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誘拐だなんて人聞きが悪い。


 ガタン、と激しく身体が揺れ、後頭部に堅いものがぶつかった痛みで目を覚ます。最初に目に入ったのは灰色のワンピース。フリルもレースもまったくついておらず、ただただ脛ぐらいの長さまで布切れが覆っているという感じ。


「え、なんで……?」


 触ってみれば、いかにも安物であることがわかる。自分がこんなものを着ているはずがない。なぜならば、彼女は侯爵令嬢で、将来の王妃になる存在だからだ。


「お目覚めのようね、お嬢さん?」


 そこへからかうような声が前から響く。そこにはにっくき女が座っていた。脂肪でぶよぶよのその顔を、見忘れるはずがない。そう、彼女はあの時、その女に襲われて……。


 テオドーラ・クノーベル侯爵令嬢は、顔を真っ青にさせた。燃えるような赤毛も、この時ばかりは萎れているように見える。

 彼女は慌てて周りを見回した。開け放たれた小窓は森林の景色を映している。景色が動いていることからもここが馬車の中だということがわかった。……えらく粗末な馬車であったが。

 内部には彼女を含めて三人の人間がいた。彼女、そして正面に座るフランカ・ツヴィックナーグル、そしてその隣に深くフードを被った人影がいた。こちらはまだ眠っているようである。


「突然のことだけれど、この旅での呼び名を伝えておくわ。あなたはテオよ。テオドーラというのはちょっと一般市民の割には仰々しいものね。男っぽい名前だと言われるかもしれないけれど、そこは『あ、本当は男の子が欲しかったみたいでぇ~、それしか考えていなかったみたいでそのまま付けられちゃったんですぅ~』と言えば何とかなると思うの。イケるわ」


 何を言っているのかわからない。


「私はフラーね。名前からそのまんま。……で、こっちで寝たふりを決め込んでいるだろう男が……えーと、何にしよ、『ハンス』? いやー、いまさらそれを呼ぶのも嫌だしなー。うん、まあいいや。クレオーン君にしとこ。テオ、この男が巷のおさわがせ男のクレオーン君ね」


 クレオーンと呼ばれた男はいまだにミノムシのように動かない。フランカ・ツヴィックナーグルは胡散臭そうな眼でそちらを一瞥してから、彼女に向き合った。


「あとは、もう一人いるのよ。今回関所とか色々通るには通行証がいるし、何にでも表向きの理由って必要じゃない? まずはその人と合流するために王都に向かっているわ」

「……フランカ・ツヴィックナーグル」

「うん、何さ」

「わたくしにこんなことをして、許されるとお思いなのかしら。わたくしを誰だと思っているのよ。こんな扱いを受けるような身分じゃないのよ!」

「……ふうん? よくそんな威勢のいいこと言えるよね」


 フランカは口元を釣り上げる。それはまったく冷たいものをはらみ、テオドーラを委縮させるには十分すぎた。



「さすがわがままお嬢様ってことか。人生経験が違うね。……私なら絶対できないよ。自分がどういう状況に陥っているのかわからないまま、自分の意見を喚き散らすだけなんて。……これ、傍目には誘拐なのにね。今まさに犯人グループにより拉致されようとしているんだよ。抵抗したら、殺されちゃうんだよね」

「そ! そんなことはできるはずないわ! だって、お父様が!」


 貴族令嬢を殺されたとなればその家の者も国も黙っているはずもない。徹底的な調査が行われ、適切な断罪が行われる(そしてそれは大体死刑)。

 まして、テオドーラは王妃も輩出している名門の家だ。たとえーーたとえ、皆が彼女に失望したとしても、家の面子にかけて報復するはずなのである。


 けれどもフランカはあっけらかんとしたものだった。


「それが何」

「……え」

「後先考えなきゃ、どんな時でもどんなやつでも殺せるわよ。身分も環境も関係ない。テオは私よりずっと弱いもの、それこそいつでも殺せちゃう。なんならやってみる?」


 そう言って、躊躇いもなくテオドーラの首元に手を伸ばすフランカ。その表情はどこまでも淡々としていて……怖い。


「いや……いやっ!」


 もがいたテオドーラの手がフランカの手を払いのけた。彼女はそのまま手を引っ込めて、はあ、とため息をつく。


「……やっぱり早まったかしらね。この女連れてきたの。全然楽しくない」

「なによ、それっ」


 誘拐されたのは嫌だけれども、犯人に誘拐したのを楽しくないからと後悔されたのはもっと嫌なものだ。現金なものである。


「王子さまが欲しいならもっと頑張ってもらわなくちゃ。だってめんどくさいのよ、王子様は。もうその存在からして。でも、現時点でテオと上手くやっていければ、後々の調整も楽になるし、めぐりめぐって私の平和にも繋がるし。……ま、王妃さまがどういう態度を取るか不明だけれど、子どもがいないうちは取り込んでおく方がいいと思うぐらいの頭はあるだろうし。現時点ではわりと確かな後ろ盾になるんだよねぇ……。あ、この辺大事だよ、聞いてますか~、クレオーン君~。うちじゃ無理よー」


 ミノムシはぴくりとも動かなかった。

 フランカは気を取り直したように向き直る。


「あと付け足しておくと、これ、完全な誘拐というわけじゃないからね。ちゃんと学院側の許可も取ってあるし。ほら!」


 彼女が意気揚々と取り出したるは、学院長の署名と捺印つきの文書である。……難しい単語が多くて、全部読めなかったが(テオドーラの成績はおちこぼれクラスなので)、とにかく誘拐じゃないという説得力はあった。


「おうちのほうも心配しないで! 心のオカ……カールハインツ、じゃなかった、学院長のお口添えで、今回のことで得られるものが大きいと納得してくださったようで。これで心置きなく、王子さまを口説いちゃって頂戴。クノーベル家の今後はあなたにかかっている……かもしれないし、そうじゃないかもしれないけれど」


 フランカ・ツヴィックナーグルは、にっこりと笑う。


「それでは本日より、この私フランカ・ツヴィックナーグル企画提案、ついでに主催の課外授業、一般市民生活体験研修を開始します。数週間、よろしく!」


 それはテオドーラ……もとい、小間使いテオの悪夢のはじまりだったのは言うまでもない。



主人公の悪役感が半端ない。主人公なのに。

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