ex.13 私の【勇者】
翌日。
夜明け前に目を覚ました私は、広い空間が確保できる町の外に出て、一人日課の鍛錬をしていました。
日中の訓練では物足りず、確保できる自由時間を見つけては自主鍛錬を行った結果、すっかり生活の一部となってしまいました。
そのおかげか、大量に覚えていた私の上級スキルは、いつの間にか特殊上級スキルへと纏まり、昇華していました。
それが、《異界武神》と《万象魔神》という、二つのスキルです。
《異界武神》は文字通り、地球の武術や技術を由来とするスキルを統合した特殊上級スキルです。
私が好んで使用していた《異界流刀術》や《異界流弓術》を始め、長姫先生の助力で取得した《異界流長刀術》、《異界流槍術》、《異界流柔術》、《異界流暗器術》がこのスキルに組み込まれました。
他にも直接的な武術に限らず、《縮地》といった特殊な歩法や、《虚実》といった魔法と融合したフェイント技術、気配を極限まで高める《鬼気》に、魔力を使用するだけで視力を一気に引き上げる《千里眼》もまた、《異界武神》へ統合されています。
もう一つの《万象魔神》は、創造と自然を司る神が如き魔法、という意味のようです。
魔力で望む物質を作り上げる《生成魔法》と、全属性の魔法を使用することが可能となる《属性魔法》が主体ですから、まず間違いないでしょう。
その他魔法補助スキルも、このスキルに組み込まれました。魔力操作を極めた《魔力支配》、瞬時に魔法を構築できる《詠唱破棄》、技量に応じて魔法を連発できる《連鎖魔法》、効果範囲を意図して広げられる《広範魔法》、魔力を込めれば込めるだけ威力が上がる《極大魔法》も、今や《万象魔神》の一部です。
個々のスキルもかなり強力でしたが、特殊上級スキルへ昇格されることで、より高次元のスキル行使が可能となりました。
それが、日々の鍛錬をこなすごとに実感出来ました。
「はっ!」
私の目の前には、《万象魔神》で生成された、各属性の魔法が何十と存在しています。
火が、水が、風が、土が、炎が、氷が、雷が、金属が、光が、闇が、重力場が、純粋な魔力の塊が。
私の魔力を糧に形を得て、私と同じ動作をしながら迫ってきます。
それを、私は《異界武神》でことごとく迎撃していきました。
《異界武神》に統合された様々な技術のどれか一つに偏らないよう、一体ごとに別々の武具を《生成魔法》で生み出しては、違う呼吸、違う間合い、違う体捌きで倒すことを意識します。
「ふっ!」
《万象魔神》の人型は間断なく迫り、各々違う武器の形をした魔法を握っています。
それらを振るう時は《異界武神》の技術で繰り出され、創造主の息の根を確実に止めようとしてきました。
剣、刀、斧、槍、矢、長刀、棍棒、大槌、特殊な暗器、徒手空拳などなど。
私が知り得る武具を与え、私が体得した戦闘技術を反映し、私が磨いてきた魔法技術を遺憾なく発揮して生み出した、擬似的な敵。
それらは顕現させる際に設定した、ランダム運動プログラムに従い自律稼働しているため、私の制御下から独立して行動しています。
故に、私は私の戦闘意識にのみ集中すればいいため、勝手に動く魔法たちを倒すことに専念していました。
訓練が長引き私の動きが洗練されていくと、《万象魔神》の人型からの攻撃もより苛烈になっていきます。
『成長した私』の技術をリアルタイムでトレースする自動更新プログラムにより、敵もまた秒単位で技のキレが上がっていく仕様になっているからです。
「くっ! つっ! ふぅっ! でやあっ!!」
弾き、いなし、躱して、切り捨てる。
極限の集中状態での戦いでいくつも傷を負い、一体を倒すまでにそれなりの時間がかかるそれらは、正しく全部が実体のない『私自身』です。
そう。これは複数の自分と切り結び続け、なおかつ現在の自分を超え続けなければならない、命懸けの鍛錬法でした。
少しでも集中力を途切れさせれば、切り捨てられるのは本物の私です。自己鍛錬とはいえ、油断など微塵も出来ません。
この訓練方法は、セラさんに手伝ってもらう【幻覚】での訓練を、私なりに再現したものになります。
普通の訓練では成長が頭打ちになり、それでもなお力を求めようとすれば、これくらいの無茶をしなければならなくなりました。
だからこそ、私は常軌を逸した訓練を日課とし、自分の体を酷使し続けているのです。
もっと上へ。もっと高みへ。もっと頂へ。
まだ足りない。まだ満足できない。まだ完全じゃない。
私が守りたいと思う『大切な人』を、確実に守れると断言できるだけの『力』には、到底届かない。
私は、【勇者】は、戦うことでしか、誰も救えない。
鈍ければ気づかず、遅ければ間に合わず、弱ければ盾にさえなりはしない。
そんな【勇者】を、私は望まない。
弱い感覚をもっと研ぎ澄ませ。鈍い肉体をもっと疾く鋭く。脆い技術をもっと堅固に鍛え抜く。
今度こそ、なるために。
『大切な人』を、『彼』を守りきれるだけの、【勇者】に。
「はあっ!!」
そして、一時間ほどをかけてようやく全滅させることが出来た頃には、体に何カ所も血の痕がにじんでいました。
「…………ふぅ」
疲労によるため息を漏らした後、《属性魔法》で周囲に土属性の壁を生みだし、天井もふたをして私を閉じこめます。
さらに天井付近に光の玉を出現させ、即席の着替え部屋としてから、ボロボロの鎧を外して着衣も脱いでいきます。
長姫先生がいれば傷の治療を頼むところですが、ここ数日は一人で鍛錬を行ってきたため、魔法による治療は望めません。
治療関連の魔法を覚えようとしたこともありましたが、私は徹底的に攻撃系スキルにしか適性がないようで、すでに諦めました。
「つっ!?」
血の付いた着衣をすべて脱ぎ去ってから、まず《生成魔法》でガーゼと包帯を生み出しました。
それから服の下に巻かれていた古い包帯を取り除き、所持品から消毒液を取り出してガーゼに染み込ませて傷口に当ててから、新たな包帯を上から巻いていきます。
こうした鍛錬後の応急処置も、ここ数日ですっかり手慣れてきました。
また、応急処置と同じくらいガーゼと包帯の創造が容易になってきたのもメリットですね。今では私が扱う武具の生成と同じ感覚で作ることが出来ます。
ただし、消毒液などの化学薬品は構造が複雑なため、まだ《生成魔法》では再現できません。
対策としてはこうしてあらかじめ持ち込むことですが、最悪止血さえ出来れば何とかなるので、優先順位は低めですね。
「今日は十体ほど敵の数を増やしましたが、やはり負傷の数が昨日よりも多いですね。
何とか致命傷を避けたとはいえ、まだまだ私には修正すべき点が多いのでしょう。もっと精進しなければ」
包帯の下には大小さまざまな裂傷・火傷・凍傷・打撲痕などが刻まれ、私の未熟さをわかりやすく可視化してくれています。
形として残る傷跡を見る度、明日はもっと上手くやろうと思えるので、これはこれで悪くないと思えます。
しかし、昨日の宿の娘さんを思い出すと、自分も結婚前のうら若き乙女なのだと自覚し、途端に不安になります。
スタイルには多少の自信があるとはいえ、いざ服を脱げば古傷だらけだと知れば、『彼』はなんと言うでしょうか?
過ごす日常も、巡らす思考も、生きる環境も殺伐としているとはいえ、私だってやっぱり女の子ですから。
好きな人には、いつだって綺麗な姿を見せたいし、他の誰よりもかわいいと思われたい。それくらいの乙女心は、まだ残っています。
……やっぱり、帰ったら傷が残らないよう、長姫先生に治療を頼んだ方がいいですね。
それに、もう少し髪の毛やお肌の手入れもした方がいいでしょうか? 読者モデルさんだったセラさんなら詳しそうですし、一度相談してもいいかもしれませんね。
などと、美容への意識にこっそり目覚めながら、全身の傷を包帯で隠し、新しい制服と鎧を《生成魔法》で作って着用します。
それから仕切りの土壁を解除して、血塗れになった服などを《属性魔法》で処分してから、町へと足を向けました。
あ、もう朝日が出てきたのですか。時間が経つのは早いですね。
「さて。今日も一日、がんばりましょうか」
とても爽やかな気分を覚えつつ、私はランダムに死角から飛来する《属性魔法》の風の矢をスキルなしの身体能力だけで躱しながら、人が少ない町中をゆっくり歩いて宿へと戻りました。
……うん、今日も被弾ゼロ。体の調子は良さそうです。
鍛錬後に宿の自室へ戻り、金木さんと暖子さんの起床を待って朝食をとってから、滞在中にお世話になった宿屋『トスエル』を後にしました。
そのままの足で冒険者協会仮支部へと向かいます。若干金木さんが寝坊されたので、予定の時間よりは遅めの訪問となりましたが、それが思わぬ幸運をもたらすこととなりました。
「えっ!? カレンさんたち、もう行っちゃうんですか!?」
私たちの応対をしてくれたのは、すっかりボスの愛称で親しまれているターナさんとは別の職員さんです。現場離脱を伝えるとものすごく大きなリアクションをされ、現場に奇妙な緊張感が生じました。
それも仕方のないことです。すでに冒険者協会の中では私たちの利用価値は有名になっています。
冒険者のまとめ役をしていたターナさんでなくとも、私たちの顔と名前が知られるほどになっていましたから。
故に、ターナさんへ私たちが町を出ることを伝えれば、どれほどの謂われのない罵詈雑言が飛んでくるかと、内心で懸念していたのです。
しかし、運良くターナさんが外出中に訪問することができ、このまま問答無用で話を付ければスムーズにレイトノルフを脱出することが出来るでしょう。
金木さんも、たまには役に立つことをしてくれるものですね。
「ええ。復興も順調に進んでいるようですし、私たちは出立することに決めました。ターナさんによろしくお伝えください。では」
あまり長く話をしてしまえば引き留められることはわかっていたので、すぐに頭を下げて職員さんに背を向けました。
「ちょ! ま、待ってください! まだ出て行かれては困ります! 少なくとも、現在の責任者であるボスと話をしてからでもいいのではないでしょうか!?
このまま無理矢理出て行かれるのでしたら、今後冒険者としてはやっていけませんよ!?」
よほど焦っていたのでしょうか。
ターナさんのことを『ボス』と呼び、そもそも冒険者ですらない部外者である私たちに、冒険者資格の剥奪を臭わせて足止めをしようとしてきました。
私は出口へ向けていた一度足を止め、安堵のため息をこぼしていた職員さんたちに、とびっきりの笑顔で申し上げました。
「それはよかったです。私たちは元々冒険者ではありませんし、そもそも冒険者として活動する気はありませんでしたから。
そう言っていただけると、私たちも安心して旅を続けられます」
『はっ!?』
面白いように驚愕を顔に張り付けた職員さんたちに構わず、私はそれ以降振り向きもせずに冒険者協会仮支部を後にしました。
残念ですが、今の私は【勇者】だけで手一杯です。ブラック企業の社員を兼任するのは、さすがに不可能ですよ。
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名前:水川花蓮
LV:35
種族:異世界人
適正職業:勇者
状態:健常
生命力:4200/9700
魔力:3100/9300
筋力:840
耐久力:740
知力:820
俊敏:980
運:100
保有スキル
【勇者LV3】
《異界武神LV1》《万象魔神LV1》《イガルト流剣術LV10》《生体感知LV8》《未来把握LV6》《刹那思考LV6》
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