85話 自業自得
「……現実が理解を超えすぎてて、わけわかんないんだけど…………」
「そりゃあよかった。無知が既知になったんだ。また一つ、賢くなったな」
他の奴らと同様、見えなくなったドラゴンの背中を、呆然と目で追っていたシエナの独り言に、適当な返事をパスしてやって歩き出す。
真面目に答えるのが面倒だったのもあるが、一番は『大気浸食』でもたらされた精神的疲労と頭痛が原因だ。
少しの時間的余裕が出来たんだから、無駄なことに思考を割きたくねぇんだよ。
何はともあれ、前哨戦はひとまず俺に軍配が上がった。
次の相手は、さっきの戦力と比べて数十倍はあるだろうドラゴンの大群。
ある程度のシミュレーションは無数に立案できるが、少々情報が足りねぇ。
まずは事情を知ってそうな奴に話を聞くか。
「あ! ちょっと待って!」
何事もないように歩き出した俺に続き、シエナはまた俺の数歩後ろを追う。
「今の俺に触るな」
「えっ?」
その際、俺の背中に手を触れようとしたシエナを厳しめに制した。
俺の体は【普通】を展開したままで、いつものように部分的な解除をするほど思考領域に余裕があるわけじゃねぇ。
今すぐにでも襲撃をかけられてもいいよう、念のため『大気浸食』と【普通】の防護膜は展開したままだからな。
当然、不用意に俺へ触れると、その分『身体』が消し飛ぶ。
そうなりゃ、ユニークスキル級の回復手段でもねぇ限り、一生完治しねぇ可能性が高い。
無傷で返す、っつって頑固オヤジとママさんに啖呵切ったのに、マジで嫁入りも怪しくなるような怪我を負わせるわけにはいくかってんだ。
予想外に低い声にビビったのか、俺へと伸ばしかけたシエナの手は途中で止まる。
少しの逡巡が手を宙にさまよわせていたが、結局シエナは俺の指示に従って数歩分の距離を空けてついてきた。
「おいアンタ」
「…………え?」
まだ激しい頭痛に耐えつつ、早歩き程度で近づいた先は、危うくブレスの爆心地になりかけた冒険者協会支部の跡地。その中でまともに意識がありそうだった、瓦礫の中にたたずむ女に声をかける。
が、事実死にかけた影響か、かなり放心しているようで俺の呼びかけにも反応が薄い。
「……あぁ、アンタか。よく生きてたな?」
で、緩慢に振り返ったその女をよく見れば、三ヶ月前に受付で世話になった懐かしの社長だった。
ん~、前見た時よりちょっとやつれたか? 化粧か何かで隠しちゃいるが、よくみると頬がこけて目には隈もあるような?
いや、状況的に破壊された冒険者協会の建物に埋もれて、見た目がみすぼらしくなっただけ、っつう線もあり得る。
どっちにしろ、ご愁傷様、としか言いようがねぇ。
言動の何もかもが残念だった残念先生といい、知らねぇ間に不憫さが急上昇していた社長といい、俺の周りにいる『出来る系』の女はとことんかわいそうだな。
たぶん、世のキャリアウーマンはみんなこうなんだろう。
キャリア積むために働きすぎて幸薄いんだ、きっと。
間違っても俺と関わったからこうなったなんてことはねぇはずだ絶対。
そこまで疫病神極まった覚えはねぇし。
「……誰、ですか?」
数秒かけて俺に焦点を合わせた社長だったが、【普通】の『認識阻害』が働いてるため『ヘイト』を認識できていない。
【普通】の効果を考えると、三ヶ月前に一度会っただけの人間なんて、すぐに忘れちまうだろうし、しゃあねぇか。
「誰でもいいだろ。それより、アンタに聞きてぇことが」
「せ、せきにんしゃぁ~っ!! でてこぉ~いぃ!!」
混乱したままの社長に構わず、俺の用事をすまそうとした矢先、どこかで聞いたことのあるような豚声が途中で遮ってきやがった。
「あ?」
「……っ!!」
「今度は、何……?」
計算したとしか思えねぇタイミングの良さに若干イラっとし、そちらへ振り向く。
瞬間、シエナが息を呑む音が聞こえ、立ち位置を移動して俺を盾にした。
社長はまだ思考が鈍いのか、接客の仮面が剥がれた素の表情をしている。そんだけ余裕がねぇんだろう。
「ひぃ! ふひぃ!! わ、わたしがやとった、ぼうけんしゃの、ご、ごえいどもが、いなくなったんだぁ!! たいきんをわたして、はたらかせてやったというのに、はなしがちがうではないかぁ!!」
息も絶え絶えな様子で社長を指さし声を荒らげたのは、薄髪・不細工・三段腹の三重苦を体現したゴークだった。
ずっと馬車での移動が普通で、運動する習慣が頭皮から抜け落ちていたせいだろう。ここまで走ってきたらしいゴークは、あふれ出る汗で服や薄毛を肌に張り付け、社長とは違う意味で見るも無惨な姿となっていた。
聞き取りづらい家畜言語を解読するに、どうやら護衛として雇っていた冒険者に逃げられたらしい。
この町の現状を考えれば、むしろ逃げ出さない方がおかしい。ついでに、ゴークの頭も内外問わずおかしい。クレームのために命賭けて全力疾走したり、残り少ない髪の毛をバーコードにしたり、意味わかんねぇな。
っつか、さっきまでドラゴンがいたってのに、ちょっと威勢が良すぎねぇか?
もしかして、護衛に逃げられたことが頭にきすぎて、冒険者協会への抗議を上げることしか頭になかった、とか?
…………どんだけ単細胞なんだよ、ゴークの奴。
これじゃあただの肥満ゴブリンじゃねぇか。
せっかく人として生まれた過去があるってのに、自ら下等生物に成り下がるなんて、いい度胸してるぜ。
少なくとも俺には真似出来ねぇな。
「ミューカス、様? ……そうですか。彼らも、逃げたんですか」
「にげたんですかですむかぁ!! こうなれば、きさまのからだではらってもら」
「時と場所と状況を考えろ色ボケブタ野郎。うるせぇから黙ってろ。邪魔だ」
「なっ、なんだとぉ!?」
家畜のブーブーうるさい鳴き声を解読した社長は律儀に返答したが、当のゴークは見当違いの怒りを抱きながらも発情したらしい。売れねぇエロ同人か、ってくらい強引に18禁に走ろうとした。
ぶっ飛びすぎてるほど酷いゴークの空気の読めなさに、別の頭痛を覚えながら軽く睨みつける。
まだまだ問題は山積してんのに、これ以上イラつかせんな鬱陶しい。
「きさまぁ!! わたしがだれか、ふひっ! わ、わかっていっているのだろうなぁ!?」
「家畜小屋から逃げ出した豚だろ? 今はお前の相手してる暇はねぇんだよ豚。ブーブーうるせぇ静かにしろ豚。腹減ったんならそこらの雑草でも食ってろ豚。おとなしく食肉加工されるまで待ってろ豚」
「ぶたをれんこするなぁ!!!!」
全力疾走後に喚き散らしたせいで、若干酸欠を起こしかけたゴーク。俺の《精神支配》を突破してきたイライラをぶつけると、地団太を踏んでさらにブーブー喚く。
もう相手するのが億劫になって、視線を切って社長へと近づいた。
ああいう輩は、相手をするとすぐにつけあがりやがるからな。
結局、無視が一番効果的だ。
「ええい、きさまぁ!! きいているのかぁ!?」
足下に転がる粉々になった支部の建材をどかしつつ、元々冒険者協会の入り口があった場所まで歩みを進め、足を止めた。
と、ゴークの騒音をずっと無視していたら、うるさい豚が無遠慮に近づいてきた。
反対に、ゴークと関わりたくないんだろうシエナは反射的にゴークから距離を取った。
「きもちのわるいかおをしおって!! わたしをむしするとどうなるか……」
で、俺とシエナのやりとりなんざ知らなかっただろうゴークは、無造作に俺へとつかみかかろうと右前足を伸ばす。
それは今までのやりとりからゴークの利き足だったと記憶しているが、低脳はどこまでいっても低脳らしい。
「あ?」
わざわざ俺の前に回り込んで、胸ぐらをつかもうとした右前足は、たったそれだけで削れた。
かなり力を込めたつもりだったのか、一気に膝まで突き出した前足は、俺の身体に触れたそばから音も衝撃もなく消滅していった。
「へ? は? ひ、ひやああああああああああっ!?!?」
『ひっ!?』
理解が追いつかなかったゴークは、数秒ほど動きを止めた。
あっさりと失った片足と俺へ視線をせわしなく動かし、MRIよりも綺麗でグロ注意な断面図を曝す右足をのぞき込んだ後。
ようやく事態を飲み込めたゴークは絶叫を上げて尻餅をついた。遅れて大量の血も断面から吹き出し、今度は全身に脂汗を浮かばせてその場を転げ回る。
ふむ、あまりにも自然に足が消えたことで脳がすぐに認識できず、痛覚もその分遅延して働いたらしい。
その様子を特に感慨もなく見下ろす他方、一部始終を見ていたシエナや社長から小さな悲鳴が上がった。
まあ、いきなり生物の足が塵も残さず消えるなんて、ショッキングな光景だわな。
だが、これでシエナも俺の忠告の意味がわかっただろう。
「改めて、アンタに聞きたいことがあるんだけど?」
「えっ!? みゅ、ミューカス様はどうするんですか!?」
ブヒブヒ鳴き喚くゴークを完全にスルーし、その場所から動かずに社長へ視線を戻した。が、社長はしどろもどろで豚の鳴き声に意識を取られていた。
えー? 放置じゃダメなのか? いいじゃん、当人はなんか楽しそうだし?
まあ、社長が気になるっつうんならしゃーねぇ。
一応、アフターケアくらいしてやるか。
「黙れ」
「あああぁぁ……、……っ!? っ!! っ!!」
まず、ゴークに仕掛けた《同調》に働きかけ、《神経支配》で声を潰す。これで少しは静かになった。
「それでも食って回復してろ」
「……っ!?」
次いで、《機構干渉》でゴークのステータスをいじり、スキルに『悪食』をねじ込んだ。回復能力からすれば《永久機関》が望ましかったが、所持スキルがクズ過ぎて『悪食』が精一杯だったんだよ。
最後に、《神経支配》で体を乗っ取り、『悪食』による体内エネルギー操作能力を用いるため、そこらに落ちている家の建材をひたすら食わせるようプログラムする。
後は勝手に動く体とスキルが仕事をして、ゴークの傷口くらいは塞がる。生命活動を維持する程度のエネルギーを生成できる『悪食』なら、傷口を覆うように新たな皮膚を生成させれば治療になんだろ。
ゴークは俺の指示通り、さっきまでの騒々しさが嘘のように黙りこくり、ひざまずいて一心不乱に木材を口に運んだ。
建材の形とか大きさとか無視して突っ込んだせいか、ゴークの口ん中は傷だらけになっちまったが、わざわざ治療してやってんだから文句は言わせねぇ。
同時に、怪我を治癒するためのエネルギーを捻出するため、たまりにたまったゴークの脂肪も無理矢理エネルギー源に換えていく。効果は劇的で、見る見る内に体がしぼんでいき、逆に右足の切断面から見られた出血はなくなった。
さすがに、中級スキルじゃ新たに足を生やすまではいかねぇだろうが、失血死は免れんだから贅沢言うなよ。むしろ、ダイエットまで手伝ってやってんだから、感謝してほしいところだ。
「これで満足か?」
「……え? ミューカス様のあれって、貴方がやってるんですか!?」
餓鬼のように順調に痩せてゴミを食い続けるゴークを指さし、社長は目を剥いてこちらに確認をとる。
まあ、普通に異常事態だしな。少しは説明を加えた方がいいか。
「あの豚をどうするか、って聞いたのはアンタだろ? だから、どうにかしてやったんじゃねぇか。あれで少なくとも、死にはしねぇよ。今は、な」
ゴークのことなんて心底どうでもよかったし、感情のない声で肩を竦めると、社長は俺へ向ける視線に恐怖を宿して一歩後ずさった。
反応が失礼だな、おい?
どこに恐怖を抱く余地があったよ?
客観的に見りゃ、俺はゴークに一方的に絡まれた被害者で、事故で勝手に大怪我を負った加害者相手に治療まで施してやってんだぞ?
お釈迦様も感心するほどの善良な人間じゃねぇか。
まあ、この世界にゃ仏教は存在しねぇから、お釈迦様が見てくれてるかは知らんけど。
「そんなことより、状況は? まだアイツらの他にも、ドラゴンはいるんだろうが?」
「え? …………あっ!! そ、そうです!! 早くしないと、ここに大群が!!」
「来るのがわかってるから、詳細を聞きにきたんじゃねぇか。知ってることがあったら話せ。簡潔にだ」
「は、はいっ!!」
段々焦れて声に不機嫌さがにじみ出ると、身の危険を感じた社長は姿勢を正して口を開いた。
人間素直が一番だぞ、社長。
「……わかっていることは、以上です」
「そうか」
で、社長からの説明は本当に手短に終わった。
何せ、わかってることが少なすぎたんだからな。
冒険者協会がドラゴンの存在をいち早く察知したのは事実だったが、実際察知しただけだったらしい。
魔物の大群が町の北部から接近していること。
おおよそ百体近い『神人』級と推測される魔力反応が見られたこと。
そして、それが全部飛竜種の魔物である可能性が高いこと。
これだけだ。
具体的な敵戦力も、何を目的としてレイトノルフを襲ってきたのかも、まったくわからないまま。
だが、聞きたいことは聞けた。
敵が襲ってくる方角さえ分かれば、迎撃が楽になる。
「看板娘」
「っ! は、はいっ!」
社長に背を向け、リアル家畜と化したゴークにドン引きしていたシエナに振り返った。妙にいい返事で、背筋も伸びている。
心配せずとも、お前に何かする気はねぇよ。
「今度こそ、お前は残れ。ここにいるか店に戻るかは自由だが、残りの魔物は町の外で迎え討つ」
「そんなっ!」
「危ない、とか言うなよ? むしろ、離れた場所でやりあわなきゃ、この町への被害が甚大になる。戦うには邪魔なんだよ。お前も、この町も」
「…………っ!!」
俺の台詞に反発心丸出しだったシエナだが、続く言葉に下唇をかみしめ、眉間に皺を集めた。
この場で唯一、シエナだけは何となくわかっていたからこそ、反論の言葉が出てこなかったんだろう。
ドラゴンブレスの消失と、ゴークの右前足の消失。
ドラゴンの突然の奇行と、ゴークの脈絡のない奇行。
そして、どの現象も俺の言動を契機に生じており、それが俺の口にした『切り札』の力だということ。
それを認めたが故に、俺の『邪魔』という言葉が真実だと悟ったらしい。
「心配せずとも、俺は死なねぇし、独りで死ぬつもりもねぇよ。だが、お前を連れてくる時に言っただろ? 『一緒に行動する時は絶対に俺の指示には従うこと』。お前も了承したことだ。忘れたとは言わさねぇ」
「…………」
「返事は?」
「……………………わかった」
俺の念を押す言及に、シエナは不承不承うなずいた。
ったく、無駄になっげぇ間を作りやがって。
顔も態度も不満タラタラじゃねぇか。
ここまででも、かなり譲歩してやってたんだぞ。
んな顔される謂れはねぇっつの。
「『トスエル』で待ってるから。そこまでは、送っていって」
「わかった」
少々荒れた町中に、特にゴークがいるこの場に残る気にはなれなかったんだろう。
シエナは『トスエル』まで戻ることに決め、ついでに俺にエスコートを強要した。
ドラゴンはいなくなったが、レイトノルフが危ねぇことに変わりはねぇし、送ること自体に異論はねぇ。
「時間が惜しい。行くぞ」
「うん」
「待ってください!!」
この場でやることがなくなり、さっさと店に戻ろうとしたところで誰かに呼び止められた。
振り返ると、社長が俺と視線を合わせ、胸元で拳を握りしめていた。
「今までの言動からして、さっきのドラゴンを退けたのは貴方なんですよね!? それに、まだ残っているドラゴンの存在も気づいていて、それを倒すだけの実力もあるんですよね!?」
疑問の形を取ってはいるが、どうやら俺とシエナとのやりとりを聞き、シエナほどではないせよ俺の実力の一端を想像できたのだろう。
向けられた瞳には、淡い期待がまざまざと浮かんでいた。
「貴方がどこの誰だかは存じ上げませんが、ドラゴンさえも退けられる力を持つということは、一般人ではないですよね!?」
……ああ、そういうことか。
俺は社長が言いたいことを理解し、しかし口を噤んだまま最後まで言わせてやることにした。
「つまり、貴方も冒険者のはず!! どこから来て、何の目的でこの町に居合わせたのか存じませんが、今は非常事態です!! 現在、すべての冒険者は冒険者協会の指示に従う義務が発生しており、勝手に行動されることは許されていません!!
ドラゴンへの対処はもちろん必要ですが、今は戦力の足並みを揃えることの方が重要です!! この場で待機していてください!! でなければ、規約違反と見なして貴方の冒険者資格を剥奪しなければなりません!!」
「…………」
「だから、この場に残っていてください!! お願いします!!」
やはりな。
社長の奴、俺が余所からきた高位冒険者だと勘違いしてやがる。
んで、自分の身の安全を確かなものにしようと考え、冒険者の集結を理由に足止めした。
何らかの方法でドラゴンのブレスを防ぎ、行動を支配したらしい俺がいれば、絶望的だった生存率は格段に上がる。
冒険者協会云々は半分建前で、本音は『自分を守ってほしい』ってところなんだろう。
そして、社長は俺が確実にこの場に残ると確信している。
何せ、冒険者にとって『資格剥奪』は何よりも有効な脅し文句だ。
どれだけ優秀で、一回の仕事でアホほど稼いで、誰もが羨む裕福な生活を送っている高位冒険者だとしても、所詮その実態は派遣社員だ。
戦いだけに生きてきた冒険者が仕事を失うってことは、それ以外に取り柄がないとほぼ死ねと言われたようなもの。
低位冒険者は新しい職を見つけられずにのたれ死に、比較的高位の冒険者でもたいてい自分勝手で我が強い連中が多い。
たとえ兵士や騎士としての需要があっても、協調性がなければすぐに解雇されるケースが多い。規律を守れず冒険者をやめた奴なら、特にその傾向が強いからなおさらだ。
だけでなく、冒険者は高位であればあるほど生活水準が高くなる傾向にある。もし新たな職を得られたとしても、いきなり下がった給金相応の生活を送れる奴は少ない。
その先で待っているのは、無茶な金遣いを抑えられずに浪費しまくり、すぐに借金地獄に陥る未来だ。頑固オヤジのようなケースは、実はかなりのレアケースだったりする。
いずれにせよ、大半の冒険者はゴロツキであることを考えれば、他に適職が見つかる可能性は低い。
故に、『資格剥奪』をちらつかせられた冒険者に、拒否する権利はないと思っていい。
「言いたいことはそれだけか?」
「えっ?」
とはいえ、誰だって死ぬのは嫌だからな。
ドラゴンなんて化け物を相手に出来る俺を手元に置きたい社長の気持ちも、職を盾に脅される冒険者の気持ちも、わからんでもない。
後でどれだけ卑怯だなんだと非難されようと、自分が生き残るために最善を尽くすのは生物の義務だ。
それは俺も否定しない。
「なら、さっさと俺は行かせてもらう。これでも忙しいんでな。アンタに構ってやるほど暇じゃねぇんだよ」
「なっ!? 私の話を聞いていたんですか!? ここに残ってください!! 本当に冒険者の資格を失いますよ!?」
しかし、社長はそもそもの前提を間違っている。
「さっきからアンタ、誰を冒険者だっつってんだ?」
「…………ぇ」
このままだとしつこそうだったから、俺は社長の勘違いを正してやることにした。
「俺はただの『一般人』だ。『ステータスの低さ』故に冒険者協会に見捨てられ、町ん中をかけずり回ってようやく仕事を見つけた、『冒険者であることが恥ずかしい』と心底から思ってる、ただの『勤労意欲にあふれる若者』だよ。
昼間っから酒呑んで馬鹿騒ぎする『落伍者』や、他人が倒した魔物でランクを上げるハイエナのような『ろくでなしども』と一緒にされちゃ、『こっちが恥ずかしくて町中を歩けねぇ』よ。寝言は寝てから言え、受付嬢さん」
「ぁ…………!!」
ずっと俺が誰だか認識できていなかった社長にも伝わるよう、あえて俺が冒険者登録をしにいった日に口にした言葉を盛り込み、吐き捨てる。
ついでに、《同調》ネットワークで情報収集した時に知った、ハゲ斧を始めかなりの人数の冒険者が俺の倒した魔物を使って不正を行っていたことも槍玉に挙げ、あからさまに揶揄する。
別に俺が放置した魔物をどうこうすることは構いやしねぇが、この際だ。言いたいことは一つ残さず全部ぶちまけちまおう。
すると、ようやく俺が誰か気づいたのか、社長の表情は驚愕に染まって固まった。
「だから、間違っても俺を冒険者と一緒にすんじゃねぇ。町に魔物が攻め込んできたってのに、都市防衛っつうテメェの義務を放棄して、自分勝手に逃げ出す『社会不適合者』どもと俺が同列に扱われんのは、非常に不愉快だ。
そもそも、いざって時にクソの役にも立たない出来損ないどもの尻拭いを、『二度と』冒険者協会の『敷居もまたげねぇ』上、門前払いで『永久追放処分』を受けた人間に任せるつもりか? 厚顔無恥も甚だしい」
「そ、れは……」
完全に勢いをなくし、視線をどこぞにさまよわせだした社長。
言葉通り、俺は冒険者協会の『敷居』には一切踏み入っていない。それが俺の意思であり、何より『社長』と『冒険者協会』の総意なんだからな。
俺と冒険者協会は、他ならない社長の采配で、すでに相容れない関係でしかねぇ。
もう俺を引き留める気力を根こそぎ奪っただろうが、完全に脈がないことをわからせるためにも、最後にもう一押ししておくか。
「それに、アンタは自分が言ったことも忘れちまったのか?」
「…………なんのこと、ですか?」
「アンタ、『冒険者を敬遠する人間をその道に引きずり込むのは、本意じゃない』んだろ? 『冒険者協会に悪感情を抱いている人間を無理に登録しようとも思わない』し、『冒険者協会の仕事は、慈善事業じゃねぇ』んだったよな?
全く持って、その通りだ。アンタの意見は、俺も全面的に肯定する。何も間違ったことを言っちゃいねぇ。アンタのプロ根性には脱帽だ。だからこそ、俺もその崇高な考えを尊重してぇと思ってる。つまりは、そういうこった」
「…………」
自分の言動を掘り起こされ、もはや何もいえなくなった社長は、顔色を真っ青にして両腕を力なく垂らした。
これ以上は粘られることもねぇだろう。
俺はもう振り返るつもりもなく、視線を切って社長に背を向けた。
「『沈黙は金、雄弁は銀』、か。まさにその通りだったよ。この結果は、確かに『自業自得』だ。俺にとっても、アンタにとっても、な」
とりあえず詰め込めるだけの皮肉を社長にまき散らし、返答も聞かずに走り出した。
俺を追跡する足音は、一人分。
それきり、俺を呼び止める声はなかった。
====================
名前:ヘイト(平渚)
LV:1(【固定】)
種族:イセア人(日本人▼)
適正職業:なし
状態:健常(【普通】)
生命力:1/1(【固定】)
魔力:1/1(0/0【固定】)
筋力:1(【固定】)
耐久力:1(【固定】)
知力:1(【固定】)
俊敏:1(【固定】)
運:1(【固定】)
保有スキル(【固定】)
(【普通】)
(《限界超越LV10》《機構干渉LV2》《奇跡LV10》《明鏡止水LV2》《神術思考LV2》《世理完解LV1》《魂蝕欺瞞LV3》《神経支配LV4》《精神支配LV2》《永久機関LV3》《生体感知LV3》《同調LV4》)
====================