91.2話 回ってきたツケ
レイトノルフ支部受付嬢、社長さん視点です。
あれ? 社長さんのざまぁは終わったんじゃなかったっけ? と思った方、逆に聞きます。
ウチの主人公が、たったあれだけで終わると本気で思ってたんですか?
「隣町の冒険者協会でレイトノルフの冒険者とその家族を三世帯確認したって! どうするターナ!?」
「協会の強制召集でこの町に引っ張ってきてもらって! 家族は後でもいいけど、冒険者本人はすぐに呼び戻すように通達を!」
「衛兵から連絡! こっそり町から逃げ出そうとしていた冒険者十数名を足止めしているとのことです!」
「絶対に逃がさないで! このクソ忙しい時に人手に逃げられたんじゃ、たまったもんじゃないわ!」
「冒険者協会跡地でひたすら木材食べてる不審な男がいるって通報がひっきりなしにきてるんだけど、何コレ!?」
「絶対に無視して!! 間違っても触ったり触らせたりするんじゃないわよ!! 危険だから!! 色々と!!」
嵐、というには生ぬるい大災害が去った後。
ドラゴンの大群に襲われるという、前代未聞の大事件に見舞われたレイトノルフ冒険者協会支部は、実際の襲撃時よりも慌ただしい戦争状態に突入していた。
まず私がした行動は、ドラゴンの何かしらの攻撃で吹っ飛ばされた支部の中から、気絶していた職員や冒険者たちを起こして回ることだった。
それが終われば必要な魔導具やら書類やらを引っ張り出し、町の中でも大きめな建物を仮の支部として使わせてもらって、職員も冒険者も総出で走り回っている。
いや、冒険者は『走らせている』が正しいか。
「現状で復興に動かせている冒険者の稼働率は!?」
「登録者数からして、およそ20%よ! 他は最初のドラゴン襲来で散り散りに逃げたまま! 他の支部から連行されるのを待つしかないわ!」
「あぁ~、もうっ! 普段は調子いいことばっか言ってたのに、いざ非常時となるとこれ!? 役に立たないなら立たないなりに、せめて必要なときにくらいちょっとは残って働きなさいよね!!」
冒険者が良くも悪くも全員出払い、同僚しかいないこの場だからこそ、営業時には絶対出さない暴言を吐きだす。
そうでもしないと、やってられなかった。
さっきからちょくちょく上がる報告のように、この町の冒険者は少し目を離せば逃げだそうとする輩ばかり。
ドラゴンの脅威はすでに去ったというのに、今度は何から逃げるつもりなんだろうか。
大方、『銅貨一枚にもならない仕事なんてやってられるか』、って考えてるんでしょうけど、そうはいかない。
破壊された町の後かたづけは、決して私たちに無関係じゃないんだから。
「いいわ! なら今いる冒険者をフル活用するだけよ! 割り当てられた場所の清掃が終われば、すぐに別の場所に向かわせて! 町全体からすれば被害は少ないとはいえ、町の住人だけにやらせちゃったら冒険者協会の存在意義が薄れるんだからね!! 今が正念場よ!!」
『了解!!』
私の号令に小気味よく返答してくれる同僚たちに何か思う暇もなく、次々と上がってくる情報に適宜指示を与えていく。
そんな目の回る忙しさの中、何故支部長ではなく私が戦後処理の陣頭指揮を取る羽目になっているのか? という疑問がふとした瞬間に湧いては消える。
どうしてこうなった? と何度思ったことか。
しかし、答えはすでにわかりきったことで、何てことはない。
冒険者たちだけじゃなく、レイトノルフ支部長までもが、想像以上に使えなかったからだ。
『起きてください、支部長! 指示をお願いします!』
『……はっ!? し、指示!? どういうことだね、ターナ君!?』
『しっかりしてください! 現在、レイトノルフへ襲撃をかけた魔物は全滅しましたが、魔物たちが残していった被害は小さくありません! それに、騒ぎに紛れて多数の冒険者が町を見捨てて逃亡したままです!
ここで何もしないままだと、冒険者協会の信用問題に関わります! 今何か手を打たないと、後々大変なことになります! ですから支部長! 我々に指示を!』
『なっ!? 魔物が町を襲撃してきたのに、冒険者が逃亡だと!? けしからん! そいつらを調べ上げろ!! 冒険者資格を永久剥奪の上、賠償金を請求するのだ!!』
『…………違うでしょうが!! アンタ何考えてるんですか!!』
『へっ?』
『もういいです!! 私が指示を出しますから、アンタはもう黙っててください!! 邪魔です!!』
『タ、ターナ君? え、ちょっと! どこに行くんだね!?』
ちなみに、これが支部の倒壊と同時に気絶していた支部長との、数十分前のやりとりだ。
あろうことか、支部長は私の説明から冒険者の処分『しか』考えが及ばなかったようで、現状では愚策としか言いようがない指示を押しつけようとしたのだ。しかも、一片の迷いもなく。
冒険者協会が今すぐにでもすべきことは、『冒険者の不祥事を糾弾すること』じゃなく、『レイトノルフ住民からの信用を回復すること』。この一点に尽きる。
レイトノルフは地理的に隣国との国境近い辺境で、貴族領主様が直接統治していない特殊な町だ。
故に、この町の治安や防衛機構は、イガルト王国から冒険者協会に委託されている状態だ。具体的には、支部を置かせてもらう代わりに有事の際は町の戦力となることを了承している、という『建前』で成り立っている。
とはいえ、治安維持は冒険者協会からの依頼という形で随時冒険者を導入していて、冒険者たちは『依頼』だから、現場の職員たちは『上からの指示』だから、という認識しか持っていない。
防衛機構という意味合いでも、最近この地を管轄する国がネドリアル獣王国からイガルト王国に変化したものの、レイトノルフの町に限って言えば特に大きな問題や戦争など起こらなかった。それ以前もまた同様で、冒険者協会がその役割を強く意識することはなかった。
だからか、レイトノルフ支部がこの町にある『建前』はほとんど形骸化していた。
私はかろうじてレイトノルフ支部への配属前に、町の特色なんかを色々と調べた過程で知ることが出来たが、地元出身の冒険者や他の職員はおろか、支部長クラスでさえも事実を知っている人間は少ない。
私が何を言いたいのかというと。
『ドラゴン襲来』というレイトノルフ存続の危機にあった大事件を前にして、レイトノルフ支部の冒険者は『町の防衛機構』という、国から言い渡された『冒険者協会を設置するための条件』を放棄し、逃げ出したのだ。
誰もが忘れかけているとはいえ、私たちは自分たちでレイトノルフ冒険者協会支部の存在意義に、思いっきり唾を吐きかけるような暴挙に出ていたことになる。
つまり、すでにこの町の冒険者協会は『不要』と見なされても反論できず、冒険者や職員のミスによって支部が取り壊されてしまう可能性が非常に高いのだ。
そうなれば、冒険者協会の看板に泥を塗った責任は冒険者のみならず、彼らをうまく操作できなかった職員にも降りかかることだろう。
多くの仕事と実力に応じた自由を与える代わり、嫌と言うほど厳しい規則や罰則を冒険者たちに定めてきた冒険者協会のことだ。
それまでは職員だったとはいえ、いざ大きな問題を起こしたとなると、私たちにもどれほどの賠償を迫るかわかったものじゃない。
単にお金で済めばまだいい方で、最悪レイトノルフ支部が国や冒険者協会本部との『契約違反』を犯したとみなされ、当事者全員が仲良く犯罪者とされることもあり得る。
そのくらい、私たちの状況は逼迫しているのだ。
さらにここで、支部長の指示に従って冒険者協会が逃げた身内の処分に躍起になってしまうと、冒険者協会の怠慢で発生したレイトノルフの被害を放置し、自分たちの失態の尻拭いを町の住民に丸投げしてしまうことになる。
本来、冒険者協会は傭兵業主体の『何でも屋』だ。組織の存在意義としても、支部のある所属国からの評価としても、町の住民の感情からしても、こういう場面でこそ活躍すべきなのだ。
それなのに、不手際を起こした冒険者の処分を理由に、『町の復興作業』を後回しにしてしまえば、さらなる非難を浴びることは想像に難くない。
どうしようもない出来事だったとはいえ、最悪の現状にさらに悪評を上乗せしてしまえば、より私たちに課せられる罪と罰は上積みされ、重くのしかかってくる。
ここで判断を間違えれば、私たちの死期が『ドラゴンに殺される』か『人間に殺される』かの違いでしかなくなってしまう。
だというのに、あの支部長は一時の感情から最悪の判断を選び、私たちに押しつけようとした。
今までがあまりにも平和すぎたから、冒険者協会が存在していられる『前提』を忘れてしまうのも無理はないかもしれないが、それにしたって考えが浅はかすぎる。
自殺願望があるのは個人の自由だから結構だけど、周りの人間を巻き込まないで欲しい。無論、自分たちの義務を放棄して逃げることしか頭にない冒険者たちにも、同じことが言える。
本当にどいつもこいつも、考えなしのバカとしか思えない。
「ターナ! 逃げた冒険者がレイトノルフに戻るのを全力で拒否していて、抵抗が激しいって連絡が!」
「こっちもです! 『ドラゴンなんか相手に出来るか!』と叫びながら、何人も拘束を無理矢理引き剥がそうとしているとのことです!」
「っ! 『もうドラゴンはいない』ってことを伝えた上、この際実力行使でもいいから大人しくさせといて! 最悪、レイトノルフの復興作業に使える程度までなら、どれだけボロボロでも構わないから!
とにかく、両手両足が動いて指示に従うだけの頭が残ってれば問題ないわ! それでもゴネるようだったら、死ぬ一歩手前まで半殺しにして牢屋にでもぶち込め、って言っといて! 使えない上に迷惑かけるだけのろくでなしはお呼びじゃないのよ!!」
『りょ、了解です!!』
内心で愚痴を吐きまくるが、それで状況が好転するはずもない。
それどころか、私の淡い期待さえも超えてくれるほど使えなかった冒険者たちに苛立ちが増幅され、どんどん指示が荒くなる。
本物のドラゴンを間近に見た冒険者の気持ちもわかるが、こっちだって必死なのだ。
今死ぬ思いをするか、後で本当に死ぬかの瀬戸際に、駄々をこねるガキの世話をしてやるほど、優しくもなければ余裕もない。
「…………」
何より、私が考えないようにしていたことが頭をよぎったせいで、普段より苛立ったところもあった。
『言いたいことはそれだけか?』
思い出されるのは、記憶に残りづらい不思議な外見をした『青年』の、正しすぎる言葉たちだ。
『俺はただの『一般人』だ。『ステータスの低さ』故に冒険者協会に見捨てられ、町ん中をかけずり回ってようやく仕事を見つけた、『冒険者であることが恥ずかしい』と心底から思ってる、ただの『勤労意欲にあふれる若者』だよ。
昼間っから酒呑んで馬鹿騒ぎする『落伍者』や、他人が倒した魔物でランクを上げるハイエナのような『ろくでなしども』と一緒にされちゃ、『こっちが恥ずかしくて町中を歩けねぇ』よ。寝言は寝てから言え、受付嬢さん』
『彼』は、私たちが絶対に対処しきれなかった『天災』を、たった一人で退けるほどの強者だった。
『だから、間違っても俺をアイツらと一緒にすんじゃねぇ。町に魔物が攻め込んできたってのに、都市防衛っつうテメェの義務を放棄して、自分勝手に逃げ出す『社会不適合者』どもと俺が同列に扱われんのは、非常に不愉快だ。
そもそも、いざって時にクソの役にも立たない出来損ないどもの尻拭いを、『二度と』冒険者協会の『敷居もまたげねぇ』上、門前払いで『永久追放処分』を受けた人間に任せるつもりか? 厚顔無恥も甚だしい』
なのに、それをレイトノルフ支部に引き込むどころか、冒険者協会そのものから手放してしまった。
『それに、アンタは自分が言ったことも忘れちまったのか?』
それも、他ならない私の判断で。
『アンタ、『冒険者を敬遠する人間をその道に引きずり込むのは、本意じゃない』んだろ? 『冒険者協会に悪感情を抱いている人間を無理に登録しようとも思わない』し、『冒険者協会の仕事は、慈善事業じゃねぇ』んだったよな?
全くもって、その通りだ。アンタの意見は、俺も全面的に肯定する。何も間違ったことを言っちゃいねぇ。アンタのプロ根性には脱帽だ。だからこそ、俺もその崇高な考えを尊重してぇと思ってる。つまりは、そういうこった』
それが今でも、悔やんでも悔やみきれない。
「っ……!」
これが私の『選択』の末路かと思うと、過去の自分に本気で罵詈雑言を浴びせたくなる。
『彼』が口にしたステータスを聞いて見切りをつけ、冒険者協会から放り出したがために、最後は私たちが見切りをつけられることとなってしまったのだから、当然だ。
運良く生き残ることが出来たのは、『彼』が自分の身に降りかかる火の粉を振り払った結果、『ついでに』助けられたからに過ぎない。
『彼』がもし、ドラゴンたちへの『迎撃』ではなく『逃亡』を選択していたら。
そう思うと、背筋が凍るのを抑えきれない。
「ふぅ……」
だが一方で、あの時私がどれだけ寛容だったとしても、『彼』を冒険者として受け入れるという『選択』は取らなかったと、今でも言いきれる。
何せ、自己申告による能力値がどれも一般人における平均の三分の一。しかも、スキルは『思考』系と珍しい部類だったとはいえ、低い能力値を補えるほど直接的に戦闘力を発揮してくれる類のものではなかった。
実際、当時『黄鬼』級の中でも下位だったハクスさんにあっさりやられてしまったことから、ステータスの裏付けも取れていたようなものだった。
それくらい貧弱なステータスなのは、変えようがない事実だと誰もが判断していただろう。
私じゃなくとも、常識的な判断が出来る冒険者協会所属の職員なら、『彼』を冒険者に登録するなど論外だと断じたはずなのだ。
だからこそ、『彼』が『ドラゴン』を倒せるほど、高い戦闘能力を隠していただなんて想像すら出来なかった。
そもそも冒険者登録の際、自らの能力を『強く』見せたがる人間は後を絶たなくとも、『弱く』見せたがる人間なんて滅多にいない。むしろ初めて出会ったくらいだ。
冒険者稼業は仕事柄、『弱そう』というイメージが広まってしまうと、仕事が激減してしまう。『傭兵業』主体の仕事が大多数であるため、『弱い』=『依頼解決能力が低い』と依頼人から思われてしまうからだ。
そうなれば仕事内容にもよるが、最悪依頼主の元まで行っても『信用できない』と門前払いを食らうこともあり得る。
中でも町人からの依頼でそれをやられれば、冒険者としてのイメージが勝手に町中に広がっていき、冒険者協会に寄せられる仕事の七割くらいは受けられないと考えていい。
他にも単純に冒険者協会からの覚えをよくしたいから、といった見栄の部分も理由に挙げられるだろうが、とにかく自分の能力を『弱く』見せることにメリットがない。
ないはず、なのだが、『彼』は己の実力を隠して『弱く』見せた。
今だからこそ思うが、おそらく『彼』は『そうせざるを得なかった』んだろう。
考えてもみてほしい。
『彼』がもし、自分の戦闘力を正直に話したところで、一体どれくらいの人間がすぐに信じられる? それも、シチュエーションは自身の実力を盛る場合が多い『冒険者協会登録時』で開示されるのだ。
どうせいつものほら吹きがやってきたと、誰も相手にしないに決まっている。
それ以前に、普通ならドラゴンさえ倒せる強力な手の内を、たかが冒険者登録のために大勢の同業者の前であっさりばらすこともあり得ない。それがどれだけ強力でも、どんな些細な情報から対策を立てられるかわからないからだ。
『彼』の『本当の力』は、『彼』にとって絶対的な『切り札』であっただろうし、たとえ最初の印象がどれだけ不利になっても隠し通したかったはず。
何より、『ドラゴン』さえ倒せる『異常な力』を考えなしに使ってしまえば、良くも悪くも目立ってしまう。必然的に、自分の『力』を喧伝すればするほど、『彼』は多くの国や組織から囲い込み、ないしは危険視されることになるだろう。
過去の言動を思い返せば、『彼』の性格は協調性に欠け、非常に排他的だ。
もしそうならば、下心や敵意を抱いて近づいてくる他人なんて、『彼』にとっては鬱陶しい存在でしかない。そうした心情的にも、実力を隠すのは当然だと言えた。
ハクスさんやミューカスさんとのやりとりからして、今だからこそ朧気に見える『力』の正体は、『彼』の能力値ではなく所持スキルにあったのだと考えられる。
詳細はわからないが、触れた人間の腕を消失させ、言葉一つで人間の行動を支配するスキルなど、聞いたことがない。実際に目の当たりにすれば、それが如何に常軌を逸しているかを理解させられた。
さらには、はっきりと脅威を感じるだけの『存在感』を有していながら、油断すれば私の記憶から『消えてしまいそうになる』ということも、『彼』の異質なところだろう。もしかすると、それも『彼』の有するスキルの力なのかもしれない。
いずれにせよ、『彼』の『異常性』に気づいてしまえば、『彼』が己を『弱く見せた』ことに納得できてしまう。
それを見抜けなかったのは私のミスだし、言い訳のしようもない。
っていうか、そもそも気づけという方がどうかしている。
毎回そんな深読みばかりしていては受付嬢なんて勤まらないし、毎日雪崩のように押し寄せる業務も停滞して支障が出る。
『彼』のような『当たり』だけを的確に選別できるなら話は別だが、私にそんなスキルも超能力もない。他の職員も同じだろう。
故に、最初から『彼』はどうしたところで『冒険者』にはなれず。
『冒険者協会』が『彼』という戦力を手中に収めることなど、出来なかったのだ。
そう開き直らないと、それこそやってられない。
「ターナ! ちょっと確認してほしいんだけど!?」
「わかった! すぐ行く!」
考えるだけ無意味と知りながら、それでも広がる苦い思いに目を逸らし、私は請われるがまま走り回り、唾を飛ばした。
それだけが、私がその時出来た、唯一の現実逃避だったのだから。
「ターナさん! ようやくドラゴンの死骸が運搬されてきました!」
「本当!? ありがとう!」
ドラゴン襲撃の日から五日が経過した。
昼夜問わず働きづめの私に、ようやく明るい情報が舞い込んできた。大岩を背負っているように重かった体がほんの少し軽くなる。
すぐに吉報を教えてくれた同僚にお礼を言って、町の外を目指して走り出した。
ちなみにこの間、冒険者協会職員はほとんど寝ていない。私なんかは魔法を使って無理矢理完徹しているし、同僚に頼まれて治療系の魔法を使うこともあった。
他のみんなはどうか知らないが、私は一度ドラゴンによって死にかけた上、現在進行形で別の要因で死の気配を感じている。たぶん、それでずっと気が張りつめたままだから、動き回れるのかもしれない。
割と序盤から頭の中で「条件が満たされました。スキル『不眠LV1』を取得します」とか、「条件が満たされました。スキル『限界突破LV1』を取得します」とか聞こえてきた気がするけど、深く考えるのはよそう。人生が辛くなるだけだ。
まあ、そのおかげで町の中の掃除は一通り終わり、レイトノルフ住民の生活は普段の様相を取り戻しつつある。私たちの脅迫をちらつかせた冒険者運用の甲斐があり、住民たちが感じる冒険者協会への不満も最小限に抑えることが出来た。
ちなみに、復興作業が終わった後も、冒険者たちはいざという時に役立たずだった分の仕事をさせている。
その他の魔物が襲ってくる懸念から交代で町の防衛に冒険者を回したり。町中の治安維持のために警邏に充てる人員を増加したり。魔物討伐依頼よりも雑用系の依頼へ重点的に向かわせたり。
とにかくイメージアップに尽力させた。
すべては本部からくるだろう鬼のような罰則を、少しでも軽減させるため。冒険者からは非難囂々だったけど、無視よ無視。
最終的には冒険者の利益にもなるんだから、ひきつる笑顔の裏で何人の冒険者の背中を蹴飛ばし、「文句を垂れるな!」と何度叫びたかったことか。
しかし、私の気苦労もこれでようやく軽くなる。
その大事なピースが、『彼』が倒したドラゴンの死骸なのだ。
「お疲れさま! ドラゴンはどこ!?」
『お疲れさまです、ボス!!』
急いでドラゴンが到着したという西門に向かうと、その場にいた冒険者たちが一斉に頭を下げてきた。
この五日間の言動で、冒険者たちから私は『ボス』と呼ばれるようになった。肩書き的には平社員の私だが、荒っぽい指示や容赦のなさから、冒険者たちから恐怖の対象として見られるようになってしまったらしい。
二日目くらいからその傾向があり、最初はあんまりな評価に眉をひそめた。が、途中から冒険者の行動がスムーズになるならむしろ好都合か、と考えるようになってからは気にならなくなった。
ドラゴンよりは弱くとも、私が彼らを動かすに足る恐怖心を植え付けられたのなら、利用しない手はない。そう考えてしまうほどには、襲撃を受けた直後の冒険者たちは使えなくて苛ついていたんだから仕方がない。
「見てわかる通り、こちらがご所望のブツです!」
「……これが」
冒険者に案内されるまでもなく、西門の前に倒れ伏す漆黒の鱗を纏ったドラゴンの姿が目に映り、自然と足がそちらへ向いた。
まるで丘を移動させてきたかのような巨躯は、近づく前から見上げざるを得ない大きさだ。首が完全に砕け、絶命しているとわかっていなければ、一歩たりとて近づこうとは思わないだろう。
至近距離で見るドラゴンは、死体とはいえ息をのむ迫力があった。これが『神人』級と認定されるクラスの魔物かと思うと、本能からすぐにでも傅きたくなる衝動に駆られてしまう。
運搬作業にあたっていた冒険者は、ざっと見渡しても百人は超えている。こんな化け物を、『彼』はたった一人でしとめたのか。
……ますます、惜しい人材を逃したことが悔やまれる。
「じゃあ、ここにいる人たちで、順次ドラゴンの素材を解体していって。くれぐれも雑に扱わないでね」
『了解です!!』
少々本気で睨みを利かせると、冒険者たちは素直に敬礼して作業に移ってくれた。丁寧さは妥協する面もあるが、各人連携して仕事をしてくれているので、手際はなかなかのものだ。
ドラゴンの解体を行わせる理由はもちろん、『神人』級という規格外の魔物の素材を入手し、お金に換えるため。
今までずっと、冒険者協会の強制力を盾に冒険者たちを馬車馬のごとく働かせてきたが、さすがにそれだけでは不満がたまってしまう。いずれ何らかの形で報償を出さなければ、とは考えていた。
というわけで、近い内にどうしてもまとまったお金が必要になる。
かつて『彼』にも啖呵を切ったが、冒険者は慈善事業ではない。冒険者たちが働く理由は、自分たちが生活していくだけのお金を稼ぐ為なのだ。
しかし、今回の仕事はほとんどが利益度外視の完全な奉仕活動。報酬を出してくれる依頼者がいるわけでもなければ、レイトノルフ支部から彼ら全員に報償金を払えるだけの余力もない。
だから私は、冒険者たちに支払う報酬を、『彼』が捨て置いたドラゴンの素材を売り払うことで、補填に充てようと考えた。
ぶっちゃけ、支部が吹き飛んでしまったこともあり、レイトノルフ支部に金銭的な余裕は一切ない。本部からの支援も受けられるかわからない現状、金銭的に頼れるのはドラゴンの素材しかない状態だ。
おおよその目安として、『神人』級であるドラゴン一体分の素材の売値を試算しても、金貨1000枚は堅い。これだけ巨大で強力な個体であれば、それこそもっと金額がつり上がることもあり得るだろう。
そうなれば、無理矢理働かせた冒険者たちに報奨金を分配しても、レイトノルフ支部を立て直すだけの資金を確保することも十分可能だ。
懸念があるとすれば、私がやろうとしていることは、『彼』が冒険者を蔑む理由の一端である『ハイエナ』的な行為になってしまうこと。
あの時『彼』が言ったのは、『餓狼の森山』で放置されていた魔物の横取り行為のことだったのだろう。どこでその情報を聞きつけたのかは知らないけど、結構な人数の冒険者が知っていたことを考えれば、割と有名になっていたのかもしれない。
冒険者協会職員としてもマナー違反の自覚はあるが、背に腹は代えられない。『彼』が死体を放置していたのだから、所有権を放棄したと考えることも出来るし、資源の有効活用なのだから問題ないだろう、うん。
「…………ん?」
そうやって自分を誤魔化そうとしていた矢先、運び出されるドラゴンの素材たちに目をやると、ふと違和感を覚えた。
「ちょっと待って」
「はい?」
直感に従い、すぐ横を通り過ぎようとした冒険者を引き留め、私は解体されたドラゴンの鱗をじっくりと観察した。
見た目は、何の変哲もない魔物の素材だ。元がドラゴンということを置いておけば、一時期冒険者として活動していた私も割と見慣れた物と言える。
……でも、何だろう? とても重要なんだけど、気づいちゃいけないことに気づいちゃったような、すっごい嫌な感覚が全身を駆けめぐる。
知るべきではない、という声と、知らなきゃいけない、という二つの声に挟まれながら、私が覚えた違和感の正体を探るために竜鱗を手に取った。
「え? ……、これ……」
その瞬間、ようやく違和感の正体に気づいた。
気づいてしまった。
「魔力が、ない?」
そう。
本来ならば魔物の素材から感じられるはずの『魔力』が、ドラゴンの鱗からわずかにも感じられなかったのだ。
大成しなかったとはいえ、私だって場末の魔法師の一人だ。物体に宿った魔力の有無については、一般人よりも感知できる自信はある。
それが『神人』級の魔物となればなおさらだ。遠く離れた場所からでも肌を鋭く打った、一線を画する濃密かつ膨大な魔力の威圧感を、たった数日で忘れるはずもない。
なのに、冒険者たちがバラしたドラゴンの素材は、余波に触れるだけで恐怖に身を竦めたほどの『魔力』を、全く帯びていない。
これは明らかな異常であり、同時にレイトノルフ支部にとっては致命的な事実だった。
「まさかっ!?」
「ボス!?」
丁寧に扱え、という前言をかなぐり捨てて、私は冒険者が解体した別のドラゴンの鱗を乱暴につかんだ。
正面から、横から、裏返してから、それでも納得できずに穴があくほど凝視してから。
しかしどう見ても魔力が欠片も存在しない素材に、さっと血の気が引いていく。
魔物の素材は、自然に発生しない特殊な材質や、特殊な手順を踏む加工法により、数多の性質へと変化する特異性を持つ。
職人たちが長年の研鑽で知り得た、各素材の適切な扱い方で形を変え、主に国の騎士や兵士、そして冒険者たちが扱う武具となるのだ。
魔物製の武具は通常の動物や鉱石を加工した武具とは、比べものにならないくらいに頑丈で、強力なものになりやすい。当然、魔物が強力で希少価値があるほど、高値がついていく。
しかし、魔物の素材は武具の材料として優秀で、希少だから売れるわけではない。
それらの性質を魔物の素材に与えている、『魔力』があるから売れるのだ。
今まで説明してきた魔物の素材の利点すべては、各々の魔物が個別に有する『魔力』の特徴によってもたらされたものである。
生涯魔物が蓄積し、保有してきた膨大な『魔力』が素材に宿っているからこそ、強い魔物の素材は強力な武具となり、高値がつくのだ。
逆に、討伐時にどれだけ強力で恐ろしい魔物であったとしても、死後魔物の死骸に『魔力』が宿っていなかったとしたら、『魔物の素材』としての価値が急落する。
当たり前だ。武具としての価値は、素材に残った『魔力』の濃度と総量で決まる。それが存在しないのであれば、本来の用途としての価値は皆無。
要するに、私の試算した金額なんて、到底届かないほどの値段でしか売れないことになる。
いや、最悪、二束三文の価値にもならない可能性すらあった。
「うそ、でしょ……」
「ちょっ、どうしたんですか、ボス!?」
その事実に行き着き、私は呆然と頭上を仰ぎ見て、まともに立ってられずに尻餅をついた。近くの冒険者たちが心配そうに寄ってくるが、それに応えられるだけの精神状態になく、ただただ座り込むばかり。
私が手にしているコレは、市場に流しても良くて『本物のドラゴンの死骸からはぎ取った、といわれる精巧に作られたレプリカ』という認識にしかならない。
こちらがドラゴンから解体したといくら主張しようと、肝心の『魔力』が宿っていないのだから、どう頑張っても偽物扱いが関の山だろう。
しかも、この様子では鱗だけでなく、私が見上げている巨大なドラゴンの死骸すべてに、『魔力』は存在していないのだろう。
『普通』は魔物を討伐すれば、どれだけ魔力を消耗させたところで、肉体の隅々に染み込んだ魔力までごっそり抜け落ちることなんて『あり得ない』。
でも、実際にその『あり得ない』ことが起きているということは、理由は一つ。
あの得体の知れない『彼』が、私たちじゃ実行不可能な『何か』をしでかしたのだろう。
『彼』が嫌悪していた、他人の成果を横取りする『ハイエナ』のような行為を許さないという、言葉にするよりも明確な意志を込めて。
宝の山だったドラゴンを、ただのゴミ山に変貌させた。
『彼』を排除した冒険者協会に、何一つとして残さないために。
「……うふ、うふふふふふふふふふふ」
……本当に、私は、とんでもない人間を手放してしまったらしい。
ようやく死中に見つけた活路は、結局『彼』によって繋げられた絶望へと続く道だった。
私がこうして崩れ落ちることも、『彼』にとっては想定通りなんだろう。
これが、『神人』級を殺してみせた『男』の不興を買った報い、か。
自然、ほんの一片も楽しくなんかないのに、喉からは壊れたように笑い声が漏れ出てきた。
目の前が真っ暗になる。
ドラゴンの素材から賄おうとしたのは、冒険者への報酬や倒壊したレイトノルフ支部への運用資金だけではない。
ドラゴンによって被害を受けた、レイトノルフ住民への損害賠償も勘定に入れていたのだ。役立たずだった冒険者の過失を埋めるための、せめてもの賠償として。
それが、全部、パァだ。
このままでは冒険者たちのモチベーションは下がる一方であり、レイトノルフ支部も体制を立て直すことなど至難。
さらにレイトノルフ住民の中に残る冒険者への遺恨はくすぶり続け、最後は冒険者協会本部の判断により、私たちをあぶる業火となって襲ってくるに違いない。
もう。
冒険者たちも、レイトノルフ支部も。
生き残る道筋が、見えない。
「ボ、ボス……?」
困惑したような数名の冒険者が私を囲むが、どうして私が壊れかけているのか理解できていないらしい。
レイトノルフ支部にいた冒険者はほとんどが男性で、ほとんどが前衛系戦士職だった。この場にもまともな魔法師は私しかおらず、同時に現状を理解できるだけの頭を持つ人間もいないのだろう。
そうか、私はこんなバカたちと一緒に心中するのか。
あはは、おかしいなぁ……、
「体調でも悪いんですかい? だったら、仮の支部に戻って休んだ方が、」
「んなわけあるかぁ!!!!」
『ひぇえええええっ!?!?』
その瞬間、私の中で何かが弾けた。
配慮とか体裁とか我慢とか、この極限状態の中でもほんのわずかに残っていた『他人への遠慮』が、木っ端微塵に吹き飛ぶ。
同時に、自分でも知らなかった別の自分が、私にガンガンと訴えかけてきた。
曰く、『希望がないなら、自分で作ればいいじゃない』。
「アンタたち!! なにぼさっと突っ立ってんの!? 私たちにぼーっとしてる暇なんてないんだから、今すぐ町に戻るわよ!!」
「……え? へ? で、でもボス、ドラゴンの素材はどうするんで?」
「ドラゴンはもうどうでもいいわ!! もうクソの役にも立たないゴミなんだから、ゴブリンの餌にでもしなさい!!」
「ク、クソに、ゴミ、ですか……」
「何ごちゃごちゃ言ってんのよ!! 私は町に戻れっつったでしょうが!! 返事は!?」
『し、しょうちしました、ボス!!!!』
何故か今まで以上の萎縮を見せた冒険者たちを引き連れ、私はゴミ山に背を向けてレイトノルフに戻っていった。
もういい。
もうどうにでもなれ。
『普通』にやってダメなら、開き直って『普通じゃない』方法で生き延びればいいだけだ。
給料? 休息? 世間体?
そんなもの、命と天秤にかければ、魔力なしのドラゴンみたいなものだ。
大盤振る舞いでじゃんじゃん捨ててやる。
そして、冒険者も。
私と同じように、命以外のすべてを捨てさせてやる。
「これからアンタたちには、今まであえて伝えてこなかった『現実』を知ってもらうから、覚悟しなさいよ? これまでの私がうんと『優しかった』ってこと、死ぬ一歩手前まで教えてあげるから。……ね?」
『ひぃっ!?!?』
人生最大級の笑顔を向けて振り返ると、冒険者たちからやる気に満ちた悲鳴が絞り出された。
安心しなさい。
これからは、悠長に怯えていられる余裕ごと、使い潰してあげるから。
「うふふふふふ、あははははは」
不思議と軽くなった体を動かし、かつてないほどぐるぐると回る思考に身を委ね、私は心の奥底から発生する笑い声を流し続けた。
「条件が満たされました。スキル《恐怖支配LV1》を取得します。なお、『接待』は《恐怖支配》に結合されました」
さあ、仕事をしましょう?
「条件が満たされました。スキル《睡眠無効LV1》を取得します。なお、『不眠』は《睡眠無効》に結合されました」
お金なんかじゃなく、明日の『生』を勝ち取るために。
「条件が満たされました。スキル《限界超越LV1》を取得します。なお、『限界突破』は《限界超越》に結合されました」
死んで動けなくなる、その日まで。
事件後。
冒険者たちや職員の必死の活動により、レイトノルフ支部は存続を許された。
必死と言っても、死者は出ていない。冒険者・職員問わず、半死人状態の人間が全体の九割を超えて長期間無休で活動していただけだ。
ただ、さすがにドラゴン襲撃事件のミスを完全に帳消しにすることは出来なかった。私にあった王都への栄転はなくなり、上司も同僚も冒険者も少なからずペナルティを負うこととなった。
しかし、そのころになると細かいことなど『理解できなくなっていた』私は、ひたすら仕事に埋没していった。
途中から、自分が生きようとしているのか、死のうとしているのか、それすらもわからなくなるほどの仕事量をこなしていたと思う。
そして、ようやくわずかな理性が戻ってきた頃には。
私はレイトノルフ支部の支部長に任命されていて。
同僚からつけられたあだ名である『五徹のターナ』が、冒険者協会本部からの正式な通達で『不夜嬢のターナ』に格上げされていて。
強制的に与えた仕事で、冒険者たちの自由と精神力を極限まで削り落とす代わりに、所属冒険者のランクを最大で『英雄』級にまで引き上げた、『鬼畜支部長』と呼ばれるようになっていて。
挙げ句冒険者たち以上の激務を、一年中休息も睡眠時間もゼロでこなした結果、私自身も『偉人』級の実力を持つことになるなんて。
ぶっ壊れた直後だった当時の私には、知る由もない。
というわけで、ヘイト君が町を去った後に本当の地獄が社長さんを待っていましたとさ、というお話でした。
ちなみに『不夜嬢のターナ』の由来は、リアルに不眠不休のまま、幽鬼のように仕事や依頼をこなす様からつけられました。人手が足りずに冒険者の依頼を請け負うこともしょっちゅうだったので、冒険者としての通り名でもあります。
この頃になると社長さんの外見における女性らしさは完全に失われていますが、本部が『嬢』という女性を示す言葉を入れたのはせめてもの温情でしょう。
プロット初期から、社長さんのコンセプトは『主人公への対応を間違えた、ヒロインになれなかったヒロイン』でしたが、結果を見ると少々やりすぎてしまったかもしれません。
レイトノルフ編ヒロインである、看板娘ちゃんとのギャップをつけたかったんですけど、つけすぎたような気がしないでもないです。
まあ、明確に敵対して片腕失ったあげく、ゴミをさんざん食わされたどこかの豚さんと比べれば、まだマシなんじゃないでしょうか? それに、構想上ではクソ王さんへの仕返しなんて、こんなものじゃないですしね。
そして、下の社長さんのステータスは理性をうっすら取り戻した直後の能力値です。おそらく、ヘイト君と関わったことで唯一存在した社長さんへのメリットですね。
限界超えたよ! やったね、支部長!
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名前:ターナ
LV:57
種族:ナシア人
適正職業:水魔法師
状態:過労、瀕死
生命力:12/280
魔力:120/1750
筋力:22
耐久力:11
知力:210
俊敏:16
運:70
保有スキル
《水属性魔法・極LV3》《恐怖支配LV8》《睡眠無効LV10》《限界超越LV10》
『魔力操作LV10』『魔力察知LV10』『風属性魔法LV1』
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