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人生は戦うもの、王子様は放置するもの。

お待たせしました

 

 勉強会一日目は日没とともに終了しました。サロンにはもう私たち以外には誰もいません。

 おっと、二つ目の太陽が沈んでいこうとしているよ……。まずいまずい、早く寮に帰らなくちゃ。


 私は、すぐそこにいた生気を吸い取られた半死人を叩き起こした。文字通り、背中をばしんばしんと叩いて。


「何しているんですか! 早く帰りますよ! 夕食の時間はもうすぐなんですから、食べそびれてしまいますよ、ルディガー様」


 半死人ルディガーは動かない。意識はあるはずなんですけれども……拗ねている。間違いなく、拗ねている。


「ダンスは……てんでダメなくせに……」


 ようやく返ってきた言葉がこれだ。呆れてしまうけれど、私は何せ親切 (なつもり)ですので、教えて差し上げましょう。


「あのですね、ダンスは私にとっては必須科目ではありませんよ? 一時は私にモーションをかけてこられたのなら聞いたかもしれませんが、私はデビュタントをしません。正式な夜会に出ることも、お茶会にも出るつもりはございません。だから、最終的にはダンスができなくたって、ちっとも構わないのです」


 つまり、それこそ、私のダンスが上達しない最大の理由でもあります。結局のところ、必要ないからやる気でないんだよなぁ。もはや単位取得のためだけにやってますからね。

 でも、私にとってのダンスはそうであっても、ルディガーにとっての勉学はそうであってはいけないと思いますよ。


「お父上の跡を継がれると言うのなら、ありとあらゆる教養を身につけなければならない。あなたはご存じでいらっしゃるはずですよね。でもそれをあなたは拒否なさってきた」


 ルディガーは答えない。


「今はそのツケが回ってきているのですよ。……これぐらいで音を上げるとか言わないでください。たかだか同じ十数年ぽっちしかない人生でも、あなたよりも私の方が苦労しています。現時点で、あなたは勉学と体力の面では私の足元にも及ばないでしょう。けれど、あなたは男性であって、公爵の嫡男なのです。将来的に、あなたは私の上に立つ人間となり、国を担う一員となる。自由となる権力もあることでしょう。私には決してできないことができるのです」


 けれども、それがいらないと思うのなら、私はこう思うのですよね。


「ですがやる気のない人間にいつまでものさばっていられても邪魔です。やる気のある人間にぽんと公爵位をプレゼントして、自身はふぬけた老人みたいになって田舎の屋敷に閉じこもってはいかがでしょうか。今なら我が領で面倒見ますよ?」


 気づけば、後片付けをしていた他の皆まで私たちを見ていました。弟でさえ、厳しい顔をしながらも何も言いません。やつはできるやつだ、声をかけてはいけないタイミングをわかっている。

 そう、これは私にとっての見極めなのだと思います。ルディガーを切り捨てるか、否かの。

 だって私は慈悲たっぷりに手を差し伸べる女神さまではあったつもりはありません。ダメならダメで、ダメだという前提の上で行動するつもりです。相手に二度と期待しませんよ。


 何を偉そうなやつ、だと思われるかもしれませんが。……偉そうにもなるものですよ。あまりにも人生の経験値が違い過ぎるのです。ぬくぬくと育ってきたルディガーにはわからないでしょう、東国境の防衛の厳しさも、そのための犠牲も。その眼で見て、体験してきたわけではないのだから。


 これで我が領で世話になるんだとほざいたら、ぶっとばしてやろうと思います。実行したとしても、我が領の、国境近くにある屋敷に放り込んでやります。「我が領のどこか」であることは変わりないでしょ、と言いながら。ほら、私嘘ついてない。


 逆上するのも駄目。意固地になった人間はろくなことになりません。意固地の上に突っ走って、自分どころか味方にも犠牲を強いる騎士は軍部の害悪なのです。追い出してしまえ。


 ルディガーはゆっくりと身体を起こし、私を睨みました。これは、逆上パターンでしょうか?


「……私をいかにも馬鹿にしているな」


 けれど、声は平静を失っていませんでした。


「そうですね。でもご容赦くださいな。私、これでも王子様相手だとしても同じ態度を取れる自信がありますよ」


 というか実際にしました。あんまりにも態度にいらっとしましたので、彼から与えられた「条件」を意図的に無視しています。その話はともかくとして。


「課題も出しましたし、明日も早朝から勉強漬けですが……おやめになっても一向に構いませんよ?」

「やる」


 今度はすぐさま返ってきました。彼の口許が挑戦的に吊り上がっていきます。


「私がお前よりも成績上位になれば、言うことを聞くのだろう? なんでも」

「ええ、なんでも聞きましょう。私に勝てたら、ですけれど」


 ばちっと火花が散ったような感覚に陥りました。ああ、なんというのだろう……「生きている」感じがする。楽しくて楽しくてたまらない。うっふふふふふ……。


「姉さん、とっても楽しそうだね」


 弟が呆れたように言うけれど、私はちっとも気にしません。うっふふふふふ……。生きているって素晴らしいよね!






 夜。私は自室の机の上で長い手紙を書いていました。おじいさまへの手紙です。今回のものは以前と違って短文のみというわけにはいきません。……これから仕出かすことのあらましを、おじいさまにはきちんと説明しなければなりませんからね。本当は直接の方がいいとはわかっていますが、何分、時間がありません。タイムリミットはテスト明け、そして、学院長が学院の視察に来るまでとすでに定められているのですから。


 羽ペンの先をインク壺につけ、この間買った便箋に文字を書いていく。カリカリカリ……。

 おじいさまに状況説明していく中で、少し前の王子様とのやり取りも思いだします。



 王子様は、私が切り出した〈ある提案〉に条件を付けてきました。

 

「うん、君の提案に乗ってもいいけど。一つだけ条件を付けても?」


私は知っているぞ。その一つだけっていうのがくせ者なんだ。これまでの人生、弟の一つだけ、というお願いを聞いたことで、私がどんな目にあってきたことか。

 まぁ、一応聞いてあげますが。


「言うだけならどうぞ」


王子様は微笑んだ。まるでガラス細工が光に当たってキラリと光っているような、思わず顔面パンチを繰り出したくなる微笑みですよ。うわー、わざとらしー。


「……僕を見つけ出してよ」

「やだよ、めんどくさい」


 あら、うっかり本音が~。


「ばっさり切り捨てるんだね、フランカ・ツヴィックナーグル?」

「だって、そこに意味を見いだせないでしょ? 見つけるも何も、あなたは現にここにいる。いるものを探しだす、というのは比喩的な意味だとしても、あなたが実にひねくれためんどくさい性格を証明するだけですよ? あと、私が条件に乗ったとしても、ちっとも楽しくありませんもん。どうせ一緒に巻き込まれることになる先生だって、絶対めんどくさいって思ってますよ? ね、先生?」


 パルノフ先生を見れば、やっぱり彼も私の意見に賛同しました。


「当たり前だな。俺はお守役ではあっても、忠実な下僕であった覚えはない。フランカ・ツヴィックナーグルの気をひきたいのなら別の方法を考えろ」

「……別の方法、ね」


 王子様は意味深に視線を向けてくる。向けられた方としては、節足動物が足元から這い上がってくるような強烈な不快感をおぼえるので、ふん、と鼻息荒く睨み返してやります。


「別の条件を提示するにしても、僕が君の提案を飲むとは限らないんじゃない? 君としては受けてほしいはずだ」


 何を言うのやら。私は呆れてしまいました。……私は、王子様がツヴィックナーグル家を欲していることを、とっくに聞いているのですよ? 間違っても自分の方が上、などという意識を持っていては困ります。王子様はあくまで王子様(仮)なのであって、広く認知されているわけじゃないもの。


「何を言っているのですか。提案に乗りたいのは、むしろあなたの方ではありませんか」


 王子様は、そうかな、と首を傾げているが、どうにもわざとらしい。さっさと話を切り上げよ。


「そんなあなたに朗報です」

「へえ、何?」

「結局のところ、私のやることは変わらないということですよ。私は、私のために、あなたを無理やり引きずり出すことはあっても、〈あなたのために〉、どうにかしようとはこれっぽっちも思ってません。〈条件〉なんていう枠なんてわずらわしいだけ。物事はシンプルな方が好きなんです。あなたは、学院内、つまりは私の身近にいるのでしょう? なら、そのうち勝手に私のほうから挨拶しに行くこともあるかもしれませんね?」


〈要約〉近くカチコミに行くから首洗って待ってろ。


 次回をお楽しみにー、なんて茶化しつつ、返事が返ってくる前に、


「ではごきげんよー、先生!」

「ああ、また明日だ、フランカ」


 一応、パルノフ先生は目上の人なのでご挨拶はいたしますよ。王子様にはしないけど。……しないけど(二度目)。


 置いてかれた王子様がぽっかーん、とした顔になっていたのは今日一番の笑いどころでした。ちょっとした意趣返しをした気分です。

 だって、いらいらして仕方がありませんでしたからね。まず第一にイケメン、第二にまどっろこしい言い回し、第三に本人の承諾もなしにの口づけ、第四に何の力を見せていないのに当然のように命令してくるところで。……私、あなたの臣下であった覚えはこれっぽっちもないのですけれどね!







 ふう。

 ようやく手紙を書き終わったので、便箋を丁寧に折り、封蝋もしっかりと施しました。あー、長かったー。


 ……ふと思ったんだけどさ。「僕を見つけ出してよ」と言う輩はよほどの享楽家か、自分でも〈自分〉をわかってなくて、他人に答えを求めてくるはた迷惑な迷子野郎なのではないだろうか。


 うん、どっちにしろめんどくささに変わりないなぁ!


 私はしばらく王子様を放置しておくことに決めた。

 王子様、好きなだけかくれんぼして遊んでいてくださいな。私は私の都合で行動させていただきますよ。以前までの私がそうだったように。アディオス!





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