ツンデレはデレるまでがデフォ。
今回は長めでお送りします。
次の日の朝。宿から出発する馬車の内部は昨日と様変わりしております。
まずは席順が違います。
隙あらば王子さまの隣でくっついていたテオドーラが私の隣に。王子さまはジャヌ姉さんの隣で、テオドーラとは対角に座ります。
次に表情が違います。
昨晩よほど怖い思いをしたのか、テオドーラの顔は強ばり、王子さまを警戒するように見ています。一方の王子さまは時折それを興味深そうに観察しています。
そして最後に。……二人の間に会話がまったくありません。だろうね。下手すりゃ自分を売り飛ばそうとしていた相手と仲良くお話なんてできないわ。
というわけで今の車内はとっても静かで重苦しい空気に覆われておりますよ! おかげで私とジャヌ姉さんもやりにくいことこの上ないというか。昨日の桃色な雰囲気よりかは断然マシだけれどね。
馬車はどんどこ進みます。私はなんとなーく、外の景色を眺めます。やることないからね。
すると、くいくい、と服の袖が引っ張られました。見ればテオドーラでした。
彼女は無言で私を見つめてきます。上目遣いだよ、あざといね。話しかけてください、と目で訴えかけている……! めんどくさいなー、肉ワンブロックなら即決してあげるけどどーよ?
ふっと視線をそらして、ため息一つ。そしておもむろに馬車の扉を半分開けて身を乗り出し、一面に広がる畑、そしてしっかり働いておられる農夫の皆様を視界に入れながら、
「今日も良い天気ですねーーー! 畑の調子はいかがですかーーーー!」
と、ストレス解消がてら叫んでみます。いや、これが結構気持ちよかったりするんだよね。謎の達成感が味わえます。
そしてこれに対する反応には人柄が表れます。今日の農夫さんたちは、と……。
農作業をしていたおじさんたちが一斉に私の方を見て、にかっと笑い、親指を立ててきました!
なんという満点回答! すばらしい! ここにいる人たちはいい人たちだよ! まさか実家の領地にいる時と同じような態度だなんて! 私は感動したよ!
私も思いっきり手を振ります。相手も手を振り返してくれました。これぞ、真の心の交流の形。ありがとう、おじさま方。困ったことがあったらツヴィックナーグル領まで来てください。開墾の土地、有り余っているんで。
最大に愛想を振りまいていると、「フランカちゃんは相変わらず自由ねえ」と、ジャヌ姉さん。馬車の空気をものともしてません。
一方、クレオーンは顔を伏せて肩がくつくつと……笑っておられますねえ。
テオドーラは顔を真っ赤にして、怒ります。
「なんてはしたない真似をしているの! それでも貴族の令嬢なの!?」
それでも貴族の令嬢やって十七年経ちましたが。一応、形の上では。
典型的な『お嬢様』でないことは重々承知しているんだけれどね!
「まあ、こんなんでもどうにかなってきたもの。いいじゃん」
そもそも私は『お嬢様』たれと育てられたわけでもなく。
国王の命でアーレンス学院が一定数の令嬢を受け入れなければ、中央に寄りつくこともほとんどなかったはず。私が二年以上も王都近くの学院に留まったのは不測の事態というものでしょう。
フリルやレースで着飾り、より身分の高い男性の目に止まるのは私の仕事ではありません。
だから王子さまやご令嬢の前で砕けた口調で「いいじゃん」とか言えるわけですよ。
「い……いいじゃん、ですって!? そのような口を利くものではないわ、フランカ・ツヴィックナーグル!」
隣の高飛車令嬢が五月蠅いです。両耳を手でふさいで防音します。
「テオ、『お芝居』に集中すること。あなたはテオ。じゃ、私は?」
テオドーラは、つーん。
私はあくまでにこやか~にそっぽを向いたテオドーラの両頬に手を当てて、ぐいっとこっちに向かせます。え、え、と戸惑うテオドーラ。そこにぐっと顔を近づけ、囁いてやります。
「恩人、誰だったか忘れちゃったかな?」
惚けたように私を見つめるテオドーラの顔が面白いように赤くなっていきます。あれ、半分脅したつもりだったのに、何で赤くなるんだ?
「……フラー、だったわね」
ぽそっと答えて、今度こそテオドーラは私のいる方向とは真逆に身体の向きを変えてしまいました。
よくわからんやっちゃな。
「あっはっはっはっ!」
そして王子様は爆笑中。こちらはこちらでいらっとしてくるな。
「フランカちゃんも罪な女よねえ。まあ、これはこれで面白いけれど」
ジャヌ姉さんもころころ笑ってます。うん、姉さんがご機嫌ならまあいいか。
さてさて。わりと大きな地方都市に到着しましたよ。けれども市街地に入るのはまだまだ先です。大きな町に出入りするには兵士たちのいる関所を通らないといけませんが、折り悪く長蛇の列ができています。時刻も夕方なので、門の外の宿屋に一泊することになりましたとさ。
部屋割は日により多少変わりますが、クレオーンは一人確定で、私とテオドーラとジャヌ姉さんは一部屋にあるベッドの数によります。
本日は昨日に引き続き三人部屋です。お金に余裕はありますが(王子さまから没収したので)、いつどこで使うのはわからないので、財布のひもは締められるときはしっかり締めさせていただきます。ちなみにジャヌ姉さんは一応別会計なので一人一等いい部屋を使っても構わないのですが、どうにもこの《旅行》を楽しんでおられる様子。
「フランカちゃんと一緒に旅ができる日が来るなんて思わなかったわあ。ほら、わたくしはほとんど領地には帰らなかったものだから、里帰りなんて久しぶりだもの」
すっぴんになっても光り輝く美貌の姉さんは湯浴み上がりの私の髪を丁寧に梳りながらしみじみとそういいます。
ジャヌ姉さんが合流してから、私の髪を扱うのはジャヌ姉さんの仕事になりました。私は普段そこそこ長い髪を適当に結わいて後ろに一本だけ極太の三つ編みを作るだけで済ませてしまいますが、ジャヌ姉さんは湯浴み終わりの香油を塗り込むところから、髪をとき、朝ヘアスタイルを整えるところまでおまかせしちゃってます。なんでも適当にやるのは姉さんの美意識に反するらしい。なんかごめんなさいと思いました。おかげで最近の私の髪型はバリエーションが増えました。
ちなみにテオドーラは当然でしょ、とばかりにジャヌ姉さんに赤い髪をお世話されていました。あちらは生粋のお嬢様だからね。
「くちゅん!」
ま、今は順番待ちしていなくちゃいけないけど。寒かったらもう少し暖まってから湯船を上がればよかったのに。
はい、終わり、と姉さんの手が私の髪から離れます。きっと今私の髪はきらきらてかてかになっているに違いありません。
「次はテオドーラさまですよ~」
ジャヌ姉さんは猫の子を呼ぶみたく手招きすると、ジャヌ姉さんの前にある丸いすにすとん、と収まりました。あら、珍しい。昨日まで警戒ぶりが凄かったのに、どういう風の吹き回しなんだか。
まじまじと観察していると、テオドーラはわざとらしく、つーん、とおすまし。
「早くやってくださるかしら?」
「えぇ、えぇ。そうさせていただきますわ」
ジャヌ姉さんは満面の笑みを作っており、みじんもトゲのある言葉に傷つきません。姉さんにかかればテオドーラはただの子猫ちゃん。にゃんにゃん言いながら爪を立てても「可愛い可愛い」と許しちゃう。そんな感じなのかも。
姉さんは高級娼婦。だから男性との会話には全神経を集中させ、ぎりぎりの綱渡りを何度もかいくぐっています。姉さんを傷つけようとするのは男だが、姉さんの武器となるのも男です。実のところ、最後まで信頼している男性はうちのおじいさまぐらいなのだとも言っていました。
そんな姉さんは年下の女の子の世話を焼くのが好きらしいです。気を張らなくていいというのが一番大きいのかな。
「ホント、女の子って可愛いわよねえ。……食べちゃいたいわぁ」
千人の男を射殺してきた流し目で、姉さんはふっ、とテオドーラの耳元に息を吹き込みました。
「ひいっ!」
大げさに肩をびくつかせるテオドーラに苦笑い。ぶるぶる震える様はますます猫っぽくなった。姉さんは、ふふっと微笑む。ふと視線を滑らせて私を見る。
「ねえ、新鮮な反応だと思わない?」
「思う。ものすごく」
姉さんが私の耳に息を吹きかけたどころでどうにもならないからね。くすぐったいなぁ、と感じるだけ。まぁ、姉さんともなんだかんだ長いつきあいになるから、慣れきってしまったのかも。姉さんの色香はうちの弟にも通じないし。
「……そういえば姉さんは」
ベッドに腰かけ、足をぶらぶらさせます。振り子みたい。
「いつ『仕事』をやめるつもりなの?」
花の賞味期限は短いです。咲き誇った大輪の花は、腐りかけと同じ。高級娼婦も長く続けるものではありません。選べるなら選べるうちに、どこかの貴族の愛人に収まるのが普通でした。
姉さんの場合はバックにツヴィックナーグル家がいますから、いますぐどうこうということもありませんが、私としても身の振り方は早めに知っておきたかったのです。
「愛人は……ないわねぇ。お誘いこそたくさんあるけれど、私は誰のものにもなりたくないもの。そうね……自分の店を作りたいかしら」
ジャヌ姉さんの笑みが優しげなものになりました。
「ドレスや香水、小物、宝石、なんでもいいけれど、女性の『楽しい』とか『綺麗』だとか思うものをたくさん詰め込んだ自分だけのお店。私はその店の女主人として、買い付けをしたり、営業方針を決めたり、店番をする。幸いにもお金は有り余っているから、今からでもはじめられるわねえ」
姉さんは両親の死後のごたごたから一時、娼館に売り飛ばされたことがあった。その時、かろうじて助け出したのはうちのおじいさまで、おじいさまはそのお金は返さなくてもいいと言ったけれど、姉さんは「働いて返す」と言い切りました。ツヴィックナーグル家は男系で社交界に疎く、ちょうど女性側からいろいろな噂を仕入れる伝手を探しており、姉さんはその部分を一手に引き受けることに決めたのです。
そして、ジャヌ姉さんが目指したのは普通の娼婦でなく、高級娼婦。上流階級の男性たちと対等に渡り合えるだけの知識と教養、社交術を必要としていました。その仕込みを請け負ったのがうちのおばあさまだったので一時期姉さんもツヴィックナーグルの屋敷にも滞在していました。
今、姉さんは高級娼婦としての頂点に立っています。顧客は数カ国の王族を含めたそうそうたる面々。姉さんは彼らからとんでもない金額を搾り取っていました。それはこれまで抱えていた借金を清算してもありあまるほどなのだとか。
「でもせっかくだもの。働ける限りは頑張るつもりよ? 今回はちょっとした長期休暇のつもりだもの。……もしかしたら私が引退するものと『勘違い』される方もいらっしゃるかもしれないわねえ」
ふふ、と物騒に笑う姉さん。こりゃ、まだまだ荒稼ぎするつもりなんだろうな。颯爽と去って行こうとする姉さんにすがりつこうとする男たちの醜態が見えた気がします。その面々は、普段ならまったくそういう隙を見せない身分の高い人々なんでしょうとも。
苦笑いしている私に、姉さんは「そうそう」とテオドーラの髪のお手入れが終わって、解放したところで話を変えてきました。
「フランカちゃんは将来的にどうするつもりなの?」
「私? ……騎士団の団長と結婚しようかな」
今の騎士団はおじいさまが率いているけれど、そろそろ次の世代が育っているはず。本家の息子としてうちの弟が中央に出ている分を誰かが補わなければならないのだし、そういう人と私が結婚するのが一番波が立ちません。行かず後家になるか、内部の人間と結婚するかの二択しかないんだなぁ。
「もっと夢を持っても良いんじゃない? 若いんだもの。王子さまと結婚……とかはなくても、素敵な殿方に憧れるものじゃないかしらね?」
「素敵な(筋肉むきむきの)殿方には人並みの興味はあるよ?」
「あら今妙な間が空いていたような気が」
へっへー。姉さんも知っているでしょ、私が熱烈な筋肉信望者であることを!
姉さんは仕方が無い子ねえ、とちょっとだけあきれ顔。
「まあ、頑張ってね。フランカちゃんの場合は、好みの殿方がいたら真っ先に捕獲しにいかないと駄目よ? 早く見つけないととんでもない方に目を付けられて、外堀を埋められていそうだもの」
「なんだか妙に具体的なアドバイスだね」
「ええ……私の知っている子にいるからねえ……ふふ」
私から妙に視線をそらして、乾いた笑いを浮かべる姉さん。すさまじくいやな予感がします。しかも現実逃避しろと本能が叫んでいるってどんだけやばいんだ!
とりあえず頑張って明日を生きるしかないーー。
フランカ・ツヴィックナーグル十七歳の誓い。
「本当は私もどうにかしてあげたいのだけれど、私の色仕掛けでも陥落されなかったものだから、助けてあげられないし……どうしようかとも思っていたんだけれど……」
ふっと姉さんが大輪の花のような微笑みを浮かべました。私の方に前のめりになり、その両手をがっちり握られました。薄いネグリジェからのぞく谷間がばいんばいん。うむ、役得。
姉さんの柔らかそうな谷間に釘付けになっていた私は、姉さんの次の一言に文字通り目を剥くことになる。
ーーフランカちゃん……今すぐ痩せましょうっ!
「へっ……?」
ベッドに寝転がっていたテオドーラががばっと起き上がり、私の方をまじまじと見て、代わりに驚いています。
「痩せられるの? あのフランカ・ツヴィックナーグルが」
『あの』ってなんだい、テオドーラさんよお。
私はすれたチンピラのような突っ込みをした。




