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ダンスレッスンの罠。

結局、私は学院の暴君とも言うべきルディガー・ネリウス様とペアを組まなければならないようです。

突き刺さる視線。こんな珍ペアはなかなかないですもんね。

きっとこのペアは俊敏なカモシカとドスドス走るイノシシのようだとか思っているんでしょう!


踊るために私の腰に手を当てたルディガー様が「うわ、つまめそうな肉だ」とつぶやいています。

一方の私はレッスン中に何度さりげなく足を踏んでやろうかと考えます。よろけたふりした全力のタックルをかましてもいいかもしれません。


切れ長気味の目を皿のようにして私たちを凝視するルヴィッチ先生が両手を叩いてカウントをとります。

私たちはゆっくりとフロアの上を滑り出します。……よし、入り「だけ」は成功。


「踏んだらどうなるかわかっているな」

「……はい」


はい、としか言い様がありませんでした。今にも詰め込まれた規則正しいステップの記憶が頭からずれおちそうなのを必死でとどめているのです。

ああ、ダンスしてなかったら「はい」の首振り人形には決してならないのに!


うう、不安だわ。ルディガー様にリードしてもらっているとはいえ、所詮ルディガー様だし(失礼)。

多少体を触れ合わせても、見た目通りの筋肉評価不可の落第さようなら。

繊細なつくりをしているものは苦手です。むずがゆくてかないません。


「おい」

「ハイ」

「パートナーを無視するなよ」

「うはぁぃ」


情けなさすぎるぞ私! 昨日もめたばかりの相手にダメだしされてる! 私ってダメ子なんだ!!

待て、考えすぎるな。考えすぎたら、今すぐにでもルディガー様の足を踏みかねないっ!


「妙な返事をするなよ。お前、俺に恥をかかせたいのか」


はい………あ、しまった。

それと同時にもつれる足。ハイヒールがむぎゅっとルディガー様の靴に……。


「痛っ」


凍りつく空気。ルヴィッチ先生のカウントも止まります。

重い沈黙が息苦しい!


「ゴ、ゴメンサナイ」


咄嗟に素で謝ってしまった私はバカです。ここ家じゃなかったよ……。

ルディガー様はうずくまって、右足の甲をさすりながらピキピキと青筋が出ている顔でこちらを見上げます。


「口の利き方がなっていないようだな、ブタ」


心底恨めしそうなお声を出していらっしゃる。

しかし私も自分で思ったよりも面の皮が厚かったようで、反射的にブタじゃありません、と返していました。


「ブタをブタと言って何が悪い」

「あのですねえ、私の体型はぽっちゃり、というものでして、ブタではないんです。それに私にはフランカという名前がありまして」

「でもブタだろう? いますぐにブヒブヒ言ったらどうだ?」

「ルディガー様……」


私は傷ついたような目でルディガー様を見下ろします。悪意しか貼り付けていないお顔。この人は他人の前で私を罵倒したいのでしょう。


でも……。


にっこり。

基本的に神経が図太いので、「傷ついた」顔なんていうものは錯覚なんですけれどね!


「ルディガー様? 私、実はダンスが苦手なのです」

「は?」

「だから今から自主練しようと思います。何分下手なものですから、誤って『顔面に膝が当たる』こともあるかもしれませんが……お許しくださいませね」

「うおっとぉ!」


わざとらしくルディガー様は立ち上がります。顔が青ざめているのは気のせいではないでしょう。

フランカ様スペシャル飛び膝蹴りの威力はまだまだ健在の様子。

鼻血出して、金髪の貴公子台無し、とか。ブフッ。今でも笑える。


首尾よくルディガー様を自分のペースで巻き込めた私は内心でガッツポーズをします。

やればできるんだ私!


「ツヴィックナーグル伯爵家のフランカ。ブタさんと一緒にするものではありませんわ。だってあんなに可愛くて美味しい動物はそういませんもの。それぞれによいところがございます」


自分によいところがあるって言っちゃうのもどうかと思うけれど。

でも馬鹿にされたまま何も言えない、なんてよりはマシでしょ。


「よろしいですか、ルディガー・ネリウス様」


私はわざとらしく彼の名を呼び、堂々と胸を張る。構図だけ言えば、下賤の者を前にした女王様のよう。

でも実際は違います。

これは私がこの方と対等に並ぶために必要な手続きであって、私と彼との力関係が決まるのは今この時なのだと直感しています。


「私の名前をよくよく覚えておいてくださいませ。私になにかなさりたいのなら、とくに」


理不尽にいじめたいのなら、いつでもどうぞ。

でもね、ネリウス公爵家の坊ちゃん。「私」は、そうそう排除されるつもりもないけれど。


なぜなら、私はツヴィックナーグルの娘だもの。男も女も関係なく……戦いが好きだ。


今までの学院では、私は努めておとなしくしていました。

誰もが私を「ちょっと太めの」ご令嬢で、地味な存在だと思っていたことでしょう。

それは不必要な争いはゴメンだったからですが……ま、気に入らない連中が目の前で気に入らない愚行をしでかしていたら、喧嘩売りたくなりますよね! 少なくともこんな居心地の悪い学院にいたくないもん。

それに一度手を出しちゃったら、開き直るしかないもんね。


私にしてはごく当たり前の思考だったのですが、周囲はしん、と静まり返っています。

伯爵令嬢ご乱心か、と思われているのかなー。

私の性格をよく知るヴィル以外、その場の誰もが息を呑むところを見ると、作戦は成功したようです。

よかったよかった。行き当たりばったり感はあるけれど!




一番最初に沈黙を破ったのは、私の輝かしい戦歴――幼い頃のあれやこれ――をもっとも知っていた人物です。


「姉さん。ダンスはどうするの」

「あら」


すっかりぽんと忘れていたわね。

あははー、と笑うと空気が弛緩します。

ルヴィッチ先生はぴん、と伸ばした背筋をほんの少しだけ緩め、ルディガー様は怒りのためか顔を真っ赤にさせて立ち上がっています。


「フランカ様」

「なんでしょうか先生」

「放課後に居残り練習ですよ」

「ええ~?」


抗議の声をあげる私にルヴィッチ先生は冷淡でした。


「これは決定事項ですよ。今の発言はなんです、淑女がすることではありませんよ」


寮監のドルテにも言いつけますからね、と続けられて、内心「うへぇ」と叫びました。

ドルテはきっちりしているからなぁ。きっちりお説教されるんだろうなぁ。


「そんなもの、ぬるいですわっっ」


突然別の声が割って入りました。私の言うことが聞けなくってっ?でおなじみのテオドーラ様。

今日も一人だけゴージャスフリルの緑のドレス。おい、制服捨ててないだろうな?


「これは侮辱ですわ! 身分をわきまえていないだなんてね! ツヴィックナーグル家は野獣を飼っていらっしゃるのかしら!」


この女……。私の目が見る見る間に据わっていくのがわかります。

私はどう言われてもいいのです。でも「ツヴィックナーグル家」とこの女は口にした。

その意味を、テオドーラはわかっていないのでしょう。

ツヴィックナーグル家が東国境の守りとして数多くの功績をあげてきたということも。

ツヴィックナーグル家がどれだけの武力を保有しているのかということも。

ツヴィックナーグル家が軍に多くの人材を送り込んでいるということも。

単純に、伯爵家と侯爵家の身分の差があるから? それだけで、「ツヴィックナーグル家」を貶めていいのだと? ほかの伯爵、子爵、男爵の家柄を劣ったものとして扱うと?


所詮、小物の戯れ言だとわかっているけれどね?

ただ、ありんこのようにぷちっと潰したくなりますね。

テオドーラ様は私を怒らせるツボをよくご存知のようです。


それじゃあ、遠慮なく、と私が応戦すべく口を開こうとしたとき――


「テオドーラ」


止めたのは悔しげに唇を歪めたルディガー様でした。

ここでテオドーラ様を呼ぶ辺り、彼はまだ馬鹿ではなかったようです。

彼は、便宜上でも自分より目上の者――先生とか――がいる前ではそれほど暴挙に出ません。

自分のテリトリー内でこそ、彼は暴君の王冠をかぶるのです。


彼は私の前に進み出て、キラキラの貴公子スマイルをかまします。途端ぞわっと鳥肌が立つ私。

今日一番効いた攻撃だと見た。


「今日のことは決して忘れませんよ。フランカ様。あなたの名前も、姿も、『ずっと』覚えています。またダンスをしましょう」


へえ。この男、喧嘩を買ったわね。しかもテオドーラを矢面に立たすのではなくて、ルディガー様ご自身が相手をするとおっしゃっている。テオドーラ様に対しては、紳士だということなのかしら?



「ええ、ぜひ。またお誘いくださいませ」


制服の裾をちょんと持ち上げ、気取った礼をしながらこう返すあたり、私は怖いもの知らずかもしれません。

これで私は正式にルディガー様とテオドーラ様とその愉快な仲間たちを敵に回したわけですね。


カーン、カーン。


ちょうどいいぐらいに終業の鐘が鳴り、ルヴィッチ先生はレッスン終了を宣言します。

もちろん私は居残り。

麗しき赤毛の美女とのワンツーマンプライベートレッスン開始。うへぇ。










ダンスなんて、滅んでしまえ……。



よろよろの私は棒のようになった足を引きずりながら寮へと到着。

出迎えられた寮監のドルテに寮監室に連れ込まれ「淑女の振る舞い方」について熱弁をふるっていただき、そのまま夕食へ。

ぼろぼろの雑巾となって椅子にへばりついた私を待っていてくれたのは大ぶりのステーキでした。

涙がちょちょぎれるぐらいウマかったです。これだけで一日報われた気がする。


「幸せだぁ……」


日中何かと気を張っていただけに、ステーキの肉汁が心に染みます。

今の食堂には他に生徒はいません。うしろに侍女のアドリネがいるだけです。

生徒たちの変な視線にさらされないようにドルテが配慮したのでしょう。

それとなく、お説教の時間を伸ばして。

うん、ありがたいけれど、説教は適切な長さでいいと思うのだけれどね?


今私は学院でもっとも高貴なルディガー様とテオドーラ様を敵に回しています。

でもそこまで悲観的にはならないのは、少なからず「私の」味方でいてくれる人たちがいるからだなぁ、としみじみと思います。


ヴィル、イレーネ、カティア様、ドルテ、アドリネ……。

もしかしたら、メルボルト先生やルヴィッチ先生も、気にかけているのかも。


私も捨てたものじゃないわね。

ふふん、と一人で笑えば、「フランカ様、顔がにやけています」とアドリネの声が飛んできます。

通常運転けっこうけっこう私は幸せです。




ただ、湯浴みを済ませて、着替えてベッドに入って目を瞑り、あぁようやく一日が終わる……となったとき。


ふと……私、なにか忘れていやしないか? そんな思いに囚われたのです。

それが突きつけられるのはもう少し後のこと。




「一体誰が僕を見つけられるのだろう?」


暗闇の王子さまは笑っていたことでしょう。

「彼」こそが、学院に波紋を広げた一つの石。

その予兆は、すでに始まっていたのです。









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