フランカさんの事情
私ことフランカ・ヤナ・ツヴィックナーグルは由緒正しきツヴィックナーグル伯爵家直系の長女です。現在の当主は祖父のレオポルト。次期当主は一つ違いの弟ヴィルヘルムと決まっております。
父母は私とヴィルが赤ん坊だったころに流行病で亡くなったのだそう。なので祖父母が私たちを育ててくれました。それはもう愛情たっぷりに。両親がいなくて寂しくないの?と聞かれてもイヤイヤ全然寂しくないデスヨ、ときっぱり断言できてしまいます。ごめんよ、亡き両親。だって覚えていないんだもん!
ところで「ツヴィックナーグル伯爵家」は軍人を多く排出してきたお家柄です。元々王国の東端に領地を持っていたツヴィックナーグル家は国境防衛にものすごく力を入れていた軍事貴族でしたので、王国に編入してからも宮廷の軍事部門を牛耳ることになるのも当然のことでしょう。歴代当主は若い頃に軒並み将軍の地位まで上り詰め、彼らの兄弟たちも次々と軍の要職につきました。祖父のレオポルトも「コプレンツの野獣」と他国で名が轟くほどの英雄として軍の頂点に立ち、国王にも大変重用されていたそうです。ですが、これも一例に過ぎません。ツヴィックナーグル伯爵家の名をさらに高めているのが、「ツヴィックナーグル騎士団」の存在です。
貴族たちが私的に抱えている騎士団の中でも少数精鋭にして最強と謳われる騎士団「ツヴィックナーグル騎士団」はお祖父様をトップとして、日々厳しい訓練に明け暮れています。それはもう強いですよ。一年前に入団した筋肉評価不可だったひょろひょろ男が数ヵ月後には筋肉評価優のムキムキさんになるのも納得。
まあ、そんな環境でございましたから、普通なら蝶よ花よとか弱く育っていたかもしれない私ですが、「質実剛健」の家風に染まり、山と森はお友達状態、マッチョな男たちに囲まれると鼻血が出そうになるほどにときめけます。ほんと幸せ。ビバ実家!
ですがウハウハだった日々は十五歳の夏に崩れ去りました。なぜって? 行きたくもないアーレンス学院に放り込まれたからに決まっているでしょっ! マジふざけんなよ! なんだってあんななよなよした貴族がいるとこに行かねばならんのか!
お前、男が好きだろ、とかぬかしやがったお祖父様! 違うんですよ! 私は「マッチョ」な男が好きなのであって、そうじゃない男はぺんぺん草のようなもの! 私よりも弱っちい作りをしているくせにっ! 私はムキムキパラダイスが好きなんじゃあっ。……ゴホンゴホン、取り乱してスミマセン。
それからお祖父様はとうとうと言い聞かせてくださいました。アーレンス学院はこれまで男子のみを受け入れていたが、女性教育もするべきだという国王の意向で今年から共学になることが決まったこと。でも、まったく女子の入学希望が出されなかったこと。そこで国王陛下から直々にしかるべき家柄の令嬢たちに名指しで入学しろ、という内々のお達しがあったこと。……ツヴィックナーグル家にも、私にご指名があったことも。なんてこったよ、逃げられねーじゃん。
「姉さん僕を置いていかないでー!」
弟が頬をべたべたに濡らしながら抱きついてきます。うわーん、といかにも自分可哀想!というぐらいに悲しんでいますが、コレ私の一つ年下。あと私より背が高いくせにわざわざ胸に顔を擦り付けているのは何事か。泣いているようで、でゅふでゅふ鼻の下を伸ばしているのは気のせいか! お前弟だろ!
「姉さんが離れたら僕も死ぬ」
愛ってオモインダナー。いい加減姉離れしたらどうっすかね? 姉はこれから戦場に行くんだよ。
「だったら僕も行くよ。姉さんを危険な獣どもがウヨウヨしている中に放っておけないよ! 姉さんの貞操は僕が守るんだ!」
貞操って……。言っておくが弟よ、そんな心配は不要だわ。姉けっこうぽっちゃりさんなの、つぶらな瞳と言えば可愛いものだけれど実質顔についている脂肪分のせいよ! 茶髪で茶色の瞳という平々凡々なお顔立ちなんだわ。しかも脂肪分は付くところにつけばグラマラス、つかないところに付けばお牛さんなのよ。そして私は後者なんだわ。胸が残念なお牛さんですよ、所詮モテはないっす。別にいらないからいいんだけどさー。
私は弟をべりっと引っペがして、入学年齢が一つ足らないからムリだからね、ときっちり釘を刺しておきました。そんでそのまま、お祖父様にシスコンの後始末を押し付けて、家を出たわけです。
――そしてきっかり一年後。弟が入学。
「姉さーん、やっと一緒にいられるよぉー! 入学試験頑張ったから飛び級で姉さんと同じ学年になったんだぁ。ね、すごいでしょ、褒めてよ姉さん。僕姉さんのために頑張ったんだ、ご褒美くれるよね? ね?」
私は弟をなめていたようだ。後始末は自分でしなくちゃいけなかったんだ。
「あれ、姉さんなんで一歩引いているのさ。僕はかわいいかわいい姉さんの弟だよ? ここまで姉さんに会うの我慢してきたのにぃ。ま、いいか。では姉さん、お手をどうぞ」
「どこに行く気なのよ」
弟はぽっと頬を赤く染めています。並みの令嬢ならノックアウトされること間違いなしですが、筋肉至上主義にして姉の私には通用しません。フランカさんスペシャル飛び膝蹴りを食らわせ、目を覚ませと言ってやりたい。
「え~、そんなこと言えないよー?」
手をワキワキさせる弟。……私の胸に視線が向いているのは気のせいだよね?
やっぱり私は弟をべりっと引き剥がしました。さっき、会えなかったとか言ってましたけれど、アレ嘘。私は長期休暇のたびに帰省しています。
とりあえずわかったこと。一年経ったら弟がシスコンをさらにこじらせていました。弟よ、私はこんな残念な弟に育てた覚えはないのだが?
弟登場回でした。




