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魔王様が襲来した。

 魔王様は様々な肩書を持っておられる。領主でもあるし、王族でもあるし、研究機関の長でもあって、学院長もやっていて。趣味で行っている研究で学術書も出しているから、ついでに学者でもあると付け加えておきます。どの肩書でも御大層なものなのですが、これらからもわかる通り、年中無休で忙しい人なのですよ。


 あ、魔王様というのはあだ名であって、ご職業ではありません。それは物語の中だけの存在です。そもそも本名はというと……なんだっけ。ど忘れした。その理知眼鏡によく似合う、かっちょいい名前だった。


「カールハインツですよ。フランカ嬢」


 そうそう。そんな感じ。カールハインツ……。我が心のオカン……。


「お久しぶりです、カールハインツ様。よかったです、名前思い出せて」

「……思いっきり、当人から聞きだしておいて、思いだしたなどと抜かすのは、この口ですか」


 ぎゅむっと上唇と下唇を合わせてひねりあげられた。なんという暴力学院長だ。訴えてやる。


「しばらく会わないうちに、学院きっての問題児が多少は淑女らしくなっているかと思えば、どうにもある意味予想通りのあなたで驚きです。まるで進歩がありませんね」


 学院長の手をぺっと払いのけた私は胸を張りました。


「当たり前です。ツヴィックナーグル家の娘ですから」


 そして私は問題児じゃない。基本的に優等生なのです。


「あなた、それを免罪符にして、堂々とやらかしすぎですよ。報告を受けるだけのこっちの身が持ちません。ルディガーとテオドーラ嬢に喧嘩を売ったと思ったら、テオドーラ嬢を一時不登校にさせて、学院を我が物顔で闊歩していたようですね。おかげで予定よりも早くこちらに来ることになりましたよ」


 学院を我が物顔って。まるで私がとんだ悪人であるかのようじゃないか。否定はしないけど。


「そうして来てみれば、今度はスパルタな勉強会を開いていて、一部生徒の成績が著しく上がったと聞きました。しかも、『あの』ルディガー・ネリウスがあなたを押さえて次席に上がったそうですね。他人にかまけて、自分のことをおそろかにしていたからこうなるんです」

「別に自分の勉強をおろそかにはしていません。それよりも学院長。ここは私を褒めるところだと思いますよ。我が学院の教育によく貢献してくれた、ほめてつかわそうぞ! うっはっはっは! みたいな」


 私、もっと褒められるべきよ。小言はいらないのよ。ね、ね?


「私はそんな笑い方はしません。いいですか、フランカ嬢、淑女の微笑みとは……」


 王弟殿下の説教が始まった。



 そして終わる。


「……つまりはこういうことです。わかりましたね、フランカ嬢」

「まあ、ぼちぼちですよ」


 もちろん半分以上聞いていませんでした。もう少し簡潔にお話されることをおすすめします。修飾語が多くて、文の構造がわかりにくいことこの上なかったです。


「……わかっていませんね?」

「そうです」


 真顔の学院長に、真顔の私。

 もうたまらん、とばかりに学院長は大きなため息をつきました。


「もういいです。諦めました。……それよりも、私に言うことがあるということでしたね。資料を出して下さい」

「どうぞ。これでご検討をお願いします」


 久しぶりに主を迎えた学院長室の大きな机に私が作った資料が並べられ、学院長はそれに目を通していきます。その間にも、学院長の口は動く動く。


「……そういえば、あなた、私に何か聞きたいことがあるのではないですか。『彼』の件で」

「学院長はどこまでご存じですか」

「存在することは許しました。学院内での滞在も許可しました。でも、会ったことはありませんね。そこまで構っていられませんので。なので、知っていることは大してありませんよ。本人に聞いてください」

「……『彼』は、どうなるのですか」

「陛下のご意向は、弟の私にもはかりがたいのですよ、フランカ嬢。あなたはどう考えてますか?」


 眼鏡がきらり、と光りました。へえへえ、答えなさいっていうんのでしょ。

 今の私はお願いしている立場ですので、あまり大きな態度にはでませんよ。


「心底めんどくさいですね」

「ツヴィックナーグル家としては?」

「私の一存で決められるのだったら、断固拒否します。それだけの価値を見出せません。今のところはただ自分の手を汚さずに他人を引っ掻き回す愉快犯というのが妥当じゃないですかね」

「そこまでぶっちゃけろとは言っていませんが」


 えぇ? ちゃんと正直に答えたのに、小言言われるなんて理不尽じゃない?


「淑女たるもの、そんなふてくされた顔をするものじゃありません」


 また小言だ。もはや、小言大魔王と言ってもいいな、うん。

 ただ、もうお小言は付き合うのが嫌だったので、今度は別の話題を振ってみた。


「そういえば。カールハインツ様は次代の国王になるつもりはあるのですか」


 お小言大魔王は、お小言をやめた。代わりに頭を抱えた。


「フランカ・ツヴィックナーグル」

「はい」

「こんなところで微妙な問題を持ち出すのではありません。誰が聞いているかわからないでしょう」

「あ、それは大丈夫です。こちらを探る気配は微塵もありませんよ。安心してください」

「あなたが知ることが問題なんですよ。そのことは、どう考えても直球で聞けることではないことぐらいはわかるでしょう……。わざとですか」

「わざとですよ」


 情報源、いたら聞くのは、当たり前。これ、今月の標語。


 王弟殿下はさらにため息一つ。


「……これ以上の仕事を増やすのは非常に非効率なので、勘弁してもらいたいですよ。研究する時間がなくなります」

「でもそうしたら、次の王さまは誰になるんでしょう。王女さまが女王さまにランクアップするんですかね。でも、男系優先なら、現時点でカールハインツ様が有力なので……あ」


 現国王と王弟殿下は異母兄弟で、王女さまとカールハインツ様はただの叔父と姪というよりかは血は薄いんだから、結婚すればいいんじゃ。我ながら、なんという名案を……!


「そうなったら、私は死にますよ。死因は過労ですよ。これ以上自分の命は縮めたくありませんね。……ったく、どいつもこいつも新しい仕事をじゃんじゃん回してきやがって。この国は役立たずの巣窟か」

 

 後半はぶつぶつとやさぐれたように言っているけれども……あの、ばっちり聞こえちゃっていますよ、本音が。できる人は苦労する、の典型のような人だなあ。


 と、思ったところで、広げられた資料が再び、とんとん、と揃えられました。どうやら読み終わったようです。


「穴だらけですね。資料の作り方がまるでなってない。野猿のほうがまだ出来がマシですよ」

「大丈夫です。野猿よりもコミュニケーション力はあります、私」

「野猿は余計な口を利かないのが利点です」


 伝家の宝刀『慇懃無礼容赦無』がきらりと光った気がする。


「さて、フランカ・ツヴィックナーグル、何か言い訳したいのなら今この場で聞きますよ」

「ありません。資料に書いた通りです。許可してください」

「いやです」


 即答されました。そりゃそうか。私もあっさり許可もらえるとは思ってないもんなあ。

 なら、説得するのみですよ。


 前のめりで適当な屁理屈をこねくり回そうとした私。けれども。


「フランカ・ツヴィックナーグル」

「なんでしょう」

「あなたが彼らにそこまでしてやる義理はありませんよ。人に過度に期待するのはやめなさい。このままおとなしく卒業して、無事に領地に引きこもって、適当な結婚と適当な幸せを掴んでください」


 ぱちぱちと目を瞬かせました。


「学院長、おかしなことをおっしゃいますね。私はいつでも全力で自分のために生きていますよ。期待という期待もしていません」


 慈善事業をしているわけではないのにね。進んで慈善されたがってないやつらに何かするのは、押し付け、とか、余計なおせっかい、などの類ですよ。あとは。


「『そうするのが面白そうだから』。結局はそれに尽きます。……それにですね、たぶん私は、振り回されるよりも振り回す方が好きなんですよ。なので、最近の『振り回された出来事』の数々を考えると、ますます振り回したくなりまして。……カールハインツ様も、見てみたくありません? 一国の王子様が、とり澄ました顔を崩す姿を」

「そのために危険な橋を渡っても割に合いません。悪いことは言いません。やめなさい」

「いやですよ。学院長の方こそ諦めてください」

「あなたこそ諦めるべきです」

「無理ですよ。あのですね、この資料は計画書ではありません。事前通告書です」

「つまり、私が許可しなくとも、決行するつもりだと?」


 学院長は、眉間の皺を深くしています。ものすごく疲れ切った顔をしちゃってまぁ……。そんなんだから結婚できないんだよ(ぼそっ)。


 私はどん、と胸を叩きました。胸、薄めだけど。


「これでも有言実行する人間のつもりですから」

「私は今これほどあなたの無駄な行動力が恨めしいと思ったことはありませんよ……。あなたにはまったくと言っていいほど通じていなさそうなので、口にしますが、これでもあなたを心配しているのですよ。あなたは、亡き友人の娘なのですから」


 亡き友人とは、わたしの父のことですね。入学直後に、直接話しかけられて初めて知りましたが……あまり実感のない話なんですよねえ。ほら、私、父親のことまったく覚えてないからさ。


「うーん……。私より友人の息子の方を心配してあげてくださいよ。あっちが跡継ぎなんで」

「私はむしろ、女性であるあなたの方が心配なのですよ」


 そう言って、学院長は承認用の印章を、ばん、と提出した資料に押しました。

 どうせ押すつもりだったなら、さっさと押せばよかったのに。


「……まあ、いいです。王弟として多少持ち得る力で便宜をはかりましょう」

「ありがとうございました。いざとなったら切り捨ててくださいよ、遠慮なく」


 ちなみに事前に通告していただければ、逃げる準備ができるのでありがたいです。

 カールハインツは、まるで気にしない私に向かって、やっぱり深々とため息をつきます。


「物わかりがよすぎるのも考え物です。まあ、その『いざとなれば』になった時は、遠慮なく頼るべき者に頼ってください。あちらは手ぐすね引いて待ってますから」


 なんだろう、今、ぞくぞくっと背筋に悪寒が。気にしちゃいけない、聞き返してはいけないと私の勘が告げている。


 私は学院長室を出た。二の腕の鳥肌が静まった辺りで、私のたてた計画の最後の詰めにとりかかった。







 次の日の夜。私はテオドーラに夜這いをかけ、馬車に放り込みました。そしてそこには、手配しておいた王子さまもいらっしゃって……。


 私たちは、旅に出た。





アーレンス学院よ、さらば。

次回は小話になりそうです

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