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約束は守りませう。

予告通り、前回より時間軸を少し戻しての日常話です。

「最近、姉さん成分が足りないんだよ」


弟が妙なことをのたまいだしたので、ひとまず殴ろうと思います。


「痛っ!」


頭頂部を嬉しそうにさする弟。何度も言うようだが、姉はあなたの将来が心配です。あと姉にはかまう時間がありません。姉は今料理中なのです。女子寮の厨房で。……女子寮の厨房で(二度目)。


「……お菓子作りなら自分の寮でしなさいよ。ここに持ち込む必要は万に一つもないじゃないの」


クッキーの生地を丁寧に伸ばしていた弟に、その横で野菜を切る姉。

姉が厨房にいる理由は簡単です。先日約束した報酬を支払うためにサンドイッチを作っております。

野菜の乗ったまな板の横ではフライパンでじゅーじゅーと焼ける肉が。じゅるり。さっそく祖父から届いた追加の肉を使用しております。しかも新鮮な肉! ……普通、領地まで遠いから干し肉が届くって思うじゃない?


でもそんなことなかったよ。おじいさまはたいへんご機嫌麗しかったご様子で、丸々生きたナーグル牛一頭、王都の屋敷経由で届きましたよ。大叔父さまがあわくって、知らせてきましたね。うん、確かにびっくりだわ。

さすがに申し訳ないので、必要な分だけ取りよけて、他は大叔父一家にお詫びの品として献上いたしました。あそこは男所帯なのでとても喜んでいた。手紙から喜びの脂汗が滲んでいたようだったよ。


そんな一連の騒ぎを、もちろん弟が聞きつけないわけがなく。僕にも分けて、という建前で弟はやってきた。僕も焼きたてクッキーあげるからって。


そうだ、弟は探っていた。私が料理を作る相手が誰か、ということを!



「僕は姉さんが心配なんだよ。一体どこの馬の骨に騙されているのやら……」


どうして騙されることが前提なんだ。


「あと、この間の休み置いていかれたし」


どう考えてもそっちが本命だろう。何をしたか聞きだしたかったんだろう。


「たまには私だって、フリーダムに過ごしたい時ぐらいあるわよ」


弟からの束縛から逃れてな。別に姉弟だからって毎日べったりする必要はないと思うの。どぅーゆーあんだーすたんど?


「僕は姉さんとべったりしたい!」

「開き直るな」


これ以上どうしたいっていうんだ、弟よ。

甘ったれた弟を持ってしまった私は、焼けた肉に仕上げの特製ソースをかけた。うわお、ちょーいい匂いだわ。ちょっと味見だ、味見。うまっ。


ついでに物欲しげな顔をしていた弟の口にも一切れ放り込んでやった。供え物だ、受け取れ。


「うん、美味しいね。姉さんやっぱり料理上手だよね」

「どうかしら。 割と粗い作り方しているのだけれど」


私の料理は基本的に繊細な味付けというものがありません。基本的に大人数で食べる内輪のパーティー用に特化しているのですよね。ほら、うち騎士団が大所帯だから。その炊き出しとかすると自然とそうなっちゃう。飾り切りとか見た目重視の切り方も使わないで、火が通ればいいじゃん? みたいなノリで素材ぶったぎりますから。だからこの場合、弟の言葉は姉フィルターがかかっているものと見て間違いないでしょう。少なくとも五割引きで考えるべき。


火を消した。バターを塗り、野菜を乗せて置いたパンに焼けたばかりの肉を挟む。よし、特製サンドイッチの完成だ。私はそれをバスケットの中に入れて、「追加の差し入れ」が入っていることを確認してから、てきぱきと後片付けだけを済ませた。


「じゃ、行ってくるわ」

「どこに?」


ハートマークのクッキー型を手にしたヴィルが不満げな顔をしています。


「サンドイッチを渡しにいってくるの。そこの台の上にヴィル用に取り分けておいたからよかったら食べてね」

「ありがとう。……って! そうじゃなくてさ! 一体どこの男に!」

「……知らない方が人生平和に暮らせるわよ」


主に私の人生だけれども。私は弟を置いてさっさと出かけました。





行き先は生垣に守られた職員寮。

目的の人物は、今の時間帯ならば授業に出ているので、万が一にも鉢合わせすることはないでしょう。下手に直接渡して話が長くなっても嫌ですからね。わざわざ虎の穴に入ろうとは思いません。


職員寮のエントランスには箒を持ったハンスの姿が。


「あ……こんにちは、フランカ様。何か御用ですか」

「ええ、ちょっと頼まれてくれないかと思ってきたの。お願いしてもいい?」

「わかりました。なんでしょうか」

 

私はバスケットからサンドイッチの包みを一つ出してから、全部ハンスに渡しました。

お願いだから、先生に渡しておいてください。一個おすそわけしておくから。


「は、はあ……。ですが、もう少しで授業も終わるじゃないですか」

「だからこそよ!」

「そんなに嫌いなんですか……。あの先生は使用人にも生徒にも人気があるじゃないですか」


ハンスは不思議そうに首をかしげますが……ふっ、君も騙されているのだよ、ハンスくん。

そりゃあ、先生時の見た目が端正な顔立ちで紳士的、なのに風貌が異国情緒あふれているからと、本人の知らないところできゃあきゃあ言う一部女性陣がいるってことぐらい知っている。ついでにモードが切れると、真昼間から夜のけだるさを引きずった壮絶な色気を放ちやがるのですよ。前髪をかきあげたらやばい。


それでも、だ。


それでも私は先生のうさん臭さに鼻をつまんで回れ右したくなるのですよ。私だってわが身がかわいい。先日、暴走する私を止めた手際を見て、私の勘は間違っていなかったと確信しましたね。近づいてはならないと私の中の本能が告げている。……ほんと、私の周りにはロクな美形が近寄ってこないな。私はこんなにも理想的なマッチョを心待ちにしているのに。


「人生には時に理不尽なことがあるものよ……」


一番近づきたくないのに、相手からは間違いなく関心を持たれているような気がする今日この頃。

何事もなくこのまま、卒業……と行きたいところですが、まあそれに関しては諦めています。こうなったらなんだかんだ巻き込まれてもらうしかないってわかってます。そのために色々動いているのですからねー。


「つくづく思いますが、フランカ様は悟ってますよね」

「んー。迷うのが好きじゃないだけよ。スパッと決めて進んだ方が迷う時間を浪費しないでいいじゃない?」


そんな人物がごろごろいるツヴィックナーグル家は脳筋です。


「いいですね、そういうの。羨ましいです」


大柄な身体をもじもじとさせながらそんなことを言うハンス。


「僕はいっつも迷ってばかりだから……」

「何事にも一長一短があるし……」


別にハンスが私のようになる必要はないのだ。ほらよく言うじゃない、「みんな違って、みんないい」って。自分の悪いところは誰かに補ってもらえばいいじゃないの。


そう言いかけたところで、終業を告げる鐘が鳴る。ああっ! 今日の午後何の授業も入っていないからってのんびりしすぎた。新鮮な肉のブロックの美しさを鑑賞する時間は余計だった! 私は紳士の皮をかぶった狼に怯える子兎でして、警戒心なら誰にも負けない。……やべえ、さっさとずらかろ。あでゅーハンス!


「えぇ……?」


ハンスの呆れた声を背にして、小走りになる私。今回は男子寮を突っ切るのはやめよう。大回りで女子寮に帰るのだ。そして秘密基地でお茶会するんだよ! だから先生とお話する時間は一切ございませんのよ、ごめんあそばせー! おほほほほほほほほー!






敵前逃亡成功いたしました。代わりに。


「何をやっているんだ」


別の人物に捕まりました。ルディガー・ネリウス公爵令息です。道の途中でばったり会うだなんて、運命的ですよね(棒読み)。一人でお散歩ですか。優雅な貴族の午後ですか物思いにでもふけってましたか。


「何って女子寮に帰るところですけれど」


それ以外の何が? 別に私だって始終いたずらしようとしているわけじゃありませんし。一応優等生を目指しておりますので。


「そうか……」


何やら考えていらっしゃるようです。相変わらず嫌味なぐらい王道的な美形ですな。

そういえば、ルディガーは(君付けが面倒になったのでやめた)、最近私にもの言いたげな顔をよく向けているような気がする。ダンスの時も何か言おうとして口をパクパクさせているのを目撃する。意味不明ですね!


「そ、そういえばな!」

「はあ」

「ダンスのことなのだが……いい加減、足を踏むのをやめてくれないか」


ものすごく真剣なお顔でものすごく今更なことを言われた。これを聞いて踏まないでいられると思うか否!いつも気をつけていて毎回一度は踵で踏み抜くのに、これ以上どうなれと? ……だったら女史に頼んでパートナーを他に変えてもらってください。私もその方がありがたいし。痛がる男を見下ろす趣味はないのですよ、一応。


「これでも毎回注意しているのです。冗談一切抜きで。……それで、他には?」

「他っ?」


ルディガーが動揺していらっしゃる。あれ、以前のこの人って、ここまでヘタレ臭を出していたっけ。前はもう少し無神経で、高慢なお坊ちゃんという感じじゃなかったっけ。……幻想?

以前の方が悪役っぽくて燃えたのになあ。


「じ、実はだ!」


流れいく思考を断ち切るように彼は声を張り上げた。


「父上から私に願われたことがあってだな! ぜひとも検討してほしい」

「ネリウス公爵閣下からですか?」

「そうだ。だが、私にとっては甚だ不本意だ。だって、君のような女だぞ。理解できん。君がもっと美人だったなら……えー」



あ。嫌な予感だ。



「父上に君を口説き落とせと言われた」


あの。お伺いしたいのですが。私は人々が追い求める伝説のお宝になった覚えはないのですけれど。


「お断りします」


これ以上の面倒事を抱えるつもりはございません。




授業を終えて自室に戻ると、王子さまが優雅に紅茶を楽しんでおられた。そして次にテーブルの上の見慣れないバスケットに、ああ、となる。昨日、フランカが約束を果たすと言ってきたのだった。なんでもいい感じの肉を入手できたらしいので、約束してからそこまで間がないがさっそく、となったのだ。


――これで借りはチャラですよ、先生。


別に念を押さなくともわかっているとも。今回のこと「は」なかったことにしてやるさ。……もう一つの大きな借りのことは忘れているようだがな。それはそれでもいい。利子がかさむだけのことだ。俺も高利貸しではないのだが、返さなくていい人間とぜひとも返してほしい人間がいるだけだ。フランカには「ぜひとも返してほしい」。


「フランカ嬢からあの愚鈍な見習いに預けられたものだよ。君にだそうだが。……楽しそうだねティムル」

「そうか?」

「口元がにやついているからね。気持ち悪い。結局のところ、君は彼女にご執心なのか? せっかく僕が目をつけているのに横取りするつもり? お守り役なのに?」

「横取りだなどとは滅相もない。ただ、クレオーンの手にはあまると思うがな。自由を謳歌する獣に無理やり首輪をつけるほど興ざめなことはないだろ? あれは自然にあるがままを愛でるもの。俺は一応お守り役だから大事なお坊ちゃんが手を噛まれるのを知っていて、警告しないわけにはいかないだろ」

「へえ」


クレオーンは片眉を吊り上げた。その様子もさまになる。正式に城に迎えられるようになれば、地位のためばかりでなく、その美貌のためにも人が大勢集まってきそうだ。


「でもその割に僕が彼女に出した条件に口を出さなかったじゃないか。間違いなく僕と彼女の距離が近づくだろうに、気づかなかったわけではないだろう?」

「そりゃ、まあな」


俺はクレオーンと向かい合わせに座り、バスケットからサンドイッチを取り出してかぶりつく。……以前も思ったが、上手いこと作るよな。あんまりこの国の貴族令嬢らしくはないが、うちの国だったら十分やっていけるな。


「だがフランカはお前には惚れないよ。無理だ」

「……無理だと思う? 彼女は僕に優しくしてくれるのに」

「無理だな」


自分の美貌に自信があるらしい王子さまの鼻を折れる絶好のチャンスを逃す俺ではない。無理なものは無理だ。幸か不幸か、彼女にはそういう情緒がない。


彼女は昔自分で言っていたのだ。自分には、人として大事なものが欠けているのかもしれないと。

彼女の感情には奇妙に動物的な部分があって、時として人として逸脱した行為にも手を染めかねない危うさがあった。


「それよりもクレオーン。のんきに紅茶飲んでいるくらいなら帰れ。邪魔だ」

「わかったよ。だったらそのサンドイッチを一つくれたら帰るよ」

「俺のだ誰にもやらん。帰れ」


どうせ何も言わなくとも一つぐらいくすねているだろうから、にべもなくクレオーンを追い返した。幸いにも彼は最後は従順だった。



……そして。もう一度バスケットの蓋を開ける。紙の袋に入れられたサンドイッチの下に、紙きれと小さな冊子が入っていた。


冊子。嫌な予感しかしない。


紙切れの方を先に開く。



――先生へ。約束はしっかり果たしましたからね! ゆすりはナシでお願いしますよ。



冒頭からいきなり信用されてなくて笑う。ま、あえてそう振る舞っているのは自覚している。

その後は、このサンドイッチの原材料や産地を細々と書いてあった。特に肉の加工過程についてはなかなかに熱の入った書きようだ。熱が入り過ぎて文字が暴れん坊将軍だ。

最後は粛々と締められる。



――ついでと言ってはなんですが、新作が出来上がりましたので一緒に入れておきました。以前とても興味を持たれていたようだったので。これを見て、ご自分の「嗜好」を再度一考するのもよいかもしれません。……なお、抗議は一切受け付けませんのでご容赦を。フランカより。


無言で、紙切れをテーブルに置く。小冊子を手にして、ぱらぱらとめくり……閉じた。



少なくともメルボルトには絶対知られてはならないなと感じた。

あとフランカには教育的指導が必要なこともわかった。切実に。



フランカ・ツヴィックナーグル。とんでもないものを残していきやがった。



























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