9話 訓練?
さて、気づけば午前中をずっと座学に費やしていたらしい俺は、普段兵士が使うっつう運動場的なところにつれてこられた。
午後は晩飯の時間まで、自衛の力を付けるための訓練をやらせるようだ。
もっとも他の連中とは別メニューで行われるらしく、この場にいる日本人は俺だけな上に説明もないまま兵士の中へ放り込まれるはめに。
で、訓練についてだが、はっきり言おう。
ヤバイ。
「はぁーっ! はぁーっ! はぁーっ! はぁーっ!」
正直、俺のステータスの低さを甘く見ていた。
……いや、何も出来ねぇだろうとは予想していたが、それでも過大評価だったと思い知る。
この体、想定以上に使えねぇ。
まず、すでに死に体で荒い息を繰り返している俺だが……運動量はたった十メートルのランニングだぞ?
全力疾走ですらなく、開始早々の軽いランニングレベルでこのザマだ。
頭ん中は相変わらず苦しむ体そっちのけで冷静に働いちゃいるが、脳と体が分離してなけりゃ頭真っ白になってんぞ、これ?
召喚前なら、冬の授業でやらされた四キロくらいのランニングでもこうはならなかった、ってのに。
もはや匍匐前進よりも遅い速度しか出せず、汗を全身から吹き出しながら足を前に動かす。
一歩一歩が大型トラックを引きずるみたいに重く、次の足が出てくる時間は笑えるくらいに鈍い。
それに加えて、『雑音』も酷いの何の。
「邪魔だクソガキ!」
「ちんたら走ってんじゃねぇぞ!」
「それでも勇者様と同じ世界の人間か!? 呆れて物も言えねぇなぁ!」
俺が姿を現してからと言うもの、兵士どもが俺のことをまあ煽る煽る。
挑発内容は全部事実だし、言い返す必要ねぇから無視してっけど、単純にうるせぇんだよなこいつら。
そういや、耐久『1』の俺がこんだけうるさい場所にいても、鼓膜は破れたりしねぇのな?
びっくりするくらいの体力のなさを鑑みて、かなりの音量になる騒々しさで耳が使えなくなる可能性も考えてたんだが、うるせぇだけで無事は無事だ。
耐久、っつうステータスがどこに作用するのかで変わってくんのか?
たとえば、ステータスの数値が反映されるのが、『相手を害する意志があるかどうか』で決まってくるなどの条件があるとしたら?
さっきぶっ倒れた下っ端どもの場合、下っ端ははっきり俺を殴ろうとし、女は止める意志を見せなかったから『契約魔法(仮)』に捕まった。
対して、兵士どもは言葉こそうるさくて乱暴だが、『まだ』直接的に害そうとしてねぇからか今もピンピンしている。
その違いは、俺に対する物理的かつ明白な『敵対行動』くらいだ。
こうなると、ステータスについても単なる数字の羅列って見方ができなくなり、色々と考察が必要になってくんな。
――はぁ。
ったく、新しい課題だけが山積みになってきて、ため息しか出ねぇよ……。
「貴様! 何をちんたら走っている!?」
すると、明らかに脳筋らしい指導官みたいな兵士が俺に近寄り、手にした警棒で殴ろうとしてきた。
「ぎゃああああ!?」
んで、さっきの下っ端みたいに黒い靄を体から吹き出させ、警棒を振りかぶった体勢でぶっ倒れる。
自分で仕掛けた罠に引っかかんなよ……こいつら、バカばっかりか?
「た、隊長!?」
「どうされました!?」
無視して訓練を続けるかたわら、他の兵士は黒い靄を出すバカに群がって心配をしている。
俺の機嫌と体調が万全だったら、バカの症状について説明してやってもよかったが、今はそんな余裕がねぇ。
原因は自業自得だ、ほっときゃ治るって、たぶん。
「貴様、隊長に何をしたぁ!?」
「はぁーっ! はぁーっ! っ、ゲホッ! ゴホッ!」
すると、一人が俺に近寄り怒鳴りつけてきやがった。
うるせぇっつの。答える余裕があるかくらい察しろよクソ。
「クズがぁ! 無視とはいい度胸――がああああっ!?」
で、さっさと痺れを切らしたそいつは、バカ一号と同じように俺を殴ろうとして黒い靄の洗礼を受けた。
学習能力がねぇのか、バカ二号もうっせぇ野太い絶叫を上げ、俺の足下に倒れる。
――あっ! てめこら、進路塞いでんじゃねぇぞ邪魔だ!
「貴様、もう許さん!」
「取り押さえろ!」
そこからはもうてんやわんやだ。
マジで脳筋だったのか、バカどもを無視し続けた俺を捕まえようと他の兵士も警棒を振りかざし、同じように黒い靄さんのお世話になっていった。
結果として、満身創痍の俺が立っている以外は全員地べたでもがき苦しむという地獄絵図が完成した。
……何だコレ?
元から空気と同じだった指導役と訓練仲間が全滅したため、仕方なく我流の体力づくりに専念する。
そこら中で転がっている邪魔な障害物を避けつつ、とりあえず運動場を一周……大体距離にして四百メートルくらいか? これだけで一時間はかかった。
次にスタンダードな筋トレを行う。腕立て、腹筋、背筋、スクワットと、目安は五回ずつ。こっちも、ノルマをこなすのに一時間近くかかっちまった。
ランニングの疲労を抱えたままの筋トレは、非常にキツかった。失敗した分をカウントしなかったから、思った以上に時間がかかっちまったな。
で、小休憩を挟んだ後で以前テレビで見た内容を思い出しながら、おぼろげな空手の型を見よう見まねで練習する。
せめて有事の際に少しでも動ける体を作っとくために、なんちゃって空手を何度も反復した。
筋トレだけじゃ、戦うことを想定した筋肉の付け方は出来ねぇし、体力と筋力は別物だからな。
飽きてきたらこれまたテレビで見た太極拳風の動きとか、ボクシング風のシャドーとか、相撲風の摺り足移動とか、思いつくもんは何でも試した。
まあ、どれもこれも素人丸出しで、運動音痴が陸上で溺れてるみたいなクソ遅ぇ動きだったがな。
踊りみたいな型らしき動きを何度やっても適当拳法なんだから、それがそのまま自衛技術になるなんて思ってねぇ。
せめて地球で格闘技経験者の知り合いがいりゃ、アドバイスくらいはもらえたかもしれねぇが……ま、所詮たらればだ。
俺にゃダチすらいねぇんだから、経験者を探して頼むだけ無駄なのはわかってるよ。
わずかなりとも指導してくれそうな芽があった奴らは、全員仲良くグロッキーしてっしなぁ……。
それに、倒れる前の兵士どもは剣とか槍とかで鍛錬していた。
万が一教えを受けられたとして、俺のステータスじゃそもそも武器の類を持てるかがわからん。
剣道三倍段、なんて言葉があるくらい戦闘はリーチがあった方が有利なのはわかってる。なるべくなら武器は欲しいところだ。
が、使えるかわからねぇし逆に荷物になるだけかもしれねぇなら、最初からないと思ってた方がいい。
ってわけで、時々ぶっ倒れるように小休憩を繰り返す以外は、休みなく俺は訓練場を動き回った。
その間中、おっさん兵士どものうめき声は一向に止まず終始うるさかったが、『契約魔法(仮)』の経過観察だと思えば全部が邪魔だったとも言い切れねぇ、か。
「――きゃああああ!!?」
そうこうしている内に日が暮れ、また俺を迎えに来たらしいメイドの悲鳴で訓練時間の終了を知る。
ついに最後まで黒い靄の呪縛から逃れることができず、俺以外の全員が気絶した訓練場を見りゃ、そらそうなるわな。
すぐに呼ばれた他の隊の兵士らしき奴らによって、倒れたバカどもは医務室へと運ばれる。
その際、きっちり救助兵士たちにキツく睨まれたが、俺何もしてねぇし。そっちが勝手に倒れただけだ。逆恨み、カッコワルイ。
ほぼいちゃもんな喧嘩を高値で買うのは簡単だが、俺も俺で声を出すほどの余裕が残ってたわけじゃねぇ。
今回は大人しく、親の敵でも見るような目で睨みつけるメイドの先導でその場を後にしたよ。
で、戻ってきたのは俺の牢屋。
そっからまた鍵をかけられて、暗に一日が終了したと伝えられる。
当然、晩飯は抜き。こっちは昼飯も食ってねぇんだぞ?
しかし、なるほど。
すでに俺は、あちらにとっての危険人物か反抗思想を持った劇物、って扱いらしいな。
奴さん、俺に他の日本人連中と接触もさせたくねぇらしい。
おおかた、下手に交流させて仲間を増やされるより、手出し不可能な一年が終わるまで俺を孤立させとく方がリスクは低い――って考えたんだろうな。
そいつはこっちとしてもありがてぇ。
今さら日本人と話すこともなければ、協力するつもりもサラサラねぇからな。
生き残る可能性はこっちで作ってやったんだ。
あとは自分たちで勝手にやるだろ。
「……はぁ」
さて、いつまでも現実逃避してても始まらねぇ。
質の悪い紙に今日の出来事や感想、『契約魔法(仮)』について気づいたことを書き残す。
その後、無造作に放り込まれていた書庫の本をベッドの下にしまってから、俺は盛大なため息をついてうなだれる。
ものすごく不安で不本意だが、これからまた【普通】の検証を始めるつもりだ。
今日の朝にデメリットを自覚したが、それが【普通】のすべてじゃねぇ。
バステならバステで、その全容を知っておかねぇと、いざというときに足をすくわれかねねぇからな。
他のスキルについても検証は必須だが、まずは一番意味不明で、一番やべぇ【普通】を把握することが、俺にとっては最優先事項だ。
他のスキルはゆっくり調べていけばいい。
っつうわけで、まずは『解析』で自分の状態を確認するとすっか。
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名前:平渚
LV:1【固定】
種族:日本人▼
適正職業:なし
状態:【普通】▼
生命力:1/1【固定】
魔力:0/0【固定】
筋力:1【固定】
耐久力:1【固定】
知力:1【固定】
俊敏:1【固定】
運:1【固定】
保有スキル【固定】
【普通】
『冷徹LV1』『高速思考LV1』『並列思考LV1』『解析LV1』『詐術LV1』『不屈LV1』『未来予知LV1』『激昂LV2』『恐慌LV5』
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