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罪な女です。

夜。自室の外が騒がしい。扉からカチャカチャと変な音がする。


私はぽっかりと目を覚ましました。昔から眠りが浅い方なので、ちょっとした物音でも起きてしまうのです。代わりに、寝入るのは早いのですけれど。


廊下から誰かが入ろうとしているようです。

カチャカチャ、という音は私もよく聞く音でした。鍵開けの音。……ああ、なんて物騒な(白々しい)。


やがて、キイ、とドアが開きます。

絨毯を踏む、誰かの靴音。

一際黒い影がベッドの上にいる私に覆いかぶさってきました。


そして……。

















「ねえ、あなたのこと噂になっているわよ」


わりと恒例になりつつある放課後のお茶会。イレーネが明るい調子で告げてきました。面白いもの発見!って言いたげ。


「ふうん、どんな?」

「フランカ・ツヴィックナーグルは痴女なんですって」

「はぁ」


また根も葉もない噂が流れるものですねえ。

我ながら言うのもなんですが、私ほど体がクリーンな令嬢はいませんよ?

よっぽどブラックなのはむしろテオドーラ様……ゲフンゲフン、失礼。


ここにいる皆がそのぐらいわかりそうなものなのに。

ガチャン、とソーサーの上にカップを落とし、紅茶をだらだらとテーブルから足元にこぼしながら呆然としている人(男)と、ぶるぶると怒りで体を震わせている人(女)がいらっしゃる。

何やら二人共ぶつぶつ言い出しているけれども、とりあえずイレーネの話に集中します。


「……それで、一体私は何をやらかしたことになっているのかしら」

「ルディガー様をたぶらかしているんですって」

「え~、なにそれ。まあ、身に覚えがないわけじゃないけど」


『テオドーラ様と別れるように』たぶらかした覚えはある。


「そうなの?」

「うん。それに、ダンスレッスンで最近しょっちゅう組まされるしね。

でも、その口ぶりだとまだありそう」


正解、と藍色の髪をした女史は知的に微笑みました。


「何も知らない無垢な少年たちを手玉に取る女帝で、自分の弟すら毒牙にかけ、夜な夜なお楽しみなんですって」



「無垢な少年たち」=元〈お姉様を愛でる会〉の会員たち。

「手玉に取る」=勝手に崇拝される。

「自分の弟すら毒牙にかけ」=弟からの重すぎる愛情。

「夜な夜なお楽しみ」=事実無根。おそらく弟の女子寮特攻に触発されてのことと思われる。



「……それはまあ。女帝って」


いろいろ突っ込みどころ満載すぎて逆に困る。


「フランカは目下の者に慕われやすいものね。姉御肌?群れのリーダー?という感じ。『女帝』というと冷淡な言い回しだから、流した人にはセンスがなかったわね」

「イレーネの方が似合うわよ、『女帝』」


男同士の恋愛を絡めなかったら、だけど。

一応外見を眺めるだけなら、それらしくクール系に見えるのがさらに残念さを高めていますね。


「しかしまた、随分と信憑性皆無な噂が流れるものよね。一体どこから流れてくるものやら」

「貴族社会ってそういうものよ。噂好きの御仁が集まっていて、その血は脈々とその子供たちにも受け継がれているってわけ。ま、今回ばかりはあまりにも虚実が混ざりすぎてるからその噂のせいでフランカに特別な被害が及ぶということはなさそうね。そのぐらい平気でしょ?」

「まあね。別に社交界の評判に傷がつこうとも大して関係ないもの。強いて言うならうちのヴィルの嫁探しが大変そうってぐらいで」


望むべくは、社交界を上手く泳ぎ切った賢い嫁! ですよ。

当主の嫁はさすがに多少なりとも社交界に通じていないと困りますからね。

そんなことを口にすると、「僕には姉さんがいるからいいよ!」とブレない発言が飛んできます。どうやらショックから立ち直ったご様子。ついでにとばかりに、「姉さんにも僕だけ!のはずだ、たぶん!」と世迷言を言い出していたので、こちらはスルー。


「それにしてもなんて悪質な噂なんでしょう! フランカはそんな人じゃありませんっ!」


カティアもようやく口を開きました。ちょっと怒りながらもクッキーを食べていると、まるでリスみたいですね。この中では一番小柄だから余計にそう思います。美少女は何をしても癒されます。


「まあ、寮の警備に不備があるって吹聴しているようなものだし、いろんな意味で危ない噂よね」


イレーネも相槌を打ちます。

寮の警備に不備……。うん、思い当たらないこともないな!


「……二人とも、護身術を習うことをおすすめします」


なぜか敬語になる私。不審すぎる。

しかしながら口出ししたくもなるのです。


昨夜のこと。

室内に入ってきた侵入者はあからさまに私を襲ってこようとしました。

横になっている私の口を塞ぎ、そのまま夜着に手をかけて、あーれーみたいな展開!? ピンチ!




とはならず。

人の気配に起きちゃった私がひどく冷静に相手の股間を蹴り上げれば、相手悶絶。

その隙に相手をベッドからさらに蹴り落とし、触覚のみを頼りによいせ、と両肩の関節を外させてもらった。ああ、ちゃんと口の中に適当に布を突っ込んだ上なので、絶叫は部屋の外に漏れませんでした。ぬかりありません。

で、ついでとばかりに「もしも用」として持ち込んでいたロープで両手首と両足首をきっちり縛っておきました。「もしも何かあったときの備え用道具」略して「もしも用」が学院三年目にして初のお披露目です。

結果、イモムシとなった侵入者が出来上がりました。

ここで初めてベッド脇の照明をつけました。照明器具は蛍石と呼ばれる鉱物と金属とを触れ合わせると起こる発光現象を用いたもので、薄暗いながらも相手の顔が判別できました。


知らない人でした。どうもゴロツキのようです。


なんか変な匂いもしたので、不快になった私。

真夜中に起こされたこともあって、ご機嫌は二重にも三重にもよろしくない。

ひとまず腹立ち紛れとこれ以上暴れられないよう、きっちり制裁してやりました。


粗末なモノ、 封 印 !


この世のものとは思えないほどくぐもった悲痛な叫びは全部口の中で消えていったことでしょう。

経験上、半年は使えないと思う。でも自業自得だと思うの。私悪くない。



そしてそのままアドリネの部屋までこっそりと行き、寮監のドルテに気絶したイモムシを内密に引き渡して私は再び夢の世界へと旅に出た次第。

……でも今から思えば、あれって噂話を本当にするための算段だったんじゃなかろうか。


火のないところに煙は立たないといいます。次に流す噂に信憑性をつけようという愚かなやり口ですよ。

たぶん、私でなかったら上手くいっていたでしょう。

学院に急に出てこなくなったら、誰もがその理由を気にしだす。

今の私は注目されているから。一挙手一投足が人目をひく。

そこに「私の噂」をばらまかれたりなどしたら……神経の細い令嬢などは参ってしまうでしょう。

参るどころじゃなくて、将来そのものが潰れてしまうかもしれません。


まったくもって、嘆かわしいばかりです。

どうやら相手方も手段を選んでいられないようですが、やり口が汚いですよ。

「子どもの世界」に「大人」を巻き込んでしまうのは、さすがにルール違反です。


ゴロツキは金で雇われただけでしょうし、その背後に誰がいたかなどはきっとわからないことでしょう。

伯爵令嬢が乱暴されかけたということだけで醜聞なので、大々的には動けません。私の名誉を守るという名目で。私としてはどんどこ捕まえてもらっても一向に構いませんがね。未遂だし。


「……姉さん」


気づけば弟が眼前でじとっとした目つきで見つめてきました。


「何か、僕に隠していることとかない? なんか昨晩、妙に姉さんのことが心配になったんだけどな」


鋭い。昨晩とまで特定できるとは。さすがだ、弟よ。


「えぇ? 別に何も隠してないわよ」

「そう?」

「そう」

「な~んか怪しいんだけどなぁ」


なかなか納得してくれない。

するとイレーネとカティアも反応しました。


「あら、弟くんがそう言うってことは本当に何かあったの?」

「え、えぇっ? そうなんですか、フランカ!」

「いや、まさか」


言いながらも、私は身内に対して、平然と嘘つくのは苦手です。ごまかしてしまおう。

目の前のクッキーをつまみ、それを。


「はい、ヴィル。あーん」


弟の口に放り込む。ちょ、姉さ……とか言いかけているけれど気にしなーい。

私はあなたを黙らせたいんだ。


「ほら、ヴィル。食べないの? あーんって口開かなきゃ」

「……あーん」


目元を赤らめた弟が羞恥心に震えながらクッキーを咀嚼しています。

本当に嬉しそうだ。よかったね。

私にはよくわからんが、昔から弟は餌付けに弱い。

「あーん」して、と年甲斐もなく言ってくるものだから、未だに弟の厄介な追求から逃れる手段として有効に使わせてもらっています。本人は恥ずかしさはあるだろうが、私としては犬に餌をやる飼い主気分。……真面目に私に似ている人を探してこない限り、弟の結婚はないという事実からはできるだけ遠ざかりたいです。


二枚目、三枚目のクッキーを放り込んでやれば、ヴィルは見事に何も言わなくなりました。もう一枚とさらに催促するように私を見ます。……そういえば、餌をやるときのミーチャ(愛狼)もこんな顔をしていたなーと遠い目をしてみたり。


ちなみに周囲の反応は以下のとおり。


「なんだかんだ言って、フランカも弟には甘いわよね」

「わ、わたしも……あーん、ってして欲しいです……」


思ったとおり。前までの話はうやむやにすることに成功です。

なんだか大事なものを一つ失った気もする。



ふむ……。

弟の口にさらなるクッキーを詰め込みながらこれからどう動こうか考えます。


テオドーラ様も出てきたことだし、何かしら手を打たなければならないでしょう。

昨晩の出来事はさすがにただの学院騒動とは質が違います。

私ならばそうそうおとなしくやられはしませんが、その矛先が私以外の誰かに向かってはいけません。


気が進まないが、仕方ない。私の平穏のためだ。

私はある決意を固めます。















「……というわけです。可愛い生徒を助けてください」

「本当にイイ度胸していますね、フランカ様」



ふてぶてしく「お願い」してみました。目の前で顔を思いっきりひきつらせている、パルノフ先生に。

彼の顔が青ざめているのはきっと気のせい、けっして私がこれみよがしに見せている「男同士の恋愛」を取り上げた某令嬢画伯手製の官能画集のせいじゃない、ええ、けっしてそこにパルノフ先生とメルボルト先生のくんずほぐれつの図があるわけじゃありませんから。……本当よ?















気づけば弟くんのご褒美イベントになっていました……。

イレーネさんの言うとおり、主人公は弟に甘いです。

罪な女、フランカ笑

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