴン、か……?」
「お~! かっこい~!」
西門を出てすぐに私たちを出迎えてくれたのは、漆黒の鱗を持つ『ドラゴン』でした。
正確には『ドラゴンの死体』なのですが、細かいことなど気にならないくらい、目の前の『それ』に息を呑みました。
見上げるほどの体躯、想像をはるかに超える威圧感、命を失ってなお伝わってくる存在感。
何故か魔力の一切を感じることができませんが、それも些細なこと。
生物の頂点に君臨するという謂われが、嘘も誇張もない真実だということを、相対する私たちにまざまざと見せつけてきました。
意外と男の子のような感性を持っていたのか、暖子さんはドラゴンを見て暢気に喜んでいましたが、私と金木さんはその威容にただただ圧倒されていました。
こんな生物が存在したのかという驚愕。
こんな生物と相対していたらという恐怖。
こんな生物といずれ殺し合うという不安。
様々な感情が私の中で渦巻き、暗い影を落としていきます。
かなりの自信家に見えた金木さんでさえ、威勢のいい言葉の一つも出てこないのですから、このドラゴンのインパクトは相当なものなのでしょう。
知らず震える右手を、左手で抑えつけます。
……やはり、私は。
…………まだまだ、弱い。
「ねぇ~、カレンちゃん~? これ~、ノンコが『もらって』いい~?」
すると、まるで外見相応な子どものように、暖子さんが私の服の裾を引っ張ってきました。
自分が『コレ』と戦ったらと思うと、死体でさえ気圧されていた私たちとは違い、暖子さんは目をキラキラさせています。
彼女にはドラゴンの格などお構いなしに、言葉通り『格好いい』という印象しかないのでしょう。
図太いのか、はたまたただのマイペースなのか。いずれにせよ、暖子さんの芯がブレない心の強さは、私たちも見習わなければなりませんね。
「……大丈夫ではないでしょうか? 先ほどターナさんは西門から歩いてきたように思えました。とすれば、彼女はこれを一度確認したはず。証拠に死体をよく見ますと、鱗のいくつかがはがされていますから、解体作業をしていたのは間違いありません。
だというのに、作業は中途半端に中断され、死体もこの場に放置されたまま。とすれば、何らかの理由から不要だと判断されたということでしょう。
この場に残していても邪魔なだけですし、暖子さんに文句はこないと思われますよ?」
「やった~!」
それはそれとして。
本当にドラゴンの死体を欲しがっているらしい暖子さんに、見た限りの様子から問題ないと告げると、諸手を上げて喜んでいました。
飛び跳ねるごとに凶暴な胸が荒ぶり、右手のウサギのぬいぐるみがブンブン揺られます。
……あのぬいぐるみの全身を久し振りに見た気がします。いつも体は暖子さんの胸に挟まれ、見事に埋まってしまっていますから、首から上以外見る機会はまれなんですよね。
キャラクターらしい、顔が大きくて体も手足も細いぬいぐるみでした。
「それじゃあ~、ドラゴンさんとお友達になろうね~、富山栄造尊繁世~」
『えっ!?』
そ、そのウサギのぬいぐるみ、そんな名前だったんですか!? ずっと『この子』って呼んでましたから、今初めて聞いたんですけど……。
確かに暖子さんは少々変わったところがありましたが、ネーミングセンスまで、その、個性的というか、独特というか、そんな感じだとは思いませんでした。
幼なじみとして長い付き合いがありますが、ここにきて暖子さんのミステリアス度が急上昇しています。
何でしょう、幼なじみとして自信がなくなってきました……。
「お、おい会長!? アレ何だよ!?」
「私にもわかりません。何故、暖子さんのぬいぐるみに、古代の日本の神様みたいな名前が付けられているのか。
……いえ、もしかして、私が知らないだけで、そんな名前の神様がいたのかも…………?」
「そっちじゃねぇって! 名前なんかどうでもいいだろ!?」
むっ! 金木さんは失礼ですね。
どうでもいいわけないじゃないですか。
これは私と暖子さんの友情に関わる話かもしれないんですよ?
「そんなことより、何でドラゴンの死体があのぬいぐるみに吸い込まれたんだ!?」
金木さんが指さす先。
そこには先ほど存在したドラゴンが、影も形もなくなっていました。
私も見ていましたが、暖子さんに促された富山栄造尊繁世の手がドラゴンの鼻先に触れた瞬間、死体が一気に吸い込まれたのは確認しています。
特に不思議な点はなかったように思えますが?
「? 彼女のユニークスキルの力ですよ。話しませんでしたか?」
「へ!? はっ!? えええっ!?!?」
金木さんの反応からして、どうやら伝え忘れていたようですね。確かに、私の幼い頃からの友人、とは紹介しましたが、スキルについては一切触れませんでしたね。
まあ、初対面の相手に個人情報のことまで話す必要はありませんし、金木さんへの対応は間違ってはいなかったはず。
それでも金木さんが驚いているのは、ユニークスキル所持者として暖子さんが知られていなかったからでしょう。
金木さんにとってはいきなり現れたユニークスキルの使い手となるのですから、驚いて当然でしょうか。
====================
名前:水川花蓮
LV:35
種族:異世界人
適正職業:勇者
状態:健常
生命力:4200/9700
魔力:3100/9300
筋力:840
耐久力:740
知力:820
俊敏:980
運:100
保有スキル
【勇者LV3】
《異界武神LV1》《万象魔神LV1》《イガルト流剣術LV10》《生体感知LV8》《未来把握LV6》《刹那思考LV6》
====================




