ときめきがとまらない。
……という名のタイトル詐欺になりそうで怖いです。
二週間に一度の学院の一日休み。
普段は学院に押し込められた生徒たちが一斉に外へ飛び出す日です。
ま、大体が王都内にある各々の実家に帰ってしまうのですけれども。
学院から王都は馬車で約二時間ほどですからね、外泊届けを出してしまえば一泊もできます。
学院側も考慮しているのか、次の日の始業も遅くなってしますからね。
たまに王都内に実家がない生徒、実家に帰りたくない生徒もいますが、彼らは静かな学院で休日を過ごすか、王都に遊びに繰り出すかのどちらかです。圧倒的に後者が多いですね。年頃の男子たちは刺激を追い求める野獣でもある。
ツヴィックナーグル家はどうかというと、王都に祖父の弟である大叔父が邸を持っているので、そこに転がり込んでもよろしい。一家揃って私の訪問を非常によろこぶ。あそこには息子しか生まれなかったので、実の孫娘のごとく猫可愛がりされるのが唯一にして最大の欠点ですがね。イイ筋肉を拝みたい時には重宝しております。いやぁ、あそこの一家の筋肉はこの国の至宝といっても過言ではないですねえ。きゅんきゅんします。
しかしながら私にも色々と心惹かれるものがあるので、結局のところ休みの過ごし方はまちまちです。
学院にいたり、大叔父のところに顔を出したり、王都に遊びに行ったりもする。
ヴィルはその間も私にべったり離れません。彼曰く、護衛らしいです。いや、私より護衛されるべき立場なのは君の方よ、と言ってやりたいが言うのも無駄なんです。
この三つよりもっと頻度は少ないのですが、イレーネの実家に遊びに行くこともあります。
買い物するついでですがね。もっぱら貸本屋で時間が潰れてしまいますが。彼女、情報収集には余念がないのです。よくもそんな、貸本屋でもほとんど誰も気づかないようなところから自分の好みの本を探し出せるなと言いたくなるほど鼻が利きます。同好の士ならば表紙どころかタイトルから察することができるそうです。そんなスキルいりません。その横で流行りの冒険活劇を読んでいますよ、私。
こちらは女性同士なのでヴィルにはご遠慮いただいております。おいていかれて学院でふてくされていたと聞いています。
ここまで長々と前置きしましたが、今回の休日の予定は買い物です。
便箋セットを買うのが一応目的。あくまで一応。
流行りもよくわからない便箋セットよりも楽しいことは他にある。
それは食べ歩き。
「揚げパンくださーい」
「野菜スープもくださーい」
「この焼き菓子もー」
「棒つきキャンディーを五つ!」
王都の商業地区に入った私は久々の買い食いライフを満喫しております。
歩きながら、砂糖をまぶした揚げパンをかじり、具たっぷりの野菜スープを飲み、焼き菓子をつまんで、棒つきキャンディーをお土産に買いました。
今日の屋台はどこも当たりです。あぁ、幸せ。ジャンクフード万歳。
お供のアドリネはいつもの光景にただ黙ってついてきました。仕事中なので何も食べられませんが、後で棒つきキャンディーを進呈しようと思います。気分転換にと勧めてくれて感謝しておりますとも。ほんの数日前の出来事を思えば、こんなあっさり外出許可されるとは考えてませんからね。
パン屋の開店に合わせて、朝早く馬車に飛び乗りましたから、朝食を食べた今、一応本日の目的の場所へと向かいます。アドリネの先導です。商業地区に降り立った時から、案内人でした。そこをちょこまかと寄り道しまくったのは私でしたけど。
「こちらですよ」
たどり着いたのはおしゃれな店だった。なんだろう、「おしゃれ臭」が全体から漂っている。壁が白くて、いっぱい花が飾られているから? 普段入る店とは雲泥の差があるな。そっちは食べ物目当てだけど。
出入りする女の子もやたらおしゃれだな。フリルのひらひら~と笑顔の輝きが眩しいぜ。
カティアが無色透明系の儚げサラサラ美少女だとすれば、ここにいるのは豪華絢爛なお花飛ばしてる系女子ですねえ。これはこれで眼福。
ではお邪魔しまーす。
ドアに取り付けられていたベルがカランカランと音を立てました。音までおしゃれよ!
アドリネの後ろからついてきた私は店内を見回して、やっぱりおしゃれだな、と馬鹿の一つ覚えみたいにそう思います。
「いらっしゃいませ~」
高い声で出迎えてくれた店員さんもこれまた綺麗なお姉さんじゃないか。
にこやかに笑みを作って立っている姿は都会美人ってやつだ。ぜひとも男だらけのうちの騎士団に花を添えてはくれまいか。独身男性いっぱいで選り取りみどりでございます。彼らの強さの遺伝子をぜひ引き受けてやってくださいよ。大丈夫、生まれた子の訓練はうちで請け負うから!
……言わないけどね? それでもお姉さんをガン見してしまうのは、お嫁さん候補スカウトウーマンの悲しき性でして。
「どんな便箋をお探しですかー?」
物欲しそうな目をしている不審なぽっちゃり娘にも店員スマイルを崩さないお姉さん。
便箋よりもお姉さんをください。きっと幸せにします。
ゴホンゴホン。失礼。気を取り直してっと。
「すみません。こちらで流行りの便箋を多く取り扱っているとお聞きしまして。とりあえず一番人気のものを買います」
えっ、とちょっと戸惑ったような顔をするお姉さん。
普通はじっくりとああでもないこうでもないと手に取りながら迷うところなんだろうね。
しかしながら便箋は無地でいいじゃないか派の私としましては「とりあえず」流行りを追いかける「フリ」でいいかなぁ、と。
「……お嬢様」
一体何でしょうかアドリネ。その一言に万感の思いがつまっているのだと言わないでくださいよ。
お姉さんとお話も捨てがたいけれども、まだ私は食べ歩きの旅の途上にいるのですよ。時は金なり!
「お客様。本当にそれでよろしかったのですか? 当店は色や柄、素材に工夫をこらした、多くの便箋を取り扱っておりますが……」
「ええ、構いません。流行りの店でしたらこれからの時間混むでしょう? 人ごみは苦手でして。お気になさらないで?」
嘘は言ってない。狭いところに押し込まれるのは好きじゃないもの。
ほら、またお嬢さん方が入ってきましたよ。私はこれで退散するんで、早く便箋を包んでくださいな。
「ありがとうございました~。またいらしてくださいね!」
さようならお姉さん。
包みを私に渡した時に高価そうな指輪が指先にちらり。恋人からの贈り物と見た。
スカウトウーマンは引き際を心得ようと思います。さらば。
「本当に、一瞬も品物を見ようとしませんでしたわね……」
「一番人気に早々間違いはないじゃないの。それにアドリネが確認してくれていたのなら大丈夫」
便箋の入った紙の包みを受け取ったアドリネは何とも形容しがたい顔をしています。私も形容しがたい気持ちでいっぱいです。敢えて言うならば、謝意と焦燥?
いや、だって。本当に早く買い物を終わらせたかったのですよ。
この、通りに立った時からどうも鼻腔をくすぐっている芳醇な香りに……。
ジュージューと網目の上で串焼きが焼けている音……。
なんてことだ早く行かねば! ごめんよアドリネ、これだから食道楽はやめられないんだっ。
ヒャッハー!!
目指す屋台はそこそこ人で賑わっています。入れ替わり立ち替わり人がやってくる。
孫がいそうなおっちゃんが肉を刺した串をひっくりかえしていました。
手つきが熟練ですな。客足が「そこそこ」に見えるのも、客の回転率がいいからなのかも。
「こんにちはー。串焼き四本くださいな! 一本はそのまま、二本目は塩、三本目はスパイスのみ、最後の一本は店主秘伝のタレで!」
「おう。一本二十五ケルタ、全部で百ケルタな」
「ありがとう!」
おっちゃんがその場で焼けている串焼きに塩、スパイス、タレをかけて手渡してくれた。
お金も支払って、屋台からちょっと離れた建物の壁際に陣取ってぱくりと一口。たまらん。
どうして何もかけていないのにこんなにジューシーなのだろうか。
滴りそうになる肉汁からして良質。ほぅ、今日はなんといい日なんだ!
塩、スパイスも味のアクセントの変化があって、非常によろしい。
茶色のタレはかすかに果物の甘みも加わって、肉の香ばしさを引き立てている。
おっちゃん、いい仕事してるわー。
あっと言う間に完食。串は鉄製なので、屋台に返却。ポイ捨て厳禁。お客様のマナーです。
返しにいくと、おっちゃんは店じまいを始めていました。
「ごちそうさま。美味しかったです」
「そうかい」
それまで無表情だったおっちゃんにかすかな笑みが浮かびました。
「おまけだ」
おっちゃんはそう言って、最後の串焼きをくれました。おっちゃん……!
こうして私とおっちゃんの心温まる交流が始まった……わけではないが、なんとも美味しい思いはできました。うん、日頃慎ましく(?)暮らしていると、こういう幸運を招きやすいものね。
では再びいただきまー…………あぁっ!
私は口を大きく開けたまま、固まりました。そこに肉はいません。別の男の腹の中で眠っています。
口の中で極上のハーモニーを奏でるはずだった肉が幻と変わっていく……一片の欠片も残りそうにない……。
私の串焼きを奪い取った男は悲劇ばりの悲しみを表現している私の前でゆっくりと肉を咀嚼していきます。
「タレもうまいな」
最後の一切れだけを残して、その男は私の頭上でひらひらとそれを振りました。
「正真正銘、これが最後だ。欲しいか、フランカ」
金色の目を細めてニヤニヤしている。なんだろう、前髪を後ろに流して、口調も変えているせいか、いつもより数段意地悪そう。屈するつもりもないけれど。……肉は惜しいけれども。
「先生が口にしたものなのでお構いなく」
そうそっけなく言ってやりました。しかし残念なことに私の本能は微妙に正直。ちらちらと肉に視線がいきます。不可抗力です。
「そうか。……ちなみにティムルと俺を呼んでくれたら肉をやるが」
「ティムル」
「ためらいがないなあ、おい」
呆れるな。それよりも早く肉を渡せ今すぐ。
先生はひじょーに笑み崩れた顔をされてから、串から肉を外します。
そして。
「ほれ。あーん」
肉を手でつまんで口元に近づける先生に、
「あーん」
何のためらいもなく口を開ける私。なんかおかしなことになっていると思わないでもない。
問題なのは弟とのやり取りに慣らされ、なんの恥じらいを覚えない私かもしれない。いやそれでもあれは私の肉だ誰にもやらん。
もぎゅもぎゅと肉を咀嚼しながら考えて、ごくんと飲み込む時にはそう結論づけた。
先生は指についたタレを舐めている。他人の口に触れていたのだからハンカチで拭き取ればいいのに。
「先生、どうして私の串焼きを強奪したんですか! 最後の一本だったのに……!」
「美味そうだったから」
先生はしれっとしています。
「美味そうに食うもんだから、どんな味か気になってな。俺が頼んだのは塩だけのやつだったから」
「見ていたんですか。いつから」
「あんたがあのオヤジに見えない尻尾を振って近づいてきた時から」
それは最初からと言いませんかね。
「偶然の取り合わせって怖いよな」
私が怖いのはこの偶然にそこはかとなく悪意が感じられることです……。
いや、なんつーか、最近先生と関わり合いになる機会が多いというか、ぶっちゃけ距離が近くなっているような? くっ、やっぱり先生の仮面を引き剥がしたのはまずかったか……!
心なしか物理的な距離まで近い気もするんですよねー。
今までは二歩ぐらいだったのが、今は一歩半。あとの半歩返せ。
「それでフランカはどうしてここに……ってわかりきっているな」
「もちろん、食べ歩きツアー敢行中ですが。先生は? 今までこちらで鉢合わせすることはなかったですよね」
「ん? あぁ、俺は……人探しだ」
奥歯に何かが挟まったような物言いをする。
「人探し? 肉泥棒じゃなくて」
「今は休憩中だ。やつは朝っぱらから街に出ちまったからな。俺も飲まず食わずで探していたんだよ。で、飽きて串焼きを食べていたところ、あんたにバッタリ。俺の苦労を知らないで幸せそうに食っているもんだから軽く幸せのお裾分けをしてもらったってわけ」
「不機嫌の八つ当たりをしないでください。私の幸せが減ります」
完全無欠な幸運デーなど存在しなかった。
良い事があれば悪い事もすぐにやってくる。世界の真理っていうのは実によくできています。
悟りの扉を開きかけた私に、その扉をバタンと閉じたのは先生でした。
「でもここで会えたということはフランカの運は向いていると思うがな。街中にいる今だったら会えるかもしれないぞ、王子様に」
「王子様? ……あぁ、そうか」
王子様のお守りだから、いなくなったら探さなくてはならないのね。
「こんな広い王都内で探すのは難しいでしょう。それよりも行きの道中で見つけた腸詰肉の屋台のほうが気になりますし。あぁ、あとついてきてくれる侍女のアドリネがどこかへ行ってしまったし」
屋台に突進する勢いだったから……。
ごめん、アドリネ。おしかりは甘んじて受けます。
パルノフ先生は平然と口を挟みました。
「アドリネは食事がまだだったようだから、食いに行かせたが。だから今だけ俺があんたの付き添いだ」
なんだとな。聞いていないぞ。
「言ってなかったからな。俺も忘れてた。馬車降りたところで待っているってさ」
つまりアドリネは私を先生に投げっぱなしにしたというわけだ。
罪悪感がしぼむ。
「だから馬車まで送っていくぞ。いいな」
聞いてない。あんまりだ。
「今日だけはティムルと呼んでくれ」
わかったさようならティムルさんまた会う日まで!




