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82話 行かないで

「ガアアアアアアアアアアッ!!」


「あ、あぁぁ……っ」


「ちっ、戻るぞ!」


 再び、ドラゴンから咆哮(ほうこう)が上がった。


 それがとどめとなり、完全に萎縮(いしゅく)しちまった看板娘に舌打ちをこぼし、腕を掴んで『トスエル』の中へ戻ろうと引っ張る。


 が、体に力が入らねぇのか看板娘の足は鈍く、俺の力じゃなかなか動いてくれねぇ。


「っ、頑固オヤジ! 手伝え!!」


「わかった!」


 だから、開けっ放しの扉から頑固オヤジを呼び、放心した看板娘を強引に屋内へ避難させた。俺も一度店内へ戻り、扉を閉めて顔を上げる。


「町の上空にドラゴンが出現した! 数は視認範囲で数体! 何体かはすでに暴れてるぞ!」


『なっ!?』


 俺の荒唐無稽(こうとうむけい)な状況報告に、頑固オヤジを含めた全員の表情が困惑を見せた。


 が、断続的に外から聞こえる、尋常ならざる生物の()き声が、夢ではなく現実であることを容赦なく突きつける。


「もしかしたらまだいるかもしれねぇ! 冒険者(アンタ)たちはすでに協会からレイトノルフ住民の避難誘導が強制依頼で出された! 急げ!!」


『う、うわあああああっ!?!?』


《同調》で得た情報だが、さも今誰かから聞いたといった風に、食事中だった冒険者にまくし立てる。


 しかし、この場にいる冒険者はせいぜいが『赤鬼(オーガ)』級。ランクだけなら『黒鬼(ギガンテス)』級もいるが、実力は『赤鬼(オーガ)』級の域を出ない中堅冒険者ばかりだ。


 案の定、俺の台詞にさっと顔を青くし、冒険者たちは我先にと逃げ出そうとする。荷物を急いでひっつかみ、咄嗟(とっさ)に俺が開けた扉に殺到した。


 あっという間に客は姿を消し、この場には『トスエル』一家と俺だけが取り残される。


 敵前逃亡の上に食い逃げか。どいつもこいつも、いい度胸してやがるぜ。


「ド、ドラゴンだと!? 本当か!?」


「マジだ! 今の声聞いてただろ!?」


「そんな……っ! これじゃあまるで、あの日と同じじゃないっ!?」


 一瞬遅れて頑固オヤジが確認を投げかけ、俺の気迫に事実と認識できたママさんが腰を抜かしてヒステリーを起こす。


 ちっ! ママさんもトラウマになってたか! この非常時にパニクられると、面倒なんてもんじゃねぇってのに!


「頑固オヤジ! ママさんにも寄り添ってやれ!」


「……っておい!? お前はどうするつもりだ、ヘイト!?」


 俺に言われるまでもなく、頭を抱えてうずくまってしまったママさんにすぐさま近寄っていた頑固オヤジだったが、俺の言葉のニュアンスに違和感を覚えたらしい。


 家族を抱きしめて(なだ)める(かたわ)ら、入り口から離れようとしない俺へ叫んだ。


「決まってんだろ。お前らは店の中にいろよ。これは命令だ」


 俺は《同調》でこの町の人間をすべて支配している。


 言い換えれば、この町の保有戦力は誰よりも知っている。


 だからこそ、戦力差が絶望的だと一瞬で判断出来た。


 もしも襲撃してきたドラゴンが一体だけだったとしても、レイトノルフがあっさり壊滅する未来しかない。


 そして、そんな化け物に対処出来るのは、この場には俺しかいねぇ。


普通(おれ)】という、規格外のチートスキルの持ち主しか、な。


 そんな俺が都市防衛に参加せず、(ちぢ)こまってるわけにはいかねぇだろ。


「っ! ダメッ!!」


「シエナっ!!」


 問答の時間も惜しいと、ドラゴン駆除に行こうと外へ出かけた時。


 頑固オヤジの腕から抜け出した看板娘が、背後から俺の胴体に腕を回して引き留めてきた。


「行っちゃダメ! あんなのと戦うなんて無謀だよ! あの時、私に言ったよね!? 無茶しないって! 自分のことを大切にするって! 勝手にいなくならないって! そう言ってたよね!?

 だったら、約束したことくらい、守ってよ!! そもそもっ! あんなの相手じゃ、建物の中にいたくらいじゃ、意味ないじゃない! 私たちも、冒険者の人たちみたいに逃げようよ!!」


 行かせまいとする看板娘の腕はガタガタと震え、振り向いた俺を見上げた瞳は恐怖で染まっている。


 完全に俺が死ぬ気だと思ってやがるな、コイツ。


『普通』ならそうなんだろうが、生憎(あいにく)俺は『普通』じゃねぇ。


 こんな場所で死ぬ気も、『トスエル(おまえら)』を死なせる気もねぇんだよ。


「俺が考えなしに敵の前に出て行くわけねぇだろ。ちゃんと勝算があっての行動だ。それに、お前との約束を破る気もねぇ。()()()()の魔物相手だったら、何体いても俺にとっちゃ脅威でも何でもねぇんだからな。

 それに、店ん中に残れっつったのも、その方がお前らを守りやすいからだ。勝手に移動されて死なせちまった、じゃ洒落(しゃれ)にならねぇ。大人しくしてくれてた方が、こっちも魔物退治に集中できるんだよ。

 それに、逃げるっつったがどこに逃げるつもりだ? 今回は前みてぇに、町の移動に使える貯蓄はねぇぞ? ドラゴンはすでに町の上空にいて、後続にも戦力が控えている節がある。

 どのみちアイツらは排除しちまわねぇと、レイトノルフを破壊した後で他の町を襲うだけ。人間の足程度じゃ、すぐに追いつかれて死ぬのがオチだ。なら、方々に散られる前に一網打尽にした方が早いし、より確実に安全を確保できる。そうだろ?」


「何言ってるの!? ヘイトのステータスじゃ、ドラゴンどころかゴブリンさえ倒せないじゃない!! どうするつもりか知らないけど、絶対に無理だよ!!」


「誰がステータスで張り合うっつった?」


 お互いを説得しようと言葉を重ねるも、次に看板娘が引き合いに出したのは俺が面接時に自己申告したステータスだ。内容は冒険者協会に登録をしようとした時と同じで、確かにあれじゃあ瞬殺されるだろう。


 だが、これから俺のスキルについて懇切丁寧に説明してやる時間はねぇし、俺の事情に巻き込むわけにもいかねぇ。


 俺は襲撃者たちにしたのと同じように、《同調》で《神術思考》のネットワークに看板娘、頑固オヤジ、ママさんを組み込む。


 思考時間を引き延ばした後、会話が成立するよう《神経支配》を用い、脳に直接響く声で告げた。


「俺にはお前らに言ってなかった『切り札(スキル)』がある。それを使えば、俺に(かな)う奴はいねぇ。ドラゴンだろうがなんだろうが、鼻歌()じりに殺してやれるし、お前らを確実に守ってやれる。

 だから、……俺を信じろ」


 スキルの詳細は伏せ、《魂蝕欺瞞(こんしょくぎまん)》で与える感情を盛り、少しでも安心させてやれるような笑みを、《神経支配》の『幻視』で見せた。


 どこまでも心強く、頼もしく、自信満々に見えるよう、他人のためだけに感情を偽る。


 もはや言葉を尽くすのが無理なら、『大丈夫だ』と思わせる方が早ぇ。


 こんなの、マジで俺のガラじゃねぇんだが、上手くいくか?


「……本当?」


「ああ」


「本当に本当?」


「俺が嘘を()いたこと、あったか?」


「…………さっきも、私との約束、屁理屈で誤魔化(ごまか)そうとしたくせに」


「屁理屈じゃねぇよ。事実を言ってただけだ」


《同調》で看板娘の表層思考を読み、《神経支配》のやりとりで会話を続ける。


 さっきまでの(かたく)なな姿勢は解かれたものの、代わりにやたら確認してきやがんな、看板娘の奴。


 これでもコイツらに対しては、まだ誠実な対応をしてきたと思ってんだがなぁ?


 予想してはいたが、俺ってそこまで信用ねぇのか?


 日頃の行いが悪ぃと、こういうところで返ってくるもんなのかねぇ?


「じゃあ、私も連れてって!」


「はぁ?」


 すると、何を考えてそうなったのか、看板娘は恐怖の代わりに決意を瞳に宿して、俺の目を見返してきた。


「待て待て、何でそうなる?」


「ヘイトのスキルを使えば、魔物は全部やっつけてくれるし、私たちを守ってくれるんでしょ? だったら、私はヘイトの(そば)にいる! 今決めた!」


「勝手に決めんな。危険だっつってんだろ。頑固オヤジたちと一緒に残れ、すっとこどっこい」


「危険なのはヘイトも同じじゃない! それに、ヘイトのスキルがあれば、ドラゴンなんて鼻歌交じりに倒せるんでしょ? 私たちを、絶対に守ってくれるんでしょ?」


 ぐっ……。


 ここぞとばかりに俺の台詞を掘り起こしてきやがって。


「だったら、私はヘイトについていく! ヘイトが本当に嘘を()いていないか、自分の目で確かめる!」


 くっそ、どうなってんだ俺の信用度!?


 わざわざ危険に飛び込まなきゃなんねぇほど、俺の言葉は薄っぺらいってことか、あぁ?


 今までのことを考えりゃ、反論できねぇよチクショウが!


「たとえ! ヘイトが私たちに嘘を吐いてて、戦う力なんてなかったとしても!」


 なかなか折れてくれない看板娘を、どう説得して置いていくか思考を巡らしていると。


 一度も()らさず、強い意志を宿したままだった看板娘の瞳が。


 譲る気のなかった『拒否(おれ)』の意志を、真っ向から(くじ)こうと貫いてきた。


「このままヘイトを行かせて、ヘイトだけを一人ぼっちにさせたまま死んじゃうことになったら! そんなの、寂しすぎるし、可哀想すぎるよ!!」


《神術思考》が作り出した、一瞬にも満たない時間の止まった世界の中で。


「今までの言葉が全部、ヘイトのはったりでもいい! みんな助からなくて、私たちが死んじゃってもいい! 本当は私たちを見捨てて逃げるための大嘘だったとしても、一向に構わない!」


 どこまでも、どこまでも真っ直ぐに。


「それに、ヘイトが強いとか、魔物を簡単に倒せるとか、私たちを守ってくれるとか、そんなことは()()()()()()()()!!」


 薄っぺらい《魂蝕欺瞞(スキル)》なんかよりも、よほど強く。


「私が、私が本当にして欲しいのはっ!!」


 心から、『ヘイト(おれ)』のことだけを案じて。


「もうこれ以上、()()()()()()()()()()()()()()()!!」


 看板娘、…………()()()は、俺の『拒絶(よわさ)』を、『否定(きょぜつ)』した。


「……お願い。一緒に、いさせて? 私は、最後まで、ヘイトの味方だから。独りになんて、させないから。私を、つれてって……」


「…………」


 俺は、何も言い返せなかった。


『誰が寂しくて可哀想なぼっちだよ!』って、否定することも出来た。


『死ぬのを前提で話を進めんな』って、茶化(ちゃか)すことも出来た。


『余計なお世話だ』って、冷たく言い放つことも出来た。


 なのに、いつもはすぐに開く口が、重い。


 今までは、どんな目が俺を突き刺してきても、どうってことなかった。


 心の中で適当に罵倒して、さっさと無視して忘れるだけでよかった。


 なのに。


 シエナの『()』は。


 (はかな)くて、綺麗で、それでも力強い『双眸()』は。


 馬鹿にすることも、無視することも、忘れることも、できなかった。


 逸らせない。


 誤魔化せない。


 逃げられない。


 ……逃げちゃ、いけない。


「…………わかったよ」


 気がつけば、俺は。


 俺の意志とは全く正反対の言葉を、聞かせていた。


「ただし、一緒に行動する時は絶対に俺の指示には従うこと。これだけは守ると誓え」


「……うんっ!!」


 いやいや、そうじゃなくて、頑固オヤジたちといろって!


 そう叫ぶ理性とは裏腹に、まるで別人になったように台詞が作られ、伝わってしまった。


 内心ですぐに訂正(ていせい)しようとするが、否定を挟む余地なくシエナは肯定を返しちまった。


 くそっ!!


 マジで、どうしてこうなった!?




====================

名前:ヘイト(平渚)

LV:1(【固定】)

種族:イセア人(日本人▼)

適正職業:なし

状態:健常(【普通】)


生命力:1/1(【固定】)

魔力:1/1(0/0【固定】)


筋力:1(【固定】)

耐久力:1(【固定】)

知力:1(【固定】)

俊敏:1(【固定】)

運:1(【固定】)


保有スキル(【固定】)

(【普通】)

(《限界超越LV10》《機構(ステータス)干渉LV2》《奇跡LV10》《明鏡止水LV2》《神術思考LV2》《世理完解(アカシックレコード)LV1》《魂蝕欺瞞(こんしょくぎまん)LV3》《神経支配LV4》《精神支配LV2》《永久機関LV3》《生体感知LV3》《同調LV4》)

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