ex.12 『ある人』
「? どうされました?」
それはドラゴン襲撃の情報を半ば諦めていた私たちにとっては、思ってもみなかった言葉でした。
私が知りたかったことは、第一にドラゴンが何故この町を襲ったのか。
【魔王】が意図的に襲わせたのであれば、それが【魔王】の世界侵略の意図を推測できるピースになると思ったからです。
第二にドラゴンがどれだけの強さで、私たちで倒せることが出来るレベルであるのか。
こちらは【魔王】との対決を視野に入れ、私たちの強さを客観的かつ相対的にどの程度の基準にいるのか、確認出来ると思ったためでした。
結局、これらは私たちがレイトノルフへ到着した頃にはすべてが終わってしまっていたので、わからないままです。
そして、この町に来たことで新たに生じていた疑問が、『どうやってドラゴンを退けたのか』ということでした。
正直なところ、伝説級の化け物と称されるような『神人』級の魔物を相手にするには、この町の戦力は脆弱もいいところです。
私たちはドラゴンと相対してはいませんが、防衛の要であった冒険者たちが我先に逃げ出したという話からして、相当な力の差があったことは間違いありません。
だというのに、一週間もしない内に片づけの終わりが見える程度の破壊しか見られないのは、あまりにも不自然でした。
私たちが復興作業を手助けし、作業期間が短縮されたことを計算に入れたとしても、レイトノルフの被害はあまりにも小さすぎたのです。
それを冒険者の方々から聞いた不可解な証言と照らし合わせると、ドラゴンからこの町を守ろうとする意思が存在したのは明確でした。
つまり、ドラゴンを退けるほどの力を持った『誰か』、ないしは『組織』がこの町にいたのは間違いないのです。
もちろん、冒険者の方々の手伝いをしている間に、その『誰か』についての情報もそれとなく探っていました。
しかし、誰一人としてそのような人物に心当たりがないという返答しか得られず、途方に暮れていたところで飛び出したのが、眼前にいる女性の発言です。
給仕の女性と話していた私や、会話に参加せずとも話を聞いていた暖子さんだけでなく、食事に夢中だった金木さんでさえも動きが止まり、三人の視線が一気に彼女へと集中します。
「あ、貴女は知っているんですか? この町にきたドラゴンを倒した人物のことを?」
動揺が表に出ないよう冷静さを保とうとしましたが、焦りが勝ったのか少々どもってしまいました。
今回の事件解決に貢献したキーパーソンの情報を得られる、唯一の好機かもしれないのです。
長姫先生の《明鏡止水》があればもっと冷静さを保てたかもしれませんが、興奮と期待が先走ってしまうのは仕方ないことでしょう。
「ええ。しばらくの間、ここで寝泊まりされていましたから、よく知っています。もっとも、あの事件の後すぐにこの町を発ってしまわれたので、今はどこにいるのかわかりませんけど」
が、どうやら当人はすでにこの町にはいないらしく、直接話を聞くことは出来ないようです。
しかし、ある程度の期間お客としてこのお店を利用していたのならば、給仕の女性から色々と情報を聞き出せば、私たちならば追跡も可能かもしれない。
この時は、そう思っていました。
「もし差し支えなければ、その人物についてお話を聞きたいのですが、よろしいですか?」
まずは交渉のため、労働で得た所持金の中から銀貨を一枚、給仕の女性へ示しました。
私たちがブラック企業で得た数少ない賃金ですが、明日この町から離れると先ほど決めたため、惜しくはありません。
お金を見せたのは、レイトノルフの町が全体的に商人気質が強く根付いているためです。
価値に見合う金額さえ提示できれば、物も情報も人さえも買うことが出来ると言われるくらい、この町ではお金がすべてという気風がありました。
なので、たとえすべての情報を聞き出せなくとも、少額でもお金を提示すればそれ相応の情報は入手できる、と踏んでいました。
「申し訳ありません。当店は守秘義務を徹底しておりますので、いくらお客様からのご要望でも、お答え致しかねます」
しかし、変化は悪い意味で劇的でした。
銀貨を取り出した途端、給仕の女性の態度が親しげなものから一気に硬質となり、声音も単調な事務的な口調へと切り替わったのです。
これを境に、終始浮かべていた彼女の笑顔は、一瞬にして仮面にすり替わったような空虚さを纏い、すべての挙動から私たちを拒絶している雰囲気をにじませました。
「そこを何とか、お願いできないでしょうか?」
「申し訳ありません。規則ですので」
給仕の女性の様子から無理は承知でしたが、見せる銀貨の枚数を増やして交渉しようとするも、彼女は頑なでした。
迷う素振りさえ見せない彼女の態度に、思わず苛立ちが顔に出そうになりますが、何とか堪えます。
どうやら私たちの運は良い方と悪い方、両方に傾いていたようです。
私たちが偶然利用したお店に、ドラゴン襲撃を収めた『誰か』がいたという幸運と引き替えに。
そこが商人気質な町としては珍しい、お金による融通が利かないお店だったという不運。
今提示した金額が手持ちの全財産でもありましたから、もうお金での交渉は無理でしょう。
かといって別の手口から交渉しようにも、彼女の態度からしてすでに私たちへ不信感を抱いていることは明白でした。
給仕の女性がダメなら他の従業員に聞けば、とも思いましたが、可能性はわずかもないでしょう。
このお店を紹介してくれた冒険者の方によると、ここは夫婦と娘さんによる家族経営で成り立っているとのことでした。
目の前の女性は見た目の年齢からして娘さんの方で、残りの関係者は彼女の両親しかいないことになります。
娘さんが宿泊客の個人情報を守っているのに、このお店の経営者だろう彼女のご両親が教えてくれると考えるのは、さすがに浅はかでしょう。
よって、『このお店にドラゴンを退けるほどの実力者が宿泊していた』、という以上の情報を彼女の口から聞くことは、諦めざるを得ないようです。
「……そうですか。無理を言ってすみません」
「いえ、とんでもないです」
これから粘っても無意味と判断し、私は銀貨をしまって謝罪しました。
給仕の女性は相変わらず感情の見えない笑みを浮かべたまま、お辞儀を一つして私たちの席から離れていきました。
「よかったのか、会長? 多少強引でも、ドラゴンを倒したって奴のことを聞いた方がよかったんじゃないか?
そんだけの実力者なら、もしかしたら話をすれば【魔王】討伐も引き受けてくれるかもしれないだろ?」
給仕の女性がいなくなってから、金木さんが不服そうに私へ声をかけてきました。彼はドラゴンを倒した『誰か』を、【魔王】討伐の仲間に引き入れたかったようです。
内容が内容ですので、金木さんの声は少々抑え気味でした。声を大にしてする話題でもないですから、私も彼と同様に小声で口を開きます。
「それはどうでしょうか? 確かに、今までの情報がすべて正しいのであれば、ドラゴンを倒したという『誰か』は相当な実力の持ち主だったのでしょう。しかし、一方で不審な点もいくつか挙げられます」
一つは、それほどの実力を持っているのに、冒険者の人が誰も『その人物』を知らなかったこと。
単独で『神人』級の魔物を、それも何体も相手にして勝利するほどの力を有する人物を『誰も知らない』のはあり得ません。
そのことから、『その人物』は少なくとも冒険者ではなかったと考えられます。
冒険者だけでなく、ターナさんを筆頭とする冒険者協会の職員の方々も、『その人物』について把握している様子がないことから見て間違いないでしょう。
次に、給仕の女性の口振りからして、『その人物』がドラゴンを倒し終えてすぐに出発したこと。
魔物の襲撃から町を守っておきながら、その後の復興作業には参加せずに姿を消したのは、整合性に欠ける行動です。
仮に『その人物』が冒険者という防衛義務を持たずにレイトノルフを守ったのであれば、『その人物』には町の防衛に動いた動機があったはずです。
普通に考えればそれはこの町や住民への『愛着』でしょうが、それなら復興作業にも手を貸してもいいはずで、奇妙な矛盾を覚えます。
最後に、ある程度の期間このお店に宿泊していたらしい『その人物』の宿泊費です。
私の推測ではありますが、冒険者でないこと、実力不相応な知名度の低さ、長期的な宿屋の利用という要素を総合すれば、『その人物』はこの町の住民ではありません。
その上で、『その人物』は『ある程度の期間』の宿泊および飲食代をどうやって捻出したのか?
町の住民ではなく冒険者でもないなら、お金を稼ぐ手段はかなり限定されるにも関わらず、『その人物』は長期滞在を可能とするお金を所持、あるいは稼いでいたことになります。
このお店は比較的リーズナブルとはいえ、冒険者が利用する店舗は一般人からすればどこも割高です。普通ならばすぐに金欠になってしまい、長期滞在する余裕などありません。
可能性としては低いですが、もし『その人物』の本職が商人で、この町での商売が軌道に乗っていたとすれば、無理矢理ですが筋が通りそうです。
が、それならお金の問題は解決できても、今度は町を出て行く理由がありません。
魔物の襲撃で物資が不足する今こそ商売のチャンスであり、取り扱った商品が売れていたのならば、なおさら町を離れようとするでしょうか?
さらに、本当に『その人物』が商人であったのなら、商品などの荷物をまとめるのも一苦労だったはずです。
何故なら、給仕の女性の言葉から察するに『その人物』は『個人』です。
ドラゴンを倒した『誰か』が『組織』であれば、彼女は『ある人』ではなく『ある人たち』と呼んでいたはずですからね。
以上のことから、『その人物』はこの町の住民でも、冒険者でも、商人でもない、『普通ではない旅人』と言えるでしょう。
そして、私たちに集まった情報からして、少なくとも『その人物』は目立つことを極端に嫌っている節があります。
ドラゴンを倒せるほどの力を持っているのに無名なのは、『その人物』が今まで隠し通してきたから。
ドラゴンを倒してすぐにこの町を離れてしまったのは、ドラゴンが倒されたことで『その人物』への注目が集まることを恐れたから。
ついでに、宿泊費や飲食代はドラゴンを倒せてしまうほどの実力者なのですから、金策はいくらでも思いつくでしょう。法に触れるリスクを考えなければ、ですが。
「つまり、たとえ私たちがその人物に接触できていたとしても、【魔王】討伐への参加は説得できなかったと思います。
その人物が何者で、どのような人間性をしているのかはわかりかねますが、少なくとも『有名になること』を忌避しているらしいとは想像がつきます。
そのような人物に声をかけたとしても、あっさりと断られるのではないでしょうか?」
「でも、それはあくまで会長の予想だろ? 実際に声をかけたら違うかもしれねぇし、もしそいつに今後出会うことがあったら、誘うだけ誘ってみないか? 案外引き受けてくれるかもしれないぞ?」
「……それは止めませんが、私たちが出会えるかどうかは運次第ですよ?」
「大丈夫だって。何せ俺たちは【勇者】一行で、この世界の主人公なんだからな。そういう出会いや運は、向こうから舞い込んでくるってのが相場なんだよ」
というわけで、一応誘うだけ無駄だと提言はしてみたのですが、最終的に意味不明な理論を展開して金木さんは一人で納得していました。
私はというと、あまりに現実離れした子どもの妄想じみた根拠に、呆れて物も言えなくなりました。
【業火】という強力なユニークスキルをたまたま所持しただけで、自身のことを『世界の主人公』とは大きく出たものです。
金木さんは暴力的な行為をしていないだけで、精神構造は私が以前こらしめた男子生徒たちと大差ないのでしょうね。
一度『彼』という現実的で頼りになる男性を知ってしまうと、夢や希望だけを語る男性があまりにも薄っぺらくて滑稽に思えてきます。
私はこっそり金木さんから顔を逸らし、小さなため息をこぼしました。
実力はあっても頼りに出来ない人ばかりの『異世界人』と一緒で、本当にうまく立ち回れるのでしょうか? 何だか、懸念と心労がたまっていく一方な気がします。
「カレンちゃん~、リラックスリラックス~」
「……そうですね」
私の精神的疲労を敏感に読みとったのでしょう。暖子さんは胸元のウサギのぬいぐるみの手を動かしつつ、私を慰めてくださいました。
暖子さんのホワホワした笑顔に励まされ、意識を切り替えることにしました。
とりあえず、今日は早めに食事をとって休むことにしよう。
悩んでも仕方のないことをくよくよする前に、出来ることを積み重ねていく方がよほど建設的です。
そう心を奮い立たせ、私は自分に配膳された料理を口に運び、色々な思いと一緒に飲み下していきました。
「そういや、あの妙に口が達者な兄ちゃんはどうした? 最近姿を見かけねぇな?」
「ああ、彼ですか? 色々ありまして、ウチの従業員を辞めて出て行っちゃいましたよ。今は何してるんでしょうかね?」
「え? 行かせてよかったのか? ずいぶんとこの店になじんでたし、てっきり婿入りさせるのかと思ってたんだぜ?」
「いいんです。確かに、いなくなっちゃったのは寂しいけど、また会う約束はしましたから。彼、口は悪かったですけど、一度交わした約束はきちんと守ってくれるくらい、根はとても真面目で優しい人ですからね」
「あ~あ~! お熱いことで! つまみがなくても腹一杯だわ!」
「がっはっは! 違ぇねぇ!!」
「お~し、今後の『トスエル』の発展と、シエナちゃんのノロケっぷりを祝して!!」
『乾杯っ!!』
「ちょっ!? ノロケてませんから!! ヘイトとはまだそんなんじゃ! ……って、私の話聞いてます!?」
食事中、ふと視線を向けると、先ほど感情を殺して私と話していた給仕の女性が、顔を真っ赤にしながらお客さんに抗議している姿を発見しました。
この世界の女性は、私たちの年齢だと早々に結婚するものだ、とは知識で理解しています。
ただ実際にそのような会話を耳にして初めて、ああ本当なんだな、と納得することが出来ました。
「…………?」
ただ、何故でしょう?
たまたま出会った給仕の女性に、恋人らしい人がいる。
聞き取れた会話からしてたったそれだけの、他愛もない話であるはずなのに。
面白くない。
気に食わない。
祝福する気になれない。
自分でもよくわからない、本能とでも言うべきところから、彼女のことを否定する気持ちが送られてきたのです。
「……カレンちゃん~?」
「…………何でもないです」
金木さんとの会話で生じたストレスとはまた別種のモヤモヤを感じ、内心で首を傾げました。
しかし、そんな些細な変化さえも敏感に察知したらしい暖子さんの声に我を取り戻し、私は笑顔で食事を再開しました。
結局、その日は宿のベッドで眠りにつくまで、奇妙な胸のつかえが消えることはありませんでした。
ゲスト出演その2、看板娘ちゃんでした。
余談として、この章における作者の認識では、ex.11とex.12は『戦闘シーン』に分類されます。
あくまで個人的見解ではありますが、執筆時の緊張感は主人公vsボスドラゴンの話に匹敵するか、それ以上でした。
なんだこの心臓に悪いシーンは?
====================
名前:水川花蓮
LV:35
種族:異世界人
適正職業:勇者
状態:健常
生命力:9500/9500
魔力:9100/9100
筋力:820
耐久力:720
知力:800
俊敏:940
運:100
保有スキル
【勇者LV3】
《異界武神LV1》《万象魔神LV1》《イガルト流剣術LV10》《生体感知LV8》《未来把握LV6》《刹那思考LV6》
====================




