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禁断の関係、その裏で。

パルノフ先生のターン。

フランカが深夜の自室で襲われかけたらしい。


その情報が入ったとき、俺は彼女よりも先に、襲った相手の方を心配してしまった。


死んではいないだろうが、軽く精神崩壊を起こしているかもしれない。

そうなったら事情を吐かせるのが面倒になるのだから。


夜も明けきらない早朝、学院の地下牢に囚われた襲撃者は、案の定意識朦朧としていた。話を聞こうとしてもまったく要領を得ない。よほどてひどいお仕置きを受けたようだ。まあ、微塵も同情はしていない。あくまで心配しているのは情報が手に入らないことに関してだ。彼は望んで獣の巣に飛び込み、大怪我をしただけ。自業自得だ。


「あとは頼む」


俺は一通りの尋問を終えて、後をアドリネに託した。

彼女はフランカ付きの侍女だ。色々と思うところもあるだろうから、愛用の鞭で好きなだけ鬱憤を晴らせばいい。軽く話をしていれば、「いつになったら明かすのですか」と真顔で言われる。さすが元王宮の侍女は耳が早いな。いや、前々から察しているのだろうとは思っていたが。


「時と状況によって変わるな」

「しかし殿下が……」


アドリネが言いたいだろう言葉とは違うことを先に口にする。


「ああ、殿下が糸を引いていられるのだろうな、今回に関しては」

「……そうですか。だとすると、目的は?」

「テオドーラ嬢が『使える』かどうかと、フランカがどこまでできるか、試したのだろう。本気で襲われるとは思っていなかったのだろうな。ツヴィックナーグル家は武門の家だから、護身術の類を使えるだろうと見越しての手だ」


学院にいる彼が襲撃者を招き入れるための情報を漏らしたのだろう。

王子のくせに、大層お粗末で汚い手を使う。盤上遊戯の延長戦とでも思っているのだろうな。

人を駒としか見えていないのだから、いまだに国王陛下にも「欠陥品」と呼ばれるのだろうに。

彼は気づいていない。人を演じるのだけ上手くなるばかりで、人を動かす「何か」を理解しようとしない。


だから、フランカ・ツヴィックナーグルに手を出せる。


遠くで見れば大人しい生き物でも、近づいて無遠慮に手を伸ばせば、何の予兆もなく噛み付くものだ。

あれは一応令嬢らしくしているが、わりと「野性のカン」を働かせて生きている。無意識に自分に不利になりそうな状況を回避しているのだ、あれで。


フランカは俺に対して「パルノフ先生」と呼ぶとき、「先生」の部分はことさら強く発音されている。

間違っても生意気な他の生徒のように「パルノフ」と言わず、「パルノフ先生」もしくは「先生」と言う。要は、俺に「先生」であることを忘れるな、と言外に主張しているわけだ。


俺も基本「野性のカン」で生きているので、その辺りは理解できる。

強い獣と弱い獣。どちらがどちらということを、彼女は敏感に察しているのだ。


王子はいつまでも「作り物」めいているから、痛い目を見るまでわからないだろう。

彼女は、対極にいる相手なのだと。

そもそも自分が出てこずに影でこそこそやっているのはいかがなものか。女に対して、男がその態度。自ら矢面に立つ彼女ほどの愚直さは無くとも、もう少し善処するべきだ。


そう思っていれば、いい具合にフランカが授業後に俺を呼び出した。

珍しいこともあるものだ。

ここまで来ても俺に頼るという選択肢が出てくると思っていなかったがな。彼女の頭は意外に柔軟らしい。


彼女が大嫌いな俺を呼び出したぐらいに知りたいのなら、教えてやろう。

クレオーンを引きずり出すために。これぐらいしなければ、フェアじゃないだろ?


だというのになぁ……。

フランカは報酬に固執した。金だの、酒だの、女だの。あぁ、あと肉だったか。

発想がおっさん臭い。騎士団育ちのせいだろうが、そのチョイスはいかがなものか。


金は足りてる。

酒は呑めるが、自分で銘柄を選びたいタイプだ。

女はものすごく微妙な気分になった。

肉になると、彼女の斜め上な発想にそこはかとなく残念臭が漂う。


まぁ、それをひっくるめてフランカという人間だ。

肉に関して語っているときが一番可愛く見えるのがやっぱり残念だが。


ああ、コイツ生きてんなー、って目をさせて。

満面で喜びを表現している。


そうか、そんなに肉が好きなんだな。

わかっている。肉はあんたにとって最高の貢ぎ物だもんな?


……婚約者がいると言えば真顔で「笑える」とのたまったくせにな。

本当にどうしてくれようかこの娘は。


お子様並みの情緒を持ち合わせているというのは入学当初からわかっていたが、これを相手にするのは実に大変だ。もう少し成長してもらわないとこっちとしても困るのだが。


最終的に、「先生」としての演技が剥がれ落ちてしまったのは仕方がない。放課後の職員寮の談話室ともなれば、「先生」の勤務時間外だ。教室であればいざ知らず、スイッチも入りにくいものがある。

俺は演技派じゃないからな。クレオーン? あれは規格外の化物だ。


報酬はサンドイッチ一食分で手を打たせた。まあ、それぐらいはいいか。美味かったし。恩を売っておいてあとから利子ごと請求するという下心もないこともなかったが、機会はまた巡ってくるかもしれない。


ついでにフランカが手土産にしてきた冊子もばっちり没収。あとで焼却処分しておこう。

だが俺の何とも言えぬ視線を察したフランカはぽそりと「まだこれのほかにもあるのに」とつぶやいていたので、内心戦々恐々としている。ここぞとばかりに俺に対する攻撃布陣を着々と整えようとしてやがった。

……頼むから俺で遊ぶのはやめてくれ。男に襲われる趣味はない。


その後になって、ようやくクレオーンの話をする。

彼のお守役らしい慇懃な口振りで。


「コプランツ第一王子クレオーン。それが彼の名前ですが、ある事情があって、今までその存在は厳重に秘されていたのですよ。彼がしっかりと成長するまでは、という条件付きでしたがね」


彼女は胡乱げな目つきで紅茶をすすっている。


「事情とはなんです?」

「彼の母親は誰だと思います?」


質問を質問で返した俺はあまりいい教師ではない。

この国の人々に聞けばおそらく二つの答えが出ることだろう。


一人目は最初の王妃ロザリンド。現段階で現国王唯一の嫡子とされるエルヴィーネ王女の母。けれどもエルヴィーネ王女が幼い頃にすでに病死している。

二人目が現王妃ラインヒルデ。現在王宮で幅をきかせている王妃派と呼ばれる保守派の中心になっている。実家はテオドーラ嬢と同じくクノーベル侯爵家。クレオーンは「あの女」と呼んで嫌っている。


「……先生がそうおっしゃるということは私の考えている方々とは違うということですね?」


よくできました、フランカ様。


「まったくもってそのとおり。彼の母は誰にも知られなかった二番目の王妃です。レガーナ、というのが彼女の名前です。国王の秘密結婚の相手ですね。没落貴族の娘で、王立歌劇場で主役を張るほどの大女優だったそうですよ。女優レガーナ・タークと言えばわかるでしょうか」


王都に住むなら誰もがすぐに思い出せるほどの有名人の名だったが、遠方に居を構えていた彼女にはすぐにぴんとくる名ではなかったらしい。だがすぐに「ああ」と思い出してくれたようだ。


「『あなたがそこにいる限り。薔薇色の人生に乾杯を』って文句を付けられた絵姿を見たことがありますよ。あれなのですね」

「そう。一部の貴族たちには国王の愛人だと噂されていました」


まあ、実際には愛人ではなくて、王妃という正式な結婚を経ていたわけだが。

彼女が公表されなかったのは、二つの事情がある。一つ目は彼女の身分の低さと女優という職業。

女優にはパトロンが付き、その接待に自分の体を差し出すことも珍しくなかったからだ。

二つ目は、ラインヒルデがいたから。彼女とその家は最初の王妃亡き後すぐに国王に自分を売り込み始めている。あまりの熱心さに最初の王妃も彼女が殺したのではないかと噂されたほどである。なにせ、ラインヒルデが国王を慕っていたのはロザリンド在命中から明らかだったからだ。


「頃合を見て、公表する。そんな腹積もりだったと思われますよ。クレオーンも生まれれば、第一王子の母親として、誰も無下にはしないだろうということになりました。しかし、そんな時にレガーナ・タークが死にました。暗殺されたそうです」


妻を殺された国王は、手元に残された赤子を胸に抱きながら決意した。

自分の力で身を守れるようになるまで、世間から隠して育てることを。

そうしなければ、ラインヒルデたちにまたも大切な者たちを奪われるかもしれないのだから。

実際に証拠はなくとも、クノーベル家の権勢は幼い王子を脅かすもので、ラインヒルデが王妃になるのはもはや決定事項となるほどに追い詰められていたのだ。

隠している間に力を付けさせなければ。

国王は王子の秘密を守るため、成長していく王子と一切会わないまま、信頼のおける者たちに人知れず養育させた。

そうしてある時、彼は学院に連れてこられた。

自分たちと同世代の貴族たちを知るため、貴族社会というものを経験させるために。


「……で、今に至ると。それはまあ波乱万丈な人生ですね、王子様」


フランカの感想は気の抜けたものだった。

この大物のような存在感がフランカクオリティーだなと思う。普通の女ならもう少し違う反応を返すからな。


「そんなところですよ。そんなこんなで父親からも母親からも愛情を注がれなかった不幸な王子は愛情に飢えているようでして、非常に面倒くさい性格になられました」

「……さいですか」

「今は君が欲しいそうです。実家を含めて、ですがね」

「あぁ~。実家ですか。……地盤固めをしたいのですね」


その顔にはありありと「めんどくさい」と書かれている。


「我が家は基本的に中立を保っているのですけれどね。しかも弟でなくて、私に狙いを定めるというところに邪な心を感じます。……私、そんなにちょろいと思われてます?」

「さあ、どうでしょうねえ」

「先生、ニヤニヤしながら言わないでください。それで? その殿下が最近の騒動にも関わっているということですか?」

「ええ。厳密には、カティア様を助けられたフランカ様がそのままルディガー様とテオドーラ様と争ったあの時から」


フランカが目を丸くした。


「そこから? 一体どうやって?」


興味津々と言った表情。いつもそんな顔をしていれば可愛げがあるのに。

口を動かしながらそう思う。


「噂です。タイミングよくフランカ様から関心をそらすことになったでしょう? うちの王子様はそういうことが大得意でして」


意図的に「王子様」の噂を流した。

自分はここにいるぞ、と。


「……私は王子様に助けられたということですか。下心のために」

「そうですよ、下心のために」

「それでその王子様とやらは今どこに?」

「どうするつもりか聞いても?」


決まっているでしょう、とフランカは神妙な顔をした。


「ちょっとその王子様に人として大事なことを教えに行こうと思うの」

「それが拳を掲げながら言うことですか」


彼女はそっと拳をテーブルの下に仕舞った。無かったことにしたいようだ。


「じゃあ、近頃流れる根拠のない噂も、彼が流しているものもあると?」

「ええ、一番新しいのだとフランカ・ツヴィックナーグルが男を手玉に取る悪女だという噂ですかね」

「あ~あれね、アレ。これほど現実から離れた噂がまかり通るとは……本当にこの学院って、腐りかけているのではありません? その話はいいとしても。それで、先生? 肝心なことは教えてくださらないのですか」

「何を」

「王子様の居場所」

「ああ、それは厳命されているので言えません。このあたりが先生の話せる限界です。言っておきますが、これでも先生はフランカ様に甘いので結構大盤振る舞いしているのですよ」

「それは光栄ですわ。先生、ありがとうございます」


にっこり笑みを作れば、彼女も同じだけ返した。

彼女がどれだけ察したかわからないが、俺は実際彼女に甘いのだろう。……たぶん、構ってやりたいのだろうなあ。アーレンス学院の教職を引き受けて三年以上になるが、これほど「特別」な生徒はいない。


「フランカは絶対俺の気持ちわかってないだろ?」


意図的に素の口調に戻して問いかける。反応を探った。

彼女は不思議そうに俺の目を見つめ返し、ものすごく冷静な声で、


「何言っているのかさっぱりなんですが」


とのたまった。……だからあんたの情緒はまだまだお子様なんだよ、バカヤロウ。





その後、久々に手紙を送ることにした。

宛先は某伯爵家。内容は「あなたの孫娘はもろもろの事情に巻き込まれていますがご心配なく。一度会っているはずの婚約者に気づこうとしないカンの良さはいまだもって健在のようです」――と。






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