女の子は正義です。
波乱の幕開けとなったのは、短い秋の最中に起こった出来事でした。
穏やかに生徒たちが昼食を楽しんでいるはずの休み時間。コの字に囲んだ校舎の中庭は花壇もしっかりと整えられた絶好の休憩ポイントでしたが、今日に限って誰も寄り付いていませんでした。それどころか、中心を避けるように、誰もがこそこそと遠巻きに見ているのです。
私はその時、うきうきと食堂に続く渡り廊下を歩いていました。今日の学食には山盛りのローストビーフがついてくることを知っていたからです。でも、いつも聞こえる明るい歓声がないなぁと何気なく中庭を眺めたのですが。
「おいお前、テオドーラに謝れよ! 彼女はお前のような女とは違って繊細だからなっ!」
あぁ、こりゃダメだ。私は深~くため息をつきました。
私には騒ぎの原因に察しがついていました。中身はともかく、外見上は平和を保っているアーレンス学院でこんなド派手な騒ぎを起こせる人物たちがこれ以上いてたまるか。
一人はルディガー・ネリウス。ネリウス公爵家の長男です。哀れな被害者をまさに蹴り倒している生意気そうな男ですね。
もう一人はテオドーラ・ケーテ・クノーベル。クノーベル侯爵家の次女です。片や、ルディガーの腕にべったり自分の腕を絡ませている自意識過剰女。どちらも悪い意味で有名人ですね。
たとえ教育の場である学院でも、親の地位は学院における立ち位置を大きく左右しています。貴族位は公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵とあるので、この二人は現在、この学院におけるヒエラルキーの頂点に立っていると言ってもいいでしょう。ルディガーは公爵の後継ですし、テオドーラも現国王の元で権勢を振るっているクノーベル侯爵の娘です。この二人が組めば最強。当人同士も気が合うようで、授業中にも関わらずベタベタベタベタベタ……あなたがたはひっつきむしかなにかですかね? 黒板が見えないのですが?
ま、それはともかくとして、ひっじょーにこの二人は学院内でエラソーにしているわけですよ。クノーベル侯爵の娘であるこのわたくしに何か文句でも? なんてざらですよ。制服じゃなくて私服なんですよ彼ら。教師の言うことも聞きませんし、しょっちゅうサボる。それでも地位があるだけに誰も何も言えない。
そもそも彼ら、自分たち以外は虫とでも思っていらっしゃるご様子。学院にはちゃんと侍女とかいるのに、「お茶を用意しろ」やら、「宿題のレポートを書け」やら、用事をそこらにいる人にどんどん押し付けてきます。「そこらの人」っていうのは、同じ生徒である貴族の子弟たちですよ。彼らも喜んでやっているようですがね! 理解不能だわ。そもそも宿題を他人に押し付けんな!
認めたくないことですが、私もこの二人とは同級になります。心の底から信じたくないんだけれども。え、こんなんと一緒に卒業するですかそうですか。
私にとって、ミミズのようになよなよとした男どもの巣窟であるアーレンス学院の日々は、彼らのことを除けば平和そのものでした。かなりおとなしめにしておりましたからね、ワタクシ。順調な学院生活、すみやかな卒業、快適な筋肉パラダイスへの帰還を目指しておりますから!
それに、彼らがこれまでしてきたことって、言っちゃ悪いけれど可愛いものですよ。ささいな命令と悪口だけ。うち見てみ? 毎日のように大量の男たちがゲロ吐きまくっている世界だからね? 夕方訓練から解放されたからって、夕日に向かって涙するほどなんだよ? こんなんへでもないっての。
今回も最初見たとき、また誰か捕まってイヤミを言われているんだろうなあ、という甘い観測を持っていたわけです。
でも実際のところは、誰かがルディガーに足蹴にされています。鬼畜男め。
傍らでご機嫌麗しく高笑いするご令嬢。悪女め。
被害者はこちらに灰色の制服の背中を向けています。背中にかけて流れているプラチナブロンドは元々ゆるふわのウェーブがかかっていたのかもしれませんが、それもひどく乱れています。可憐な背中が震えます。
女の子だ。こりゃあかん! さすがにこれはまずいぞ!
「ちょおっとぉ、お待ちくださいません~!」
私は慌てて駆け寄りました。お姫様のピンチに颯爽と登場!と行きたかったのですが。
「あぁ、なんだよ、今度はブタかぁ?」
ブチン。そりゃ確かにドタドタ走っていたかもしれないが! なぜ! その言葉を! 使うんだ!
「ブタに謝りやがれルディガーっ! どりゃああああああああっ」
綺麗に決まりましたよ、フランカさんスペシャル飛び膝蹴り………。あれおかしいなこんなはずじゃなかったのに。私の平和はどこ行った? というよりすでにこの先の私詰んじゃってないかしら。
「あああああああああぁぁぁぁ、やらかしちゃったぁっ!」
フランカさんの明日はどっち!?
ありがとうございました!