ex.9 緊急出動
「聞いての通りだ。我がイガルト王国の領土内である交易都市レイトノルフに、多数のドラゴンが襲撃をかけたとの一報が冒険者協会よりもたらされた。
現地はすでに戦場となっていよう。一体で国を滅ぼせる『神人』級の大群に襲われれば、中規模の都市ではひとたまりもない」
最悪の知らせを聞き、すぐさま国王陛下に情報の真偽を確認すると、残念ながら紛れもない事実であることが判明しただけでした。
魔物の階級については、一般教養の時間で学習したため理解しています。
『神人』級は現在表すことのできる最大の脅威度を示し、本来ならば各地に点在する強力なダンジョンの主と同等以上の力量を持つ化け物だと教わりました。
そんな規格外の魔物が、大群で一つの都市に襲撃をかけるなど異常です。
加えて、レイトノルフは隣国との交易で栄えた都市とのことですが、現在は交易もさほど活発ではなく、かなりの辺境ということもあり国内の重要度もあまり高くないようです。
だというのに、ドラゴンたちは進路上近くにある都市を一切無視し、真っ直ぐレイトノルフに向かっているのだとか。
これがもし、【魔王】の大陸侵略行為だとしたら、狙いが全く見えません。
そういえば、『彼』のレポートに【魔王】や魔族について触れている部分があり、そこにも人間の国を攻撃する理由や目的がわからないと記載していました。
もしかすると、ただ無作為に攻撃を開始して、最初のターゲットとなったのがたまたまレイトノルフだったのでしょうか?
それとも、私たちが気づいていないだけで、レイトノルフに重要な何かがあるのでしょうか?
いずれにせよ、このまま見過ごすわけにはいきません。
「国王陛下。早急に城を出る許可をいただけませんか? 私も都市防衛に参加します」
「カレン殿が?」
概要を聞き、私はすぐさまドラゴン撃退へ向かう意思を、国王陛下に進言しました。
個人的にイガルト王国を敵だと認識していますが、この国に住む国民すべても敵だと言うつもりはありません。
むしろ、人道的にドラゴンを討伐しうる可能性がある『異世界人』が向かうのは当然といえます。
他にも、ドラゴンに狙われた都市に直接出向くことで、【魔王】の目的が少しでも見えてくるかもしれない、という打算もあります。
それに、ドラゴンが私の手に負えない相手だったら、自分の命を最優先にするつもりですし。
犠牲となる方々には申し訳ありませんが、いくら私の肩書きが【勇者】とはいえ、見ず知らずの他人のために命をかけられるような聖人君子ではありません。
方針は、ようやく動きを見せた【魔王】勢力の強さを確認し、人間の国を襲う意図を探ること。お題目である人命救助は、『可能であれば』行う程度で構いません。
あくまで目的は偵察。それ以上でも以下でもありません。
「し、しかし相手はドラゴンなのだぞ? カレン殿の実力があれば退けることも可能かもしれんが、敵は大群と聞いている。命を落とさない保証はないのではないか?」
すると、国王陛下はわずかに狼狽するような態度を示し、私を引き留めるような台詞を口にしました。
……どう好意的に捉えても、【魔王】とぶつけるまで私に死なれるわけにはいかない、というのが本音でしょうね。
それか、私の行動に裏があると読んで、単独行動をさせたくないのかもしれません。
いずれにせよ、《契約》に縛られている体の私が、国王陛下の引き留めに反発すると、《契約》の規定に抵触する可能性があります。
強引に出動許可を迫るのは、得策ではありませんね。
「確かに、相手が相手ですから、かなりの危険を伴うでしょう。しかし、何も私一人で行くとは言いません。
『異世界人』の中でも有数の実力者にも同行してもらい、協力して敵の殲滅を行いたいと思っています。如何ですか?」
ならば、単独でなければ問題ないでしょう? 暗にそうした意図を含んでの提案に、国王陛下も考える素振りを見せました。
断る理由を探しているのか、譲歩としてさらなる条件を突きつけてくるのか、思考を巡らせているのかもしれません。
「……状況も逼迫している以上、やむを得ん。カレン殿の決意は重々理解した。
だが、決して無理をしてはならん。同行者の人数も少数に抑え、敵わないと判断したら退くこともまた勇気と心得よ」
「承知しました。では、すぐに準備をします」
「うむ」
結局、国王陛下の出した結論は条件付きで要求を認めるものでした。
意訳すれば、「無理をするな」とは『まだ死なれては困る』、「同行者の人数を抑えろ」とは『戦力の低下を最小限にしろ』、「退くことも視野に入れろ」とは『中規模程度の町なら『異世界人』数名程度の方が優先順位は上』ということでしょうね。
こちらへの気配りを装いつつ、自国の将来的な利益しか考えていないことが透けて見えます。
これを『異世界人』という存在の軽視と見るか、それとも一国家の主として当然の損得勘定と見るか。
いずれにせよ、『異世界人』にとっては迷惑なだけの話ですね。
国王陛下との交渉を終えると最後に礼を一つ残して、終始無言だったセラさんたちと一緒に御前を辞しました。
「セラさん、長姫先生、そういうことですので、私の留守中は頼みます」
「わかってるわよ」
「承知しております」
「菊澤さん。すみませんがレイトノルフまでの転送をお願いできますか?」
「『わかった。ちょっと待ってて』」
廊下を早足で進む中、私は彼女たちにしてほしいことを手短に伝えます。
セラさんと長姫先生には『異世界人』のいる王城の守護と、イガルト王国の動向監視を。
菊澤さんには【結界】の転移能力による移動時間短縮を依頼し、頼もしい返事をいただきます。
それから私たちは二手に別れました。
私と長姫先生は訓練場に残してきた清美さんたちに事情を伝えるべく訓練場へ。
セラさんと菊澤さんは【結界】でレイトノルフまでの道を繋ぐための地理情報を得るため資料室へ。
それぞれの目的へと向かいます。
「それで、現場へは誰を連れていくつもりなのですか?」
「候補はもう固めてあります。後は本人の意思を確認して、菊澤さんの準備が出来次第すぐに飛びます」
「勝算は?」
「実際の相手を見てみなければ、何とも。ただし、国王陛下の言う通り、無理はしませんよ。それがお互いの望みでもありますから、ね」
道中、長姫先生にドラゴン退治の連れ合いや、ドラゴンに勝てるかどうかを話しつつ、私たちは清美さんたちのところへと戻ってきました。
「あ、花蓮! どうだった?」
「大変だよね~。ドラゴンって~、どんなのかな~?」
「な~んか面白そうな展開になってきたが、オレらは何すりゃいいんだ、花蓮?」
「ちょい、ユキっち。やる気出すのは結構だけど、一応相手が『神人』級とかいう化け物だってこと、忘れちゃだめだからね?
ってか、ウチらはここ最近になって訓練をし始めたド素人なんだから、逆に足手纏いにしかならないって気づこうね?」
私の姿を確認すると、清美さんは不安そうな表情で、暖子さんはとても呑気なことを口にし、荒井さんはすでに参戦するつもりで身構え、智恵さんはそんな荒井さんへ冷静に忠告しつつ集まってきました。
それから、国王陛下とのやりとりを簡潔に皆さんにも伝え、これからすぐにレイトノルフへと向かうことも説明しました。
「そこで、実はこの中から一人、ついてきてほしい人がいるんです」
そして、私がここに戻ってきた本当の用件を切り出し、一人の正面へと進み出ました。
「危険も無理も承知で、お願いします。今回のドラゴン事件の現場まで、一緒にきて下さい。
おそらく、ドラゴンを相手にする場合、私には貴女の力が必要になると思っています」
驚いたように目を丸くする彼女の目をじっと見て、私は誠心誠意を込めて頭を下げました。
「どうか、私と同行していただけませんでしょうか?」
地面しか見えない、少し張りつめた空気が漂う中、静かに笑みをこぼしたその人は、
「カレンちゃんのお願いだし~、いいよ~。行こっか~」
いつも通りののんびりした口調で、快諾して下さいました。
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名前:水川花蓮
LV:35
種族:異世界人
適正職業:勇者
状態:健常
生命力:7800/9000
魔力:4800/8600
筋力:780
耐久力:710
知力:760
俊敏:850
運:100
保有スキル
【勇者LV3】
《異界武神LV1》《万象魔神LV1》《イガルト流剣術LV10》《生体感知LV8》《未来把握LV6》《刹那思考LV6》
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