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いやよいやよも好きのうち?

お久しぶりです

 ぱっかぱっかと馬に揺られる私はまさに流浪の旅人。ふっ、とアンニュイなため息をこぼせばそれこそ、完璧……というわけでもありませんが、まぁ、それなりに見られるようになったもので。


 おい、兄ちゃん。


 そんなふうに呼ばれることが多くなりました。ふむ、やっぱり。自分でも思っていたよ、私が男装すればまさに男子! ということに!


 元がいかつい顔というわけでもないんだけれども、単純に肉の問題が(無論、身体の肉のこと)、私の真実の姿を歪ませているのですよ。真実とは見えにくいものだからね!


 私は鼻歌交じりで旅路を行く。後ろには姉さんたちが乗った馬車がついてきていることでしょう。


 耕地を分断するような形の街道に大きく枝を広げた巨木が一本立っていました。

 

 今日はあそこで休憩しよう。


「さ、行くよ」


 私の相棒となった青毛の馬が私の意を受けたようにぶるぶると身体を震わせてから加速しました。








 休憩中。近くの民家を訊ね、井戸を貸してもらいました。動物の皮でつくった水筒に水を汲み、馬にたっぷりと飲ませてから、私自身も水分補給。水がうまい。


 そして街道の木の根元にまで戻ってきて、馬の手綱をしっかり結んでやる。私は姉さんに携帯食として持たされた煎り豆をぼりぼりとかじりながら、地図を広げます。


 えーと、私が今いるのがここぐらいで、この村とあの村も通り過ぎたよね。

 結構今日は飛ばしてきてしまったから、まだ馬車が来るまで時間がかかるかぁ。


 行路の距離を親指と人差し指で測ってみると、あとニ三日ぐらいか。


 私が逡巡したのは一瞬でした。



――昼寝しよう。



 木の幹にもたれかかって目を瞑りました。

 どうせ誰かが通りがかれば気づくんだから、寝たっていいはず。ではおやすみー。













 やっぱり。かさっと芝生を踏みしめる音で夢の世界から帰還しました。


 誰かなぁ、とうっすらと目を開けて周囲を伺うと、青毛の馬の鼻づらに顔を寄せる男の姿が。


 彼は私を見て、にっかりと笑います。村人の割には威容がありすぎるでしょ。獅子のたてがみのような短髪に、右ほおを一直線に走る傷跡。どう見ても歴戦の猛者なのに村人の恰好をしているのがかなり笑えます。


「この先の安全確認は取れていますぜ、お嬢!」


 親指を立てる男。変装はともかくとして、久しぶりに見てもいい筋肉していますな。特に胸筋が。


 それにしても「お嬢」って。いよいよ実家近くまでやってきたという感じがします。

 確認のために聞きました。


「……あのさ。途中ぐらいから明らかに私たちの馬車は護衛されていたよね?」

「おっしゃる通りで、お嬢!」


 ほら、「やっぱり」否定しなかったよ。

 盗難、暴行、殺人。旅には危険がつきものです。

 しかも私たちの馬車には超美人のジャヌ姉さんに、そこそこ顔のいいテオドーラ、変装しても美少年な王子さまがいらっしゃる。狙ってくれと言っているようなものですよ。


 それなのに。「私」が実際に動かなければならなかったのは「テオドーラ売られかけ事件」のほぼ一度きり。それ以外は不自然なほどに安全でした。ああ、これはツヴィックナーグル騎士団が対処しているからなんだなあ、と思うには十分すぎる。


 そんなことを考えつつも……あ、限界が来た。


「……まぁ、ゴドウェルでもいいか」

「何がですかっ」

「ちょっと体勢を低くしてもらえる?」

「いいですぜ!」


 普通は早々領地から離れないはずの騎士団副団長がここにいることはまあよしとします。


「お嬢、何かあった……ってうわあああっ、お嬢、お嬢ぉー!」

「喚かないで、二の腕の筋肉が足りないけど、いい身体しているのが悪いの。私が目の前にあるローストビーフにかぶりつかないわけがない!」

「お嬢! やめっ、二の腕を揉むのはやめてくだせぇ! 殺されるー、俺は殺されちまうよぉ!」

「大げさなことを言わないで! 減るもんじゃない」


 よいではないか、よいではないか。

 いやよ、いやよ。


 襲う私に、襲われる巨漢。


 ああっ、と薔薇の花びらが散りそうな悲鳴をあげ始めたゴドウェルの絶妙な気持ち悪さが表に出た辺りで勘弁してあげることにしました。


 でもね、一人でいるのが悪いと思うの。二人や三人だったら多少分散されたのにね。


 『筋肉不足』を解消した私は、気のせいか肌がつやつやしてきたような。


 大木の根元に座ってやっとまともに話をし始めます。



「お嬢から手紙が来たと思ったら内容がまたとんでもないものだった、と団長は大笑いしてましたぜ。それから俺を含めた一部団員をひそかに護衛に遣わした、というわけで」

「他はここにいないの?」

「先行しているものが三人、残り五人は後方の安全をみておりやす」

「ありがとう」


 手紙には明確に護衛をお願いしたわけではないけれども、助かったものは助かりました。


 私は手をひらひら振ります。


「タンガンダの森までよろしくね! じゃあ、行ってよし!」


 解散! と言えば、ゴドウェルが気遣わしげに私の方を見つめます。いやん。


「お嬢、本当にタンガンダの森まで行くんで? 全員が?」

「ジャヌ姉さんだけは領内に入ったところでお祖父様への報告を持っていってもらうから別行動するけど」

「でもさ、タンガンダですぜ。狼やら熊やらごろごろいますし、何よりギルシュとの国境近くではありやせんか」

「だからいいんじゃないの」


 地元の人間でも滅多に入らない辺りが。


「お嬢はよくても坊ちゃんの方が……あとが怖ぇ」

「そこは我慢してもらうよ。置き手紙も残してきたし!」

「……何と書いたんで」

「『私の弟ならいい子で待ってなさい』」

「お嬢。坊ちゃんが可哀想ですぜ」


 ゴドウェルがありもしない涙を拭い始めます。白々しいね。


「ヴィルのことはいいよ。今回は絶対に関わらせないから。……あなたたちも、表向きには関わっていない。すべては私の独断。そういう理解でお願いね」

「それはもう散々団長や奥方さまにも申し付けられてますがね。……昔から思ってましたがね、お嬢は妙に勝負師なところがあるので心配でならないんですよぉ」

「よくわかっているじゃないの。表か、裏か。白か、黒か。どちらとも転びかねないところにスリルがあるよね!」


 おじょぉー、とゴドウェルが弱弱しい抗議を漏らします。


「そんな感じだからお嬢は……」


 ため息とともに不自然に空く間。え、中途半端に切らないでくれる?


「ゴドウェル?」

「あんまりやりすぎると首輪に繋がれますぜ」

「誰に」

「勘弁してくださいよ。……殺されちまう」


 おいおい、穏やかな話じゃないじゃん。……まあ、突っ込んで聞こうとは思わないけどさー。

 前にもあったような悪寒に襲われた私はさくっと流すことにします。


「そういえばみんな元気かな。今回顔を出せるかどうかわからないけれどよろしく伝えておいてね」

「……みんな寂しがってますぜ。お嬢と坊ちゃんがいないとにぎやかさだって半減ってもんですよ」

「私がいなくてもみんないつも騒がしいじゃないのさ」


 そんなことを話しているうちに、一台の馬車が遠目に見えました。

 ゴドウェルは名残惜しげにそろりそろりと後ずさります。


「お嬢。くれぐれもお気をつけて。俺たちも陰ながら見守りますぜ。あと、『助っ人』も出しておきましたから……頑張ってくださいよ」

「ありがとう」


 あと言い忘れておりましたがね、と彼は思い出したように付け加えました。

 頬の傷跡をぽりぽりと搔きながら。


「お嬢は前よりもきれいになったなぁ」


 恥ずかしがるようにくるりと背を向けて、歩み去ってしまいました。


 ……ややあって、私はふと自分の頬の肉をつまんでみました。あぁ、なるほど。以前より厚みが減った気がするかも。




 何はともあれ。まもなく、ツヴィックナーグル領に入る――。



 

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