可愛いも正義です。
フランカさんスペシャル飛び膝蹴りは、フランカさんの体重も加わってそれはそれは重い一撃となっております。
私の一番好きな食べ物は牛肉です。でも次点はブタ肉なのです(鶏肉はその次)。
あんな可愛くて美味しいブタさんを侮蔑するために用いるとは言語道断許すまじ!
……そしてフランカさんスペシャル飛び膝蹴りをおみまいしたのはいいものの。
「キャアアアアアァッ! ルディガーさまっ!」
顔面ノックアウトされて芝生に崩れ落ちる公爵令息。すんでのところで巻き添えを回避して、飛びずさりながらもシッカリ乙女らしい悲鳴を挙げる侯爵令嬢。やっちまったと頭を抱えている私。技が綺麗に決まりすぎたよホント弱っちかったよどうすんだ私あわや牢屋に入れられる!?
私はおそるおそるルディガーの世間的には美男子で通っている麗しいご尊顔を覗き込みました。
鼻からたれ~と血が流れています。おおぅ、アウトだわこりゃ。
次に遠慮なく唇をめくりあげて歯並びを観察。おおぅ、こっちはギリギリセーフ。折れてない。
近くてじいっと見てみる。……ま、大丈夫だろ。あ、目が合った。
「どこの誰かは知らんが、この~~~」
次期公爵さまは聞くに耐えない罵声を小声で浴びせると、立ち上がりました。私は遠慮なく押しのけられます。押しのけられてやりました。というかやっぱり私のこと把握してなかったんだね、ルディガー様。
「取り乱してしまい、申し訳ございませんでしたルディガー様。わたくしツヴィックナーグル伯爵の孫娘フランカと申します。以後お見知りおきくださいませ」
言いながらもやっぱり顔を見てしまいます。ブフッ、鼻血たれ~んとしてて不細工な顔だな! 石膏像もかくやの金髪碧眼の美形が台無しだよ!
「なんで無礼なやつなんだっ! これは公爵家に対する無礼だぞ!」
鼻血が顎から滴っているのにも気づかず、私に向けて怒りを爆発させているルディガー様。いと見苦し。
「そうですわ! ツヴィックナーグル家の娘とあって野蛮な! わたくしの力で社交界からあなたを追い出してやりますわ!」
制服でもない真紅のゴージャスなドレスできゃんきゃんといろいろまくし立てているテオドーラ様。汚れるのが嫌だからルディガー様から離れているんですね?鼻血、拭いてあげないんだね。
あとテオドーラ様、その脅し文句は効果ありませんよ。元々面倒だからほとんど出てないし。ツヴィックナーグル家には効きません。
……なんかどうにかなりそうな気がしてきたぞ。プラス思考大事。
「え~とですね。構いませんよ?」
テオドーラ様はお顔が真っ赤になりました。気が強い美人が凄むとすごいんだな。でもルディガー様と私から離れたところにいるので全然怖くありません。別に直接被害を受けたわけでもないし。
私はポケットからハンカチを取り出すと、スタスタとルディガー様へさらに近寄ります。
「な、なんなんだ。何をしようって言うんだ……」
ルディガーさま完全に腰が抜けています。さきほどの顔面への衝撃のショックが抜けきれていないよう。
石のように固まっているのをこれ幸いに、私はルディガー様の鼻血を拭ってやりました。さすがに可哀想だったので。ルディガー様は目をぱちくりしています。こっち見るなよイケメンめ。一発殴ってやりたくなるじゃないか。
それから被害者の令嬢を救出。
「もっと早く気がついてあげられなくてごめんなさいね。大丈夫?」
「ええ、助けていただきありがとうございます……」
プラチナブロンドが夢のように揺れて、令嬢の顔が露わになりました。
正直に言いましょう。ものすっごい可愛い。なによこの小さな顔。なにそのチェリーピンクのぷるぷるの唇。青みがかった灰色の瞳がきらりと光って、髪と同じ睫毛の長いこと。線の細い儚げな美少女どころじゃなくて、お人形さんみたいに可愛い!! 立ち上がらせた時に掴んだ手とかホント柔らかくて吸い付くようなふにふに具合。私のぶくぶくブニブニの手と全然違うよ! 女神さまですかアナタ。
筋肉ムキムキが好きですが、美少女にも弱い私は一目でイチコロになってしまいました。なんでこんな人ともっと早くお知り合いになれなかったのかしら? 私の目は節穴か!
ここまでまるで初対面であるかのように実況してしまいましたが、実のところ私はこの方を遠目で見たことがあるのです。あくまでも遠目、でしたのでここまでの美少女だとは思っていなかっただけなのですよ、ハイ。
「シュニッツェル侯爵家の……カティア様、ですよね?」
コクリと頷くところも可憐で可愛い!!じゃなくて。
シュニッツェル侯爵家令嬢カティア様。この方もそれなりに有名人です。
それは美人だから~でもなく、古くから続く名門侯爵家の令嬢だから~というわけでもありません。
彼女がある人の婚約者だからです。誰かというと、フランカさんスペシャル飛び膝蹴りを食らわせた張本人――ルディガー様。彼女は日頃から邪険に扱われていたルディガー様の婚約者だったのです。
まあですが見ての通り、ルディガー様はテオドーラ様に夢中。どうやら気の強い美女をお好みのようで。
テオドーラ様からしても将来公爵となる超優良物件が欲しいわけなので、なにくれとカティア様に意地悪をする。廊下で通せんぼしたり、カティア様が侍女を呼ぼうとしたタイミングで自分が横取りしたり……などなど。最近はカティア様の友人たちを脅し孤立させようとしていた、という噂までありました。
さすがにそこまで恥知らずな真似をするはずないだろと思っていたところにこの騒ぎです。私はテオドーラ様への認識を改めねばならないようです。マジ悪役令嬢だわ。悪女だわ。
だって、見てよカティア様の哀れな姿! 灰色のロングワンピースの制服がよれよれで泥までついちゃって! あぁ、胸元の黒いリボンがちぎれちゃってる! あとなにこのシミは? 紅茶か? まさか紅茶までぶっかけたのか! なんて野蛮な連中だ!
私はキッと二人を睨みつけました。か弱い女性に手を出すのは何事か、と。
やっぱり私が間に入ってきて正解だったようです。予定外の出来事もありましたが。ですが、この二人の前の前に出るということは、平和な学院生活をドブに捨てるのと同じだからどっちにしろ同じことですよ。
こりゃヤるしかねーわ。だって、可愛いは正義でしょっ!
「あら、あなたこちらを睨んでまあ。どういうつもりかしら? ねえ、ルディガー様?」
「そうだね、テオドーラ嬢。私たちに逆らえる者がこの学院にいたとは驚きだよ。ネズミのようにコソコソとしていればいいものを」
復活した二人はまたもタッグを組んだようです。ルディガー様、今私に向けられているテオドーラ嬢の嫌悪感たっぷりの表情は数分前まであなたのものでしたがね? 気付かなかったんですかソーデスカ。
私はカティア様に耳元でささやきました。
「ここはわたくしが引き受けておきますからひとまずどこか安心できるところへお逃げください。なんなら私の弟ヴィルヘルムに頼っても構いませんから。私に言われた、と言えばあとはどうにかしてくれます」
「でも……」
私一人に押し付けるのは気が咎めたのでしょう。ためらうカティア様。謙虚ですテオドーラ様ならスタコラ逃げていくでしょうに!
私はさらに声をひそめて、内緒話をするように告げました。
「大丈夫ですわ。これでも度胸はある方なのです。それに、当てがありますの。ご心配には及びませんわ。行ってください」
「でもルディガー様はたいそうお怒りです。あなたをそれに巻き込むわけには……」
「カティア様」
私はとびっきりのいい声でお名前をお呼びしました。これでも声だけは「美少女」だと自他ともに認めておりますからね! フランカさんのお声はその気になればものすっごい色気になりますよ~。意見を押し通すときには便利。
案の定、カティア様は頬を赤く染めてうるみがちにこちらを見上げてきましたよ。あぁ、私がノックアウトされそうです……。
コクコクとカティア様は頷いて、その場を駆けさっていかれました。
もしかしたら世話になるかもしれん、弟よ。あとは頼んだ。
さて、最後に残った問題です。……どうやってこの状況を収拾しましょうか。
解決方法その1、ひたっすら謝る。頭を地面にこすりつけるぐらい謝れば許してもらえるかも。
……うん、ないな。彼らの入学当初に良識ある先輩がいて注意したところ、家の方から圧力がかかってきたらしく泣く泣く謝り倒したらしいのですが、それでも許してもらえず、卒業しても閑職しかいただけなかったそうです。うちの爵位は伯爵だし、軍に限っていうならば、そうそう圧力もかけにくいと思われます。そこまでする必要はないでしょう。
いや、技かけちゃったことは申し訳ないと思うんだけれどね?
解決方法その2、逃げる。あらゆる時も彼らの影を避けながら残りの学院生活をまっとうする。
これまた現実的じゃないな。顔を合わせないでいられないだろ。同級だし。
解決方法その3、状況を知った弟に助けを求める。つまり問題弟に投げっぱなし。
やめよう。むしろ怒り狂う弟を止めるのが私の役目だ。
私はいくつかの解決方法を思いついては消去していきました。結局何も残りません。
カティア様には「当てがある」と言いましたが、実際何もないのです。
しょうがない、もう一発フランカさんスペシャル飛び膝蹴りを繰り出すか。
私は小さく息を吸って、二人がこちらを追い詰めるように寄ってくるのを待ち構えました。
「さて、このブタをどうしてやろうかな?」
「そうですわね、丸焼きにすればよろしいのではなくて?」
「さすが。僕のテオドーラはわかっているね」
「何をおっしゃいますやら。おふたりとも。さきほどまで何をされていたのかよくよく理解されておられないようですわね。か弱き令嬢を足蹴にされることが公爵家の礼儀ですの? 確かに私の振る舞いがいただけないものだったのは認めますが、だからといってルディガー様たちがそれまでしていたことがなくなるわけではありませんわ。紳士淑女のマナーはどこへ行かれたのです?」
「お前っ、誰に口を聞いているのかわかっているのか!」
生意気な口を開きましたが、私の心中は穏やかじゃありません。むしろヤケクソです。もうどうにもならないなら不満なことを全部ぶちまけちまえってやつですね。
対する相手は小物臭漂うセリフを吐いていらっしゃいますが、それでも一応公爵ですから、言葉に力があるのです。
ごめんなさいお祖父様。うまく立ち回れない不出来な孫娘をお許しくださいませ。今から領地へ護送……もとい「返品」されるかもしれませんが、お気を確かに――
と。突然、こちらを静かに取り囲んでいただけの群衆が割れました。
ざわざわ、と何事かを話し合っている様子です。
二人の元にも取り巻きたちが来て、ごにょごにょとその話を耳に入れているようです。
なんだと! とか、まさか! と言った声が漏れてきます。なんだなんだ?
「姉さーんっ!」
今度は切羽詰まったように駆け寄ってくる弟の姿が。その傍らにはカティア様の姿も。どうやらカティア様は弟に助けを求めたよう。うん、ナイス判断ですよ! さすがにどうしようかと思ってた!!
「なにもされてない? 怪我は? ちゃんと歩ける? あぁ、よかった。大丈夫そうだ。姉さーん! あぁ、いい匂い。姉さんの匂いだ~。安心するよ~」
抱きつき、すんすんと匂いを嗅ぐ弟。……なに、このシュールな画。誰得よ?
「ハイ、お触り厳禁ですよ~」
「ああ~ん」
「気持ち悪い声出すなっ!」
私は小声で叱咤して、遠慮なくヴィルを引っぺがす。これ何百回目のやりとりだろう。
カティア様も両手を前に組んで心配そうに私を見つめました。
「フランカ様。先程はありがとうございました。一度は逃げてしまいましたが、やっぱりあなたをおいていけないと思って、戻ってきたのです」
「美少女からの感謝は宝石より尊い」。コレ私の持論。助けて良かったなあ。
デレデレしてしまいそうな頬を私は懸命に抑えながら、いえいえ、と首を振ります。
「見て見ぬふりができなかったのです。こんなことが学院でまかり通ってはいけないからですわ。学生として当然のことです」
「フランカ様……」
私をキラキラとした眼差しで見るカティア様。その輝きはゴールドの山よりも尊いです。
さらに熱っぽさまで加わってしまえば、わたしは……わたしは……!
「ハイハイ、姉さん。僕の存在を無視しないでねー」
にゅっと弟が割り込んできました。ちっ。
「実はね、先程から学院中である噂でもちきりになっているんだ。そのせいでみんなソワソワしているんだよ」
「なにそれ」
「王子さまだよ」
はあ? なんじゃそりゃ。この国には王女はいても、王子はいないでしょうに。
「だから、本当はいたんだって! 王子さまが! 今の国王にさ! 議会の承認も得ないで秘密結婚をしていて、王子をもうけられたんだって」
「へえ、そーなんだー」
ヴィルは興奮冷めやらぬ、といった感じだが、私からすれば「それが何か?」みたいなものだ。別に今の私に直接関係するわけがないでしょ………。
「姉さん、真面目に聞いてよ! それだけじゃないんだって! その王子様ってやつは!」
「うんうん。王子さまってやつは?」
「その王子さまはっ、この学院に隠れているんだってさ!」