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世の中は意外性に満ちている。

 勉強会は、試験が始まる直前まで続きました。一人の脱落者も出ることなく。これは大いに誇っていい結果ですよ。私とヴィルとイレーネの三人がかりでその他全員の頭に講義内容を詰め込ませ、基礎から応用までも復習三昧。文字通り、ムチまで取り出す厳しい勉強会でした。それでも、このツヴィックナーグルズブートキャンプを全員で乗り越えたのですよ。


 試験結果はどうであれ、彼らは十分に頑張ったのでご褒美が与えられるべきだと思った私は、部屋で大事に取っていた燻製肉おにくさまを解放することに決めました。結果が出るの束の間の休息に、ツヴィックナーグル牛の試食会の開催だ!

 ちなみにこれを機に少しでもツヴィックナーグル牛が評判になればいいなあ~なんて、下心もあったりして。いいじゃないか、営業活動。


 燻製肉おにくさまの包みを大事に抱えてサロンまで歩いていると、ルディガーと行きあった。あ、我が弟子一号がいるぞ。


「……それ、持ってやる」

「いや、いいです」


 振る舞うとはいえ、今はまだ私の肉です。


「どうせ、サロンまでだろう。同じ行き先じゃないか」


 私の肉!


「……わかった。もう何も言わない」


 ルディガーはため息をついて引き下がってきた。私の扱いをよく心得てきたように見える。苦しゅうないぞよ。


 てくてく二人で歩く。ほんの数日前までは想像もしていなかった距離感ですよ。あの勉強会初日に私が言ったことが利いているのか、一番熱心に参加し、他の面子とも打ち解けてきたように見えます。勉強会前後で一番変化したのは彼じゃないですかね。

 この際だから気になっていたことを聞いてみよう。


「そういえば、以前、ネリウス公爵がルディガー様に、私を口説き落とすように、と言われたと言う話がございましたが、その後どうです? テオドーラ様以上の淑女は見つかりましたか?」

「……いまさらその話を蒸し返してくるとは」


 ルディガーは嫌そうな顔をして立ち止まりました。


「それは気になりますよ」

「えっ」

「本格的に跡継ぎから転落するとしたら、一大事でしょう?」

「……どういう意味だ。いや、これは本心から尋ねているのだが……」


 私もルディガーと向かい合うように止まりました。せっかくなので、私の推測があっているかどうか含めて答え合わせと行きましょう。


「まず前提として、私がルディガー様と婚姻することはありえません。これはゆるぎない事実です」

「……ゆるがないのか」


 なにやらルディガーが遠い目をしている。


「次期公爵夫人に求められるのは高い家柄と社交の素養です。私にはそのどちらも、つり合いが取れないんですよね。あと、ツヴィックナーグル家が婿に求めるのは強さです。強くなければ認められません。よって、ルディガー様とツヴィックナーグルの女の婚姻は、認められないでしょう。第一に、私が嫌です」

「嫌、か……」


 なにやらルディガーが天を仰ぎ始めた。


「なので、私とルディガー様が、ゼロに近い確率で、奇蹟的に恋に落ちたとしましょう。その成就方法はたった一つしか思いつきません」

「……」


 とうとう、うんともすんとも言わなくなった。


「ルディガー様が私を無理に連れ去り、私の実家と勘当させ、愛人として密かに囲うこと。ツヴィックナーグルを出し抜くにはそれぐらいしなければどうにもできませんよ。それでも発覚した暁には、我が家からの報復が待ち受けています。つまり、そんな状況の中で、公爵が私を恋愛的な意味で口説き落とせ、ということは――」

「と、いうことは……」

「跡継ぎであるあなたのことはもうどうでもよくて、私の持つツヴィックナーグル家の伝手だけを手に入れる手段として、あなたを利用しているのではないか。……そういう想像ですね」

「……お前にはそれだけの価値があるのか?」


 私は軽く肩をすくめてみせました。


「どうでしょうね? 相手からはそう見えるのでしょう。まあ、先ほどの話は最悪の可能性ということで。ルディガー様はテオドーラ様が原因で婚約破棄したのですから、これからはよくよく立場を考えていかないと、跡継ぎとして疑問視されうる状況にはあるのではないですか?」


 押し黙ったルディガー。……図星か。だったら、勉強会に参加した意図も見えてきます。成績という目に見える結果を残さなければ、と焦る気持ちがあったのでしょうよ。とりあえずルディガー様がまともな道に更生しつつあるという事実は把握しました。


 わかったとなれば、即時撤退。私は引き際をわきまえているので、深追いして余計な怒りは買うつもりはありませんよ。だというのに。


「……確かにこの間の休日、父上には私が跡継ぎであることが危ういと警告されている。弟がいるから、いつでも替えられるのだと」


 聞いてもないのにルディガーが語りだした。


「今までの私なら、そのようなことを言われても意にも解さなかっただろう。けれど、言われた時、心底、肝が冷えた。なぜなら自分のやり方がいかにまずかったかを、最近になってようやく自覚しはじめたから」


 いや、だから余計なことは言わなくてもいいのよ? 私にはどうにもできないんだからさ。おうちの事情って人それぞれだものー!


「フランカ・ツヴィックナーグル。お前のせいだ」


 ルディガーの眼光が、まさに私の姿を捉えました。私に勝負を挑み、勝利することを欲しているような目。ああ、わかった。私はこの目を知っているから、手を差し伸べようという気になったんだな。


「お前の存在こそが、私に思考を強いた。お前だけが面と向かって私に逆らい、決して屈しなかったのだ。テオドーラが与えてくれた快楽と怠惰がかすむほどにフランカ・ツヴィックナーグルは私の前に存在し、今までの私を否定し続けているようだった」


 それは気のせいだと思う。ルディガーだけ見てるわけにはいかないじゃないの。


「改めて見渡してみれば、本当の私の周囲には誰一人残っていなかった。これまで気に入らなかったら、皆排除していたのだ、それも当然だ。でも、今までそんなことにも気づけなかった自分が嫌になった。……お前が私を否定するような目で見るのもしごく当たり前のことだった」


 ……ねえ、その話、まだ続く? 結論は一体どこなのさ。そろそろサロンの集合時間なのだけれど。ほら、遠くに簡易食卓を準備しているアドリネの姿が見えるよ。


「えーと、つまり……」


 つまり。意を決したようにルディガーが口を開く。


「在学中のダンスのパートナーぐらい付き合ってやる」


 目が点になった。なんじゃそりゃ。


「それはまたどうも」

「もっとうまくなれ」

「やる気がないので無理だと思います」

「私はまだ諦めていないぞ」

「諦めましょうよ。絶対踏みますよ」


 と、言いながらはっとした。いくら踏まれてもダンスを組んでくれるのって、それって……。


「まさか、ルディガー様は被虐趣味をお持ちだったとは。意外な……」

「人の好意をむげにするな」


 やだなあ、冗談ですよ。パルノフ先生が男色だという濡れ衣をかぶせるよりは可愛らしい冗談ですよ。

 おほほー、と似非お嬢笑いで誤魔化してみた。ルディガーは胡散臭そうな目で私を見てきた。


「どうして、私がこんな女のことになると……」


 そして何かを思い悩み始めた。きっと私が知らなくていいことなんだろうと思いました。まる。





 サロンには弟がすでにスタンバっていました。


「姉さん!」


 過剰な愛情のこもったタックルが、いろんな意味で重い……。ちゃんと肉をつぶさないようにわざわざ後ろから抱き付くところが確信犯的です。背中からぐいぐいとのしかかられて……。


「む。姉さん痩せた? 駄目だよ、もっと肉とかお菓子食べて太ってよ、僕のために!」

「やだよ。これぐらいがぎりぎり許容範囲なの。これ以上は身体が重すぎて動けなくなる」

「えー、でも、せっかくお菓子焼いてきたのに。ほら、新作のピリア風味フィナンシェだよ」


 弟が差し出したお皿から進められるがままに食べてみた。……美味い。


「これってもうプロを目指してもいいレベルだわ……」


 これを聞いてにんまりするうちのヴィル君。


「僕はすでに姉さんの専属なんだぁ!」


 ……本日のヴィル君はテンションアゲアゲでお送りしております。


「姉さんにはもっとぽっちゃりになってもらって、他の男が目もくれないようにするのが専属の役目……!」


 どうやら口も軽くなっている模様。試験終了の反動かもしれません。いつもの試験期間と違って、皆の勉強も見ていたからな……。そう思うと、ちょっぴり優しくしたくなる姉です。肉も皆より増量してあげよう。


 だから私を太らせる目的でせっせとお菓子作りにいそしむのはやめてくれ。


 そのうち、イレーネ、ルーファス、ティノ、ディータ、カティアもやってきたので、「お疲れさま会」が開催されました。ちなみにサロンは貸し切りです。試験期間中に猛勉強していたら、皆近づかなくなりました。近頃の我々は「狂気のフランカ軍団」と呼ばれています。他にも人はいるのに、私の名前だけついてしまった理由を切に命名者に問いたいですね。


 個人的には仲が良くない人たち——主に元婚約者同士——がおりましたが、ひとまず同じ目的に向かって走った同志として健闘をたたえ合い——



 その翌日、成績発表がなされました。



 首席、ヴィルヘルム・ツヴィックナーグル

 次席、ルディガー・ネリウス

 第三席、フランカ・ツヴィックナーグル




 私は弟とともに掲示板を見上げながら、本気で「うわあ」と呻きました。マジか、マジでか。

 以前のご褒美のかかった「賭け」の唯一の勝利者は、ルディガー一人になるとは。


「ちょ、姉さん! どうするの、どうするのさ! なんであの時、何でも言うことを聞くって言っちゃったのさ! 僕だって、姉さんと星の下でランデブーしながら踊り狂って、キャッキャウフフアハハしたかったのに!」


 弟よ、それはただのお前の願望じゃないか。



 



フランカは自分のために作られたお菓子はもったいない精神で全部食べずにはいられません

ヴィル君の餌付け作戦はそこも計算のうちで実行されております。すべては弟の陰謀

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