ex.6 化かし合い
まずは、『異世界人』の間では周知の事実とも言える【幻覚】、【再生】、【結界】のユニークスキルについて、周囲に知られている情報だけを伝えていきいます。
私は何度もセラさんたちと訓練を重ねてきたこともあり、各ユニークスキルの特性を本人と同じ程度理解できています。
もちろん、彼女たちに教えてもらったのではなく、訓練の過程で自ら発見したものなので、多少のズレはあるでしょうけど。
ただ、表層的な情報にとどめたのは、いくら私が信用する相手とは言え、他人のユニークスキルの子細まで暴露するのはマナー違反だと思ったからです。
ユニークスキルは所有者のみが持つ特異な力であり、ほとんどの場合所有者の戦闘スタイルの主軸となる重要な個人情報です。
否応なしに広がった表面的な情報は有名税として諦めねばなりませんが、詳細まで明かすのはセラさんたちに失礼でしょう。
私のように、セラさんたち以外の前でユニークスキルの力を一切使用していない場合は、話は別ですけどね。
そして、その説明が終わった後に出た清美さんたちのリアクションがこれです。
「先生の【再生】って便利すぎない!? 服の汚れだけじゃなくて傷まで直してくれるなら、私も【再生】がよかったぁーっ!!」
「スキルは変えられませんが、学生服の補修くらいならいつでも請け負いますよ?」
「本当ですかっ!? 是非お願いしますっ!!」
長姫先生の【再生】に食いついたのは清美さんです。
【浄化】は汚れを完璧にとってくれますが、破損には効果がありませんからね。よく見ますと、学生服は綺麗ではあってもところどころ生地が解れています。
清美さんは手先が不器用ですから、裁縫は苦手分野です。唯一着れる服の損耗が大きくなるにつれ、不安も大きかったのではないでしょうか?
生徒思いな長姫先生の言葉に食い気味に反応していたのが証拠ですね。
「みんなすごいんだね~。特に~、シホちゃんの【結界】は何でも防げるんだよね~? すごいな~」
「『……え!? え、えと、その、あ、ありがとう、ございます……』」
「ホントだ~。カレンちゃんの言う通り、シホちゃんってかわい~ね~」
一方、菊澤さんの【結界】に注目したのは暖子さんでした。
争いごとを嫌う彼女からすれば、一見すると防御能力に秀でている【結界】は理想のスキルなのかもしれません。
他にも、暖子さんが菊澤さんを気にしたのは、菊澤さんが人見知りだったからでしょうかね。
暖子さんは争い嫌いの次に同調を好みます。みんなと仲良くなろうと努力し、菊澤さんの心理的な壁を越えたいと思ったのかもしれません。
「芹白の【幻覚】って面白ぇな。スキルさえ使えば、結構何でもありなのか?」
「一応ね。何ならお望みの『幻覚』を見せてあげることも出来るけど?」
「マジで!? オレまたジェットコースター乗りたい!!」
あちらでは荒井さんが【幻覚】で遊びたいと言い出しました。
【幻覚】の特性を考えれば、普通は自分に害が及ぶことを真っ先に想像して怖がる場合が多いんですけど、荒井さんは見事にいい方へ捉えましたね。
まあ、荒井さんは年齢の割に少々子どもっぽいところがありますから、無理もないですけど。
セラさんも好意的な反応に気をよくして、荒井さんに望みの『幻覚』を見せてあげたのでしょう。「うひょー!」という叫び声が響きました。
「確かにすごいのはわかったけど、肝心のハナっちの【勇者】はどんな効果があるのか、ウチはそっちの方が気になるんだけどね?」
「それはまた今度。お恥ずかしながら、今回の件に関して言えば、【勇者】は役に立ちませんでしたからね」
「ほ~、ここでもまた焦らすってわけ? ちょっと見ない間に、ハナっちも秘密主義者になったもんだね」
最後に、話題にしなかった【勇者】に注目したのは智恵さんでした。
他のユニークスキルとは違い、【勇者】は基本的に私にしか作用しないばかりか、戦闘以外では使いどころがあまりない効果ですから、今回出番はありませんでしたし。
智恵さんが私を気にしたのは、単に知的欲求でしょうか? 智恵さんはおしゃべり好きの知りたがりですから、興味さえ引けば何でも追求しようとします。
どうやら【勇者】も興味を引いたようで、智恵さんの目の色が変わったのを確認しました。
「では、一通りの事前知識がそろったところで、本題に入りましょう」
スキルの話題で盛り上がっていた清美さんたちですが、私の言葉で気持ちを切り替え、視線を向けてきました。
「まず、私たちが《契約》を『回避』した方法は単純です。あの時、『謁見の間に私たちはいなかった』ため、《契約》の対象からは除外されていたんですよ」
「謁見の間にいなかった?」
「はい。それには菊澤さんの【結界】の力を借りました」
清美さんが眉をひそめたのを見て、私は改めて菊澤さんを手で示しました。
四人分の視線が集まったことでびっくりしたのか、菊澤さんは慌ててセラさんの背後へ隠れていました。位置的には長姫先生の方が近かったんですが、これが信頼の差でしょうか?
特に反応せず立ち尽くす教師モードの長姫先生でしたが、若干寂しそうな表情を浮かべているのが印象的です。気持ちは分かります。
「でも、【結界】でどうやって? というか、あの時スキルを使用した感じなんて、一切なかったと思うけど?」
「それは彼女の卓越した魔法操作能力によるところが大きいですね。
そして、【結界】は『盾の魔法』ではなく『空間魔法』であり、空間を支配することこそが力の真髄です。今回はそれを利用しました」
第一の仕掛けが【結界】です。大扉の前に集まった時に、菊澤さんはその大扉に沿った巨大な【結界】の『平面』を作っていました。
兵士や騎士の方々はもちろん、他の『異世界人』にも気づかれなかったのは、使用された魔力が『5』と微量すぎたからでしょう。
後はもう一つ、『この部屋』に通じる扉のところにも同じ『平面』の【結界】を配置し、二つの『平面』を空間的に繋げてもらいました。
二つの扉を、簡易ワープホールの出入り口としたのです。
そうして、私たち以外誰も【結界】に気づかないまま『平面』を通り抜けた『異世界人』たちは、謁見の間ではなくこの部屋へ移動しました。
おまけに、この部屋全体にも【結界】を使ってもらいました。効果は空間の拡張です。
『平面』から移動してくる『異世界人』の数を考えますと、この部屋は狭すぎましたからね。部屋を覆う『立体』の【結界】で、全員が収容できるスペースを作っていただきました。
「でも~、ノンコたちはちゃんと~、謁見の間にずっといたよ~?」
「それはセラさんの【幻覚】による知覚誤認です。本当はずっと、今私たちのいるこの部屋で国王陛下の話を聞いていたのですよ」
第二の仕掛けが、人間の知覚を誤魔化すセラさんの【幻覚】です。
別の部屋へと移動した『異世界人』たちには『謁見の間にいるような情景』を、謁見の間にいた人たちには『『異世界人』が全員集合したような情景』を、それぞれに見せていました。
これでイガルト王国側だけではなく、『異世界人』たちにも『謁見の間で国王陛下を前に宣誓した』という記憶が残ります。
これでもし、後になって相手側に疑惑を持たれたとしても、両者の記憶に齟齬がないため追求が難しくなります。
記憶の整合性をとる必要があったのは、私たちの知らないスキルや魔導具に『他人の記憶を読みとる』効果がある可能性があったからです。
魔法は何でもありですから、他人の脳に干渉できるものがあってもおかしくありません。
これにより、何らかの違和感から《契約》の発動に疑問を持たれ、最悪記憶を覗き見られても、私たちの仕掛けに気づきにくくなります。
それにより、イガルト王国が次の手を講じるまでの時間を稼ぐことが出来ます。その間に『異世界人』が独立した存在になれれば理想ですね。
「だが、そうなると実際には国王の前には誰もいなかったんだろ? それが、たとえば謁見の間にかけられてた空間魔法からバレたらどうすんだ?
芹白の【幻覚】はあくまで人の認識が狂うだけで、『そこにいなかった』っつう事実までは消せねぇんじゃねぇの?」
「確かに、荒井さんの言う通りです。ここで、長姫先生の【再生】の力を頼りました。
やってもらったのは、いなくなった『異世界人』たちが『物理的に存在していた』という事実を埋めるための補完です」
第三の仕掛けが、それ一つで多様な万能性を秘めている長姫先生の【再生】です。
行ってもらったのは、【結界】で移動した『異世界人』の『存在そのもの』の『複製』でした。
以前、長姫先生は『彼』が過ごしていた牢屋の記憶を【再生】でよみがえらせ、私たちに見せてくれました。
今回はその発展版ともいえる手法で、長姫先生は『一年前に謁見の間を訪れた『異世界人』』を物理的に【再生】させたのです。
『異世界人』が謁見の間に入退室するタイミングに合わせて、【幻覚】との齟齬をなくすように。
これにより、今回の謁見とほぼ同じ動作をしていた【再生】による『一年前の『異世界人』』を、『別の部屋に移動した『異世界人』』の身代わり人形としたのです。
【再生】の『異世界人』は、魂と呼ばれる物以外を再現させたクローンのようなものですから、物理的にも魔力的にも存在を主張できるものになります。
もちろん、『一年前の『異世界人』』と今の『異世界人』は服装や装備が違いますが、それはセラさんの【幻覚】でカバーできます。
逆に、セラさんが知り得ない謁見の間の国王陛下の発言等は、長姫先生が【再生】の人形から取得してセラさんに伝えれば、ほぼタイムラグなくやり取りが出来る、ということです。
「よくそこまでの悪知恵が働くもんだね? いっそ感心するよ。
というかハナっち? そこまで準備が出来てたのに、何でウチらが除け者になってたのか、すっごい気になってきたんだけど?」
「それについては申し訳ありませんが、智恵さんたちへ事前にイガルト王国と《契約》について話すことで、私たちの仕掛けが気づかれる可能性が上がると判断したためです」
とても言いにくいことですが、清美さん、暖子さん、荒井さん、智恵さんはそれぞれの主張を押し通し、自覚の有無は関係なくイガルト王国への反発を続けていました。
それにより、『彼』と接触してからイガルト王国への疑心を持った私たちとは違う意味で、清美さんたちはイガルト王国から睨まれていたのです。
ユニークスキルという強力な力を持ちながら、全く言うことを聞かない問題児として。
最終的に、私たちと一緒に王城で生活をしていた彼女たちの扱いは、途中から能力の低い『異世界人』に対する態度と同じになっていたくらいです。
イガルト王国のユニークスキル所持者に対する扱いとしては、破格の冷遇でした。
そんな彼女たちが事前に私たちと打ち合わせ、いきなり手のひらを返してイガルト王国への『協力』を表明してしまえば、非常に不自然です。
国王陛下からすれば何か企んでいる疑惑がより強くなり、その矛先は真っ先にイガルト王国への『協力』を口にした私に向けられるでしょう。
すると必然的に、反イガルト王国の態度を暗に示していた『異世界人』であるセラさん、長姫先生、菊澤さんへの疑いもより強くなります。
だけでなく、ユニークスキル所持者である清美さんたち四人も仲間にして勢力を増やした、という認識を与えてしまうことになります。
結果、イガルト王国の予想される動きは私たちの連携を防ごうと、徹底的に接触を阻む行動に出るでしょう。
私たち四人はすでにバラバラにされることは想定済みですが、協力を仰ぎたい清美さんたちとも離ればなれにされるのは避けたかったのです。
そうでなくとも、あらかじめ《契約》の内容を知った彼女たちがどのような行動に出るのか、予測できなかったのも理由にあります。
清美さんなら、自分たちを謀略にかけようとするイガルト人を『汚いもの』としてより強く認識し、態度が露骨に変化していたと予測できましたし。
暖子さんはイガルト人にも交友関係が広がっており、常にのんびりとした性格をしていますから、正直何かの拍子でこちらの情報を口にしてしまう可能性を否定できませんでした。
荒井さんなんて完全にアウトです。聞いた瞬間国王陛下に怒鳴り込みにいってもおかしくない気性の持ち主であり、何より嘘や演技がとても下手ですから、教えるメリットがありません。
智恵さんもまた、おしゃべり好きという性格で二の足を踏みました。彼女も暖子さんほどではないにしても、交友関係は広い方です。そんな、私たちの知らない誰かへ情報を漏らしてしまう懸念があり、黙っていることにしたのです。
こうした理由から、清美さんたちという私としては心強い味方を確実に得るためには、事前の情報共有をしない方がいいと判断したのです。
「あ~……、私ならやりそうね。というか、これ聞いちゃったら次からイガルト人が汚物に見えちゃうだろうから、徹底的に避けるかも?」
「カレンちゃんは失礼だな~。ノンコだって~、言っちゃいけないことと悪いことくらいわかってるよ~?」
「あっはっは! オレに関しちゃ大正解だ! オレは我慢も嘘も芝居も、全部致命的に向いてねぇからな!」
「ま、まぁ? ウチも当たらずも遠からずなところある、かなぁ?
だって、秘密にしなきゃなんない情報ほど、話したくなるもんじゃん? ウチは基本、絶対に誰にも言うな! なんて言われようものなら、誰かに話せ! ってフリだと思っちゃうしね?」
私の懸念を含めたすべてを明かしたところ、清美さんたちの発言がこれでした。
やはり、伝えなくて正解だったようです。暖子さんからは抗議が上がりましたが、やっぱり不安は拭えないままです。
そうでなくとも、彼女たちの反応を見る限り、私の判断はおおむね間違ってはいなかったのでしょう。事前に話さなくて、本当によかったです。
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名前:水川花蓮
LV:35
種族:異世界人
適正職業:勇者
状態:健常
生命力:8400/8400
魔力:7900/7900
筋力:730
耐久力:680
知力:710
俊敏:820
運:100
保有スキル
【勇者LV3】
《異界武神LV1》《万象魔神LV1》《イガルト流剣術LV10》《生体感知LV8》《未来把握LV5》《刹那思考LV5》
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