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ダンスレッスンはやっぱり戦場。

誰の、とは言いませんが、逆襲編です。

恒例のダンスレッスンサバイバルの前、廊下で赤毛のルヴィッチ先生を見かけました。

いつもはこの時間帯にはダンスホールでスタンバイしているのに珍しい。しかも、話し相手までいるよ。先生ずいぶん熱心に話しかけてるなあ。話の内容までは聞こえないけれど。


でも相手はというと「ものすごくめんどくさそう」と顔に書いてあるぐらいやる気がない。おそらく「いやですよ」、「どうして私がそのようなことを」とでも言っているんじゃないかしら。おうおう、もっと困りやがれ、こんちきしょー。


日ごろの恨みを込めた念を送っておきました。




「今やっているダンスは諦めましょう、フランカ様」


ルヴィッチ女史は上機嫌な様子で私に敗北宣言をしましたとさ。何があった。


「まずはできることからやるのです。あなたにはステップより先に形から入ってもらいます。踊っているという実感をまず得てもらいましょう。曲の調子に合わせるのです。音楽を心で感じるのですよ」

「……はあ」


耳で聞くんじゃない、心で感じるんだ! ……と言ってもねえ。何をどーすればいいのやら。

あれ、隣のルディガー君にはわかっちゃった感じ? うんうん頷いているんだけど!


「具体的にやるのは、この曲です」


専属のピアノ教師に合図を送れば曲のサワリだけ流れます。今までのひたすら優雅で古典的な曲とは違って、えらくムーディー。


「この曲を踊るのは簡単です。いつもより互いに密着する形になりますがなんとなく身体を揺らせば格好がつきます。まさにフランカ様にぴったりの曲ですよ!」


あ、それならできるかもー。じゃなくて! それやったって、私のステップが壊滅的にヤバいのは変わらないってことじゃないかー! 先生投げたな、投げたでしょう!


……さすがにそんなことは言えません。やりますよ、やればいいんでしょ。心なしか死んだ目になる私。唯一幸運だったのは、他の生徒たちとはある程度距離が離れていることでしょうか。もうここまでくるとルディガーと私の組み合わせに興味を抱く連中も(弟以外)いないからなー。


「ではまずお手本を見せようと思います。……よろしくお願いいたしますね」


後半の声は女史の後ろに向かってかけられた。


「ええ、構いませんよ」


女史のパートナーになった相手を、ここまでくるまでいないものとしていたけれど、やっぱり限界でした。ルヴィッチ先生がお願いしていたのはこのことか! なんでわざわざこの人を呼んじゃったかなー?


曲が流れ、二人はほとんど抱き合うようにして踊ります。マアナンテユメノヨウナノ。

男は優しく女をリードし、女は頬を赤らめて男の腕に身体をゆだねる。いやルヴィッチ先生、気持ちダダ漏れだけど大丈夫? 生徒の前でかっこつかないんじゃないの。


とんとん、と肩を叩かれ、ルディガーが呆然としながらもこちらに尋ねてきます。


「あれ……付き合ってるのか?」


まったく仲良しじゃない私に聞くほどに動揺する光景だったようです。傍から見たらそう見えるよねー。別に教師同士の恋愛は御法度ではないはずですが、ここまで見せつけてもらわなくても。


あーあ、やんなっちゃうなあ。私、こんなことのために学院に通っているわけじゃないのに。


だが、これは私へ喧嘩を売ってきたと見た。

恋愛真っ最中のルヴィッチ先生は「この男は私のものよ」と誰彼構わずアピールしたいのだろうし、そこにいる相手の男(名前は言いたくない)は、それを利用して、私に見せつけようとしている。ヤツの理由? そんなもん知るか。


曲が終わるとたいして動いていないのに頬を赤らめたルヴィッチ先生が「こんな感じですよ」と言った。


「では次はあなた方の番ですよ。フランカ様はルディガー様にリードしていただければ大丈夫ですよ」

「私はこのまま見学させてもらいますよ。珍しいものを見せてもらえそうですしね」


相手の方もその場に留まった。にやにやしながらこっちを見てきやがったので、私はふん、と鼻を鳴らして答えてやった。こっちだって本気でやってやらぁ。


「やりますよ、ルディガー様!」


この間の発言のことぐらいはチャラにしてやろう。その代り、今日、君は私の同志だ。いざ共に巨悪を討ち果たさん。


「お、おう……」


ルディガーが私の腰に手を当てて、いつもより身体を近くまで引き寄せます。曲が始まるにつれて、簡単なステップを踏み、私をリードしました。この曲だと動く歩幅も少ないから足を踏みつけることもなくて安心ですね。


踏む心配がなくなるとなると、わたしの方にも曲を耳にするだけの余裕が出てきました。ほほー、周りってこんな感じで動いているのねー。


「今回は何とかなりそうだな。毎回痛い目を見るのはこりごりだからな」

「ヒールで、しかもこの体重ですからね。普段は面倒をおかけしています」


どうよ、ルディガーからの嫌味にもさらっと返せるこの余裕! この曲は私向きだなー。他人と体を密着することにさして嫌悪感を持っていないからということもあるね!



「……自覚があるのか。意外だ」

「常識ぐらいはわきまえています」


ぴしゃりと言いかえせばしばらく無言。かと思ったら。


「本当は、ずっと気になっていたのだが……」

「なんでしょう?」


私の腰を抱くルディガーの手が少し強張った気がしました。


「いつも、お前からとてもいい匂いがする」


……ん? なにそれ。

私のまばたきは二倍速になりました。説明プリーズ。


「香水というわけでもなさそうなのに、優しそうな匂いがするんだよ、お前。……だからたまに気の迷いが」


ごにょごにょ。最後の方ごまかしやがった。いきなり匂いとか言われても困りますが。別段、香水をつけているわけじゃないんですよ? ……つまりあれってか。体しゅ……ごほんごほん。


「よくわかりませんが、ありがとうございます?」


お礼言うべきかどうか迷う発言だったよね。一応褒められたと解釈しておくべき?

まあいいやと気を取り直したところで、ルディガーの肩ごしに、一対の金色の眼と視線がぶつかりました。


ぞわぞわぞわっ。ひいっ。


「おい、どうした?」

「イエ、ナンデモゴザイマセン」


こちらを観察している御仁は穏やかな顔をしていました。眼までも笑っているように思えます。なのになぜだろう。返すあてのない借金をしてる気分になりました。あれおかしいぞ、なぜ借金する場に借金取りも連れてきてるのかな? まだ早いよ? まだもう少し待ってよ返そうという意気だけは持ち合わせているんだからさあ!


自分で自分を追い詰めている気がしてならない私。人を呪わば穴二つ。今まさに実感しています。



私はレッスンが上手くいって上機嫌のルヴィッチ先生に目を向けました。


先生助けて。私、あんな野獣を相手にしたくない。


どうか先生にはあの男を飼育してほしく思います。愛があればなんとかなると思うの。もしかしたら途中でガラッと性格が変わって見えるかもしれないけど、なんとかなるから。きっとなんとかなるからー!



そこで一曲終わって、ほっと一息つきます。ルヴィッチ先生はもう一度生徒のお手本になってほしいとパルノフ先生を口説きますが、首を振りました。


「今日の私はただのピンチヒッターですよ。それと、この授業を少し覗いてみたかっただけでしてね」

「ですが、こんなにダンスがお上手ですのに……。個人的にももっと踊ってみたかった、と思いましたわ」


ルヴィッチ先生が女の顔になってた。あの、だからここ教育現場なのですが。白けた目で見ちゃいますよ、私。


「そこまでおっしゃるのなら……」


パルノフ先生が思わせぶりにルヴィッチ先生を見、ルヴィッチ先生期待に胸を膨らませる。


「どうせなら生徒たちと踊って、成長ぶりを見てみたいものですね」


ちらり。ばっちり目が合っちゃったよ。いけにえの仔羊はもっと可憐な感じの女の子であるべきだと思うの。え? 脂身たっぷりで丸々と肥えているから? 確かに私の好みだけど、自分が食べられる立場なのはいーやーだー!


「フランカ様」


私は何も聞こえていません。

ルヴィッチ先生が嫉妬の視線を向けているのも気にしませんよ!


「嫌なら断ってもいいんじゃないか。俺が許してやってもいい」


ぼそっとルディガーがそんなことをおっしゃった。まじか。救世主ルディガー様降臨ですか。今なら入信してもいい気がしてきたぞ。


「フランカ様」


明らかに手を差し出されました。この手を取れってことでしょーか。私の拒否権は果たして存在するのだろうか……。ここにもこの場の意味をはき違えている方がいらっしゃる。いやだからここは教育の場なんだって!


気づけば周囲の注目が集まっていました。ま、このままの姿勢で止まっていたらいやがおうでも目立つわな。


――あの二人、仲が悪くなかったか。

――嫌がらせじゃないか。


ああ、声が聞こえている。二つ目の声の人、大正解。あとで飴ちゃんあげよう。


「……そこまであからさまに嫌そうな顔をしなくてもよいのではないですか?」

「違います。恐縮しきって、遠慮している顔ですよ、これでも」

「君は先生の好みを知っていますか」

「いえ、知りたくありません」


どうせ君のような人ですよ、とか、とち狂ったことをほざき始めるに違いない。

……あ、そうだ。私は心の中だけでにんまりした。


「あ、でも一つだけ存じています。それはきっと数学が好きな方ですね!」


例えばメルボルト先生(男)のような。


「フランカ様」


あ。笑みが消えた。本格的にやべえ。こりゃ、強制で踊らされるパターンか?

最近、パルノフ先生が一段と怖くなりました。いざとなれば、人目をはばからない雰囲気がぷんぷんと……。お願い、先生周り見て! ルヴィッチ先生とか私を睨み付けてるレベルだよ! 今後の授業やりにくくなるじゃないか! 単位取れなかったらあんたのせいだー!


もはや虚勢となりつつある笑みを張りつけながら、私はしぶしぶと差し出された手に自分の手を乗せかけたところで、カーン、と終業の鐘が鳴る。た、たすかったー!


「ちっ」


先生は舌打ちしていた。ここで素を出さないで。


「まぁいい。そのうち踊ってもらうとして」


それ決定事項ですか、真顔で嫌だと言いましょうか。

でも先生は人目をはばかるような小声で、


「この間の差し入れは旨かった。ありがとう、フランカ」


驚くほど嬉しそうな顔をしてお礼を言ったのが印象的でした。

色気、ダダ漏れてやがる……。


先生方は優雅に去っていった。パルノフ先生にぴったりくっついて居る限り、ルヴィッチ先生はまだ諦めてないらしい。頑張ってください応援しています。


「ではごきげんよう」


私もダンスホールを後にしようとして。


「姉さん?」


弟のことをすっかり忘れていました。修羅場は一日で一回で十分……。







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