ex.7 腹黒【勇者】
「ん? そういや、花蓮たちはずっとこの部屋にいたんだよな? じゃあ、オレらが見た『この部屋に入っていく花蓮』はまさか……」
「ええ、セラさんの【幻覚】です。私たちの作戦は成功しましたので、荒井さんたちに今まで話せなかった事情を説明しようと思いましたから」
おおよそ説明が終わったところ、荒井さんが私の台詞と記憶のズレに気づいたようですので、そちらも種明かしを行いました。
国王陛下との謁見が終わった後、私たち四人はダミーの部屋に残って本物の謁見の間の様子を観察していました。
その際、私たちが謁見の間を出て行く様子はセラさんの【幻覚】で見せ、本体は念のため菊澤さんの《隠神》で隠れました。
そして全員が部屋から出たのを見計らい、セラさんに清美さんたち四人だけを対象に【幻覚】をお願いし、『幻視』で見せた私をダミーの部屋への案内役にしてもらいました。
だから、私たちが謁見の間での国王陛下たちの会話を盗み聞きしている最中に、清美さんたちが乱入出来たのです。
ちなみに、謁見後の国王陛下たちの様子は【結界】と【再生】を使って、全員に共有されていました。
まず、あらかじめ謁見の間を囲むように『立体』の【結界】を作成してもらい、内部での会話などを菊澤さんに得てもらいます。
そこから、菊澤さんの見聞きした内容を長姫先生の【再生】で私たちの脳内にも移してもらい、情報共有していたというわけです。
おそらく、今回の作戦はセラさん、長姫先生、菊澤さんの誰か一人でも欠けていたら実現しなかったでしょう。本当に心強い味方です。
それだけでなく、『彼』という共通点を除けば接点が何もなかった四人が、今では全幅の信頼を寄せられる大切な戦友となりました。
たとえ私たちが得た能力が今と違っていても、彼女たちとの出会いは私の人生において最高の幸運であったと断言できます。
彼女たちのような素晴らしい人たちと出会わせてくれた『彼』には、感謝してもし足りないくらいです。
もしまた『彼』に出会えた時、たくさんの思いを詰め込んだ『ありがとう』を伝えよう。
心の中で、密かにそう決意しました。
「気になることといえば~、なんでカレンちゃんたちの作戦が『中途半端』なの~? 聞いた限り~、ぜんぜん失敗してたようには思えないんだけど~?」
「ああ、それは大したことではありません。【結界】でこの部屋へ転移させたのは全員ではなく、一部の『異世界人』には『本当に《契約》の対象となってもらった』んです。
つまり『中途半端』な結果は失敗ではなく、わざとそうしたので問題ないですよ」
『へ(~)?』
また、暖子さんが『中途半端』と表現したことについて言及してきましたので、これも隠さずに事実を伝えました。
実は清美さんたちに説明した作戦は、すべて『異世界人』の『学生』のみを対象に行われていました。
つまり、イガルト王国の『勇者召喚』に巻き込まれた『異世界人』の内、長姫先生を除く教師、事務員、用務員などの『大人』は、実際に《契約》が行われた謁見の間に残し、私たちの『身代わり』になってもらったのです。
「な、なんでそんなことを!? 花蓮の話が事実なら、先生たちは全員《契約》の力が作用して、今後イガルト王国の奴隷として扱われる、ってことよね!? そんなことを許していいの!?」
「確かに、清美さんが言いたいこともわかります。ですが、これはより多くの『異世界人』が奴隷となるのを防ぐために、どうしても必要な犠牲だったのです」
困惑する清美さんたちを宥められるかはわかりませんが、あえて大人たちを助けなかった理由を説明していきました。
もちろん、私たちのやり方ならば、大人を含めた『異世界人』全員を《契約》から逃がすことは簡単でした。
が、だからといって実際に全員を助けてしまうと、いくつものリスクを背負う可能性がありました。
中でも、《契約》の不発によって生じるだろう危険性は一番避けるべきでした。
私たちの前で《契約》が行われるのは実質二度目であり、魔法効果の大半は『彼』が予想してくれていましたが、絶対ではありません。
あくまで超人的な頭脳を持つ『彼』が、少ない情報から導き出した『推測』であるため、『彼』のレポートによる情報が《契約》の効果のすべてとは言い切れないのです。
そのことから、《契約》が成立しなかった場合、イガルト王国が次にどんなアクションをしてくるのか、予想がしづらくなってしまいます。
『彼』も気づかなかった効果があって、後にとんでもない不意打ちを食らう可能性も捨てきれませんでした。
また『彼』のレポートによると、《契約》が不成立となったら用意していた魔力が消費されず、起動しなかったことをイガルト王国に知られることに加え、時間を待たずに再度《契約》を使用出来る可能性が高い、と記されていました。
このことから、《契約》の不発により『私たちが《契約》の存在に気づいて対処した』ことと、『《契約》をやり直す機会を与えてしまう』こと。
少なくとも、この二つのデメリットが生じてしまうのです。
前者は、今までイガルト王国側に《契約》を臭わせる行動が一切なかったのにも関わらず、私たちが《契約》を知っているということがバレます。
それはつまり、私たちに『彼』と情報のやり取りがあった、ということを完全に露呈してしまうのです。
レポートによると、『彼』が《契約》について調べた手段は、接触したイガルト人との対話からだったそう。
初日に交わされた国王陛下との会話内容と、それに反した言動をとったイガルト人に起こる変化をつぶさに観察し、《契約》の威力や発動条件などの詳細を得る材料としていったのだとか。
その事実から、『異世界人』の中では『彼』だけが《契約》の存在に気づいていたと、イガルト王国側は認識していたはずです。
他の『異世界人』の前で《契約》に違反した言動を取ったイガルト人はおらず、知る機会がなかったので当たり前ですね。
だからこそ、《契約》を知るはずのない私たちが知っているということは、必然的に『彼』の介入を容易に結びつけてしまいます。
それにより、私たちを統率したのが『彼』だと誤解され、王城から脱出した『彼』に迷惑をかけることになるでしょう。
だけでなく、《契約》を知る存在として私たちの警戒レベルは跳ね上がり、謁見以後の連携行動を妨害されるだろうことが、ほぼ確定してしまいます。
そうなると今回のように事前の打ち合わせができず、不意打ちで《契約》を使用される場を整えられれば、私たちが《契約》から逃れられるか保証できません。
たとえアドリブで回避できたとしても、私たちだけが助かればいい話でもありません。
後に他の生徒を人質などとして提示されれば、結局はイガルト王国に従わざるを得ない状況に陥る、なんてこともありえますからね。
一つ目のデメリットだけでもこれだけ不利となるのに、その上で二つ目のデメリットが重なると、事態は致命的です。
《契約》を不発に終わらせると、魔法の再使用が可能な状態のまま。
それなら、私たちを排除した後で何かと理由を付けて『異世界人』を呼び出し、もう一度《契約》を使えば『異世界人』の奴隷化は簡単です。
その後、残った私たちには先ほども述べたように『異世界人』を人質とし、『奴隷の首輪』などで支配すれば事足りるでしょう。
以上のことから、《契約》の完全回避はその場しのぎにすらならず、事態を悪化させることが目に見えていました。
かといって、『異世界人』をこのままイガルト王国の奴隷とするのは見過ごせるものではありません。
ただ、《契約》に介入しようとすれば、多少なりともイガルト王国から疑いの目を向けられるのは必至。
ですから、私たちは次善の策を選択しました。
『異世界人』の組織的勢力を維持しつつ、今回の謁見では確実に《契約》を発動させて魔力を消費させ、再使用までの時間を少しでも多く稼ぐ方法を。
それこそが、大人の『異世界人』を《契約》の囮とすることでした。
身代わりに大人を選んだ理由はいくつかあります。
まず一つに、『異世界人』の中ではステータスやスキルが生徒と比較すると劣り、イガルト王国の支配下に入っても対処が容易なこと。
一般兵士と比べれば上でも、『異世界人』全体からしたら実力は低いですから、大多数の生徒なら簡単に無力化できます。
次に、長姫先生が私やセラさんや菊澤さんを含む生徒を、危険な目に遭わせたくないと強く主張したこと。
先生は生徒たちの実力云々に限らず、イガルト王国の奴隷になるという状況に強い忌避感を覚えたようです。
また、『異世界人』の構成比率から見れば、大人の割合がせいぜい10%程度であったこと。
これは単純に、《契約》の被害を受ける比率が少ないほど、『異世界人』の組織力の低下を防げます。
最後に、少なからず私たち四人の私怨が含まれていたこと。
『彼』が複数の教師たちの共謀により重傷を負わされた、あの日に抱いた様々な思いは決して忘れません。『彼』に代わって意趣返しをする意味でも、躊躇はありませんでした。
以上から、私たちの中で『異世界人』の大人を《契約》の生け贄にすることに異議が出ず、『異世界人』の最大利益を求めるためには必要だと結論づけられたのです。
「いやいやハナっち、それはかなり軽率な判断だったんじゃないの?
確かに大人たちは戦闘面においては、全体的にあまり優秀じゃなかったかもしれないけど、ナキっちみたく能力が高い人も中にはいるはずじゃんか?」
「それについても問題ありません。《契約》はあくまで魔法であるという考えを前提に、魔法発動後にとある『実験』を行いました。
勝算は不明でしたが、結果は成功。これにより、やろうと思えば私たちの力で《契約》の無効化が可能であると証明されました」
大人を利用した背景の説明後、智恵さんがもっともな意見を進言してきましたが、その懸念もついさっき解決されました。
後、『ナキっち』とは長姫先生のことでしょうか? 『長姫』の『ながい』と『姫』から取った、のでしょうねおそらく。
とはいえ、長姫先生提案の『実験』はあくまでおまけ。こちらにいい方へ転がったのは、本当に僥倖と言えました。
確かに、智恵さんの疑問通り私たちが《契約》の犠牲として選んだ大人の中には、ステータスやスキルが優秀な人もいました。
中でも特に秀でた能力を持っていたのは、長姫先生によく絡んでいた倉片先生でしょう。
長姫先生と年齢が近く、【大蛇】というユニークスキルを有する魔法槍士です。
実力の程は金木さんと同程度であり、私たちであれば余裕で対処可能とはいえ、『異世界人』の中では文句なしにトップクラスに入るでしょう。
他は二十代の若い先生がいなかったため、飛び抜けた実力を持つ先生はいらっしゃいませんでした。
よって倉片先生に限っては、イガルト王国の奴隷となると純粋に脅威となるのは確実でした。
そのため、長姫先生は『実験』と称して菊澤さんに依頼し、倉片先生のみを対象にしてこっそり【結界】を使用することをお願いしていました。
それを話し合った時、長姫先生はかなりの葛藤と戦ったような渋い表情でしたが、あまり触れないでおきました。
具体的にどうしてもらったのかというと、謁見の間全体を覆っていた【結界】を利用しました。
それは謁見の間の広さよりも少し大きめの『立体』で構成されていましたから、大扉から出て数メートル程度はまだ菊澤さんの支配領域だったのです。
菊澤さんには、倉片先生が【結界】の外へ出る前に、先ほど先生へ定着したばかりの《契約》の破壊を試みてもらいました。
この『実験』の根拠は、攻撃魔法を攻撃魔法でぶつければ相殺するように、強力な儀式魔法だとしても、それを上回る魔法の力で干渉すれば、効果の減衰、あわよくば破壊が出来るのではないか? と長姫先生が考えたためです。
結果、菊澤さんの感覚ではありますが、【結界】は倉片先生に施された《契約》を破壊できたとのことでした。
これが事実なら、少なくとも【結界】のようなユニークスキルならば、《契約》を退けることが可能だということになります。
その事実を知ったのはついさっきで、素直に喜ばしいことです。
《契約》を外から破壊する対抗手段が一つでも存在するのですから、少なくとも《契約》の発動がすべての終わりではないのです。
長姫先生だけは心の声を漏らしていましたが、見ないことにしました。
ただ、ユニークスキルの能力としては可能でも、《契約》の効果のみをピンポイントで破壊できるかどうかが術者次第であったら、かなり難しい手段だと言わざるを得ません。
正直なところ、『異世界人』の中で魔法の操作技術は菊澤さんが他を圧倒してのトップです。
もしも菊澤さんと同程度の魔法制御能力を必要とするならば、《契約》の破壊は実質、菊澤さんにしかできないということでもあります。
《契約》破壊の可能性についてはまだ検証の余地はありますが、倉片先生のおかげで小さな突破口が見えてきたのは望外の幸運です。
本人は知らずとも、体を張って証明してくれた倉片先生には感謝の念が尽きません。
「……花蓮、貴女、少し見ない間にずいぶんな性格になったわね」
「そうだね~。なんていうか~、黒い~?」
「それも腹がな。真っ黒だ。あの国王が狸だとしたら、花蓮はさながら女狐ってところか? 狐と狸の化かし合いとはよく言ったもんだぜ」
「なるほどね~、そりゃ秘密主義にもなっちゃうってことか。もう昔の純粋で真面目なハナっちが懐かしいと思っちゃうくらいだね。
あの国王さんも、この一年でとんでもない【勇者】を育てたもんだよ。あ~怖い、くわばらくわばら」
すべての説明を聞き終えた後で、清美さんはメガネをいじっていた右手を額に当てて天を仰ぎ、暖子さんはニコニコしながら胸元のウサギのぬいぐるみの耳を広げ、荒井さんは暖子さんに同意して私の変化を豪快に笑い飛ばし、智恵さんはわざとらしく両腕をさすって私から一歩遠のきました。
女狐とは失敬な。それを言うなら長姫先生の方がよっぽどあくどい性格をしていると思います。
作者の所感ですが、会長も残念先生も同じくらい狡猾な性格だと思います。……だって、彼女たちが計画して実行したことを考えたら、ねぇ?
純粋な女の子という位置づけだった、看板娘ちゃんを書いてた時代が懐かしいです。もう、あの日には戻れないんだね……(遠い目)。
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名前:水川花蓮
LV:35
種族:異世界人
適正職業:勇者
状態:健常
生命力:8400/8400
魔力:7900/7900
筋力:730
耐久力:680
知力:710
俊敏:820
運:100
保有スキル
【勇者LV3】
《異界武神LV1》《万象魔神LV1》《イガルト流剣術LV10》《生体感知LV8》《未来把握LV5》《刹那思考LV5》
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